許容と甘受
このお話で終わりです。ほんともう、 書 き 切 っ た !! !! という気持ちでいっぱい。アーチャーめんどくさ可愛い。あーもうどうやったらこの子幸せになってくれるんだろう…ということをずっと考えながら書いてました。なかなかに難産だった分、達成感半端ないです。
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心ここに非ずといった様子で、ぼんやりとしたまま掃除を続ける己のサーヴァントを見る。昨日ふらりと出かけ、慌ただしく帰ってきたかと思えば霊体化して隠れ、朝からこの状態である。それでも美味しい食事が出てくるのだから身に付いた習慣とは恐ろしいものだ。
一体何があったのか問いただしたい。しかし、そうそう素直に口を割らないのが己のサーヴァントである。少しくらい話してくれてもいいのに、と溜め息を吐いた時、弓兵のポケットからカチャッと音がして床に落ちた。
「アーチャー、アンタ落としたわよ」
「え、あぁ、すまない」
赤い、宝石のペンダント。
生前彼が持ち続けた、大切な彼と己を繋ぐ触媒。それを拾って弓兵に返す。
「…凛、なんだその顔は」
「えー? 別にぃ?」
いつも持っているらしいことや、傷どころか曇り一つないところから大切にしてるのだろうとか、渡した時の心底ほっとしたような顔とか、自身の持ち物だったものが彼の支えになっていたことが垣間見えて、それが嬉しくて、顔がにやけてしまったようだ。
「アンタも士郎も、私がいなきゃダメってことが分かっただけよ」
「…私はアレほど酷くないと思うが?」
「別方面で酷いってこと、自覚してよね。まぁ、どっかの誰かさんのおかげで少しはマシになったみたいだけど…ねぇ、アーチャー」
そうして、彼女は本音を言う。
「私――幸せになってほしいの」
揺れて、光を失い、鋼になった瞳を見て、これは間違えたと、間違えてしまったと、後悔した。
***
買い物に行ってくる、というのはただ彼女から逃げるためだけの口実だった。彼女があんなことを言うとは思わなかった。
この身に幸福など受け取る資格はないというのに、彼女は願っているらしい。どうしてそのような無駄なことをするのか。己のような男のことは放っておけばいいだろうに。何度傷付けたことか。何度裏切ったことか。それでも世話を焼くのだから彼女も物好きなお人好しだ。
物好きと言えば槍兵もそうだ。技量は罪の証ではないと否定され、誇っていいと認められた。たったそれだけのことで自身を受け入れることが出来そうだと思った。けれど、それだけだ。それだけで満たされていたのに、なのに。
…いや、これ以上はいけない。余計な思考を排除して、普段の己に戻らなければ。なに、昨日は突然のことで混乱していたために色々と、流されて逃げられてしまったが、時が経てばなんら支障は――。
――お前が好きだ。
どうして、あの男の言葉が離れないのか。
アルスターの大英雄。光の御子。クランの猛犬。今も尚、愛されて止まないアイルランドの英雄クー・フーリン。そんな男が、なんで、どうして。ぎりっと歯を鳴らす。
「なんつー顔してんだよ、お前」
目の前に現れたのは件の槍兵だった。手に釣竿を持っているのは港から帰る途中だからか。槍兵は溜め息を吐くと弓兵の腕を掴み、歩き出した。
「離せ、ランサー」
「よく言う。強がりもいい加減にしろ」
言葉に含まれた呆れと怒りの意味が分からなかった。そうして手を引かれるまま歩き、辿り着いたのは昨日食事をしたビルだった。そこの誰もいない屋上に行き、槍兵は適当な場所で胡坐をかいて座る。
「なんかあったか」
「…凛に、」
弓兵は槍兵の斜め後ろに立ち、ぽつりと呟くように口を開いた。
「凛が、幸せに、なってほしい、と」
一度弱いところを見せてしまったせいか、どうも緩んでいる。この男と過ごすうちに精神を覆っていた鉄がどろどろに溶かされて、中身が出てしまいそうになる。…それが許せない。
「お人好しが過ぎると思わないかランサー。彼女は、彼女のことだけを考えていればいい。私など、放っておけばいいものを」
そんな価値などないというのに。
「やっぱ馬鹿だな、お前。」
座れと隣を指差す槍兵。弓兵は大人しくそれに従い、正座して座る。
「幸せになってほしい、ね。そりゃあ家族同然の奴相手にそう願うのは当然だろうよ。理解出来ねぇってツラすんな」
「か、ぞく…?」
わしゃわしゃと頭を掻き混ぜられるも、槍兵の言葉に呆然としている弓兵は抵抗しなかった。多少自身を受け入れられるようになったばかりのところに爆弾を放り込まれて混乱しているのだろう。そこに畳み掛けるように槍兵は言葉を続ける。
「それに、嬢ちゃんの《自分》っつー括りの中にはちゃんとお前も入ってんだろうよ。そんくらい分かれ」
「なぜ?」
「そりゃあ好きだからだろ」
好き? 誰が?
