閉ざされた試練
「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められたクー・フーリンとエミヤ。
付き合っていない2人はどうするのか━━━━。
よくあるネタですね。ふたりの恋人未満までの間での出来事だと思っていただけると読やすいかもです。
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カルデアの廊下を曲がったはずの二人が踏み込んだのは、見慣れた無機質な通路ではなく、異様な圧迫感を放つ石造りの小部屋だった。
「……なんだぁ、ここは。シミュレーターの不具合か?」
クーフーリンが眉根を寄せ、手にした朱槍を軽く回す。隣に立つエミヤは、すでに鋭い視線を周囲に走らせていた。
「いや、魔術回路への干渉を感じる。……!クーフーリン、後ろだ!」
エミヤの警告と同時に、背後の扉が消失し、壁一面に刻印が浮かび上がる。それと同時に、壁の文字が二人の脳内に直接情報を流し込んできた。
「粘膜接触(接吻)による魔力の循環・同調を検知せねば開錠不可」
「……はあ? 寝ぼけたこと抜かしやがって」
クーフーリンが鼻で笑い、即座に魔槍を構える。
「粘膜だのなんだの、回りくどい真似ができるか。こんな石壁、ぶち抜けば済む話だ。どけよ、アーチャー!」
クーフーリンが地を蹴った。
一歩で音速を超える踏み込みから、必滅の槍が放たれる。
「『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!」
因果を逆転させる一撃が壁を穿つ――はずだった。だが、槍の先端が石壁に触れた瞬間、真紅の閃光は霧散し、凄まじい衝撃波がクーフーリン自身を弾き飛ばした。
「……ぐっ!? 衝撃がそのまま返ってきやがった……!」
「無駄だ。今の音を聞いたか? この部屋自体が一種の固有結界、あるいは神代の『檻』に近い。外側からの干渉を拒絶するだけでなく、内部の攻撃をそのまま質量として反射している」
エミヤは冷静に分析しながらも、自身の右手に『干将・莫耶』を投影しようと試みた。
しかし、手元に現れたのは陽炎のように揺らめく不完全な刃だけだった。
「チッ……投影もままならないか。魔力が吸い取られてやがる」
「ああ、最悪の仕掛けだ。この部屋は我々の魔力を『糧』にして維持されている。脱出のための条件を満たさない限り、ここで干渇くのを待つだけというわけだ」
追い詰められた沈黙。
数分後。
ありとあらゆる物理的・魔術的手段を試した二人は、肩で息をしながら対峙していた。
部屋の魔力濃度はさらに下がり、サーヴァントとしての存在維持さえ危うくなり始めている。
「ここは素直に指示に従うしかあるまい。」
「……おい、アーチャー。本気で言ってるのか」
「私がいつ、戦術において冗談を言った?」
エミヤの灰色の瞳が、冷徹に、そしてどこか諦念を孕んでクーフーリンを射抜く。
「魔力供給としての接触。それも『循環』が必要だ。ただ触れるだけでは意味がない。互いの回路を開き、呼吸を合わせ、魔力を流し込む……。貴方なら、その意味を理解しているはずだ」
クーフーリンは舌打ちをして、天を仰いだ。
二人は付き合っていない。
それどころか、顔を合わせれば皮肉と罵倒の応酬。
だが、戦場で見せる信頼だけは本物だった。
その「半端な距離感」が、今この状況において、どんな強敵よりも二人を窮地に追い込んでいる。
「……最悪だ。なんでよりによってお前なんだよ」
「それはこちらの台詞だ。だが――死ぬよりはマシだろう?」
エミヤが一歩、歩み寄る。赤い外套が狭い部屋で擦れる音が、妙に大きく響いた。
「……やるならさっさとしろ。お前の説教臭い顔を近くで見るのは、一度で十分だ」
クーフーリンが毒づきながらも、槍を消して両手を上げた。降参のポーズ。
だが、その視線は獣のように鋭くエミヤを見つめている。
エミヤの指先が、クーフーリンの首筋に触れた。
そこにある太い血管の拍動が、指を通じて伝わってくる。
「……失礼する」
覚悟を決めたエミヤが、ゆっくりと顔を近づける。
唇が重なった瞬間、最初は冷たい違和感があった。
だが、次の瞬間――。
「っ……!? あ……っ」
せき止めていたダムが決壊するように、膨大な情報の奔流が二人の間を駆け巡った。
魔力供給。それは魂の深部に触れる行為だ。
クーフーリンの、戦場を駆け抜ける猛々しい風のような魔力。
エミヤの、荒野に佇む鋼のような静謐な魔力。
それらが混ざり合い、反発し、やがて猛烈な熱を帯びて融解していく。
「粘膜接触」という形式的な言葉では説明できない、もっと根源的な、互いの存在そのものを貪り食うような感覚。
「ん……はぁ……ッ」
どちらからともなく、腕が背中に回った。
クーフーリンの指がエミヤの後頭部を掴み、より深く、逃がさないように引き寄せる。
エミヤもまた、クーフーリンの胸板を強く掴み、己の回路を限界まで開放した。
部屋の壁に刻まれたルーンが、二人の同調を検知して白銀の光を放ち始める。
だが、今の二人にその光は届いていなかった。
ただ、心臓の鼓動が重なり、互いの熱だけが真実としてそこに残っていた。