「シバキなんか絶対にしなかった。ただ…」後輩・西川龍馬が明かす、先輩・吉田正尚の“高校時代”の姿とは
金沢の先発は釜田佳直。後に東北楽天ゴールデンイーグルスに入団する本格派右腕だ。対する吉田は敦賀気比の四番として対峙していた。しかし、この試合で、吉田は屈辱的な経験をする。5打席すべて完璧に封じられ、チームも5対8で敗れた。吉田以外の選手は猛打を奮い、釜田から5点を奪っていた。四番が打っていれば、勝敗は違ったものになっていたかもしれない。この試合について西川に問うた。 ――西川選手が高校1年のときの北信越大会なんですが……。 質問の途中で西川は「あぁ……」と言い、口を開いた。 「金沢高校との一戦ですね。釜田さんはプロ注目の有名なピッチャーだったので、もちろん知っていましたし、“簡単に攻略できる相手ではないな”ということは、みんなも理解して臨んでいたと思います」 ――あの試合、吉田選手は5打数0安打だったと聞きました。西川選手は釜田選手を攻略したんですよね? 「僕は3安打でした。春のセンバツ出場もかかっていたので、必死に食らいついた結果、たまたま3本打ったんですけど、あの日は調子もよかったです。その分、正尚さんへのマークもきつくなったし、あの頃の正尚さんはめちゃくちゃ調子が悪かったんです。相手もそれを知っているから、徹底的に厳しく攻められました。この間、詰まった当たりが野手の間に落ちるようなラッキーなヒットもないし、いい当たりは正面をついてアウトになるし、本当にとことん打てない。そんな状態でした」 西川の記憶は実に鮮明だった。
「このままではプロには行けない」
西川の述懐は続く。 「ずっとリードはされていたけど、最終回に一挙に4点を取ったんです。あの場面でも正尚さんは打つことができなかった。満塁のチャンスでセンターフライに倒れた場面は記憶にありますね」 1対4と、3点のビハインドで迎えた3回裏、敦賀気比の攻撃。二死満塁のチャンスで打席に入った吉田は、釜田が投じた高めの快速球に詰まらされてセンターフライに終わっている。1打席目のサードフライ同様、釜田の力のあるストレートに力負けしていた。さらに、最終回の怒濤の攻撃でも、吉田のバットから快音が聞かれることはなかった。 なぜ、西川にこの試合について尋ねたかったのか? それは、知人ライターから聞いたこんなひと言がきっかけだった。高校野球の取材を仕事の中心としている彼は、雑談の折にこんな言葉を口にした。「敦賀気比高校時代の吉田正尚を取材したことがあるんです。高校2年の秋、四番の彼がブレーキとなって敦賀気比が負けた試合がありました。相手は金沢高校の釜田です。えぇ、後に楽天に入団したあの釜田です。すごく印象に残っているのは、あの吉田が試合後に泣いていたことです。それがすごく意外で、よく覚えていますね」
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