ランサーはクリスマスを想い人と過ごすらしい
■槍がクリスマスを想い人と過ごすと知った弓の話。
■去年の年末に書いたクリスマスネタです。とことん季節外れ。
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ランサーはクリスマスを想い人と過ごすらしい。
クリスマスパーティーに誘ったら断られちまった、と唇を尖らせたランサーと同じゼミの知人からの情報である。何でもようやく約束を取り付けることに成功したそうで、邪魔するなよと釘まで刺されたらしい。
イケメンに特定の相手ができるのはありがたい限りだけど、あいつがいた方が盛り上がるのによ、と続けた男に、それは残念だなと頷き返す。
講義が被った時などに話をすることはあるが、彼はランサーの友人であって私の友人ではない。あくまでも知人の域を出ない男がわざわざ私に声を掛けた理由は、勿論そんな愚痴を零すことではなかった。
ランサーの想い人が誰なのかエミヤは知っているか。
好奇心が隠しきれていない問いに思わず苦笑してしまう。友人の恋バナなんてものは女も男も興味を持ってしまうものなのだろう。
残念ながら全く知らないな。
そう正直に答えれば、エミヤも知らないのかぁ、と至極残念そうにぼやいて彼は去っていった。
それがつい先程の出来事である。
何故私が知っているなどと思ったんだ、だとか、もし知っていたとしても、ランサー本人が教えていないのであれば私が教えるわけにはいかないだろう、だとか色々と思うことはあったが、それ以上に今胸の内に渦巻いているのはランサーへの憤りであった。
クリスマスを想い人と共に過ごす。大変結構なことであるし、ようやく約束を取り付けたなどと表現するのであれば、まだアタックしている最中で恋人にはなれていないのだろう。そんな中での約束なのだと思えば、ランサーの恋が進展するのかもしれないと、相手が誰かは知らないし、想い人がいることすら知らなかったが祝ってやりたいとも思う。
しかし、である。
他の人との約束が入ったのであれば、きちんとキャンセルの連絡を寄こすのが礼儀ではないのか。
苛立ちのまま胸の内で悪態を吐けば、言葉にしたせいでますます腹立たしくなってきてしまう。しかし仕方がないだろう。なにせ、私はランサーとクリスマスを一緒に過ごす約束をしていたのである。
事の発端は、私のクリスマス時期のバイトが無くなってしまったことであった。
クリスマスは客が多くなるというのに、人手はどうしても不足してしまう。そんなバイト先のカフェの事情も鑑みて、去年も一昨年もクリスマスはバイトのシフトを入れていたのだが、学生の時にしか作れない思い出を作りなさいと、今年はバイトに入ることを断られてしまったのである。人手はどうにか確保したから、と拳を握ったマスターの顔が随分と晴れやかであったものだから、私としても素直に好意として受け取らざるを得ない状態であった。
その結果として、私はクリスマスの予定が一切無くなってしまったのである。
カフェでバイトをしている方がツリー等の飾りを目にする分クリスマスらしい気がするんだがな、とクリスマスの予定を訊いてきたランサーに思わずぼやいてしまう程に、私のクリスマスの予定は真っ白であった。そのぼやきに、ならオレと一緒にクリスマスを祝おうぜ、と何やら嬉しそうにランサーが誘ってくれたのが二日前のことである。
想い人との約束が取り付けられたのがいつなのかは知らないが、そんなふうにランサーの方から誘ってきたのだから、少なくとも私との約束の方が先約であったはずだ。それにも関わらず、私に対してキャンセルの連絡が一切ないのは、どう考えたって失礼にも程があるだろう。
別に私との約束があったにも関わらず、他の約束をすること自体は構わないのだ。想い人と共に過ごすチャンスが手に入ったのであれば、仮令先約があったって飛び付いて然るべきだろう。
だが、それによって果たせなくなる約束があるのであれば、きちんとその旨を連絡すべきではないだろうか。
現状を整理すれば整理するほどどうしても苛立ちが募り、抗議の電話でもしてやるべきかと、スマートフォンを手に取る。そのまま連絡先を開こうとしたところで、いやしかし一度頭を冷やすべきではないかとふと思い至り、そっと息を吐き出した。
正直な胸の内を明かすのであれば、私はランサーに誘われたことが大変嬉しかったのである。けして伝えるつもりはないが、私は同級生であり自惚れても良いのであれば親友といっても良いだろうランサーのことが、そういう意味で好きなのだ。そんな相手からクリスマスを共に過ごそうと誘われたのだから、私が内心大いに浮かれていたことは言うまでもないだろう。
そうだというのに、その約束が反故にされるのだということを、本人の口からではなく伝聞の形で知ってしまったのである。
