「私は、ランサーのことが好きなのだろうか?」
「ハィッ!?」
カルデアキッチンの守護者から突然放り込まれた爆弾に、ロビンフッドは思わず頓狂な声を上げてしまった。
申し訳ないが、少し相談に乗ってもらえないだろうか。そんな言葉に頷いて訪れたアーチャー・エミヤの部屋。そこで投げ込まれた爆発物であった。
ロビンフッドとエミヤはカルデアが人理修復に乗り出した初期に召喚されたメンバーである。まだ英霊の少ない頃に、戦闘だけでなく、カルデアという施設の復旧にも共に取り組んできたということもあり、今回の現界ではそれなりに親しい関係を築いている相手であった。
だからこそ、相談があると言われた際に一も二もなくその相談に乗ることを了承したのだが、そこでまさかこんな話が出て来るとは想像もしていなかったのである。
いや何でオレにそんな相談を持って来たんだアンタ。
ロビンフッドは思わず胸の内で呻いてしまった。
他人の色恋沙汰など、できる限り関わりたくないものだ。少なくともロビンフッドはそう考えている。恋バナなどといって聞きたがる者が多いことも理解しているが、色恋などという人の感情ばかりで成り立つあれこれは、変に関われば酷く面倒なことになるものなのである。
どうしてだか面倒ごとに巻き込まれることが多いと自覚しているロビンフッドからすれば、他人の色恋沙汰などできれば避けて通りたい相談事の一つなのだ。
いや本当に何でオレ相手にそんな爆弾を持って来たんだ。
もう一度胸の内で呻いてから、ロビンフッドはひそりと息を吐き出した。
まあ、でも今回はまだ運が良い方か。
エミヤがランサーと呼ぶのは、槍兵のクラスで顕現したクー・フーリンのことである。色々と因縁があるのだとは聞くが、ロビンフッドは詳しい事情を知らない。情報を得るというのは、それだけ面倒ごとに巻き込まれる可能性が高くなるということでもあるので、敢えて詳しくは触れないようにしている部分でもあった。
しかし、過去の事情はともかく、現在の事情についてであればロビンフッドもよく知っていた。
ランサーは、エミヤに好意を寄せているのである。
その想いがどれ程のものなのかは流石に知らないが、気付けば何かとアプローチを仕掛けているのだから、ここカルデアでランサーのエミヤへの想いを知らない者などほとんどいないと言って良かった。
そんな相手に対する恋愛相談なのだ。じゃあ両想いじゃないですか、と恐らくは尻込みしてしまっている相手の背を押してやるのが、今回のロビンフッドの役目なのだろう。
ただでさえ面倒な性格をしている男から面倒な相談事を投げ込まれたと身構えてしまったが、少し話を聞いてやって背中を押してやれば良いのだから、恋愛相談とはいえそんなに面倒なことにはならないはずだ。だからロビンフッドは、今回はまあ運が良い方か、と息を吐いたのである。
相談したいことがあると言ってロビンフッドを呼んだくせに、先程の言葉を告げたきり、エミヤはむっつりと口を引き結んで言葉を発しなくなってしまっていた。おまけに眉間には盛大に皺が刻まれていて、恋愛相談をする表情じゃねえなあ、とロビンフッドは内心苦笑を零した。
「オタク、槍の旦那のことが好きだったんですね」
てっきり、その気がないからあの人のアプローチに応えてないんだと思ってましたよ。
会話の糸口でもなければ話しにくいのだろう、とロビンフッドは相談内容を引き出すつもりでエミヤに言葉を投げかけた。少しばかり軽い口調になるよう意識したのは、そちらの方が言葉を続けやすいだろうという配慮故である。
しかし、それに対して返されたエミヤの言葉に、そんなロビンフッドの配慮は消し飛んで行ってしまった。
「何を言っているんだ君は。それを、私は君に訊いているんじゃないか」
「……は?」
またも間抜けな声が零れ落ちた。
「だから、私は、ランサーに惚れていると思うかね?」
続けて紡がれた言葉に、ロビンフッドはぽかんと口を開けてしまった。
ランサーに惚れていると思うか?
