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『東京四大通』と『立ち読みの歴史』

1 『東京四大通』

『東京四大通』という珍しい本を手に入れた。現時点(2026年3月13日)で国立国会図書館デジタルコレクションに入っていない。

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東京通人・小杉未醒『東京四大通』(明治40年10月25日、也奈義書房)


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東京通人・小杉未醒『東京四大通』(明治40年10月25日、也奈義書房)奥付

東京通人と小杉未醒の合著(明治40年10月25日、也奈義書房)で、菊半截きくはんせつの小型本である。東京通人が誰かはわからない。
前半が小杉未醒みせいの50葉の単色木版画、後半が東京通人が記す東京案内の文章という構成になっている。

大通だいつうとはもともとは遊里の事情をよく知る人のことをいうが、『東京四大通』という書名は、遊覧、食物、買物、旅館の4つの分野についての詳しい東京案内という意味を持っている。

小杉未醒は、単色木版の挿絵を「木版漫画」と呼び、『漫画一年』(明治40年1月、左久良書房)、『漫画天地』(明治41年1月、左久良書房)などを刊行している。
リズミカルで自在な線が魅力で、明治期のコマ絵作者として小杉未醒は重要な位置を占めている。

『東京四大通』の挿絵が貴重なのは、東京案内という本の性格に合わせて、都市風俗のスケッチをもとにしたという側面があり、世相の記録としての意味があるからである。

2 雑誌屋店頭での立ち読み

未醒の挿絵をたくさん紹介したいが、今回は、貴重な一葉に注目したい。立ち読みが描かれているからである。

下掲は《雑誌店頭》という挿絵である。
この絵が気になったのは、小林昌樹氏の『立ち読みの歴史』(2025年4月、ハヤカワ新書)という本を読んでいたからである。

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小杉未醒《雑誌店頭》 『東京四大通』挿絵

世俗を写しつつも、滑稽な風刺を仕込んでおくのが小杉未醒の流儀で、この挿絵もそうである。

雑誌店を描くなら、ふつうは店構えの全景が枠内に収まるように、客たちを背後から描くのが常套だ思うが、これは風刺の仕込みのために店側の視点から客がとらえられている。そのため、客の立ち読みの様子がよくわかるようになっている。

平台があって本、雑誌が積まれたり、並べられたりしている。
客は6人。ネクタイ紳士が2名、和服の男性が2名、学生が1名、女学生が1名である。
絵の題は《雑誌店頭》で、△に「未」の文字は、未醒のサインである。

下の漢字を読み下すと、「画中に女有り、顔玉の如し」でよいだろうか。
ほんとうに立ち読みをしているのは、身をかがめている学生と、片手に持つ雑誌を見ている女学生だけで、他の4人の男性は、みな横目で女学生を見ているのである。

3 『立ち読みの歴史』

小林昌樹氏の『立ち読みの歴史』(前出)によれば、「明治の初めまで本屋は座売り」で、「一部の本を「出し本」として店頭に出すことはあった」が、客の要望を受けて店が本を出してくるという売り方が主であったという(42ページ)。

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小林氏は、宮武外骨の雑誌『スコブル』第19号(1918年5月)の裏表紙の社告記事「立読禁止貸本予防法」に、明治30年ごろまでは雑誌販売店で立ち読みしていると、店の者に「アナタ其雑誌をお買ひになるのですか」と詰責されたが、近年(大正7年ごろ)では、立ち読みをとがめなくなり、その結果立ち読みするものが増えたという趣旨の記述があることを紹介している(51−52ページ)。
小林氏は「雑誌販売店」とは、「雑誌屋」「雑誌店」と呼ばれた業種だと指摘している(53ページ)。
そうした雑誌店は、明治10年代から増え始め、書棚や陳列棚に雑誌を置いて、客の手が雑誌や本に届く展示の仕方をしていたという(58ー61ページ)。
また、雑誌屋の前身は絵草紙屋であることが多く、稲岡勝「雑誌屋考ー地本、小新聞と絵双紙屋」(2023年4月、『近代出版研究』第2号、皓星社)が詳しく論じているという(56,61ページ)。

さて、『東京四大通』の文章の部分に「絵草紙屋」という項目があり、その末尾に次のような記述を見出すことができる。

小売店はこれ等出版元より出るものを売り捌く外、大抵雑誌類石版画類兼業である

絵草紙屋は明治40年頃では、雑誌販売、石版画販売を兼ねていたということがわかる。

小杉未醒の《雑誌店頭》は、立ち読みを偽装して男性が女学生を見ているという風刺をこめた絵であるが、それでも明治40年ごろの雑誌店の店先の様子は世相を踏まえたものであると推測できる。

平台は腰の高さくらいで、出し本として多くの雑誌、書物が並べられていて手に取りやすかった。
学生は、腰をかがめて立ち読みに集中しており、購入せずとも雑誌や本を読めた可能性がある。
女学生は、左手に金銭を持っているようで、手に持った雑誌を購入しただろう。

小杉未醒の挿絵は、東京案内の内容に合わせた書き下ろしであったように思われる。
こうしたスケッチは、世俗の記録としての意味を持っている。


*ご一読くださりありがとうございました。

【編集履歴】
誤記訂正 2026/03/15 稲岡勝「雑誌屋考ー地本、小新聞と絵双紙屋」(2023年4月、『近代日本出版研究』第2号、皓星社)→稲岡勝「雑誌屋考ー地本、小新聞と絵双紙屋」(2023年4月、『近代出版研究』第2号、皓星社)

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表現急行の人

furuyukiさん、コメントありがとうございます。

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furuyuki

漫画は買ってもらえず専ら立ち読みでした。まだ河原町に書店が何軒もあった時代。『立ち読みの歴史』購入します。

文学+美術。日本近代文学と美術の交流に関心があります。 古い書物・雑誌はまるで美術館のようです。 表紙画・装釘や挿絵など〈本の絵〉について気がついたことを記していきます。 ブログ《表現急行2》 http://hyogenkyuko.seesaa.net
『東京四大通』と『立ち読みの歴史』|表現急行の人
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