バレンタインも幾度目かになる。
カルデア中に満ちた甘い香りに包まれながら、今年も周りを女性に囲まれたキッチンの守護者は大量のカカオと格闘していた。
隣には増えに増えたサーヴァントと契約をする人類最後のマスター。
橙色の髪を揺らして彼女はせっせと作業に勤しみながら赤い弓兵に笑いかける。
「や〜増えたよねえみんな」
「そうだな」
「毎年のことながらエミヤ、ありがと」
エミヤをはじめとしたカルデアキッチン勢は、この時期大変多忙を極める。
チョコを贈りたいと言う乙女達の相談やら助力、はたまたお返しに菓子を贈りたいと言う紳士達の相談まで。
特に当世に近い時代の英霊である弓兵ことエミヤには相談が絶えない。
先程も今年召喚されたばかりの鬼切こと渡辺綱が鬼へ贈り物をしたいとマスターを訪ねてきたので、助け舟を出したばかりだ。
「ところでさ」
「ん?なんだマスター。無駄話をする暇はまだ無いぞ」
いいじゃんちょっとくらい手は止めないよ、と言葉の通り作業を続けながら目の前の己のマスターは如何にも普通の少女らしく微笑んだままエミヤに問いかけた。
「今年はどうするの?」
「…ああ、そうだな…」
とつとつと話をする弓兵を見ながらマスターはにこにこと笑顔を崩さない。
数年前は生憎私にそんなものはないさ、と斜に構えていた彼が嘘のように微かに口の端を緩めてどのような贈り物を『彼』にするのか教えてくれることはマスターにとってとても嬉しいことだ。
守護者である彼が自分を卑下することなくこのカルデアでのイベントを楽しんでいる。
それはひとえに『彼』のお陰なのだろう。
「……」
エミヤの話を聞きながら後ろをチラリと伺う。
ごった返したキッチンの中、ピンク色の後ろ姿を見つけてマスターは気づかれないくらい小さく頷いた。
するりと抜け出してウインクをしたタマモキャットを見届けて、マスターは自分の今年一番の大仕事は終わりだな、とエミヤとチョコを量産する作業に戻った。
「ランサー」
「おう、開いてる」
チョコを配るマスターを見届けひと段落すれば既に夜と言ってもいい時間帯だった。
通い慣れた道を歩きたどり着いた部屋の前で小さく声を掛ければ、少し浮き足だったような声色で声が返ってくる。
失礼する、と中に入ればこざっぱりした室内でベッドに腰掛けるのは青い槍兵。
「待ってたぜ、エミヤ」
「ああ、遅くなってすまない」
にかっと爽やかな笑顔を向けられれば、常日頃仏頂面と言われるこの顔も自然と頬が緩んでしまう。
いいって毎年のことだろ、という槍兵、クーフーリンの傍らに腰掛ける。
早く早くと急かされるような視線にぶんぶんと振られる尻尾の幻覚が見えてついに緩んだ頬は戻らなくなってしまった。
「…と言うわけで、ハッピーバレンタイン」
流石に少し照れ臭くなって咳払いをして渡したそれは昼間マスターに話した通り『彼』へのチョコレートだ。
さんきゅ、と頬に口づけを贈られてくすぐったさに喉の奥で笑うと流れる様に唇も奪われてしまった。
ちゅっとわざと可愛らしく音を立てて離れた彼は贈られた、所謂『本命』のチョコレートの包みを開ける。
「うお、すげえ…お前また腕上がったんじゃねえか?」
「はは、それは作り手冥利に尽きるな」
パティシエもびっくりの細かな装飾がされたチョコレートは彼の青色と自分の赤色を小さく混ぜてある。
あからさま過ぎてやり過ぎたかと思ったがマスターに良いと思うよ、と背中を押してもらって無事完成したチョコレートだ。
ひとしきり眺めた後例年のように食べ始めると思ったが、クーフーリンはなぜかそのままテーブルにそれを置いて再度エミヤに向き合った。
頭の上に?を浮かべたエミヤを見て、してやったりと悪戯っぽく笑ったクーフーリンはベッドの枕元から包みを取り出した。
「ハッピーバレンタイン」
「…ん?」
目の前に差し出されたのは、紛れもなく今己が渡したような丁寧にラッピングがされたもの。
赤いリボンに覆われた青い箱は、本日皆が贈り合っているチョコレートだろうと予測ができた。
ついでに彼の指に巻かれた絆創膏に気付いたエミヤは彼の顔と、それを交互に見やる。
「……君が?」
「おう、いやぁお前にバレないように作るの大変だったぜ」
嬢ちゃんとキャットに協力してもらった、と片目を瞑った彼にふと昼間の光景が浮かび上がって笑い声が漏れた。
マスターめ、やってくれたな。
受け取った包みからは自分が用意したものと同じような甘くいい香りがする。
途中でキャットの姿が見えなくなったのはこのためか、と納得したエミヤは後で2人にお礼を言おうと心の中でひとりごちた。
開けてもいいかね?と彼に問い掛ければどーぞ、と笑った彼は照れ隠しなのか視線を外して自らが貰ったものを口に運び出した。
「キャット大先生のお墨付きだぜ、味は保証する」
「それは楽しみだ」
包みを開ければなんてことはないごく普通のトリュフチョコレート。
一つつまんで口に運べばふわりと広がる甘い香りと口の中で蕩けるそれ。
素直に美味しい、と呟けば満足そうに彼がそうかいと柔く呟いたので胸が暖かくなる。
彼は美味い美味いと満面の笑顔でエミヤのチョコレートを食べながらでもよ、と彼は続ける。
「料理って難しいよな、やっぱ俺ぁ魚焼いたりする方が向いてるわ」
「ケルトの大英雄が甘菓子を作る姿は少し見てみたかったぞ」
呟いたクーフーリンはそう揶揄うように言ったエミヤに悪態をついてやろうと向き直り彼の顔を見たが、それは口の中でチョコレートのように溶けてしまった。
「とても嬉しい、ありがとう。クー」
「ーー、〜〜っ!!…、おう」
また来年と言わずたまには何か作ってやろうかな、とか先程言ったこととは180度考えを変えて、滅多に拝めない最上級の微笑みを食らったクーフーリンは、己の宝具で穿った運命に心臓を滅多刺しにされたのだった。
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- 月城 紗弥November 15, 2023