投げかけられた言葉を頭の中で繰り返す。恋愛相談だったという衝撃が強すぎて気付いていなかったが、思えば、最初に投げ込まれた爆弾も、確かに疑問形の体を成してはいたのだ。
「いやなんでアンタの気持ちをオレに訊いてくるんですか!?」
一拍置いた後、ロビンフッドは思わず叫んでいた。何をどうすれば自分の気持ちを他人に尋ねようなどという発想に至るのか。
至極当然だろうロビンフッドの叫びに、ぐ、と小さく唸った後、わからないからに決まっているだろう、とエミヤは眉間の皺を更に深くして言葉を零した。
ぽかんと、再び口を開けて固まってしまった。わからないって、何だそれは。
呆けたロビンフッドをちらと眺めてから、エミヤは訥々と言葉を続け始めた。
「…マスターに、ランサーのことが好きなの?と、何故か訊かれたんだ」
はたと、目を瞬かせる。年頃の少女であるマスターにとって、恋の話は酷く胸が躍るものであるらしい。様々な英雄たちの恋の話をよく聞いているのは知っていたが、そんな乙女の敏感なセンサーが目の前の赤い弓兵にも働いたということなのだろう。
「勿論、そんなわけがないだろうと否定したさ」
そう言った後、だが、と悔しそうにエミヤは続けた。
「実は以前から、何度か女性陣に同じことを、訊かれているのだ。その度に当然否定はしてきたのだが、マスターまでそんなことを言ってきたものだから、一度きちんと考えてみるべきかと、そう思ったのだよ」
「…それで、どうしてオレにアンタの気持ちを訊くなんて羽目になったんです?」
周囲から何度もランサーのことが好きなのではないかと訊かれたため、一度きちんと自分の気持ちについて考えてみようと思った。
そんな経緯はわかったが、それでどうしてロビンフッドを巻き込む羽目になったのか。どうにも掴めない話の流れに眉を顰めてしまう。
「…誰かを好きかどうかとは、どう判断すると思う」
「そりゃあ…一緒にいてドキドキするだとか、つい相手のことを思い出しちまうとか、ですかね」
突然投げかけられた問いに、パッと浮かんだ答えを返した。何となく綺麗ごとばかりを口に出したが、当然そんな可愛らしいもので収まるわけもなく、相手を抱きたいだとかキスをしたいだとか、その人の全てを手にしたくなるだとか、そんな欲望だって抱いてしまう相手が、好きな相手というやつだろう。
「で、どうだったんです?」
ロビンフッドの答えを聞いて小さく唸った後、再び黙り込んでしまったエミヤを促すように口を開く。自分の気持ちを考えようと思ったのであれば、当然ランサーに対して胸がときめくかどうかなんて結論が出ている筈だろう。
思えば随分と青臭い話をしていることに気付いて、ロビンフッドは何となくむず痒いような気持ちになった。これで目の前の相談者が可愛らしい少女であったならば救われただろうが、実際はロビンフッド以上に筋肉の付いた成人男性が相手なのだ。
なんつう話をしてんだか、と内心むず痒くてたまらなくなってきたが、ここで話を終わらせるわけにはいかないだろう。
ロビンフッドはもう一度、それで?とエミヤに答えを促した。
「ランサーのことを考えたり、近くにいるのだと意識したりした時に、心拍数が上がることに、気付いた」
「……それで?」
「気付けば、奴のことを考えてしまっていることも、ある」
酷く悔しそうに紡がれた言葉に、マジか、とロビンフッドは思わず口の中で言葉を転がしてしまった。
エミヤの眉間の皺はますます深くなっていて、傍から見るととてつもなく不機嫌な顔に見えた。けれど、その褐色の肌がいつもより僅かに色濃いことに気付いて、ロビンフッドはもう一度マジか、と胸の内で言葉を零した。もしその頬に手を当てたならば、きっと酷く熱くなっているのだろう。
「そんなの、もう結論が出てるじゃないですか」
胸がドキドキと高鳴って、ふと相手のことを思い出してしまって。性欲の有無などという話までは聞きたくないため訊かないが、そんなの恋だの愛だのというもの以外の何だと言うのか。
けれどロビンフッドがそう言った途端、エミヤはきっと眦を吊り上げた。
「何故君までそんな結論に至るんだ!」
「いや、何故も何もないでしょうよ」
思わず呆れた声が出た。その声音にぐ、と呻いてから、エミヤは再び悔しそうに口を開いた。
