3月11日、私は以下の投稿をしました。
「あ〜〜〜〜〜〜ね。あ〜〜〜〜〜〜。昔の石碑はちゃんと読んでおくに越したことはないよね。あ〜〜〜。」
私がこのツイートを書いたとき、頭にあったのは「津波石碑」のことでした。
東北の海沿いには、過去の津波の教訓を刻んだ石碑が残っています。「ここより下に家を建てるな」「地震が来たらすぐ逃げろ」…テレビで見たその石碑が、現代に生きる私たちに先人から届いたメッセージとして、ずっと頭から離れませんでした。
あの「あ〜〜〜」という言葉にあるのは、黙祷をしながら当時の様子を思い返した時に込み上がってきた、言語化できない悔しさ・悲しさです。
そして続く言葉にあるのは、「せめてあの教訓を覚えておこう」「自分が石碑を見かけたら読むようにしよう」という、自戒の念のみでした。
14時47分という時刻、3月11日という日。その日にご家族を失った方が読んだとき、あの一文がどう届くか。「石碑を読んでおけばよかったのに」という自己責任論として読まれうるとは想像できていませんでした。
表現の選択と、時刻への配慮のなさ。この点については、率直に反省しています。
被災者の方々を揶揄したかったわけではない、と言うことは簡単です。
だからこそこの投稿を通じて傷ついた方には、言い訳なく「申し訳なかった」という気持ちをお伝えしたいと思います。
Quote
鹿乃屋
@shikanoya_
あ〜〜〜〜〜〜ね。あ〜〜〜〜〜〜。
昔の石碑はちゃんと読んでおくに越したことはないよね。あ〜〜〜。