ファーストキスのレモン味
■昨日槍とキスをした弓の話。
■ファーストキスはレモン味ってホント?とぐだに訊かれて、さてどうだろうな?と笑いながら、いっぱいいっぱい過ぎて何もわからなかったな、と内心真っ赤になっている弓が見たかったので書きました。
- 89
- 77
- 1,908
昨日、ランサーとキスをした。
正確に言えば、ランサーと、掌越しにキスをした。
何の前触れもなく、突然アーチャーのことが好きだなどと言い出したランサーに、私も君のことは大切な友人だと思っているさ、と返したところでの暴挙であった。一体どうしたのかねと続けようとしたアーチャーの口を手で覆い、その手越しにランサーはキスをしてきたのである。
『直接こういうことをしたいっていう意味での好きだからな』
キスをしているのと同じだけの至近距離で、燃える瞳がアーチャーを射抜いていた。
『返事は急かさねえ。急かさねえが、有耶無耶にするつもりはねえからな。お前の気持ちが定まってからでいいから、返事を聞かせてくれ』
そんな爆弾のような言葉まで付け加えてから、ランサーは今は間接キスで我慢しとくわ、とアーチャーの口に触れていた己の掌にキスを落として去っていったのである。
昨日からずっと頭の中で繰り返され続けている光景に、幾度目かもわからない呻きを漏らしてしまった。
ランサーと、キスをした。
本当の意味でキスをしたわけではない。アーチャーの口とランサーの口の間にはランサーの手が差し込まれていた。実際にアーチャーの口に触れていたのはランサーの掌だ。けれど。
すぐ目の前、キスでもしなければあり得ないような距離に、ランサーの顔があったのだ。キスをしているのだと頭が誤認識してしまいそうな程の距離であったし、熱であったのだ。
『ねえ、ファーストキスはレモン味って、ホント?』
不意に、今日の昼に立香から言われた言葉が頭を過ぎる。
バイト先のカフェの常連である女子高生は、きらきらと橙色の瞳を輝かせて、アーチャーにとってだけタイムリーな話題を出してきたのである。
『…何だね、突然』
『あ、あの!勿論ただの比喩だとはわかっているんです!ただ、』
『何というか凄く素敵だな、ときめくな、て思ってさ!そう思ったらホントかどうか聞いてみたくなっちゃったんだ。ね、マシュ』
『は、はい!』
甘い期待に煌めく少女たちに、さてどうだろうな?と笑ってみせた時の顔はいつも通りの表情を保てていただろうか。
その時のことを思い出して、アーチャーはそっと息を零した。
恐らくはファーストキスなどとうに経験済みだろうという思いから投げかけられた話題だが、アーチャーはまだファーストキスを経験したことはない。アーチャーが経験したことのあるキスなど、昨日のランサーとの掌越しのキスだけなのである。
『レモン味なのかどうかは本当に経験した時にわかることだし、それを君たちに教えるのは、私ではなく、君たちの未来の恋人であるべきだろう。私から教えるわけにはいかないさ』
そう片目を瞑ってみせたが、アーチャーもファーストキス未経験者であるから、彼女たち同様答えは持ち合わせていないのだ。
けれど。
あんな掌越しのキスでさえ頭がパンクしてしまって何も考えられなくなったというのに、ファーストキスの味など到底わかるとは思えないな。
想像するだけで火を噴き出しそうな程に熱い頬を持て余しながら、アーチャーは天井を仰いだ。あー、と意味もなく声を出してしまいたくなる。
昨日、ランサーと掌越しにキスをした。そうして、ランサーから告白、されたのだ。
これ以上ない程の至近距離にあったランサーの顔。熱く燃える血色の瞳。口に当たった硬い掌。間近で感じた息遣い。未だに信じられない告白としか受け取れない言葉たち。
昨日からずっと頭の中でぐるりぐるりと回り続けるそれらに、思考回路が全て乗っ取られているかのようだった。
掌の上の飴を意味もなく転がしながら、どうしようもないなとゆるりと息を吐く。
ピンポーン。
不意に鳴ったドアチャイムの音にびくりと肩が跳ねた。
慌てて玄関に向かいドアを開ければ、ランサーがどこか居心地が悪そうな顔をして立っていた。
「あー…流石に、昨日の今日で、飯を食いに来ないかと言われるとは、思わなかったんだが…」
視線をあちらこちらに彷徨わせるランサーの腕を掴み、有無を言わさず中へと引っ張り込む。
「!?あ、アーチャー!?」
驚き開かれた口に手に持っていた飴を放り込んでから、アーチャーはもう一度ぐいとランサーの腕を引っ張った。本当は頬に手でも添えるべきなのだろうが、そんなことを考える余裕はアーチャーにはもうなかったのだ。
バタンと遅れてドアの閉まる音が響く。
ファーストキスは、確かにレモンの味がした。
Comments
- わんわんおMay 20, 2024