「…確かに、私もその結論に至った」
「そりゃそうでしょうね」
「だが、私がランサーのことを好いているなんて、そんなわけがないだろう!」
ぐわりと吠えたエミヤに、ロビンフッドは目を瞬かせてしまった。
ランサーを好いているわけがない。エミヤの言葉がくるりと回って、そうしてからもしやと推測が浮かんで、ロビンフッドは思わず額に手を当てたくなってしまった。
自分の気持ちに向き合ってみたところ、どう考えてもランサーのことが好きだという結論に至ったが、ランサーに恋をしている自分を認めたくなくて、どうにか否定できないものかと足掻いている。そんな状況なんじゃねえか、これ。
あくまでも推測だが、目の前の男の様子を考える限りどうにもそれが真実に思えて、ロビンフッドは堪えきれずに溜息を吐き出した。
「オレにその想いを否定してほしかった、てところですかね」
「…自分ではもうわからなくなってしまったからな。冷静な第三者の意見を求めた、というだけだ」
取り繕うように冷静な声を出したエミヤに、ロビンフッドは気付かれないようにもう一度息を吐いた。
第三者の意見を求めたなどと言うが、ロビンフッドがアンタはランサーのことが好きなんでしょう、なんて真実を突きつけたところで、エミヤは納得しないに違いない。どう考えたって時間の無駄であったし、酷い面倒ごとであった。
「アンタは納得しないでしょうけど、一応オレの意見を言っておきましょう。アンタは、間違いなく槍の旦那のことが好きですよ」
「そんなわけが…ッ」
「はいはい、ないんでしょうね。なら一つアドバイスするんで、是非それを実行してみてくださいよ」
今度はエミヤの方がはたと目を瞬かせる番であった。アドバイス、と繰り返した男に頷き返してみせる。
ぴ、と人差し指を立てて、ランサーの部屋の方向を指差してから、ロビンフッドは口を開いた。
「今から、あの人のところに行って、キスの一つでもしてきてください」
「……は?」
目を見開いた後、エミヤは盛大に眉を顰めてみせた。蔑むような気配まで漂っていて、思わず肩をすくめてしまいたくなる。
「なんだその即物的な考えは」
眉間の皺を更に深くしたエミヤに、ロビンフッドは溜息で応えてみせた。
「気持ちで理解できないってんなら身体で理解するしかないでしょうが」
「いくら相手が奴だからといって、そんな馬鹿げたことに巻き込むわけにはいかないだろう」
「安心しろよ、あの御子殿はアンタにキスされて気分を悪くさせるなんて、絶対しないでしょうから」
それどころかたいそう喜ぶに違いないが、それは今言うことではないだろうと、ロビンフッドは口を噤んだ。
ロビンフッドに相談を持ち掛けるまで、きっとそれなりに長いことエミヤは一人で、自分はランサーのことが好きなのだろうかと悩んでいた筈である。そう簡単に誰かに相談を持ち掛けるような性格ではない筈だから、恐らくこの推測は間違っていないだろう。そうやって悩んでいる時に、その想い人からアプローチを受けたら、普通は何かしらの反応をしてしまうものだろう。けれど、今の今までランサーのアプローチに対するエミヤの態度は、少なくともロビンフッドが見る限りは何も変わっていなかったのだ。
そこから導き出せることなど一つだ。この男は、あんなにもわかりやすいランサーのアプローチに、気付いていないのである。
そうなったら、ロビンフッドからそれを伝えるわけにはいかないだろう。
「そういう問題ではない。好きでもない相手にキスをされるなど、拷問じゃないか」
「拷問という程じゃないでしょうよ。大体、悪い提案じゃないと思うんですがね。キスをして嬉しければ好き、不快に思えば好きではない。こんなに単純でわかりやすい判断方法はないと思いますよ?」
「いや、しかし」
「自分じゃ解決できなくてオレにまで相談を持ち掛けてくるなんて、余程悩んでるんでしょ。不快なのは一瞬で、それが終わればずっとアンタを苛んでいた悩みが解決するんですよ?どう考えたってキスしてみた方が良いじゃないですか」
それともアンタ、槍の旦那をたかがキスの一つや二つで許し難い程に腹を立てるような、そんな狭量な男だとでも思ってるんですか?
