何かが剥落したような…
私は「推し」「推し活」を馬鹿にしている。いやしくも物書きが、理屈も何にもなしに何かを応援したり、贔屓の引き倒しみたいなことを書いてはいけないと思っている。WBCについてもいろいろな記事を書き、ブログやNoteにも書いているが、基本姿勢は「是々非々」であり「客観」ではある。
しかし一方で「応援」もしている。この二つは矛盾はしていない。客観的な文章を書く私の意識の奥の方に「応援している私」も小さくうずくまっていたわけだ。
しかし、今日はこたえた。明日から「応援している私」がいなくなる喪失感、何か、小さいが大事なものが剥落したような気がしている。
これまでとは違う相手
Netflixから連絡も来たので、今日は奈良県斑鳩町で行われた「パブリックビューイング」を取材した。
斑鳩町は、オリックスの曽谷龍平の出身地だ。彼が卒業した斑鳩小学校でパブリックビューイングは行われた。
曽谷の兄と祖父母に話を聞いた。町の関係者にも話を聞いて、いざ試合開始となったのだが、私は重苦しい気分にとりつかれていた。
端的に言えば、ベネズエラはこれまでの相手とは全然違う。30人の内、25人はメジャーリーガー、しかも鈴木誠也クラスの大物がずらっと並んでいる。NPBのレベルが高いといっても普通では歯が立たない。
幾分希望的に予想記事も書いたが。
率直に言って、何か幸甚がない限り、勝つのは難しいとは思っていた。
タティスJr.が先頭打者本塁打を打ち、お返しに大谷もその裏に一発を打ち、森下翔太が勝ち越し3ランを打つまでは流れはうまくいった。
森下の一発が出て、胸のつかえがおりたようになったが、闘争心旺盛なベネズエラ打線は、井端監督の継投策失敗もあって、あっさりひっくり返した。このあたり、明日詳述したいが。
40試合を見て
静まり返るパブリックビューイング会場で、私は、喪失感を覚えていた。
今回のWBCはNetflixが47試合放送するというから、私は「全部見てやろう」と意気込んで、ネトフリのメニューを次々と見て行った。
試合を見るうちに、各国代表の選手たちに、愛しい気持ちがわいてきた。
おそらく最弱のブラジル代表、日本の大学生や社会人選手も代表に選ばれていて、その戦力で最強アメリカに挑んだ。まさに「蟷螂之斧」ではあったが彼らの闘志は衰えなかった。
またドミニカ共和国の自信に満ちた野球も、純粋にプレーするカナダも好感を持ったし、そして何より韓国と台湾。勝てば喜び、負ければ悲嘆にくれる韓国選手、対照的に大敗しても大きく落ち込まず明るくふるまう台湾。両者の対戦は、東京ドームでつぶさに見たが、ほんとうにすばらしい戦いだった。
そういう40試合を見て、私は今までよりも「もっと野球が好きになった」と思ったのだ。
一語で表すならば「寂しい」
そういう気持ちがあって、侍ジャパンを見ると「我が家に帰ってきた」という安心感があったのだ。外国人選手は、アジア圏の選手も含めて「表情が読めない」「何を考えているか、うかがい知れない」。しかし日本代表の面々は、その表情を見るだけで「腹の中」が読める。何が言いたいかわかるような気がする。井端監督などは「失敗したなあ」という声が聞こえてきそうである。
各Poolの40試合を見たからこそ、日本、侍ジャパンを「自分たちのチームだ」と言える気がしていたのだ。
17日、18日とWBCの日程はまだ2日ある。私はもちろん、これも付き合うが、これまでとは異なり、はるかに気軽な気持ちで試合を見ることが出来る。メジャーリーガーたちの戦いを、沖合を通る豪華客船を眺めるような晴れやかな気持ちで眺めることが出来るだろう。ラテンの乗りで勝利を喜ぶ選手たちの表情を見るのは幾分切ないが、それもまた楽しいのだ。しかし、心の底にある気持ちを一語で表すならば「寂しい」ということになるだろう。
次のページをめくらねば
斑鳩小学校を出て、一面の苅田のあぜ道を通って駅まで歩いて帰った。
法隆寺近辺には、古い寺院や社がいくつも残っている。土壁を横目に見ながら法隆寺駅に近づくにつれて家並みも増えていく。
日曜日だから、多くの家庭ではNetflixで日本戦を見ていたに違いない。それぞれの家では小さな嘆息の声が漏れていたと思うが、ひっそりと駅について電車に乗った。
新しいプロ野球、MLBのシーズンが始まろうとしている。私は次のページをめくらねば、と心の中で思った。



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