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Soleil/Novel by 都築青葉

Soleil

12,820 character(s)25 mins

Soleil(ソレイユ):太陽の意。また、solのみでも太陽の意である(ラテン語)。

これは何かと問われたら、とにかく好きなものを詰め込みまくりましたと答えます。

当然ながらこのシリーズに登場するものは、現実に存在する如何なる番組・俳優さんと一切関係御座いません。「仮面ファイター」ですので。
日曜朝のアレをよくご存知の方は、どうぞ生温い目で見てやってください。
日曜朝のアレをあまりご存知でない方は、雰囲気で察してやってください。

現状槍弓っぽくありませんが、シリーズ全体では槍弓になりますので、槍弓タグを付けておきます。

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 私はその日、突然の休講でポカリと空いた一コマ分の時間をどうしたものかと考えていた。現在午後14時半。次の授業まで2時間近くある。アパートに帰ろうか、それとも図書館で勉強しようか。そう考えながらも、結局足が向いた先はとある喫茶店だった。
 その喫茶店は、私が通っている大学から自転車で5分ほどのところにある。大通りから一本横に入った店内は、道沿いに面した大きな窓から差し込む光で明るく、開放的な雰囲気だ。
 大学が近いだけあって、バランス良くリーズナブルに野菜を食べられるランチの種類が豊富で、利用客は食生活を気にしている女子学生が多め。でも、ガッツリとした肉がメインのランチも人気で、男子学生がカウンターで一人座ってボリュームのあるランチを平らげていくのを見たこともある。そんなお店だ。
 でも、このお店の魅力はそれだけじゃなくて。
 『Café SOL』と書かれた看板を横切りお店へ入ると、窓際の席に女性二人組、カウンターの一番奥にキャップを被った男性が座っているだけで、店内は空いていた。

「おや、いらっしゃいませ。この時間に来るとは珍しいな」

 入ってきた私に気付いて声を掛けてくれたのは、この店の店長さん。褐色肌に白髪の、日本人離れした外見の男性だ。
 何処か目を引く顔立ち、柔らかな物腰、低く落ち着いた美声。加えて、手際よく作られる彩り鮮やかで美味しい料理の数々!
 おそらく、店長さん目当てに来店している女子学生も一定数居るはずだ。
 そんな女性たちとは動機が異なるけれど、私の目的も店長さんなのでいつも座るのはカウンター席だ。けれど、見ず知らずの男性の近くに座るのもバツが悪いので、迷った末に結局一番入口に近いカウンター席に座る。

「一コマ分空いたんで、ちょっとお茶でもと思って。ブレンドをお願いします」
「ああ。少々お待ちを」

 そう言って、店長はまた調理に戻る。今はお隣さんの遅めのランチを作っている最中のようだ。サクサクと野菜を切る音が耳に心地良い。
 いつもならば少々店長さんとお話させていただくところなのだけれど、隣に他のお客さんが居てはそれもやり辛い。どうしようかな、と思いながらチラリと店内を見回すと、店の奥にある液晶テレビいっぱいに私が好きな俳優、クー・フーリンが映っていた。スポーツドリンクのCMだ。

「カッコいいよねクー・フーリン」

 テレビの中で笑う美丈夫を何となしに見詰めていると、私以外のお客――当然お隣の男性ではないので、窓際の席の女性二人組の声を耳が拾ってしまった。はしたないことと思いつつも、ついついそちらの会話へ耳をそばだててしまう。

「何、アンタああいうのがタイプなの?」
「タイプっていうかさ。キレイな顔じゃない?」

 そうなんですよクー・フーリン何と言っても顔が良い!
 通った鼻筋、健康的な色味の肌、サラサラの青い髪、意志の強さを窺わせる真っ赤な眼! でもね、それだけじゃないんですよクー・フーリンは!

「キレイな顔って言ったらディルムッドとかじゃないの?」

 ああそうなんですよねそれも分かりますお二人ともイケメンとしてタイプが違うお顔立ちですからね! しかしご存知でしょうかクー・フーリンとディルムッドが並んだときの画面の破壊力! そしてそれを山ほど見られた番組のことを!

