「クーーーーーニキっ!」
「どぅわっ!」
どすりと腰に重みを感じたかと思うと鮮やかなピンク色の髪が目に飛び込んできた。
幾分か自分より背の低いそいつをため息を吐いて迎え入れるとむふーっと奴はそのまま頭を擦り付けて来る。
その仕草はさながら動物のようだ。
「ンだよ、アストルフォ」
呼べばアストルフォだよ!と元気に返事をした目の前のそいつは見た目も、甲高い声も、跳ねるような振る舞いも、睫毛の長い大きな目と八重歯が覗く口も、太腿が眩しい霊衣も、どっからどう見てもアレだが歴としたシャルルマーニュ十二勇士の1人であり、そして『男』の英霊である。
どこかから「陽キャめっちゃ未来に生きてんな…」と陰キャの声が聞こえた気がする。
「えっへへー、なんとだねクーニキ!これが全く何でもないのさ!」
そこにいたから突撃したと悪びれもなく宣い、野生動物のように生きる彼はここカルデアの古参であり、それなりに長い付き合いになったもんだ。
初めの頃、鉄砲玉のような奴のお守りはかなり骨が折れたが、中々どうして慣れてしまえば案外可愛らしいもので。
懐いてくる犬のように尻尾を振り回している幻覚が見えるようだ。
「何でもないのに飛び付いてくんな、危ねえだろ」
「え〜〜、ちぇっ」
くしゃりと頭を撫でてやれば、はぁい、と間延びした声で答えた彼が三つ編みを揺らしながら隣に並ぶ。
並ぶと同時に即座に口が動き出す彼は常に落ち着きがないが理性を焼かれ、本能で生きている英霊なのでまあ仕方ないことではある。
いっそバーサーカーなのではないかと思うほどの猪突猛進ぶりを発揮するがしかし彼は狂気に汚染されてはいない。
頭と口は直結しているように思ったことをそのまま口に出すので、ポンコツとよく呼ばれてはいるものの時折大変鋭い指摘をすることもあり何とも読めない奴だ。
「あっ、ねえねえクーニキ」
「あん?」
ぱたぱたとピンク色の髪の毛を揺らしてアストルフォがキラキラと目を輝かせている。
こういう時は大抵碌なことを聞かれないが…まあ古参のよしみだ、聞くだけは聞こうじゃないか。
「エミヤさんとイイコトあったでしょ」
「…、…あー、…」
予測出来なかった問い掛けに一瞬詰まった時点で早々に隠すことはやめた。
夏の一大イベントの終わったここカルデアは今はちまちまと周回をし、サーヴァントの育成に明け暮れるマスターを支えるので忙しい。
先日聖杯を受け取り最高レベル手前まで成長したこいつの言う『エミヤさん』こと弓兵はここのところ専ら周回メンバー入りしている。
オレもたまにお供することもあるが、単体宝具のオレはあまり周回向きではない。
「ね、当たり?当たり??」
「はー…お前はその鋭さをもっと別のところに使うべきだと思うんだがよオレぁ」
えっへへぇと満面の笑みを浮かべるアストルフォに褒めてねえよと突っ込みつつ夏のイベントを思い出す。
『大学のお兄さん』などと自分を呼称した弓兵は随分とカジュアルな格好で夏を楽しんでいた様子だった。
かなり素の部分が滲み出ていた彼曰く『なつのまほー』に釣られるように普段はクラス名で呼び合う所を、真名で呼べばそっくりそのまま呼び返されたのは記憶に新しい。
「あー、にやにやしてるぅ〜やらしーんだクーニキぃ〜」
「ばぁか、男なんてみんな助平だろ」
無意識ににやつく顔を指摘されて少しばかり恥ずかしかったので軽くデコピンを喰らわせてやる。
いたいよぉ、と軽い調子でさして気にした風も無くアストルフォは額を撫でた。
撫でながらそうかそうか、となにやら納得した様子でうんうんと頷く彼は満足げに鼻を鳴らして腕にじゃれついてくる。
「クーニキは夏のアバンチュール、ってやつを楽しんだんだね!」
「あば…違、くはねえけどお前それどこ知識だよ…」
聖杯の無駄知識は全く、ちょっと古いし。
クーニキのえっちぃ、ときゃらきゃら笑うその様子を見ながらうっかり夏のアバンチュール、もとい彼との情事を思い出してしまった。
イベントの開放的な空気にあてられたのか、はたまた夏の霊衣というものの力なのか。
いつも理性的な堅物である彼がとんでもなく『エロかった』のはやはり『なつのまほー』なのだろうか。
彼の手を引いて向かった森の中、うっかり外で致したことを思い出してしまい、すぐさま妄想を掻き消して腕を絡めてくるアストルフォの尻を叩いてマスターの元へ向かうように促した。
