龍角散は国替えを経て、常陸国(茨城県)から久保田(秋田市)へ移住した武士の一族だといわれ、何代目かが医者となり、江戸中期には大曲(大仙市)に住んだ藤井某がいたとされ、江戸末期になると久保田と大曲に薬店を開いた。 明治維新を経て、個人経営としては久保田を本店とし、1871年に東京神田、1873年に大曲に支店を開業。

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※藤井家を六郷出身(#美郷町)と書いているのは「六郷町史」のみ。 常陸国(#茨城県)から久保田(#秋田市)に入り、大曲へ移住したと書いてるのは、丸山浩一(日本家系図学会常任理事。家系研究協議会名誉会長)さんの著書です。 他にも国替えの時、国替えの少しあとに久保田へ来たという説が。
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Replying to @senkanko
怪しい観光情報を流している人がいます。ので、気をつけてください。 現在の美郷町六郷東根が龍角散の生家であり、この地に端を発した龍角散はと主張している人がいますが、 当家は茨城県出身で、国替えを経て、秋田市。何代目かが医者となり、大曲、六郷にも藤井某が住んでいたが正解となります。
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ほら、出てきましたね。 そして このリンク先に出てくるのが、 秋田県森林学習交流館 即ちプラザクリプトン やっぱりか。 サイトにあくまでも美郷町側の理屈を並べるのはこの手の連中ですが、呆れたことに彼らは正しい歴史を知らないのですね。
美郷町で’24七滝「水の森」植樹事業が行われました。 町内の児童たちの手によって200本のブナの苗木が植えられました。 詳細は、美の国あきたネットにてご覧ください。 pref.akita.lg.jp/pages/archi…
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それでは、久しぶりに。当家が六郷(美郷町)出身の町医者で、のちに大曲(大仙市)に移住したという事実はありません。 本来の龍角散の原型となる薬は、久保田(佐竹)藩の秘伝薬でした。 「藤井家は、何代目かが医者になった」という昔の龍角散の資料と話が合わなくなります。
再掲載:夢中で作った #砂の城 を崩されまいと必死になる #疑惑の本拠地 の皆様。 色々と調査している方々にとって、#時は今 です。#突撃せよ#どうぶつの森#ぼくとシムのまち ならぬ、ぼくとわたしの龍角散の町状態となっていますが、龍角散とは藩の物。古くは #幕府の処方 です。よろしく!
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失礼致します。龍角散の原型の薬があったのは江戸中期(この頃のお殿様が喘息持ちと資料にある)ですので、のちに佐竹義堯(相馬家の三男)と名乗った人と藤井正亭治は生まれていません。 根本的に龍角散の元になった薬は水戸の物(幕府の医者の処方と書かれている)です。よろしくお願いいたします。
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さあ、今なら話が通りやすいです。 何かご存知の方はよろしくお願いします! わらび座様や龍角散の関係者を騙り、他人の経歴を査証し、出鱈目な情報を流している人がいることが確認されました。 特殊詐欺の可能性がありますので、警察署、役所・役場、消費者センターへ通報ご協力お願い致します!
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龍角散の原型となる薬は江戸中期、水戸藩に伝わる薬であった。それを幕府の医者の元へ藤井一族が習い行った。 よって修業地は水戸ですね。 佐竹藩としての龍角散は1797年、または1799年に久保田藩医の藤井玄信が作った。 表にあるように2代玄信とされている人とは別人です。 ※資料通りです。
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龍角散の話を流してる人は、 ↓ 宮城県 秋田県なら主に美郷町や仙北市 大仙市なら太田町 ↑ ではありませんか? 無関係な人たちはすみません。ただそろそろ周りの人間を止めましょう。よろしくお願い致します! 六郷東根、又は六郷に龍角散の生家があった? ↑本当ですか?
定期: 劇団わらび座様、龍角散、藤井家の関係者を騙り、龍角散の偽情報を吹聴したり、役所・役場・お寺等と勝手に交渉しようとしていたことが判明しています。 被害防止のため、偽アカウントのブロックをお願い致します。何かご存知の方は通報にご協力ください。
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定期: 劇団わらび座様、龍角散、藤井家の関係者を騙り、龍角散の偽情報を吹聴したり、役所・役場・お寺等と勝手に交渉しようとしていたことが判明しています。 被害防止のため、偽アカウントのブロックをお願い致します。何かご存知の方は通報にご協力ください。
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当方の偽アカウントの次は猫アイコンにパクツイされていました。 同じ人が複数のアカウントを使っている可能性があります。 猫好きの人の可能性も。 #佐竹義堯
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