合理的な考えを好む男に、いかにキスを試すことが合理的であるかを説明し、ダメ押しのようにランサーは気にしないはずだと付け加えてみせる。
さて、うまくかかれば良いが、と改めてエミヤの顔を見れば、相変わらず酷く悔しそうな顔をしていて、ロビンフッドは思わず苦笑を零しそうになった。まったく本当に、恋愛相談をしている時の表情ではないだろう。
「一理あるだろう?」
最後の一押しを言葉にしたところで、重く長い息をエミヤが吐き出した。
「…確かに、一理ある」
「だろう?」
「……わかった。相談しておきながら、アドバイスを試さないというわけにも、いかないだろう。君のアドバイス、試してみようではないか」
渋々と、という表現が似合う返事ではあったが、間違いなく受諾の言葉であった。
良し、と気付かれぬように胸の内で拳を握る。そうしてから、ロビンフッドは早速と立ち上がった。
「なら、行きますよ」
「は?どこにだね」
「槍の旦那の部屋に決まってんでしょ」
時刻は夜である。夕食を終えた後は基本的には各自の部屋で過ごすことになっているため、ランサーも自室にいるはずであった。
「いや待て、何も今すぐ行かなくても良いではないか」
「何言ってんですか。こういうのはやると決めた時に勢いでやらなかったら、どうせずっとやらないままで終わるんですよ」
そうなったらオレが相談に乗った時間が無駄になるじゃないですか。
そう付け加えてやれば、ぐ、とエミヤが呻いた。自分の悩みに付き合わせたうえに、その相手の時間を無駄にすることになるなど、エミヤの性格的に許容できないだろう。そんなロビンフッドの推測は当たっていたようで、暫く呻いた後、エミヤもロビンフッドに続くように立ち上がった。
ほら行きますよ、と先導する形で部屋を出れば、どこか迷うような気配を漂わせながらもエミヤが続いた。
そのまま無言で歩くこと数分。
カルデアは大変広いため、相手によっては部屋に行くまでに随分と時間が掛かってしまうが、生憎とエミヤとランサーの部屋は近いため、あっという間に目的地へと辿り着いた。
恐らくロビンフッドの後ろに続く男にしてみれば、辿り着いてしまった、という表現の方が相応しいのだろう。
ランサーの部屋の扉に拳を翳したところで、ロビンフッドはエミヤに視線を向けた。一瞬うろと視線を漂わせた後、視線を合わせて小さく頷いたエミヤに、ロビンフッドも頷き返してみせた。
翳していた拳でコン、と扉を叩く。
どうぞ、と中から聞こえてきたことを確認してから、ロビンフッドはランサーの部屋の扉を開いた。
部屋の主はベッドの上で寝転がって端末をいじっていたようで、その姿勢のまま横目でこちらの方へ視線を向けていた。
「なんだ、ロビンか。どうし、た…?」
ロビンフッドの後ろにいるエミヤに気付いて、ランサーが言葉を途切れさせた。すぐさま立ち上がり目の前までやってきたランサーに、ロビンフッドは静止の意味を込めて掌を向けてみせた。
その状態で、ほら、と後ろで所在なさげにしていたエミヤに、前に出るよう促す。
うぐ、と呻きながらも、促されるままランサーの前に立ったエミヤが、その、と口を開いたところで、ロビンフッドは勢いよくその背を押した。
油断していたのだろう身体は当然前へと倒れ込み、ランサーの腕の中へと収められる。
ランサーにとっても突然のことであった筈なのに、エミヤを受け止めた腕はきっちりとその腰に回されていて、流石は英雄様って奴だなとロビンフッドは何となく面白くなってしまった。
「!?ロビン、一体何を…ッ!?」
慌てて両手でランサーの身体を押すようにしながらエミヤが後ろを振り向いた。上半身は僅かにランサーから離れたが、腰に回された腕はそのままのせいで、エミヤは相変わらずランサーの腕に抱き込まれたままの状態になっている。
驚きつつも、せっかく想い人が胸の中に飛び込んできたのだから、と恐らくエミヤが気付いて指摘するまでは抱き込み続けるつもりなのだろう。
その様を確認してから、ロビンフッドはもう一つ爆弾を投げ込んだ。
「その人、アンタのことが好きなのに、どうしても認められないらしいんですよ」
なっ!?とランサーの腕の中で爆発物が叫んだ声を聞きながら、ロビンフッドは急いで壁のパネルを操作して扉を閉じた。
まさに今、部屋の中では盛大な爆発が起こっていることだろう。だが、それはもうロビンフッドには関係のないことであった。
結局エミヤの方からキスできるのか、それともキスをされるのか。その結末は知らないが、エミヤの不毛な悩みはこれで解決することだろう。
『私は、ランサーのことが好きなのだろうか?』
そんな問いを自分に延々と投げかけて、どうしたって否定できなくて、遂にはロビンフッドまで巻き込んで。それが恋でなければなんだというのか。
まったくなあ、とゆるりと息を吐き出す。
「まあ、末永く爆発しろ、てやつだな」
はーやれやれ、と一仕事終えた疲労感と共にもう一度溜息を吐いて、ロビンフッドは自分の部屋へ向かって歩き始めた。
幸せに繋がるというのなら、思う存分爆発すれば良いのである。