キャンセルの連絡がないことはどう考えても失礼だと思うが、楽しみにしていたことが無くなってしまったという感情がその憤りをより強くしているのではないかと言われたら、全く否定できない状態であった。
いったん、落ち着こう。
ゆるりと深呼吸をして頭を振る。抗議の電話をする気持ちに変わりはないが、必要以上に憤りをぶつけるわけにはいかないだろう。
ああ、それにしても、本当に楽しみにしていたんだがな。
ほんの少しばかり落ち着いたところで、ほつりとそんな想いが胸から湧き上がった。
本当に、楽しみにしていたのだ。
クリスマスイルミネーションを二人で見に行って、せっかくだからちょっと豪勢なディナーを食べて。
ランサーが提案してきた過ごし方は、クリスマスデートのド定番のようなもので、男子学生が、しかも友達同士がやるものではないだろうと、思わず突っ込みたくなるようなものであった。しかもちょっと豪勢なディナーと言ったって、金に余裕のない学生にとって外での豪勢な食事は少々懐に厳しいため、ランサーの家のキッチンを借りて私が作ることになっていた。つまり、ランサーの家で料理を作ってから一緒にイルミネーションを見に行き、その後ランサーの家に戻ってちょっと豪勢なディナーを食べることになっていたのである。
どこのクリスマスデートだと言いたい。言いたいが、女子学生二人がそうやって過ごす場合には、楽しそうな女子会だと思う内容であるから、男子学生二人がそう過ごしたってなんら不思議ではないのだろう。デートだなんだと思ってしまうのは、私がランサーのことを好きだから連想してしまうだけのことなのだ。
まあつまり、ランサーとのクリスマスデートを疑似体験できそうだなという意味でも、私はランサーとの約束を楽しみにしていたのである。
ランサーと共にクリスマスを過ごせるというだけでも嬉しかったのに、そんなデートの疑似体験までできる予定であったのだ。それらが失われることになったのだから、キャンセルの連絡がなかったことに対する憤り以上の感情を抱いてしまうのも仕方のないことであろう。
しかし改めて考えてもやはりクリスマスデートのような内容である。思えば想い人と過ごすクリスマスに相応しいような気もするため、もしかしたらランサーにとって私とのクリスマスは本命と過ごす際のリハーサルであったのかもしれない。イルミネーションを見た後に一緒に手作りディナーを食べる。そこでプレゼントでも渡せば随分とロマンチックで素敵な愛の告白ができるのではないだろうか。
そう考えると尚のこと、その疑似体験ができなくなってしまったことが残念であった。
はあ、と重い息が零れた。
とりあえず、何も連絡がないことについて抗議して、それから想い人と過ごすらしいクリスマスを祝おう。
伝える内容を確認しながら連絡先を開いてランサーの名前をタップする。三コール目で繋がった電話から聞こえる『アーチャー?どうした?』という声を遮って口を開いた。
「ダブルブッキングが発生したのであれば、きちんとキャンセルの連絡を行うのが人として当然の礼儀ではないかね」
『……は?』
「クリスマスは、想い人と過ごす約束をしたのだろう?」
『え、はっ!?おま、なんでそれ…!?』
電話の向こうで大いに慌てるランサーの様子にふんと鼻を鳴らしてしまう。慌てるくらいであればさっさと別の予定が入ったんだ、とキャンセルの連絡を寄こせば良かったのである。
「先約があるにも関わらず他の予定を入れたこと自体は気にしないがね、それによって私との予定がキャンセルになるのならきちんと連絡を寄こすのが当然だろう。それなのに今の今まで君からは何の連絡も無いんだぞ。私に失礼だと思わないのかね」
苛立ちのまま言葉を紡いでいったところで、ふと気付く。もしかしたら想い人と約束を取り付けられたことに浮かれて、うっかりと私との約束があること自体を忘れていた可能性もあるのではないだろうか。
ランサーは粗雑なところもあるが、通すべき筋はきちんと通す男である。予定がキャンセルになったのであれば、普段のランサーであったら絶対に連絡を寄こしてくるに違いないのだ。
それほどまでに浮かれる出来事だったのだとしたら、私に対して連絡がなかったのも仕方がないことだったのかもしれない。不意に気付いたそれがどうにも真実であるような気がして、これ以上抗議しようという気持ちがなくなってきてしまった。キャンセルの連絡が無かったことに対しては相変わらず不誠実だと思うが、私との約束自体を忘れていたのであれば、連絡が無いのが当然なのである。
とにかく、と気持ちを切り替えるように声を上げた。
「君とのクリスマスの予定がキャンセルになったことは了解した。あと、想い人と約束を取り付けられたことについては祝福の言葉を言わせてほしい。おめでとう。良いクリスマスを過ごしてくれたまえ」
そう言い切ったところで、『ちょっと待てやッ!!』とランサーが叫んだ。あまりの大声にきぃん、と耳が痛んだ。その大声と、随分と焦った様子に一体何なんだと顔を顰めてしまう。
「なんだ突然」
