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【第17回】コロナ禍に不眠症の減薬治療を始めてよかったこと

心療内科医ロンタン(仮称)の指導のもと、減薬治療に取り組んでいたのは2020年3月からの1年間。

コロナが始まって保育園や学校が閉鎖になり、仕事で予定されていたイベントも中止になり、すべての仕事のミーティングがオンラインに切り替わった、まさにそのタイミングで「ここを逃したら、もうチャンスはない気がする」と感じて、治療をスタートしたのでした。

コロナの頃の漂っていた「未来の気配」


今、これを書いているのは2025年3月。もうあれから5年が過ぎました。コロナが5種に移行して世の中的に「やっと終わったね」となったのが2023年5月なので、そこから数えてもそろそろ2年になります。

コロナ真っ只中だったあの頃の、社会の空気というか、私たちの目の前にうすぼんやりと見えていたような気がした「未来の気配」みたいなものを覚えているでしょうか?

通勤がなくなって、
余暇が増えて、
都心に住んでいる意味がなくなって、
オフィスの空室率が上がり始めて、
これまでイケイケだった企業の業績が落ち込み、
また一部の新興企業の株価が爆上がり、
嫌な飲み会には行かなくてよくなって、
嫌な人にも会わなくてよくなって、
家族や友人の存在がより大切に感じられて、
地方に移住する人も増えてきて。

お、このまま、社会は大きく変わっていくんじゃないか?
しかも、もしかしたら、いい方向に。

感染のリスクや経済的ダメージに怯えつつも、そういうふんわりとした希望が、あの頃、世の中全体にあった気がします。実際、当時のメディアの記事やSNSの投稿には「新しい資本主義」とか「共感経済」といった言葉が溢れていました。コロナ禍をある種の禊(みそぎ)として、より人間的でしなやかで温かい時代に変化していくかもしれないし、そうなってほしいという期待に包まれていました。

コロナが与えてくれたモラトリアム


そんな中、私はロンタンと二人三脚で減薬治療を進めていたわけですが、あの世の中の空気は、確かに、私の減薬治療に少なからぬ影響を与えていました。

コロナ禍の2-3年は、社会全体の緊張の糸がぷつんと切れたままになっていた稀有な時間だったと思います。この先、時代が変わるにしろ、変わらないにしろ、beforeコロナとafterコロナの間にある、宙ぶらりんで曖昧な期間。終わる時期が明確には見えないモラトリアム(猶予期間)のようなもの。

これから先、
仕事はどうなっていくのだろう、
会社はどうなっていくのだろう、
生活はどうなっていくのだろう。

いろんな不安はありつつも、いったんコロナが終息するまではどうしようもない。ひとまず感染しないように気をつけて、ジタバタせず、淡々と過ごしますか。そんなあきらめが、少なからぬ人の中に、そして私の中にもあって、押し寄せてくる不安から守っていてくれていたとも言えます。

コロナ禍、減薬治療中の生活


そんなわけで、コロナ禍が与えてくれたモラトリアムの中で、淡々と減薬治療を続けていました。

当時の生活はこんな感じ。

7:00くらいにベッドから起き出して、朝ごはんの支度をして、保育園が再開してからは娘を8:00過ぎに送り届け、ちょっとのんびりして10:00くらいから仕事をする。家の書斎にこもりきりだと気が滅入るので、散歩がてら近所のカフェまで出掛けてそこで仕事の続きやランチ。17:00前には仕事を切り上げてあとは家族の時間。週に2-3回はジムで水泳(これは不眠に関係なく20年以上続けている日課)。平日夜や休日の仕事は、よっぽどのことがない限り基本なし。

移動時間がゼロになったので、1日に入れられる会議やミーティングの量は、仕事時間が減っても同じまま。むしろ移動がなくなると、移動時間を計算してギリギリの中でスケジュールをやりくりするストレスや、移動と移動の間でランチを慌ただしく外食で済ませることもなくなったので、精神的に余裕が出てきました。

そして何より大きかったのが飲み会がなくなったこと。

お誘いを断ることもなく、治療中飲み会を「ほぼゼロ」にできたのはありがたいことでした。家で飲む時は夕飯時のみなので遅くとも20:00には飲み終えますし、量もグラスに1-2杯。コロナ後期になって飲み会が復活しても、早めに飲み始めて20:00にはおひらきといったケースがほとんどだったので、帰宅していつも通りの時間に就寝できました。前にも書きましたが、「飲み会」は本当に不眠症にはつらいのです。

「停滞」を「前進」と捉えること


世の中全体がある意味、止まっていた2-3年だったから、相変わらず眠れないままいっこうに心身は楽にならずとも、それほど焦ることもありませんでした。

いろんな仕事がキャンセルになったり延期になったりしても、それは自分のせいではなく、コロナという不可抗力のせいだから、落ち込んでも仕方がない。そう考えていました。

自分の意思で仕事量を減らすのではなく、コロナによって自然に仕事量が減ったことも、治療にはポジティブに働きました。

私のように過労からきている不眠症を治すには、やっぱり、アドレナリンを吹き出させて走り続ける生き方を、少しずつ軌道修正していくしかないと思います。でも、その生き方しか知らない人が、同じ仕事、同じ生活を続けながら、変えていくのは本当に難しい。

これからの3年間は不眠症を治すことに集中しよう。その間、仕事のペースが落ちたり、キャリアアップが遅くなったり、あるいは収入が多少減っても、よしとしよう。いろんなことが滞るように見えても、それは気にしないようにしよう。

そのくらいに割り切っていて、自分に長めのモラトリアムを与えてあげるのがいいんじゃないかと思います。私のように「1年で減薬治療を完了」というのは極端な例で、2年とか、3年とか、あるいはもっとか、余裕を持たせておくこともきっと大事です。

ところが、割り切ったところで、治療が順調に進み次第に眠れるようになるとも限らないのが不眠症のつらいところ。治療を最優先していろんなことをあきらめ、割り切ったところで、「前に進んでいる感じ」が掴めないということもあるだろうなあ、と容易に想像できます。

減薬治療中、怖くて薬を減らせない、減らして眠れないからまた元の量に戻してしまった。そういう「前に進まない感じ」も、これまでアドレナリンに振り回され「前に進んでる感じ」に酔いしれてきた生き方から脱却するプロセスだと捉え直す。

そして、これまでの自分には受け入れ難い「前に進まない感じ」を、挫折感なく受け止められたら勝ち。そう思えたら、きっと確実に前に進めているんだと思います。



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【第17回】コロナ禍に不眠症の減薬治療を始めてよかったこと|すずきまどか/【連載】神ねむ
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