「うーん、その辺好みの問題なんだろうけどさ。私はこの間のドラマ出てたときのクー・フーリン見たときキレイな顔だなーって思ったの」

なるほどお嬢さん話が分かる! ついこの前最終回だった恋愛モノでしょうか、顔面ドアップであくどい笑み浮かべたカットとか余りに顔が綺麗で絶句しましたよね!

「んー? 私もあのドラマ見てたけど、クー・フーリンがやってた役が余りにも俺様野郎過ぎてちょっと引いたのよねぇ……。私は好青年系で出てたアーサーの方が好きかな」

 ああそちらのお嬢さんのご意見もよく分かります、確かにあのドラマでクー・フーリンが演じてた役って実際身近に居たらちょっとなぁって役でしたものね。……役とクー・フーリンを直結させて考えるんじゃねぇよ別にクー・フーリンが俺様野郎な訳じゃねぇだろうが! っておっとそうじゃないビークール、ビークール。
 それにしてもアーサーも素敵ですよね! 爽やか王子さま系イケメン。そしてそんなアーサーとクー・フーリンが以前にも共演してたことがあるんですよ、とある日曜朝の番組の劇場版なんですけどもね!

「アーサーかぁ。二人とも仮面ファイター出てたんだっけ」

 おやお嬢さん実に話が早い! そうですその通りなのです、日曜朝の『仮面ファイター』シリーズで、クー・フーリンは五年前の『仮面ファイターランサー』、アーサーはその翌年の『仮面ファイタープロト』でそれぞれ主演だったのです! 主演、即ち一号ファイター!

「仮面ファイターねぇ。最近は結構イケメン揃いで若いお母さん方にも人気って聞くけど、要は子供向けでしょ?」

 お嬢さん! どうしてさっきから私の堪忍袋をお試しになられるんですかああぁぁ何を言うか貴様! 最近だけじゃなく初代から今まで皆時勢にあったイケメン揃いだよ! ちなみに私は昭和だと2作目のVが好き! それになぁ! 私だって友達に勧められたときクー・フーリンの顔の良さに惹かれて見始めたからそんなに強くは言えないけどな、別に誰もがファイターの顔だけ見てる訳じゃねぇよ! 子供向けでしょなんて馬鹿にしてんじゃねぇぞ!
 ……と叫ぶ訳にも行かず。私に出来ることと言えば、口がもにょもにょと動きそうになるのを誤魔化すために、店長さんが出してくれたお冷やを飲むことくらいだった。見ず知らずの他人の話に割り込んで自分勝手な文句を付けるような真似、出来る訳がない。
 私が内心もやもやしているのに気付いたのか、店長さんが少しだけ苦笑いを浮かべている。お恥ずかしいことこの上ない。
 店長さんは、私がランサー好きだということを知っている。寧ろ、私よりも長く深く強く『仮面ファイター』シリーズを愛している人だ。
 


 私がこの店に初めて来たのは半年前。店名を見たときから、もしや店長さんは『ランサー』好きなのではと思っていたのだけれど、自分からは中々言い出せずにいて。
 3度目に来店したときに私がうっかり落とした自転車の鍵を拾ってくださった際に、そこに着けていたラバーストラップを見て声を掛けてくださったのだ。
 そのラバーストラップは、放送当時にガチャガチャで取った『ランサー』のロゴマーク。ファンならば一目で分かる、青と赤の二色が映えるデザインで『ランサー』のモチーフである太陽と狼を意匠化したものだ。
私にそれを返してくださった後、店長さんがポケットから取り出したのはファイティングポーズを取る変身後の『ランサー』を二頭身にデフォルメしたキーホルダーが付いた鍵だった。
 それを見てパッと顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、店長さんの何処か悪戯っぽい笑顔。こっそりと降ってきた「君も好きなのだね」と囁くような声音に何度も何度も頷いてから、店長さんと私は秘密の『ランサー』仲間だ。
『仮面ファイターランサー』は、今月頭から放送が始まった『シグルズ』、その前作『セイバー』、『EX』、『ゴールデン』、『プロト』と遡ること6作前の『仮面ファイター』だ。
 最近の作品ならばともかく、5年も前のファイターのグッズを今でも使っている人に会ったのなんて、私に『ランサー』を勧めてくれた地元の友人以外では初めてだったので物凄く驚いたし、それ以上に嬉しかった。
 それからは、一週間か二週間に一度のペースでやってきては、店長さんがお手隙の頃を見計らって、現在放送しているファイターの話をしたり、『ランサー』の好きなエピソードについて語り合ったりしている。
 でも、今日はお隣さんが居るからお喋りをするのは難しいかもしれない。店長さんは自分がファイター好きだということをあまり他人に知られたくないようだから。私に明かしてくれたのだって、私が先にランサー好きだということをうっかりと表明してしまったからなのだろうし。


