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The Works "蜜月よりも甘い" is tagged "槍弓".
蜜月よりも甘い/Novel by とらのまき

蜜月よりも甘い

10,211 character(s)20 mins

クー・フーリン・ミードを巡る槍弓のあれそれ。

初めてクー・フーリン・ミードという名前のお酒を知り、今日飲んでみたのですが、思いのほか優しい味わいでびっくりしました。蜂蜜酒自体がそういう味なのだといわれればそれまでなのですが……。それにしても、英雄の名前がそのままお酒になるなんてロマンがありますよね……。

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「クー・フーリン・ミード?」

 その日、カルデアのキッチンは珍しく閑散としていた。
 聞き慣れない単語に、エミヤは片眉を上げる。
 ミード――蜂蜜酒。
 だが、その前についた名前が問題だった。
 クー・フーリン。アイルランドの誇るケルト神話の大英雄。
 そのミードときた。
 
「そう!クー・フーリンの名前が入った蜂蜜酒の名前!」
 
 キラキラとした笑顔で語ってくる目の前の少年は、まだ酒を飲める年齢でもないだろうに「すごいよねえ」と笑っている。
 人類最古の酒、蜂蜜酒。ヨーロッパでは古くから親しまれ、ハネムーンの語源ともなった縁起物だと聞いてはいるが――。
 
「英雄の名を冠した酒……か」
 
 ケルト文化において、蜂蜜酒は不死の飲み物として伝えられている。同時に、クー・フーリンの伝説にも登場している。
 しかし神話上で彼が蜂蜜酒を愛飲している描写はあれど、クー・フーリン・ミードなどという酒の名前は見たことも聞いたこともない。
 
「マスター、その話はどこで?」
 
 問いかけるエミヤに、少年――藤丸立香は少しだけ得意げに胸を張った。
 
「えっとね、ダ・ヴィンチちゃんが持ち込んだ資料の中にあったんだ。現代の日本で造られてる蜂蜜酒なんだって。英雄の名前を冠する企画酒、みたいな?」
「……なるほど」
 
 現代。企画酒。
 そう言われれば、確かに辻褄は合う。英雄の名を借り、物語性を与え、味に付加価値を持たせる。商業としては悪くない手だ。
 ――だが。
 
「よりにもよって、クー・フーリン、か」
 
 呟きは自然と低くなる。
 その名を口にしただけで、胸の奥がわずかにざわついた。
 
「あはは……そこ引っかかる?」
 
 相変わらず仲が良いのか悪いのか。立香は苦笑を浮かべながらそれでも話を止めることはない。
 
「クー・フーリンも飲んだかもしれないお酒……興味深いよね!」
「マスター、君は未成年だろう」
「ま、まだ飲むなんて言ってないよ!」
 
 訝しげな視線を向けるエミヤに、慌てた様子で訂正する立香。
 
「しかしミードか。料理なら隠し味やソースなんかにも使えるな」
「お酒を料理に使うのってよく聞くよね!蜂蜜酒も使えるんだ!」
 
 感心したように目を輝かせる立香へ、エミヤは豚肉の味噌ソテーにラム肉の蜂蜜酒煮込み、蜂蜜酒のソースなどのレシピを羅列する。
 こうしてみると、ミードというのも悪くない。
 ……あの男の名を冠するものなら、なおさら。
 
「……で。そのミードはどこに?」
 
 エミヤの問いは、あくまで何気ないものを装っていた。
 知的好奇心。資料確認。現代文化への理解。
 どれも尤もらしい理由は即座に用意できる。
 だが返ってきた答えは、あまりにも軽かった。
 
「え?ないけど?」
 
 立香は首を傾げ、悪びれもせず即答した。
 
「資料に名前が載ってただけだよ。実物はカルデアに持ち込まれてないって」
「……ない?」
 
 反射的に聞き返してしまった自分に、エミヤは内心で舌打ちする。
 必要以上に間が空いた。声も、少しだけ低くなった気がする。
 
「うん。だって企画酒でしょ?たまたま資料に混ざってただけみたい」
 
 あっさりと言われてしまえば、それまでだ。
 存在しない酒。
 飲めないのなら、気にする理由も、本来はない。
 ――はずなのに。
 
「……そうか」
 
 そう言いながら、エミヤの視線は無意識にキッチンの棚へと流れていた。
 そこに蜂蜜酒の瓶など、あるはずもない。
 分かっている。分かっているのに。
 
(ない、か)
 
 胸の奥で、何かが小さく引っかかった。
 クー・フーリン。
 その名を冠した酒。
 彼が生きた時代には存在し得なかった、現代の蜂蜜酒。
 
(本人は、どう思うだろうな)
 
 名を勝手に使われたことを面白がるのか。
 それとも一笑に付すのか。
 あるいは――味を確かめてみたいと言うだろうか。
 想像は、勝手に膨らむ。
 
「エミヤ?」
「……何だ」
「蜂蜜酒……欲しかった?」
「いいや、そこまでのことではないさ」
 
 即答したものの、立香の目は疑わしげだった。
 だがそれ以上追及されることはなく、話題は別の方向へ流れていく。
 それでも。
 エミヤは、もう話を聞く前には戻れなかった。
 存在しないはずの酒。
 それでも確かに「ある」と知ってしまった名前。
 
(……クー・フーリン・ミード、か)
 
 英雄の名を冠した、甘い酒。
 彼が笑いながら杯を傾ける姿が、やけに鮮明に脳裏に浮かぶ。
 ――もし、あったら。それはどんな。
 そんな仮定が、頭を離れない。
 飲むつもりなど、なかったはずなのに。
 酒に弱い自分が、触れる必要などなかったはずなのに。
 それでも心のどこかで、彼の名を冠したものを、彼より先に知ってしまったことが、妙に落ち着かなかった。
 
(……馬鹿馬鹿しい)
 
 自嘲しても、思考は止まらない。
 ないはずの酒を、ないはずなのに、どうにかして確かめたくなっている自分がいる。
 それがすべて、クー・フーリンという男に惚れているせいだと、エミヤは認めないまま、静かに息を吐いた。

Comments

  • 寿司のシャリ
    Feb 2nd
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