【住民が動く】“次の津波”に備える『避難のあり方』・宮城
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災害から命を守るために、住民自身が動き出した地域があります。 震災から15年が経ち、宮城・石巻市では、“次の津波”に備え、住民主導で「避難のあり方」を模索する動きが、出ています。 【動画を見る】次の災害に備えて…住民主導で考える「避難のあり方」 東日本大震災・翌日のリポート)町の中心部を走っている道路が、いまもこのように水に浸っています。津波がここまで来たのがわかります 15年前、震災翌日の宮城・石巻市です。 家屋やがれき そして数え切れないほどの車が、津波で流されました。
石巻市の沿岸部・渡波地区。 海岸から扇状に平坦な土地が広がるこの地域は、津波で甚大な被害を受け、519人が犠牲になりました。 渡波地区 新たな津波避難対策検討協議会・阿部和夫会長 「そこは、今思えば3台4台の車が重なってたり、流された車だらけでした」
震災当時の記憶を語るのは、現在も渡波地区に暮らす阿部和夫さん。 あの日、海岸から約200mの自宅にいた阿部さんは、妻や孫と共に「車での避難」を選び、石巻市の中心部へと向かいます。 阿部和夫さん)まっすぐ行こうかと思ったんですけど、向こうのそのずっと先見たら、車が止まり始めたので「あっこれはダメだな」って思って、右に逃げた。幹線道路はすでに渋滞していましたが、とっさの判断でわき道にそれ、何とか高台に逃れ無事でした 岡崎アナ)あの時、違う方を選んでいたらと考えることは? 阿部和夫さん)言われてみると、あの時もしかしたらうちの女房も孫も私もダメだったかもしれないですね