 チラリとお隣さんを見ると、店の中だというのに紺のキャップを目深に被り、大きめのサングラスを掛けたままだ。ご飯を食べるときに邪魔じゃないのかな、と見ていると、店長さんがカウンター越しに「ちゃんと食べ給えよ」と言ってお隣さんへサラダを差し出した。レタス、キュウリ、トマトにドレッシングが掛かっただけのシンプルなサラダだ。よく見る日替わりランチのサラダ。でも店長さんはその後にもう一つ、小皿に乗せたマヨネーズをカウンターへ置いた。
 半年通っているけれど、店長さんがそんなサービスをしているのは初めて見た。私が知らないだけで常連さんなのだろうか。
 お隣さんは勢いよく両手を合わせてからフォークを手に取った。そのままトマトにフォークを突き立てて、トマトをマヨネーズの中へ突っ込んだ。そのままベッタリとトマトをマヨネーズ塗れにしてから口へ入れる。
 お隣さんは黙々と口を動かして、サラダの上の4つのトマトを食べ終えた。
 トマトもマヨネーズも苦手な私からしてみれば信じられない食べ方だけれど、これもまた私がとやかく言う筋合いではない話だ。……それにしても今の食べ方、何か引っ掛かるような。何だっけ、何処かで見たような気がするんだけど。
 サングラス越しだったので確信は持てないけれど、お隣さんは私が横目で見ているのに気付いたようだった。手を止めて少し私の様子を伺っていたようだけれど、特に何を言うでもなく、またすぐに黙々とサラダを食べ始めた。
 いけないいけない、不躾な真似をしてしまった。
 そうして前へ向き直った頃合いで、「前から失礼するよ」と言って店長さんがコーヒーカップと小さなお皿に乗ったお菓子を出してくれた。コーヒーしか注文していないのに、と店長さんを見ると、店長さんは立てた人差し指を唇の前に置いて、シー、と微かに息を漏らした。内緒のサービス、ということらしい。
 どうしてだろう、と内心首を傾げつつも、いただけるものはありがたくいただく。

「いただきます」

 手を合わせて、まずはコーヒーを一口。このお店のブレンドは、酸味控えめであっさりと飲みやすい、砂糖やミルクなしでも美味しくいただける一杯だ。
 一緒に出てきたお菓子は、今日のランチのセットデザートだろう。秋らしく、栗を使ったロールケーキ。うきうきしながらフォークで一口分に切っていただく。
 口に入れた途端に、しっとりとした生地の食感と、濃厚な栗のクリームと滑らかな生クリームの甘さが優しく広がる。

「美味しいです……!」
「それは良かった」

 お世辞と取ったか褒められ慣れているのか、店長さんは薄く笑んでいるばかりだ。本気です、と言い募ろうとしたけれど、店長さんは止まることなく調理を続けている。この状況でお邪魔するわけにはいかない。
 店長さんは何か揚げ物を終えたようで、まな板の方からはサクッサクッと揚げ物を切る軽い音が聞こえてくる。その上、さっきから漂っているスパイシーな香り……。
 もしやとお隣さんの様子を窺うと、先ほどのサラダはすっかり食べ終えたようだ。時折伸び上がって店長さんの手元を覗き込み、メインが出てくるのを今か今かと待ち構えている。
 その様子を見た店長さんが、クッと小さく声を漏らして笑う。今まで見たことのないような、小馬鹿にしたような笑い方だ。

