light
pixiv's Guidelines will be updated on March 18th, 2026.
View details
The Works "高熱注意っ!" is tagged "槍弓" and "現パロ".
高熱注意っ!/Novel by 白水

高熱注意っ!

17,451 character(s)34 mins

バレンタインに風邪ひいたランサーと見舞いに来たアーチャーのバレンタイン槍弓。正しくは槍→(←)弓。全力で青春してる二人の話。
3ページ目はオマケのホワイトデーの二人。

格好良いランサーはいません。

季節感は桜とともに散りました。無念。

————
(どうでも良い追記:4/22)
一ヶ所だけ書き直しました。分かった人は明日良いことがあります。

ついでに先のCBCで「槍弓エロ読みたい人ー!\ハーイ!/」ってやったら狂王きました。
数多あるカルデアの何処かに槍弓エロ読んでる狂王が存在しています。正直すまんかった。
後悔はしていませんがどうせなら槍弓(広義)って言うんだったと反省しています。

(追記2:5/11)
誤字脱字言い回しその他諸々を修正しました。

1
white
horizontal

 風邪をひいた。
 それもバレンタインデー当日に。
「あ゛ー、くそ、なんっゲホッゴホッ」
 悪態を吐く自身の声はガラガラに枯れている。
 最悪だ。よりによってなんで今日。自分の部屋でベッドに寝転がって布団被って丸まってる場合じゃないってのに。
 この際チョコが貰えるかとか、そういうのはどうでも良い。いや良くはない。欲しい相手はいる。けど、多分今年もくれないだろう。チョコくれって言ったら心底不思議そうな顔をして「何故?」と首を傾げるに違いない、というか実際に数年前にされた。それでもしつこく強請ったら翌年に大袋のキット◯ットを貰った。「クラスのみんなで分けろ」というありがたいようでありがたくないお言葉付きで。「受験間近だし験担ぎにもなるな」などともドヤ顔でのたまってくれた。違うそうじゃない。思い出しただけでちょっと凹む。うっすら視界がぼやけているのは熱の所為だと信じたい。
 いやそれよりもだ、オレがチョコを貰えるかより、あいつが誰かからチョコを貰わないか。それが重要なのだ。なんてったってオレと違ってあいつにチョコを渡す相手は大体本気なのだ。本気で、あいつに本命チョコを渡してくる。気づいてないのは本人だけだ。
 惚れていると自覚してからはあれこれとひっついて散々邪魔してきたが、今年はそれが出来ないとは。
 オレは、ランサー・クー・フーリンは、衛宮アーチャーという可愛げのない、自分より体格の良い男に惚れている。


 朝起きたら喉が痛かった。まるで激辛麻婆でも食べたかのように喉奥がヒリヒリと痛く、唾を飲み込むだけでも顔を顰めるほどだった。
 とはいえこの時期の日本の空気は乾燥しているからと気にも止めなかった。食欲も普段と変わらずあったということもあるし、喉が痛いこと以外に身体に不調はなかった。結果、いつも通り陸上部の朝練に参加し、つい熱中しすぎて――遅刻ギリギリで教室に向かった。
「またキミは……もっと余裕をもって行動出来ないのかね」
 滑り込むように教室に入り席に着いたオレに、手にしていた文庫本から顔を上げたアーチャーは呆れたように言う。こういう時に隣の席というのは良い。遅刻寸前だろうと毎朝なにかしら話が出来る。
「ところでアーチャーさん、チョコは貰いましたか」
「バレンタインだからと浮かれているのか? キミのことだから今年もたくさん貰えるだろうさ」
 いやオレがじゃなくてお前が貰ったか訊いてんだよ、という言葉は担任が入ってきたことで飲み込まざるをえなかった。