何かの縁だ、大した用もないのでこいつをマスターの元へ届けてやろう。
こいつのことだ、放っておいたらどこで寄り道するかわからんからな。
「お前さんはQP周回だろ」
「ふっふーん、そうさ!僕はマスターに頼りにされてるライダーなのさ!!」
ここカルデアのライダーは、100レベルのマンドリカルドを筆頭に冬木から共に歩んできたアストルフォも聖杯をいくつか捧げられ、ライダーの中ではレギュラーと言っても過言ではない。
前述のライダー筆頭マンドリカルドは、「オレなんかにこんな聖杯使ってまじマスターって何考えてるのかわかんないす…」と比較的新参であるにも関わらず、アトランティスから帰還したマスターが物凄い速さで種火を注ぎ込み、最強メンバーに仲間入りした。
アトランティスとの彼とは違う、と勿論マスターはちゃんと理解している。
英霊は記憶を継がないものだ、座に記録として残るものはあれど召喚された彼は『彼』ではない。
しかし彼は、今まで気楽に力を抜くことが出来なかったマスターの『友』であり、オレたちのような英雄譚が広く語り継がれるような英雄には出来ない気安い役割を持っているとオレは思っている。
『マイフレンド』とオレンジの髪を跳ねさせながら満面の笑顔で呼ばれる度に顔を真っ赤にして慌てふためくマンドリカルドはカルデアの中でも微笑ましく見守られており、夏のイベント中に少しサーヴァント達とも打ち解けられたようで古参としても安心していたところだ。
そんなこんなと話をして、思いを巡らせているうちにオレ達は周回の準備をしているマスターのところへ辿り着いた。
「うわっ、アストルフォ!兄貴も」
「マスターぁ!君のライダー!ここに参上したよっ」
オレにした時よりだいぶ手加減したタックルがマスターを襲い、ぐりぐりと頭を押し付けるピンク色をオレと同じようにもー、と言いながらもマスターはくしゃりと撫でている。
おう、と返事をしながら後ろを見れば種火周回の話をしていたのだろう先ほど話題に上がった『エミヤさん』がそこには居た。
「よ、アーチャー。周回か」
「いきなり飛びつくなんて危ないだろう」とさっきのオレとおんなじことを一言注意するアーチャーにおざなりに返答し、戯れるマスターとアストルフォ(見た目だけは可愛い女子会に見える)を見据えた後軽く弓兵に向かって手を上げた。
さっきの妄想が頭をもたげそうで危ねえ、と頭の隅に追いやる。
「ランサーか。そういう君はアストルフォの送迎かね」
「まあそんなとこだ」
種火周回の後はQP周回が待っている。
大きなイベントが無い今の時期は稼ぎ時だ、マスターは今日も今日とて金色に光るリンゴを咀嚼している。
暇なことだな、と憎まれ口を叩くこいつとオレは一応カルデアもとい、マスター周知の恋仲だ。
うるせえ、と軽く返してやれば鼻で笑った弓兵はいつもの通り眉間に皺を寄せマスターとの話し合いに戻った。
恋人に接する態度としては如何ともと思われるかもしれないが、こいつとのこの小さな言い争いとも言えない小競り合いは、最早オレ達の中ではルーティンワークと化しているため気にもならない。
やはり夏のアレは『まほー』とやらだったんだな、うん。
こいつが表立ってそういうことを出したくないシャイな奴であることは知っているし、日本人特有の『オクユカシサ』と言うものだと風魔の坊主あたりに聞いたことがある。
ま、頑張れよとアストルフォの頭とマスターの頭を撫でて、ついでに弓兵の頭も撫でておいた。
貴様何をする!と下りてしまった前髪を直しつつ小さく喚く弓兵を後に、オレは背を向けてひらひらと手を振る。
後ろから「エミヤさん顔赤いよぉ〜」とアストルフォの冷やかしが聞こえ、その後に続いたマスターの笑い声を聞きながらその場を後にした。
夕方、シミュレーションルームでプロトとひと試合終えて小腹が空いたからなんか恵んでもらおうかと2人して寄った食堂から何やら声が聞こえて来る。
「しかし」
「だぁから大丈夫だと言っているワン」
これはキャットと…弓兵の声だ。
周回を終えてそのまま食堂に来たと見える…どんだけ働く気だあの弓兵は。
食堂に入ると案の定キャットが弓兵の前に仁王立ちし、ふんすふんすと鼻息荒く少しご立腹の様子だ。
弓兵の背中が少々たじろいでいるのが見え、キャットはこちらを視界に入れるとクー・フーリンズ!と呼ばれたので丁度いいとばかりにプロトと共にそちらへ足を向けた。
