記者も自主避難者だった 家族に亀裂、母を気遣い言った「がんになってもいいよ」<福島原発事故15年 当事者は今>①

福島県相馬市出身の私。福島原発事故を機に、秋田市に避難し高校卒業まで過ごした

 江差支局に勤務する私(24)は今から15年前、小学3年生だった。「相馬野馬追」で知られる福島県相馬市で母、中学3年の兄、祖父母と5人で暮らしていた。
 2011年3月11日午後2時46分。下校途中に突然、大きな揺れを感じ、その場に座り込んだ。周辺の住宅の塀が波打って崩れた。しばらくすると母が息を切らして迎えに来た。
 自宅は半壊。避難所は人であふれていた。そこで、家族とともに車で相馬市の南隣・南相馬市小高区にある伯父宅へ向かった。伯父は6人家族。東京電力福島第1原発から、北西に18キロの場所にある。翌日、この第1原発の1号機が爆発するとは誰も想像できなかった。

■「ただちに健康に影響ない」

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