全国有数の進学校、私立灘中(神戸市)の今年の国語の入試問題にパレスチナの2詩が出題された。ゼイナ・アッザームさんの「おなまえ かいて」とムスアブ・アブートーハさんの「おうちってなに?」。
入試問題が明らかになるとSNSには「涙で解答用紙をボロボロにする自信がある」「入試問題を読んで泣くとは思わなかった」「灘中の先生すごい」と絶賛する投稿が相次いだ。しかし同時に「動揺して試験どころではない」「情緒に訴えかける試験問題は好ましくない」などと否定的な意見も。「パレスチナ側からだけで、イスラエル側の視点がない」と入試における政治的偏向を問題視する声も上がり、大きな議論を呼んだ。
なぜこの詩をつくったのか、日本での議論をどう思うのか。米国在住の原作者である詩人2人に直接聞いてみた。
返ってきたのは、1948年のイスラエル建国から難民を運命づけられたパレスチナ人の人生の意味。そして2023年10月から始まったパレスチナ自治区ガザの戦闘で感じた深い苦悩だった。(共同通信ニューヨーク支局=篠原雄也)
▽二つの詩
『おなまえ かいて』 (作・ゼイナ・アッザーム、訳・原口昇平)
あしに おなまえかいて、ママ
くろいゆせいの マーカーペンで
ぬれても にじまず
ねつでも とけない
インクでね
あしに おなまえかいて、ママ
ふといせんで はっきりね
ママおとくいの はなもじにして
そしたら ねるまえ
ママのじをみて おちつけるでしょ
あしに おなまえかいて、ママ
きょうだいたちの あしにもね
そしたらみんな いっしょでしょ
そしたらみんな あたしたち
ママのこだって わかってもらえる
あしに おなまえかいて、ママ
ママのあしにも
ママのとパパの おなまえかいて
そしたらみんな あたしたち
かぞくだったって おもいだしてもらえる
あしに おなまえかいて、ママ
すうじはぜったい かかないで
うまれたひや じゅうしょなんて いい
あたしはばんごうになりたくない
あたし かずじゃない おなまえがあるの
あしに おなまえかいて、ママ
ばくだんが うちに おちてきて
たてものがくずれて からだじゅう ほねがくだけても
あたしたちのこと あしがしょうげんしてくれる
にげばなんて どこにもなかったって
ガザでは、自分の子どもが殺されても身元が分かるよう、子の名前をその足に書くことにした親もいる。―2023年10月22日CNN報道
(原文「Write My Name」は2023年10月30日の「Vox Populi」に掲載。)
『おうちってなに?』 (作・ムスアブ・アブートーハ、訳・山口勲)
おうちっていうのはね……
それは通学路に立つ木立がつくる日陰 根っこから木をぬかれる前のこと。
それはおじいちゃんおばあちゃんの結婚式の白黒写真 壁が粉々にされる前のこと。
それはおじさんがお祈りにつかう敷物、冬の夜は何十匹ものアリがその下で休んでいたんだ 盗まれて博物館に入れられる前のこと。
それはかまど、おかあさんがパンを焼き鶏肉を焼いていたんだ 爆弾が家をがれきにする前のこと。
それはカフェ、サッカーの試合を見たり遊ん―
息子が止める。たった三文字の言葉ひとつで
いま言ったことぜんぶ受け止められるの?
(原文「What is Home?」は2022年の「Things You May Find Hidden in My Ear」に掲載。アブートーハさんの名前の表記は灘中の入試問題と異なるが、翻訳した山口さんの強い希望のため)
※原作者の2人と訳者の2人のそれぞれから許可を得て転載。
▽戦時下の子どもの声を代弁
「おなまえ かいて」の詩人、ゼイナ・アッザームさん(69)は、2023年10月にイスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘が始まった直後、悲劇的なニュースに接した。「ガザでは空爆で殺されても身元が分かるよう、親が子どもの足に名前を書いている」。数日で詩を書き上げ、自ら感じた絶望的な恐怖を表現した。
パレスチナ難民の親の下、シリアで生まれた。10歳のころから米国に住む。ヨルダン川西岸は何度も訪れたことがあるが、厳しい立ち入り制限のあるガザ訪問は過去に1度。いったい、戦時下の子どもは何を感じ、どう理解しているのか―。彼ら、彼女らの声を代弁するため、子どもの目線で詩を書いた。
「足」に注目した理由については切なそうに、こう説明した。
「ガザが絶望の極みにあった証しだ。親からすれば無力さと深い苦悩、悲嘆の行為だっただろう」と思いをはせる。「足は本来、歩いたり、走ったりするためのものだ。戦争下でいえば、足は逃げるためのものだろう。でも(イスラエルによって閉鎖された)ガザでは、どこにも逃げられない。足は本来の役割じゃない『証言』を背負わせられる」。「ガザは軍事占領されてきた。今起きているのは紛争でなくジェノサイド(集団殺害)だ」
▽「単なる評価の指標として扱わないで」
アッザームさんは、入試問題に使われたことは日本語に訳した原口昇平さんを通じて把握しており、「光栄だ」と喜んだ。「受験生らに世界情勢に触れさせたいという学校側の意欲を感じる」と歓迎した。
