呪いと舌
こちらは『贄と花』というセタ弓の完結済ファンタジーパロの後日譚の四話目です。
後日譚のため、本編のネタバレがてんこもりです。
よろしければ、先に本編をお読みください。
本編の1話目はnovel/9262736です。
全16話。一話は短めです。
前日譚の1話目はnovel/9372358です。
全9話。
「のろいとした」
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細い三日月が細やかな星と共に少しばかりの光を落としている。
静かな、良い夜だ。
賑わう街も夜半を過ぎればすっかりと眠りにつき、穏やかな静寂に包まれる。
良い街だ。
王都から離れ、しかし独自の発展を遂げたこの街は自主性が強く、住まう人々も自由でありながら秩序を守る。人の行き交いが激しい故に善悪は常に混在するが、それを許容する懐の広さがあった。気に入って住む者も多い。
そこまでになったのは、近くにある森の存在が大きかった。豊かな森は清らかな水と風を運び、肥沃な土壌を近隣に与えた。守られた森であったからこそ、その恵みは半永続的な保障があり、人々は安心して頼ることが出来た。
森に捧げられた贄を代償にして、発展した村はやがて街へと変わりその様を変える。
百年、二百年、三百年……。
最早、森の温情を知る者もいなければ、贄の存在を知る者もいない。
ただ、細く伝わるお伽話のような言い伝えが残るばかりだ。
開け放した窓の外へ煙草の煙を吐き出す。
白く煙るそれが、濃く青く満たされた夜に溶けて消えるのを見届け、キャスターは部屋の中に視線を移した。
そこには、小さな子供が立っていた。
褐色の肌の連れを含めて話している内に朝市の時間は終っていたが、市場を改めて見たいというので買い出しに付き添い、何だかんだと朝飯を作ってもらい、そのまま何だかんだと話している内に、昼と夜と美味い飯が作られ、結局泊まっていくことになったのだ。
そう仕向けたのはキャスターで、子供はそれをわかっており、それとなく森に帰るよう促していたが、街の新しいものと、何より家のキッチンが連れの興味を引いたらしい。
キャスターも美味い飯を食えて役得だった。
子供の白い肌が闇に浮かび上がるようだ。低い背丈に短い手足、頬は柔らかな線を描くというのに、顔つきは丸きり子供のそれではない。表情が、というわけではない。眉や瞳、口元、どれもがどっしりと落ち着き、風格すら漂わせている。
(中身は変わんねぇってか)
頭ではわかりながらも、落ち着かない姿にまた一口煙草を吸い、紫煙を吐き出しながら軽く声をかける。
「便所の位置がわからなくなったか?」
「なんだそりゃ、馬鹿にしてんのか」
高く可愛らしい子供の声だと言うのに、言い方も言葉も大人のそれである。
子供は短い足でててて、と駆け寄ってくると、断りもなく窓辺に座るキャスターを通り越して、子供から高めの位置にある窓枠に一跳びし腰かけた。
「連れは?」
「寝てら。あいつ等に任せてきた」
「そうかい」とゆっくりとキャスターは答え、それから何も言わずにまた煙草を燻らせる。子供も口を開く風でなく、窓枠から垂らした足をぷらぷらと揺らした。
変わらぬ静寂が再び落ちる。
いつまでもそうしているのは構わなかったが、煙草が短くなってきた。いい加減に妥協してやらねばなるまい。気質すら似ていることはわかっているから尚更、このままでは話が進まない。この男の考えていることが少しばかりでもわかることが腹立たしいこともある。
「で?」
灰皿に煙草を押し付けて、口火を切る。
「で?」
一際大きく足をぶらりと揺らし、子供がこくりと首を傾げる。
「……子供は早くベッドに戻れと、俺に言わせる気か?」
わからないふりをする子供に、キャスターは低い声で言った。
「子供扱いをしろと言うなら、大いにしてやるよ。お望みならな」
「お前……」
もう一本吸おうと、薄い紙を手に取り、
「怒ってんのか?」
思わず、キャスターはそれを破いた。
「……」
何も言わず、新しい一枚を手に取り、たばこ葉を入れて形を整え巻いていく。いつもより歪な形になってしまったのは仕方ないことだろう。
「……俺をそんな薄情な野郎だと思ってんのなら心外だ」
マッチで火を点け、煙を吸い込んでから、湧き上がる感情と共に吐き出す。
「いや、思っちゃいねぇが……。そうさね、少しばかり驚いている」
子供は、細められた赤い目に誤魔化すように言葉を重ねる。
「お前のことじゃねぇ。わかっちゃいたが、やっと実感がわいた気分でな」
魔の混ざらない空気を吸い、吐き出す。あの森に満ちていた空気は人の世に決してあり得ないものだ。
「戻ってきたなぁと思ったわけだ」
幼子が、その目に柔い光を宿してキャスターを見る。
男が時折見せるこの目が、キャスターは少々苦手だった。どうしたらいいのかわからなくなるのだ。
「……戻って来ても、ここに来る気はなかったろう」
だから、それを受けたままにするりと核心をつく。
「蜜月と洒落こむのに邪魔というならばまだマシだがな」
「……」
「そうじゃねぇその理由が俺は心底気に食わん」
大きな瞳がさらに大きく開かれ、それからニィと笑った。嫌な笑みだとキャスターは思った。
「良い男に育って俺ァは嬉しいね」
「何を言ってンのか全くわからん」
呆れと共に煙を吐く。
「俺にも一本と言いてぇところだがな」
「構わんが、手前ェの連れにどやされるのだけは勘弁してくれ」
いかにも真面目そうな男だ。中身を知っているとはいえ、子供に煙草を渡したと知れれば何を言うか。
「良い男だろ」
口の端を上げ、子供が言う。それは決して子供のする笑みではない。
「惚気んな」
素っ気ない声で言うが、子供はますます嬉しそうに笑うばかりだ。
ようやく手に入れた男だから、そうするのも仕方ないのか。しかし付き合ってやる義理はない。
「そうさね、良い男ではあるな」
鍛えられた肉体と対照的に幼い顔立ち。褐色の肌。強い意志の宿る鋼の瞳。柔らかそうな白髪。強固に見えるがどこか危うさがある。惹きつけられるのは、この身体に流れる血のせいか、それとも──。
「だろ。やらん」
「いらんわ。……しかし、危険ではあるな」
対魔力も元々もつ魔力が低い。その上に、封じられた年月が、魔の森で過ごした年月が長すぎて、その体も心も摩耗しきっている。
やっと生きている状態といってもいい。
魔の森を封じたまでの技量と精神力、贄となり身を捧げた潔さ。あの男の脆さを半面にした強さが、彼を人ならざるものにして尚その体を動かしている。
「本人だけの話じゃねぇ」
人の身では決して成し得ない所業を経て、人ではない人として生きる身の中には、通常では得ることが出来ない力が凝縮されている。
「だいぶ力を分けてるな。半神の恩恵を惜しみなく受けてるのがよくわかる」
「……」
「狙われるぞ、と俺が言うまでもねぇな」
魔術が衰退したとはいえ、その神秘の力を欲しがる者は少なくない。否、衰退したからこそ渇望する者たちがいる。
キャスターはそのことをよく知っている。
目の前の小さな子供もまた、それをよく理解している。長い年月生きているからこそ。半神でありながら人の世を生きてきたからこそ。
体を縮める前までは、その大きな手でキャスターを救い出して導いた。