「さすが進学校と自衛隊を出ている」周囲と交流閉ざすも仕事ぶりを評価されていた山上徹也被告、事件前年から別人のように変貌……同僚が見た人物像
■「しゃべらへんけど、芯のしっかりしたやつ」
「四六時中一緒におってもあんまりしゃべらへん、おとなしいヤツやった。好きな芸能人は誰やとか、そんな話をした記憶もない。特徴はつかめんかったな。あんな銃撃事件を引き起こすなんて思いもよらんかった」
社長はそう回想し、「1回だけ反発してきよって、芯のしっかりしたヤツやと思ったことはあったけどやな」と笑いながら、一つのエピソードを教えてくれた。
沖縄本島南東部の中城村(なかぐすくそん)に、海の埋め立て工事のために出張した時のことだ。
社長は山上らを連れ、大阪南港からフェリーに車を積み込んで沖縄へ向かった。安い宿に滞在しながら2か月間にわたって作業にあたる中で、会社所有の無線機のバッテリーが行方不明になったことがあった。割り振った番号から山上に貸与していたものだとわかり、社長が詳しく聞き取っていると、山上は不満そうに反論してきた。
「それ、そんなに高いんですか?」
測量業者にとって一つ一つの道具がいかに大切なものかを説き、たしなめると、山上は「海に落としてしまったんだと思います」と紛失を認めたという。
「物を大事にしよらへんなと思ったんや」と社長は苦笑いを浮かべつつ、「変わったエピソードなんか、それぐらいや。仕事はちゃんとしてたし、さすが進学校と自衛隊を出てるなと思ったもんや」と懐かしそうに語った。山上の働きぶりを認めていたのだ。
ところが、山上は半年でこの仕事を辞めた。
社長は退職のいきさつを覚えていなかったが、山上はのちに別の会社の採用面接を受けた時、退職した理由は「仕事量が減ってきたから」だと述べている。社長は「競合他社は多くて、安定して仕事を受注できるようになったのは、山上君が辞めた後なんよ」と話しており、山上の説明は就職目的の創作ではないようだった。
■続かない会話
その後、山上は働き先を変えながらも、工場などでフォークリフトを使って物品を運ぶ「リフトマン」の仕事を続けた。20年5月まで1年3か月働いた食品工場では、真面目な仕事ぶりでトラブルは一切なかったという。