ただ日本では、イスラエル側の視点がないという政治的中立性への懸念や、紛争や死を巡る過酷な現実が入試にふさわしくないという批判もあり、論争が起きた。
懸念や批判に対し、アッザームさんは、こう反論する。「ガザの詩は常に政治的だと言われる。でも私はこれを政治的な詩とは考えていない。人間的な詩だと考えている」。そして、願いも付け加えた。「純粋に詩として読み、その本質を評価してほしい。単なる成績評価の指標として扱わないで」
中学受験生は11~12歳の児童だ。「他者の人間性を尊重する概念を教えるのに早すぎる年齢ではない。身の回りに存在する問題を見聞きすればするほど、多くのことを学んでいくだろう」と将来に期待する。「この詩は小さな入り口に過ぎない。心に響いてさらに学びたいと思ってくれたなら、素晴らしいことだ」と顔をほころばせた。
▽詩に込めた幼少期の思い
「おうちってなに?」の詩人、ムスアブ・アブートーハさん(33)は、詩は「自らの歩みの記録だ」と語った。自身も父親も占領下のパレスチナ自治区ガザの難民キャンプ出身。この詩を出版したのは今回の戦闘が起きる前の2022年。以前から頻繁にイスラエル軍のガザへの攻撃はあった。10~5歳の3児の父として、攻撃を経験した幼いころの自身の思いと大人としての回答を重ねて詩を創作した。
度重なるガザへの攻撃で、友人は亡くなり、自身も16歳のときに受けた傷痕が首と額に残る。難民キャンプ設置は本来、紛争下の期間に限られるはずが、ガザでは75年以上続く。
「パレスチナはイスラエルの占領下に置かれ、生活のあらゆる側面を支配されている。空港建設や独自通貨すら許されない」と指摘。「ガザにいた私の人生は日々を生きるのでなく、日々を生き延びようとする者の人生だ。生きていることと命をつなぎとめることは違う」と訴えた。
▽「私の人生に政治的な要素などない」
イスラエルの大規模攻撃の引き金となったイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲があったのは2023年10月7日。「狂ったような日だった。ガザの誰も何が起きているのか理解できなかった」と表情を曇らせた。
灘中の入試問題に使われたことはX(旧ツイッター)での投稿を見て知ったが、日本語は読めず、政治的偏りがあるなどと議論になっていることは知らなかった。「私の人生に政治的な要素などない」と不思議がる。
過去にガザを一時的に出て、米ニューヨーク州の大学で学ぶ機会があった。その際に生まれた3人目の子に米国籍が付与され、それを頼って戦闘開始後の2023年12月にガザを脱出。検問所でイスラエル軍に一時拘束され、暴行を受けるなど命がけの逃避行だった。
「ガザではジェノサイド(集団殺害)が起きている。私の経験は決して特別なものではない。ほかのパレスチナ人の経験でもある」。日本の当たり前は、占領下のパレスチナの当たり前ではない。入試や今回の議論を通じて、それが伝わってほしいと願った。
▽取材後記
灘中の入試問題に使われたということは、これから多くの受験生らが「過去問」として、二つの詩を目にすることになる。このパレスチナの2詩を巡る灘中の問題の、最後の問いは「おなまえ かいて」の詩について「『あたしたちのこと、あしがしょうげんしてくれる』とはどういうことですか、答えなさい」だった。
ある中学受験塾の「解答例」は、尊厳ある人間として生きてきたことに着目した上で、理不尽な戦争が命を奪った証になる、としていた。
確かに、国語の読解問題への論理的な解答としては、作者が手でも背中でもなく、足に着目した理由まで触れる必要はないのかもしれない。
灘中の久下正史教頭は「単に受験勉強をするだけではなく、社会に関心をもってほしいという意図があった」と話している。
原作者2人に話を聞いた身としては、今年の受験生や未来の受験生らには、解答だけにとどまらず、その先にある背景にも、いつか触れてほしいと願わずにはいられない。
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◎ガザ地区
1948年5月、パレスチナの地にイスラエルが建国され、約70万人のアラブ人が自宅を追われてパレスチナ難民と呼ばれるようになった。エジプト統治下のガザ地区にはその直後から難民キャンプが設立された。
1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領。1993年のオスロ合意でガザはパレスチナ自治区とされたがイスラエルは事実上の占領を続け、2005年9月に完全撤退した後も外部境界の管理を続けた。イスラム組織ハマスが2007年6月に武力制圧し実効支配。その後、イスラエルはたびたびガザ攻撃を実施した。
ハマスは2023年10月、イスラエルを奇襲攻撃し、大規模戦闘が勃発。2025年10月に停戦が発効したが、イスラエル軍は攻撃を続け、ガザ側死者は7万2千人を超えている。