「待てのできない犬でもあるまいに」

 その言葉にお隣さんはムッと来たようで少し唇を尖らせたが、グッと堪えて席へ座り直した。
 もしかしたら私が居なければ喧嘩になってたのかも。いや、それにしても店長さんがあんなことを言うのは初めて聞いた。ああいう冗談を飛ばせるほどに、気を許してる人だとか……?
 俄然お隣さんが気になって横目で見ていると、「さぁ、待ての時間はおしまいだ」とまた薄笑いを浮かべながら店長さんが大きな皿を差し出した。
 皿の上にはたっぷりのライスとそれを覆うカレー。さらにその上には男性の掌ほどの大きさのトンカツ。この店で一、二を争うボリュームメニュー、カツカレーだ。匂いと音で何となくそうかな、と思っていたけれど、やっぱり。あんまりにもガッツリした一品なので頼んだことはないのだけれど、前から気になっていたのだ。
 お隣さんはもう一度手を合わせてからスプーンを手に取った。ライス、カレー、トンカツを一匙の上に乗せて、大きく一口。
 カレーの良い匂いを嗅いで、サクサクと咀嚼する音を聞いて、お隣さんの自然と口角が上がってしまったらしい嬉しげな笑みを見ていると、どうしても食べてみたくなってきた。
 今度来るときにはしっかりお腹空かせてきて、カツカレーを頼もうかな……。
 そんなことを思っている間に、もう一組のお客さんがそろそろ席を立つようだ。
 店長さんがレジへ向かうのを見送りながら、ロールケーキをもう一口。中に入っている渋皮栗の甘露煮? グラッセ? も程よい甘さで美味しい。あっと言う間に消えていく。
 会計を終えた二人は、小さな声で楽しげに話しながらチラリと店長さんを見てから、きゃらきゃらと笑い声を上げて店を出て行った。もしかしたら、二人のどちらかが店長さん目当てで来ている子だったのかもしれない。店長さんのことだから気付いてないだろうけど。ぼんやりと眺めていると、厨房へ戻ってきた店長さんが私の前に立った。

「さて、仕事も一段落したし、君の話を聞こうか」
「へ?」

 いいのかな、とお隣さんの方を窺うと、店長さんは軽く首を横に振った。

「彼のことは気にしないでくれ。……君のことだ、クー・フーリンの話だろう?」

 店長さんの言葉にお隣さんは一瞬スプーンを持つ手を止めたけれど、またすぐに食べ始めた。店長さんが良いって言うなら構わないかな……?

「じゃあ、ちょっとだけ」

 そう断ってから、コーヒーを飲んで口を湿らせる。

「店長さんもお察しのことと思いますが、さっきのお客さん方の話がどうしても気に掛かったんです。クー・フーリンは当然恋愛ものでも輝く方ですが、クー・フーリンの魅力はそれだけじゃないだろうと! 私は言いたいんですよ!」

 本当にさっきのお嬢さんたちに言ったら完全に不審者ですから絶対にやりませんけどね!

「ほう。君が思う彼の魅力とは?」
「断然演技力とアクション能力の高さです。クー・フーリンが演じたランサーは旅の青年がひょんなことから事件に巻き込まれファイターとなったが、実は全ては遠い先祖から続く抗い難い運命によるものだった……というストーリーな訳ですが、クー・フーリンは戦う葛藤とそれを振り切って戦士として戦う意思を固める序盤を表情と声と仕草で、丁寧に演じています」
「演技に関する仕事はランサーが初めて同然だったそうだが、到底そうとは思えない出来だったな」

 店長さんもそう言って頷く。流石分かってらっしゃる。

「はい。その過程で仲間が増え喫茶ソレイユを表の姿としたSupport Of Lancerを結成。バイクのマハとセングレンが合体するマシン・チャリオットの登場回や、槍ではなく新武器の剣クルージーンを使って戦う『ランサーでなくなっとるやないかい』とテレビの前で突っ込み必至だったソードフォーム回を経て、謎の女が登場する序盤。そこから謎の女が実は二千年前から敵のゲルドゥと戦う、影の女王と呼ばれる存在であると判明し、彼女を師匠として特訓した末に力を認められ朱槍を授かる訳なのですが」