凛が? 私を?
馬鹿じゃないのか。そんなこと有り得ない。だって私は、オレは、彼女を裏切った、傷つけた、悲しませた。そんな許されないことをしていて、どうして、なんで。
――幸せになってほしいの。
「なんで、そんなことを、言える」
オレを好きだと戯言をのたまうこの男も、オレの幸福を望む彼女も、なぜ、そう、願える。
「だから、そんなん――」
駄目だ。問いかけたのは失策だった。違う。聞きたかった訳じゃない。知りたかった訳じゃない。駄目だ。頼む。否定してくれ。違う。違うんだ。答えないでくれ。
何か、壊れる。
その前に弓兵は槍兵の唇を自分のそれで塞いだ。重ねただけの衝動的な行為だった。
「…お前さあ、なんでそう、あー…ったく。んな顔すんなって」
「どんなだ」
「んー…なんつーか、命乞いするみてぇな?」
「そんなことは、ない」
絞り出した声は情けなくも震えていたことが己でも分かるほどであったが、槍兵は「はいはい」と流すだけで追及はしなかった。だが肩を引き寄せて抱き締められた。なぜだろうか。体に力が入らない。
「あったけぇだろ?」
「むしろ熱い。子供か貴様」
「お前が冷え切ってるだけだろうがこの馬鹿。この大馬鹿野郎」
じくじくと痛む。体が蝕まれるような、精神がどろどろに溶かされていくような、そんな錯覚を起こしている。
「いいんだよ、そんくらい受け取ったってよ。捨てんなよ。貰っとけ。歩いてくために大事なモンだろ?」
ぎりっと歯を鳴らす。
耐えるように。食いしばるように。解けぬように。
しかし、どうしても――零れていく。
「き、みが…っ」
槍兵の肩を砕かんばかりの力で掴み、押し留めようといたものがついに、溢れた。
「君がっ、そうやって《オレ》を! 引っ張り出すから!!」
今までどんな想いで押し留めてきたと思っている。理想を抱いて、裏切られて、死んでも諦めきれず、摩耗して、忘れたと、これで息がしやすくなったと、そう思っていたのに。
「――さびしい。」
置き去りにしてきた日常が、自ら手放したそれらが、今になって惜しくなって。そうしたら目の前にぽん、と差し出されて。けれど、受け取る資格などないと、分かっているから。
「どうしようもなく、さびしいんだ…っ」
弓兵の顔がくしゃりと歪む。情けない顔を見せまいと槍兵の肩に埋め、熱くなった目頭をどうにか元に戻そうとする。しかし、槍兵の労わるように髪を梳く行為が、それを許してくれなかった。
「よかったじゃねぇか」
槍兵は言う。
「寂しい、ってのは“こちら側”にいる証拠だ」
防音と、人避けと、結界のルーンを二重にして張る。この強情っぱりが気兼ねなく、思い切り、吐き出せるように。
「まぁ、なんだ。ここにはオレしかいねぇからよ、楽にしとけや」
それでもう、限界だった。
「っ、う、」
ぼろっと。
「う、う、ぐっ、ううう、」
大粒の涙が零れて。
「っあ、ぁあ゛ああああああ…!!」
声をあげて、泣いた。
槍兵の言葉に、存在を赦された気がして、弓兵は手放したはずの感情を拾い上げた。
***
日が暮れるまで泣き続け、疲れたのか眠ってしまった弓兵を背負い、槍兵は遠坂邸に向かう。面倒くさいやつだと思う。これは相当質が悪い。それも全部ひっくるめて愛しいと思ってしまったのだから仕方がない。屋敷が見えた。門を開け、玄関に向かうと遠坂凛がいた。
「そっか、変えたのはアンタだったんだ」
なにやら複雑そうな顔をしている。心底ほっとしたかのような、獲物を横取りされて腹立たしいような、そんな顔だ。
「なぁ嬢ちゃん。コイツくれよ」
「嫌よ。私のアーチャーだもの」
即答の上にきっぱりと言い切られた。
「でも、そうね」
凛は二人の横を通り過ぎ、門の前で振り返ると。
「責任は取ってもらうから!」
そうビシッと指を突き付けて敷地から出ていってしまった。大方衛宮邸にむかったのだろう。やはりイイ女だと槍兵は笑い、屋敷に足を踏み入れた。リビングのソファーに弓兵を下ろし、横にして寝かせると床に座り込む。
「あーあ、真っ赤じゃねぇか」
目尻をつつっとなぞると弓兵がむずがるように身じろぎ、うっすらと目を開けた。瞬きを繰り返しているがどうもぼんやりしている。眉間の皺がないとこうも幼く見えるものなのか、とじっと見つめていたら、頬に手を伸ばされた。それに手を添え、「どうした」と問いかける。
「らん、さー」
「おう。なんだ?」
ゆるりと言葉の続きを促すように微笑むと、弓兵は瞬きを一度して、億劫そうに話す。
「きみは、わたしを、すきだと、そういったな」
「言ったな。それがどうした?」
