朝の光が障子越しに淡く部屋を染め始めた頃、比鷺は萬燈の胸に額を寄せ、静かに息を整えていた。
萬燈の肩から背中にかけて、赤く細い線が幾筋も走っている。昨夜、比鷺の爪が無意識に食い込み、刻んだ痕だ。比鷺は指先でその一つをそっと撫でる。まだ熱を帯びていて、触れると微かに反応するのがわかる。
「痛いですか、先生」
比鷺の声は掠れ、ほとんど囁きに近い。萬燈は目を閉じたまま、ゆっくり首を振った。
「痛いほどではない。むしろ心地よい」
比鷺の指が止まる。かつて神神に仕え、舞うことを定められていた自分が、今はただ一人の男の肌に爪を立て、乱れ、喘ぎ、跡を残している。その事実に、胸の奥が熱く疼く。
比鷺は体を起こし、唇でその赤い線をなぞった。舌先が傷口に触れると、萬燈の体が微かに震える。比鷺はさらに深く唇を押しつけ、まるで自分の痕を確かめるように、優しく吸う。萬燈の息が乱れ、低い呻きが漏れる。
「……悪い子だ」
萬燈は目を開け、比鷺を抱き込んだ。肌の摩擦が、微かな音を立て、互いの瞳が絡む。かつての舞姫の肢体は、今やこの抱擁に委ねられ、夜が明けども儚い花弁のように開かれた。
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