 設定のおさらいをしているだけなのに結構喉が渇く。一口二口コーヒーを飲んで誤魔化してまた話に戻る。

「ここでランサーは師匠に変身ベルトを取り上げられ、生身での戦いを余儀なくされます。そのアクションの妙たるや! バイクアクションもワイヤーアクションも全てスタントの方でなくクー・フーリン本人がやっていると知ったときは驚きました」
「ああ。軽やかな身のこなし、一転そこから放たれる重みのある蹴り、美しい姿勢での跳躍、軸のぶれない槍さばき。全ては彼の高い身体能力あってこそだった」

 店長の言葉に今度はこちらがこくこくと頷く。

「この後、師匠の口から実は彼の先祖も平和の為に戦う戦士にして太陽神の子『光の御子』だったことが判明し、二千年前に飛んで光の御子と直接会い試練を受けることとなるのですが。光の御子もクー・フーリンの一人二役で、見た目上はいつも束ねている髪を下ろして衣装やメイクを変えただけだったのに『クー・フーリンって実は双子だった?』と話題になるほど完璧な演じ分けで!」
「柔らかな物腰、柔和な表情、落ち着いた声音。常にはないクー・フーリンの演技が多々見られた回だったな」
「はい……。しかし光の御子、戦闘始まると火炎系攻撃とルーン魔術を駆使する攻めっ攻めの戦闘スタイルな上に、杖を槍のように構え出したときは『この人やっぱりランサーのご先祖様だわー! 綺麗で知的な顔してやることは力技だわー! だがしかし! だからこそ良いんですよランサーって作品は!』って友人と滅茶苦茶盛り上がりましたけどね。その後光の御子の力と記憶の一部を手にしてキャスターフォームが新しく加わる訳なのですがこのキャスターフォーム、飛び道具と言えば槍の投擲しかなかったランサーからすると初の飛び道具である火炎弾が使えるわ、スーツデザインのマントがカッコいいわで、これもまた友人と大盛り上がりでした」
「こちらも同じような状況だったよ。私の知人は『ここで遠距離攻撃に加えて光の御子の力である矢避けの加護が加わったことによりチート化するかと思いきや、より一層近距離肉弾戦にシフトしていく辺りがランサースタッフの頭おかしいポイントであり最高ポイントの一つだ』と評価していたな」
「わ、分かる……。そうなんですよね、この後出てくる新たな敵のオルタがまさかの矢避け持ちで……というか店長さんアレ初見で気付きました?」
「ああ。厳ついデザインのスーツと顔全体を覆うマスクで随分と分かり辛かったが、声を聞けば分かったよ」
「流石ですね……。私なんて全然気づかなくて、友人が『あの腹筋はクー・フーリンだよ!』と言った時は耳を疑いましたよ」

 と言うか、ファイター見るときにそんなとこ見てんのかよ、と呆れた覚えの方が強い。

「ふ、腹筋か……。いやしかし、あの重そうな尻尾の付いたスーツを着て軽々とアクションをする為に、腹筋はもちろん全身を鍛え上げたのだろうな、彼は」

 なるほど。そう思えば注目ポイントとして間違ってはいないのだろうか。今度友人に伝えておこう。

「オルタとの戦いの中で、オルタが実は光の御子から無理矢理切り離されて封印されていた闇の部分が、敵に悪用されて生まれた怪人であると判明していく訳ですが。登場してすぐの頃はキャスト欄にクエスチョンマークしか表示されていなかったので、クー・フーリンが演じていると発覚した回では『クー・フーリンって三つ子?』とネットが騒然としていましたね」
「メットオフして顔が判明した後も、刺々しい所作、感情の見えない表情、暗く低い声音、とランサーとも光の御子とも全く違う演技を展開していたからな。このオルタ役の驚異的な点と言えば矢張り、彼自身がスーツを着てアクションをやっていたことだろう。彼の高いアクション能力ありきのことだったのだろうが、従来ならば考えられないことだ」
「公式ガイドブックのインタビューで『仕事無くなったらウチ来いよ!』と平成ファイターシリーズ通して一号ファイターの中の人をやってらっしゃるレジェンドに言われた、というエピソードが載ってましたね……」
「そして普通ならば『仕事無くなるとか縁起でもねぇこと言うなよ!』などと返すところだろうに、クー・フーリンは『マジで!? じゃあファイター終わっても鍛錬続けねぇとな!』と言ったという逸話が残っているな……」