 おや、と思ったのは一時間目の途中だった。
 背中、肩甲骨の下辺りがむず痒いというか、ぞわぞわするというか、妙な感覚がした。これはあれだ、メイヴに追いかけ回される直前に感じるあの薄ら寒さに似ていた。
「なぁ、今近くにメイヴいねぇよな?」
 こっそりアーチャーに訊ねたらなに言ってんだこいつ、みたいな顔をされた。
「彼女もおそらく授業中だと思うが」
 「そもそも彼女は一駅先の女子高に通っているんだから多分こちらに来るとしたら放課後だろうきっと」とアーチャーもこっそりと言う。それはまぁそうなんだが、あいつなら授業ぶっちぎってでもこっちに来る可能性も充分考えられるから恐ろしい。アーチャーもその可能性を否定しきれないから、おそらく多分きっと、なんて言葉を濁したに違いない。

 両膝に違和感を覚えたのは二時間目が始まってすぐくらいだ。痛い、というのとは少し違うが、膝を上からぐっと押さえつけられているかのような感覚。少し動かしづらいような気がした。どうにも落ち着かず椅子に何度も座り直す。
「どうしたランサー、トイレにでも行きたいのかね」
 もぞもぞと動いているオレを認めたアーチャーがそう言ってくれやがったが、んな小学生でもあるまいに。そもトイレだとしてもさっさと許可貰って用足しに行くわ。