「お前らからもなんとか言ってくれ、周回に食堂にぐるぐるし過ぎてエミヤはバターになってしまうぞ!と!」
オレを視界に入れた弓兵はげ、とでも言いそうに表情を歪めている。
とても恋人にするような顔ではない表情に苦笑しながら、キャットの独特の言い回しに対する感想と共に同意を示した。
「バターはよくわかんねえが、同感だな」
「うるさい貴様は黙れランサー。キャット、しかし私だけ休むのも」
ばさりと間髪入れずに飛んできた罵声は聞かなかったことにする。
食堂のカウンターの中で仕込み中のブーディカからも「いいんだよエミヤ、休んできな」と声が飛んできた。
四方から詰られ労わられ弓兵の眉がハの字に歪んでいる。
それでもまだ言い募る弓兵を見てプロトが「あー、エミヤさん強情だからなぁ」と呟いた。
同じく往生際が悪りぃなぁと思いながらふと、頭を過った夏の思い出。
「そんくらいにしとけ、エミヤ」
「っ!?」
がばりと音を立てそうなほど勢い良く弓兵が振り向いた。
ぱくぱくと魚のように口を開閉させ、分かりにくい褐色の肌が少し赤くなっており、しかし声は出ていない。
それもそのはず、オレが彼を真名で呼ぶ時は『2人だけ』の状況のみで大勢の前で彼の名前を口にしたのはこれが初めてだ。
周りもオレを見て少し目を見張っていたし横のプロトもオレをマジで?みたいな顔で見ていた。
「たまには周りに甘えな、お前さん1人で戦ってるわけでもねえだろ」
「…っ、ク、…ランサー 、しかしだな」
しかしもカカシもねえよと腕を掴んで引っ張ると予想外だったのか小さく驚きの声を上げた彼の足がたたらを踏んだ。
今うっかりクー、って呼びかけたなと思いながら彼をそのまま出口の方へ引っ張っていく。
「…ランサー !」
「おう、こいつ部屋に連れてくなキャット」
「うむ、仕込みにはまだ時間がかかる故しばらくは戻ってこなくていいぞ!これは手土産だワン」
多分プロトとオレが揃って来たのを見て腹が減ってると気付いたのだろう。
小さな焼き菓子を放って寄越したキャットにさんきゅー、と返して横でぐちぐちと文句を喚いている弓兵を引き摺って彼の部屋に向かった。
「…マジか、オレ」
別人格とは言え歳を取った自分とその恋仲の人物のやり取りを目の前で見てしまい、なんとも言えない表情でうわぁ、と1人小さく呟いたプロトもキャットから焼き菓子を貰い複雑な気持ちのまま食堂でそれを食すのだった。
「おい、ランサー…っ 」
ぐいぐいと彼の部屋に引き摺り込み半ば強引にベッドへとその体を引き倒す。
皺になるだろう!と瞬時に戦闘衣からラフな格好に編み直したあたりさすが弓兵だと感心した。
「別に編み直せば一緒だろ」
「ぅ、気持ちの問題だ!…じゃなくて」
オレに引き倒されたまま彼はこちらを見据え不満そうに口を尖らせた。
抵抗は部屋に入った時点で既に止んでいる。
はあ、と小さくため息をついた弓兵は両手を上げて降参の意を示した。
「流石にもう戻らないよ…全く君と言うやつは」
文句を言いつつも休息を取る気になった様子の弓兵を満足して解放する。
ベットサイドに腰掛け、ヘッドボードに置いた手土産のマフィンの包装を剥がし一口で放り込むと甘ったるい味が舌に染みた。
小腹を満たすオレを見ながら行儀が悪い…と呟く彼はしかしもにもにと歯切れが悪く、居心地も悪そうでそんな彼を見ながら甘ったるい菓子をゴクリと嚥下した。
最初から素直に休んでればいいんだよと徐に周回前したように頭をくしゃりと撫でてやる。
上がっていた前髪が下りて幾分幼くなった彼は、拗ねたような顔も相まっていつもよりかなり子供っぽく見えた。
「だからって君…あれは卑怯だろう」
「へっ、効果覿面じゃねえか。…エミヤ」
先ほどと同じように呼んでやればぐう、と余計に黙り込んでしまったエミヤは俯き、赤く染まった耳が見えた。
俯いたその耳に近付いて小さく口付け食んでやると、ひゃっとひっくり返った声がエミヤから発せられる。
「なぁ。寝かせてやろうか、エミヤ」
「…それはどう言う意味かね、…クー」
夏の日と同じように名前を呼べば先ほどは呼ばれなかった名前が返ってくる。
夕飯の時間までまだ数時間。
彼の目をじっと見詰めれば鳶色の瞳はほんの少し潤んで、期待しているような色を孕んでいた。
瞳の中に映った己自身は割と欲望丸出しの情けない顔であったが、彼が期待しているのならば期待通りに応えてやろうと彼の背中をシーツに優しく沈めた。