 あーもうこれだからクー・フーリン大好き。

「そしてオルタとの決着でランサーが『オレの中の光の御子が、お前と戦ってる間中ずーっとうるせぇんだよ。殺すな、そいつもオレだ! ってな。……だからさ、帰ってこいよオルタ』って言うくだりが私もう大好きで大好きで!」
「ランサーが、人殺しの罪を重ねてきたオルタを受け入れ広い心を示し、オルタと共に生きていくことを決めた名シーンだな」
「そうなんですよー! そしてオルタの力を取り込んだ結果のバーサーカーフォームが当然強い! 尻尾ブンブン振り回す戦闘カットとか滅茶苦茶興奮しました!」
「しかもこのバーサーカーフォーム、ランサーが強い精神力で抑え込まないと暴走しそうになってしまうのが展開的に難しくも美味しいところだった」
「ですよねー! 破壊力がとにかく高いフォームなのですが、その点やっぱり最初は扱い難そうでしたものね。しかもこのフォーム使ってると、毎回光の御子とオルタが口挟んできて、三人脳内会議になってて……」
「同じ声で口調自体は三人ともあまり変わらないのに、クー・フーリンの演じ分けと発言内容で誰の台詞なのかすぐに分かったものだから、却って混乱したな……」
「でも面白かったです好き……」

 違う違う、好きポイントに話がズレていた。
 ちょっと温くなってしまったコーヒーを飲んで一旦落ち着く。

「えーとお話戻りましてですね。ランサーという作品はクー・フーリンの魅力が、つまり演技力とアクション能力の高さが、全面に出ていた作品だと思うんです。だから私としては、昨今クー・フーリンが全然アクションをする役をやっていないのが勿体ないように感じてしまうと言うか。いえ、もちろん事務所方針や本人の意向で出演作を決めていらっしゃるんでしょうから、とやかく言うことではないのでしょうが……」

 店長さんの手前そう言ってはいるが、しかし私はもう、恋愛ものに出ているクー・フーリンを見ているとついつい、何故恋敵の頬っ面に一発ブチ込んで女性をかっ攫わないのか不思議に思ってしまう、という悪癖を持ってしまったのだ。口で何と言っても手遅れな気がする。
 だがそれくらい、私はクー・フーリンが演じたランサーが好きだし、ランサーを演じたクー・フーリンが好きだ。

「……もう、クー・フーリンがランサーを演じることはないのでしょうか」

 クー・フーリンは一年間ランサーを演じたすぐ後の、次のファイターであるプロトとの共演映画の後は一切仮面ファイターシリーズに登場していない。その2作後のファイターであるゴールデンを演じている坂田金時は、ゴールデン後に出演した刑事物で人気になったけれど、今年の春映画に出演していたのに。

「出来ることならまた彼が戦う姿を見たいと願うのは、君だけではないよ」

 店長さんが静かな声で、私の言葉を肯定してくれる。

「プロトに『まだファイター同士で戦いなんて真似してやがんのか?』と軽い調子で聞く様を、一体何度思い浮かべただろう。ランサーのセングレンとゴールデンのベアー号が並ぶ様を、一体どれだけの人が夢想しただろう。……EXの白野に『ヒョロっちいように見えて、中々肝が据わってんじゃねぇか』と感心する様を、幾度となく想像してきた。セイバーが戦う姿を見て女性だという認識を改めて一角の戦士であると認めるときの面白げにニヤリと笑う顔を、容易く脳裏に描くことができる」