その言葉を覆すつもりなど毛頭ない。まさかとは思うが、有り得ないだの、気の迷いだの、ふざけたことをぬかすつもりではないだろうなと嫌な予感がした。しかしその危惧は杞憂であった。
「おれは、そういうことが、わからない…だから、きみに、あずけようと、おもう」
ゆらりと起き上がると崩れるように槍兵に寄りかかる。そしてのろのろと顔を上げて真っ直ぐ、その赤い瞳を見据えた。
「すきにしろ。きみなら、いい」
そう言って再び眠りにつく。
槍兵は言葉の意味を呑み込むまでに数秒かかった。
今、コイツはなんと言った。どんな顔をした。好きにしろと。オレならいいと。それはどういう意味だ。どういう意味合いを持って、そんな、穏やかな顔を。
「~~っ! あーーー!! ちくしょう!! やられた!! これだからコイツはずりぃってんだ!!」
ちくしょう、と今一度呟くと俯き、片手で顔を覆うと指の隙間から、己の胸に寄りかかったまま眠る弓兵を見る。無防備すぎる。頑なに見せなかった心がこんなにも反則めいたものだとは思わなかった。この男、本当に、どうしてくれようか。
「くっそ、質悪ぃ…」
縋るように服を掴んで離さない弓兵の傍から離れる気など微塵も起きず、ならば、と槍兵は弓兵を抱き抱えるとソファーに寝転がった。己は仰向けに、弓兵は俯けにして正面から抱き合うような体勢になる。少しばかり寝苦しいが、寝顔が見れるのでよしとしよう。
朝日が眩しい。弓兵はゆるゆると目を開け、至近距離にある槍兵の顔を見ると飛び起きた。いや、正確には飛び起きようとした、だ。がっちりと背中に回された腕のせいで逃げられない。どうにか腕を解こうと足掻くも、筋力差のせいでびくともしなかった。
「っ、この…っ」
朝から心臓に悪いものを見せられた。普段の人懐っこい笑みや、戦闘中の獣を彷彿とさせる荒々しさに隠されているが、この男の顔はとても美しいのだ。そんなものを寝起きに直視してしまっては落ち着かない。
「筋力馬鹿め…!」
そう悪態をつくと下からくっくっと笑い声が聞こえた。まさかと思い、そろそろと槍兵の顔を見れば、そこには心底おかしいと言わんばかりの表情がありありと浮かんでいた。こちらの視線に気付いた槍兵が頬を撫でる。
「よお、起きたかアーチャー」
「早く離せ!!」
「なんだよ、好きにしろっつったのはお前だろ?」
「そ! れはっ、そうだが!」
昨晩の己の発言は憶えている。あれは確かに本心ではあったのだが、そう盾にされるとは思ってもいなかった。ぐ、と黙ってしまった弓兵の頭をぐしゃぐしゃと撫で、「拗ねんなよ」と、槍兵は言う。
「そんなことはない」
「いーやあるね」
「ない!」
「ある」
「ないと言っているだろうが!!」
「い゛ってぇ!! 図星だからって頭突きすんな馬鹿!!」
「うるさいいいからさっさと離せ!!」
「やだね!! ぜってー離してやんねぇ!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、ふと、この屋敷の主はどこにいるのだろうかと弓兵はようやく思い至った。彼女は人をからかって遊ぶのが大好きだ。こんなところを見られたらしばらくネタにされ続けるだろう。
「嬢ちゃんならここにゃあいねぇぞ。坊主んとこだろ」
「…なぜ君が凛の行方を知っている」
「そりゃあ昨日会ったし」
「は?」
「責任取れとまで言われたし」
「はぁあああああ!?」
驚愕に声をあげる弓兵に対し、槍兵はけろっとしている。それがなんだ、些細なことだろう? と言わんばかりであった。その態度に思うところがなかった訳ではないが、これでは諦めるしかないと思ってしまったのも事実である。
「もう、勝手にしろ…」
「言われなくてもそうする」
「…随分と機嫌がいいな貴様」
それは当然だろうに。脱力する弓兵は気付いているのだろうか。
なんだかんだ言いながらも服を掴んだまま、力を抜くことすらしていないことに。いや、気付いていたらこんな行動はしまい。そんな無意識の甘えを見せられて喜ばない奴がいるだろうか。
「ま、たっぷり愛してやるから早く慣れろ」
「あいッ、…私は君のそういうところが苦手だ…」
「オレはお前のそういうとこが可愛くて仕方ねぇよ」
そう言って額に口付けると耳まで真っ赤に染まった。槍兵は弓兵を抱き締め直し、ゆるりと笑う。
「覚悟しろよ、アーチャー。全部明け渡してもらうからな」
もう既に奪われている、という弓兵の呟きは槍兵の耳に拾われることなく消えていった。
end!
Comments
- 月城 紗弥October 4, 2023