廊下の古い落書きを見て涙 退去日迫る築113年の京大・吉田寮
京都大学・吉田寮は学生たちが運営する自治寮です。今年築113年の「現棟」から3月末、学生たちが一時退去します。寮はこれからどうなるのか。「廊下にある昔の落書きを見ていると、涙が出てくるんです…」。2年間暮らしてきた大学院生が吉田寮への思いを語ってくれました。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
【吉田寮】
1913 年建築の「現棟」と2015年建築の「新棟」がある。大学は2015年に「(現棟の)補修の実現に向けて今後も協議を続けていく」「一方的な決定を行わず、吉田寮自治会と話し合い、合意の上決定する」とする確約書を寮と交わしていた。
【京大との訴訟】
2017年、京大は自治会との交渉を打ち切り、寮生たちに現棟からの退去を通告。2019年には一部の寮生に対して訴訟を起こしたが、京都地裁は通告前から住んでいる寮生の居住を認めた。認められなかった寮生と大学が控訴し、2025年8月に大阪高裁で和解が成立した。
人生のほとんど寮生活
ハン・イーファンさん(27)は京大の大学院人間・環境学研究科の修士課程2年で、認知心理学を研究しています。
中国・上海出身で高校から日本へ進学。山梨県の日本航空高校から立命館大のスポーツ健康科学部(滋賀県草津市)に進み、大学院から京大にやってきました。
小中は中国の全寮制学校で、高校でも寮生活、現在も吉田寮で暮らし、人生の多くの時間を寮で過ごしています。
集団生活が好き
吉田寮との出会いは、立命館大を卒業した後のことでした。
京大大学院で新たな分野を学ぶにあたって、まず研究生をやっていたときでした。
院から吉田寮までは徒歩1分ほどの距離。すぐに目に入り、大学院に入ったらひとり暮らししている家から寮へ移ろうと決めました。
「集団生活は好きだし、あとはやっぱり家賃が圧倒的に安いので」
入寮面接ではリスクの説明も
やがて入寮のために受けた面接では、大学と係争中の寮で生活する上でのリスクも寮生から説明されました。
留学生としての身分で不安はありましたが、ハンさんは寮での生活を選びました。
「家族には事後報告しました。『あまり大学とたたかわないほうがいい』と説教されて、『わかりました』とごまかしました」
平等に扱われる心地よさ
正規の大学院生になった春、吉田寮で暮らし始めました。
初めの2カ月は新入寮生みんなが大部屋で共同生活を送ります。
「大学1回生もいれば、僕みたいに大学院の修士や博士に入るタイミングで寮に来る人もいます。年齢はばらばらだけど、みんなタメ口で話すんです」
「いきなり誰かが『いまからクイズ大会をやります』って言ってみんなでわいわいし始める。でも同じ空間で読書とかゲームとか自分がやりたいことを続けている人もいる。そんなゆるい雰囲気が好きでした」
海外出身だからと特別扱いされることもない。「人として平等に扱われるのがとても居心地が良かった」
新潟の島から帰還
吉田寮では毎年5月下旬に寮祭が開かれます。
毎日様々なイベントが企画され、毎年恒例の「ヒッチレース」では参加者は目隠しをして日本のどこかへ車で連れて行かれます。降ろされたあとはヒッチハイクで寮への帰還を目指します。
ハンさんは新潟県の粟島へ「飛ばされ」、船に乗って漁を手伝ったり田んぼの草取りをしたりしてバイト代をもらい、2日後に帰還しました。
寮祭では鴨川を三条大橋から鴨川デルタまでの2.3キロを走って「遡上(そじょう)」する「鴨川レース」にも参加しました。
「あれは思っていたよりしんどかったです…。中国の友達に写真を送ったら『おもしろいね。自分は絶対にしないけど』という反応でした」
自治にのめり込んだわけ
吉田寮では自治寮であるからこそ開かれる様々なイベントがある一方、自治の「責任」もついてきます。
「元々は自治にそこまで関わる気はなかった」というハンさんですが、結果的には寮内の様々な部局に積極的に参加してきました。
自治にのめり込んだわけを聞くと、「自分の主張や行動が寮生活に反映されていくという体験はこれまでにしたことがなかった」と言います。
自治の責任と自由
たとえば補修局では寮生から「シャワーが壊れた」「窓が外れそう」などの報告があると、それを寮内で予算化したり、大学の厚生課と交渉したりして補修につなげました。
またレコードを聞くのが好きなハンさんは、寮の総会で提案してターンテーブルを置ける共用の部屋(通称「たまり部屋」)をつくったこともありました。
点呼も門限もなく、あるのは自治による義務と自由。吉田寮での生活はこれまでの寮生活とはまったく異なる経験でした。
「いろんな部局に入りすぎていて、今では会議が多くて困っています」とハンさんは笑います。
2025年8月、和解
ハンさんが2年弱過ごしてきた吉田寮。その現棟をめぐる裁判は2025年8月に和解を迎えました。
現棟で暮らす寮生は3月末に一時退去し、大学による補修工事が行われたのち、また寮へ戻ります。
「大学は2015年から吉田寮との団体交渉に応じてきませんでした。和解という『仲裁』された話し合いによって、ようやく(寮と大学)両者の意見を反映した約束を取り付けることができました」
築113年、壁の落書き
退去を前に現棟には多くの取材が入っていると言います。
「きのうは海外の通信社の方に寮を案内していたんですけど、涙が出てきてしまって…」
築113年の現棟の廊下には古い落書きがたくさん残されています。
「40年とか50年前に住んでいた人が書き残したものを見ていると、時間の幅を感じるし、悲しくなります。これまでたくさんの人が生活したこの建物に、3月から立ち入れなくなるんだって…。僕は現棟がめちゃくちゃ好きなんです」
大学による補修工事の中身は明らかにされていません。現棟が建て壊される可能性も否定できません。
「寮の存続が気がかりです。学生たちが安価に生活できる福利厚生施設として、吉田寮には『自治寮』という形のまま存続してほしいです」
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