 店長さんの静かで淡々とした声の中には秘められた熱がある。きっとこの人はランサーが放送終了してからの五年間、どの戦士を見る時も常にランサーの姿を頭の片隅に置いていたのだろう。そうでなくてはこんなこと、サラサラと浮かぶ訳がない。
 やっぱり店長さん、ランサーのこと大好きなんだなぁ。

「けれどやはり、一視聴者の私たちにそれをどうこうできる力はない。歯痒いことだがね」

 そう言って薄く苦笑いを浮かべながら、私にお冷のおかわりを差し出してくれる。カツカレーを食べ終わったお隣さんにも。

「だが、君がそのささやかな願いを心に持ち続けていることは、誰に否定されるものでもないさ。……信じていれば、何か良いことがあるかも知れないぞ」
「そうだと良いんですが」

 冷たい水で口を潤して、ふう、と息を吐く。
 信じて待つつもりではあるけれど、クー・フーリンの今の人気ぶりを見ると、それは難しいのではと思ってしまう。

「『陽はまた昇る、明けない夜はない』だよ」
「……『それでもまだアンタが道に迷いそうになるなら、オレがアンタの太陽になるさ』ですね」

 作中で何度となく登場する台詞だ。心に闇を持つ人々がゲルドゥに利用されて怪人を生み出してしまい、心折れそうになったとき。ランサーが力強く微笑んで放つ言葉。人を守り人を支えるランサーが全身で伝える、また歩いていこうと立ち上がる人の背を押す言葉。
 ファイターのメインターゲットが子供だということは私も重々承知だ。それでも、かつて子供だった大人の心にも響くものがある。ファイターはそんな作品なのだと、私は思う。

「今でも彼は、君の太陽だろう?」
「……もちろんです」

 初めて出会った中学生の頃から、大学生になった今だって。私にはランサーが最初のファイターで、最高のファイターだ。
 その時、お隣さんが手を合わせてハッキリとした声で「ご馳走さん」と言った。
 ……今の声、まさか。
 慌ててお隣さんの顔を見ると、お隣さんはサングラスを外して私へニヤリと笑い掛けた。サングラスの下から現れたのは、赤い瞳だ。
 序盤、いきなり戦いに巻き込まれたにも関わらず、迷いなく敵を見据えていた眼。
中盤、苦境にあっても仲間を元気付けるため、不敵に笑っていた眼。
後半、敵であるオルタを受け入れるときに、薄く微笑んで細められた眼。
最終回間際、割れたマスクから覗く血塗れの顔の中で、爛々と輝いて敵を睨み付けていた眼。
五年前、一年間。見詰め続けていた瞳だ。
 呆気に取られて何も言えない私に、その人はクックッと声を漏らして笑った。

「ありがとな、嬢ちゃん」

 そう言って目の前で笑ったのだ。クー・フーリンが!
 何事かと店長さんを見ると、「まったく……」と呟いて苦笑いをしている。

「折角口を噤んでいたのに、どうしてそんな真似をするのかね君は」
「よく言うぜ、全部分かってやがった癖によ」

 クー・フーリンが拗ねたように唇を尖らせるのを見て、店長さんは楽しげに笑っている。クー・フーリンはそんな店長さんの顔をしばらく眺めてからチッと軽く舌打ちし、席を立った。
 会計を済ませ、店長さんと小さく一言二言言葉を交わして、今度は二人とも穏やかな顔で笑うのが見えた。
 何か言いたくて、でも何と言えば分からなくて、私は店を出て行こうとするクー・フーリンの背中を見ていることしかできなかった。
 だが、クー・フーリンはドアの前で足を止め。

「おう、嬢ちゃん。一つ大事なこと言い忘れてたぜ」

 クルリと振り向き私を見て、悪戯っこのような顔で笑った。
 細められた赤い眼は確かに私を見ていて、私は息を飲んで押し黙った。

「来週、楽しみにしとけよ!」

 そう言って、何よりも雄弁な赤い眼をサングラスの下に隠し、クー・フーリンは店を出て行った。
 しばらく何も言えず、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干す。たっぷり3分は経った後、クー・フーリンが使っていた皿を洗っている店長さんに問うた声は、我ながら茫然としていた。

