「カンペを読まされただけ」
堀江貴文氏は、サナエトークン騒動について
「当日にいきなり言われた」「経済的に連結していないから関与していない」
と釈明した。
あなたは、この発言に潜む自己崩壊に気づいただろうか。
まず問われるべきは、「思考の独立」を説いてきた者による、徹底した主体性の放棄である。
堀江氏はこれまで、あらゆる事象に対して、
「自分の頭で考えろ」「プロとして責任を持て」と他者を叱咤し、詐欺や不透明な投資に騙される人々を「リテラシーが低い」と切り捨ててきたはずだ。
しかし今回の件では、総理の名前を冠した金融商品という、極めてリスクの高い案件に対し、内容の精査も裏付けも取らず、「すげぇトークン出すらしいじゃん」と、カメラの前で言い放った。
その釈明を真実とするならば、堀江氏は自らが最も軽蔑してきた「指示待ちの操り人形」へと自ら成り下がったことになる。
知性を武器に戦うプロフェッショナルが、不都合が起きた瞬間に「ただの役者」という配役へ逃げ込む姿は、自らが標榜してきた思想に対する、これ以上ない背信行為である。
次に、「関与」という定義を巡る、極めて不誠実なダブルスタンダードだ。
堀江氏は「一銭ももらっていないから一切関与していない」と強弁するが、これは信用の本質を無視した詭弁に他ならない。
『堀江貴文』という「ブランド」が動画でその商品を肯定的に紹介した時点で、それは金銭の授受を超えた「信用の補完」という、最大のマーケティング的関与である。
自分の言葉が持つ影響力の価値を誰よりも理解しているはずの者が、成功すれば「自分の功績」を誇り、問題が起きれば「経済的連結がないから無関係だ」と背を向ける。
このような日和見主義的な態度は、堀江氏がこれまで提唱してきた「合理的な経営者」という像とは、到底相容れないものである。
そしてさらに醜悪なのは、「スーパーもらい事故」という言葉に象徴される、責任の所在のすり替えだ。
もらい事故とは、不可抗力によって一方的に被害を被る事象を指す。
しかし、堀江氏は自らの意志でスタジオへ足を運び、カメラの前で自ら言葉を発している。
これは「事故」ではなく、明確な「判断の失敗」である。
「リーガルも完璧だと言われたから信じた」という子供じみた言い訳は、かつて「疑わない奴は馬鹿だ」と他者を切り捨ててきた堀江氏の冷徹なロジックを、根底から破壊するものだ。
他人の指示に従った結果を不可抗力のように語るその姿に、自律的なリーダーとしての矜持は微塵も感じられない。
「自由な賢者」という虚像が剥がれ落ちたとき、そこに残るのは革命家でも異端児でもない。
責任を問われた瞬間に主体性を手放す、凡庸な知性の退廃である。
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J-CASTニュース
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ホリエモン、サナエトークン騒動で嘆く...「言わされちゃって」「スーパーもらい事故だよ」
#SANAETOKEN #堀江貴文 j-cast.com/2026/03/135128