『いやそれオレの台詞だわ!なんで突然お前との予定がキャンセルになったことになってんだよ!』
続けられた言葉にはたと目を瞬かせてしまった。クリスマスに私と過ごす予定がある状態で、想い人ともクリスマスを共に過ごす予定ができたのである。これで私との予定がキャンセルになったのでなければ、どうやって想い人と過ごすというのか。
もしや私も含めた三人で過ごそうなどと考えているのではあるまいな、と微塵も浮かばなかった考えが浮かんで、そんな馬鹿な話があって堪るかと盛大に眉間に皺を刻んでしまう。ランサーは一体何を言っているんだ。
「想い人と、クリスマスを過ごすんだろう?」
先程も確認したことを繰り返せば、ランサーはいや、それは、そう、だけど、と何やらもごもごと言い淀んだ。照れ臭いのか何なのかは知らないが、はっきりと返ってこない言葉に小さく息を吐く。はっきりとした言葉は返ってこないが、零れ落ちている言葉はどう考えても肯定の言葉だろう。
「想い人との予定が入ったのであれば、私との予定はキャンセルになったと考えるのが当然だろう。それくらい言われなくてもわかることだ」
『いや、待て、まずそもそも、なんで想い人が云々なんて言葉がお前から出て来るんだよ!』
呆れと共に紡いだ言葉にランサーが噛みついてくる。そこでようやく、先程の彼から話を聞くまでランサーに想い人がいること自体把握していなかったことを思い出した。ランサーからすれば、知らぬ間に想い人がいるということがバレている状態なのである。自分のことに置き換えたらとんでもない状態だ。何やら挙動不審になるのも当然のことであった。
「先程君の友人に、想い人と過ごすからという理由でクリスマスパーティーの参加を断られたと聞いたんだ」
そう素直に答えれば、電話の先からあの野郎…と恨みがましい声が聞こえてきた。想い人がいるということが私にバレるのは、ランサーにとって好ましくないことであったらしいとわかって、何だか申し訳なくなってくる。
君の想い人が誰なのかは私も彼も全くわかっていないから、そこは安心してくれ。
そう伝えようかとも思ったが、余計な一言である気もして口を噤む。小さく悪態を吐いているのが聞こえる状態でそれを言うのは、火に油を注ぐようなものだろう。
ひとしきり悪態を吐いて落ち着いたらしいランサーが、とりあえず、と切り替えるように声を上げた。
『とりあえず、お前との予定はキャンセルじゃねえから!』
「いや、しかし、君は想い人と過ごすのだろう?」
『それは否定しねぇけど!』
「なら私との予定はキャンセルだろう」
何を言っているんだと至極当然のことを言えば、そうだけどそうじゃねえんだよ、と呻く声が聞こえてきた。ランサーが言いたいことが全くわからず、眉間の皺が深くなってしまう。
クリスマスは想い人と過ごすのに、私との予定はキャンセルしない。滅茶苦茶である。
「君な、自分が支離滅裂なことを言っていることは理解しているかね?」
『お前ならそう言うってわかってたけど、そうじゃねえんだよ…っ!』
何故か悲痛な声を上げるランサーに困惑してしまう。言っていることはどう考えても支離滅裂で滅茶苦茶だというのに、そんな声を上げられては、キャンセルだろうと言うこちらが悪いような気がしてきてしまうではないか。
「いやしかしな…」
『お前の疑問に対する答えとか全部クリスマス当日には話すから、今は色々訳が分からないままでいいから、頼むからキャンセルにしないでくれ…!』
頼むよ、と続けられた声が随分と必死で、キャンセルにしたいのは私ではなく君のはずなんだが、と思わず零してしまった。それに対して、だから違うって言ってるだろ!?とやはり何故か必死にランサーが言い募る。
『なあ頼むよ。お前と一緒にクリスマスを過ごしたいんだよ』
「……言っていることはどう考えても滅茶苦茶だが、ひとまず、了解した。君がそう言うのなら、約束通りクリスマスは共に過ごそう」
私との予定をキャンセルしないでどうやって想い人と過ごすんだ。
そう言ってやりたいが、私とて可能であればランサーと過ごしたいのだし、そう告げたらランサーが随分と喜んだものだから、私はまあいいか、と全てを投げ出すことにした。当日になってドタキャンされることになっても、私としてはそれはそれで構わないのだ。
お前と一緒にクリスマスを過ごしたいんだよ。
聞いたばかりの言葉を胸の内で繰り返す。その言葉だけで私はもう十分満たされてしまっていて、一足先にクリスマスプレゼントを貰ったみたいだなと、ほんのり笑ってしまった。
ランサーは確かにクリスマスを想い人と過ごしたのだと私が知るのは、クリスマスの当日、ディナーの後にプレゼントを渡された時である。
私との約束がある状態でどうやって想い人と過ごすつもりなのか。
その答えは酷く単純なことだったのだが、それはまた別の話だ。
ただ言えるのは、ランサーは確かに、クリスマスを想い人と過ごしていたのである。