「店長さん……さっきの、夢じゃないですよね……?」
「ああ。敵の幻術や変装の類でもない」
「ひえぇ……」

 こんな脳内混乱状態で次の授業ちゃんと受けられるのか……。ん? 次の授業?
 店の時計を確認すると、次の授業まであと10分。すぐに店を出ないと間に合わない時間になっていた。

「ごっ、ごちそうさまでした!」

 慌てて席を立ちレジへ向かうが、店長さんは緩く首を振った。唇に人差し指を当てて、ニンマリと笑う。

「口止め料な、と彼が言っていたよ」
「あっ、ああ……ありがとうございますとお伝えください……」

 クー・フーリンにコーヒー奢られた……。私今日死ぬんじゃないだろうな、この後事故らないように気を付けなきゃ……。

「承ったよ。さ、行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございますごちそうさまでした!」

 そう言って店を飛び出した私の頭の中では、いつまでもいつまでもさっきのクー・フーリンの笑顔と言葉が繰り返し繰り返し再生されていた。
 五年前の最終回一回前から後は一度たりとも聞けなかった、ランサーの「来週、楽しみにしとけよ!」の言葉。
 来週、一体何があるんだろう。何もなくて、ただファンサービスとして言ってくれただけなんだろうか。でも、心はついつい期待してしまう。全力で自転車を漕いでいるからだけではない心臓の弾みで、全身がうるさかった。
 結局次の授業には無事間に合ったけれど、終始上の空になってしまった。



 それから数日、そわそわしながら過ごす日々に少し疲れ始めていた頃。その日最後の授業が終わった後にSNSを確認してみると、情報が怒涛のように流れてきた。

【12月超楽しみ!】
【ダメだ情報だけで嬉し過ぎて涙出てきた】
【最近全然ファイター追っ掛けてなかったわ、シグルド今からでも間に合うよな】
【ガワだけじゃないんだよね? 本人出るんだよね?】
【ランサーファンに朗報! 5年ぶりに帰ってくる!】

 食い入るように情報を追うと、どうやら12月初旬に公開されるセイバーとシグルズの交代タイミングの劇場版に歴代のファイターが何人か登場するらしい。その中にランサーの姿が、クー・フーリンの名前が含まれているのだ。拝むしかない。
 公式発表の情報を拡散した後、一言【陽はまた昇る、明けない夜はない】と書き込むと、間もなく私にランサーを勧めてくれた地元の友人がその一言に星を付けた。
 堪らず教室を飛び出して駐輪場へ向かう途中、即座に友人へメッセージアプリで短く一行だけ送信する。

【年末年始帰るから、絶対予定開けといて!】

 すぐさま既読になって、ポンポンとやり取りが始まる。

【アンタと見るより前に一人で行くけど】
【こっちもそのつもり! 少なくとも3回は行く!】
【デカいタオル持ってくんでしょ】
【当然!】

 だって、こうしている今だって涙が出そうなのを堪えているんだから。ランサーの姿を見た瞬間に涙が出るに決まっている。
 とりあえず前売り券を買うのは明日にして、今日は『SOL』へ急ごう。
 店長さんにお時間がありそうなら、ランサーの話をして、クー・フーリンの話をして、12月の劇場版の話をしよう。
 今日の夕飯は奮発して、カツカレーに挑戦してみようかな。胸がいっぱいだから、食べ切れないかな。
 そんなことを考えながら、自転車の鍵をポケットから取り出す。ランサーのラバーストラップを見ながらニヤける私は、きっと怪しかっただろう。
 けれど、そんなの気にしていられない。自転車に飛び乗って漕ぎ出すと、冷たい風が頬を刺していく。
 


 人生で一番待ち遠しい冬は、もうすぐだ。


Comments

  • ヒサギ
    April 9, 2019
  • そー

    久々に読みましたが、やっぱりすきですーーーー

    January 10, 2019
  • とこあか

    …ありがたいです。…ありがとうございます!スーツアクターさん大好きアクション大好きな槍弓クラスタの自分にぶっささりました! おかしい、槍弓萌えと同時にアクション萌えが止まらない…。

    April 16, 2018
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