「ランサー、顔を貸せ」
 返事するより先に頬を褐色の両手で包まれ強引にアーチャーの方を向かされたのが三時間目が終わった直後。ぐぎっと不吉な音を立てたオレの首について非難を浴びせるより前に、アーチャーの顔が近づ――
 え、いや、は? 待って? 近い近い、アーチャーさん顔が近い。このまま近づいたらキスすることになるけど? 良いの? 周りに人いますけど? オレは吝かではないどころかドンと来いって感じだけど良いんですか!
 アーチャーの綺麗な鋼色の瞳にオレの間抜け面が映る。あ、睫毛まで真っ白なんだなぁと現実逃避気味に思っているうちに焦点が合わなくなり輪郭がぼやけ、そして。
 こつん。額が合わさる。
「……?」
「……ふむ、お前、やはり熱があるな」
 周囲のきゃあだかぎゃあだかリア充爆発しろだかなんだかの悲鳴をガン無視し身を離したアーチャーは、オレの腕を取って立ち上がらせ、腕を引いて歩き出す。教室を横断しドアから冷え切った廊下に出て更に階段を下っていく。この間無言である。すれ違ったやつらにギョッとした顔で見られた。そりゃそうだ、身長180㎝越えかつ筋肉質の男二人が片や相手の腕を掴んで連れ歩き、片やそれに大人しくついて行っている、それも無言で、だ。控え目に言って異様だ。オレでも二度見する。
 そんなこんなで辿りついた先はといえば。
「帰って良いですか」
「良いわけなかろう。ほら入るぞ」
「ふざけんな殺す気かよ」
「保健室で人死が出るわけないだろう」
「普通は出ねぇけどここは別だろ!」
 保健室、と書かれたプレートの下で足を踏ん張り腕を引くアーチャーとやり合う。こればかりは譲れない、オレはまだ死にたくない。
「ここにゃ婦長がいんだろ!」
 オレたちの一つ上にナイチンゲールという女子生徒がいる。何事もなけりゃありふれた優等生然とした先輩なのだが、怪我人と病人を前にすると人が変わるというか、苛烈さを隠しもしなくなるというか。まぁなんだ、要するに「貴方の命を救いたい。貴方の命を奪ってでも」と、思いっっっきり矛盾した台詞を堂々と言ってのけるような人だ。進路の希望が看護師だということもあって婦長と呼ばれているこの先輩は、そういうこともあって主に保健室利用者から恐れられている。
「馬鹿を言え、彼女は既に進路も決まっていて自由登校だ! 学校には来ていない! ………………多分」
「今多分っつった? 言ったよな? お前ぇも自信ねぇんじゃねぇか! 婦長ならむしろ自由登校だからこそ保健室居座ってそうじゃねぇ?! 大体オレは元気いっぱいなので保健室に行く必要はありません!!」
「ええい喧しい! 少し確認しただけでも体温が高かったやつがなにをほざく。良いから来い、貴様は散歩から帰るのを拒否する柴犬さんか!」
「狗扱いすんじゃねぇ!」
「貴様を拒否柴さんと一緒にするな彼らの方が数倍可愛いわ!」
「オレだって可愛いだろうが!」
「あー、うん、二人とも、ここ保健室前だからそこまでにしておこうか」
 話がだいぶ逸れたところでガラッと音を立てドアが開く。苦微笑を浮かべ廊下に顔を出したのは軟弱男、もとい養護教諭のドクター・ロマンだ。
「ドクター、騒いで申し訳ない」
「あぁ、うん、ちらっと聞こえたんだけど、彼が心配だったんだろう? 今度からは気をつけて。あと、ナイチンゲールさんなら今日は家の用事があるとかで来てないよ」
 身を半歩下げオレたちを保健室へ招き入れるドクター。流石にここまでされて拒否は出来ないし、婦長がいないのであれば拒否する理由もない。大人しくアーチャーとともに入室する。そもそもだ、あんだけ騒いでたらとっくに婦長が出てきていただろう。あぁ良かったいなくて――いや待て、今日は、ってことはやはり普段はいるんじゃないか。気づきたくなかった。
 衝撃の事実に動揺しているうちに他二人は話を続けていた。
「えっと、クー・フーリンくん、だっけ? まずは体温を測ろうか」
「え、あ、なんでです?」
 差し出された体温計に困惑する。オレとしては元気としか言いようがないので。
「さっき確かめた時明らかに熱があったやつがなにを言う。良いからさっさと測れ」
 腕を組んで偉そうに言うアーチャー。熱…? そういえばさっきも同じようなことを言っていたような気がする。聞き流していたが。そうか、教室での額のあれは熱の確認だったのか心臓に悪い。いやそうじゃなく。
「え、でも、」
「でももなにもあるか。良いから測れ」
「オレ健康そのものだって」
「お前は予防接種を嫌がる幼稚園児か? さっさと測れ」
「おう喧嘩売ってんのか」
「売ってない。そんなに元気だと言うのなら熱がないと証明しろ。それで体温を測れば一発だろう。分かったら測れ」
「いや測るまでもなくオレは、」
「最後にもう一度だけ言うぞ。今 す ぐ 体 温 を 測 れ」
「あっはい」
 アーチャーからの圧に負け体温計を脇に挟む。その間に授業開始のチャイムが鳴ったがアーチャーが教室に戻ろうとしないので訊ねてみると「お前が帰ることになったら荷物を持って来なければならないだろう」とのことだった。いや別に帰らないから戻れば良いと思います。
「体調が悪いとかないかな? 例えば頭が痛い、鼻水が出る、咳が出る、吐き気がする、寒気がする、なんでも良いよ」
 大人しく体温を測るオレに先程までのやり取りを終始苦笑いしながら眺めていたドクターが訊いてくる。体調が悪いもなにもオレは健康体だと……あー、でも。
「朝起きた時から喉は痛かった。学校来てからは薄ら寒いような気もする、か? なんとなく身体は動かしにくいかもしれない」
「……お前それでよく元気などと言えるな」
 なんか可哀想なもんでも見るような目でアーチャーに見られた。
「だからそれ以外は特にねぇんだっての」
「それだけ自覚症状があったら体調不良を疑うと思うが?」
「言われてみたらってくらいだし」
 挙げた内容のうち特に酷いのは喉の痛みだが、声が枯れているわけでもない。薄ら寒いのも気の所為だと思ってしまえばそれまでで、なんなら南半球じゃなけりゃ冬が寒いのは当然だ。動かしづらいと思うのも、ちょっと違和感があるな、くらいなのだ。朝練に出て走り回っていた身としては、体調不良だなんだと言われてもしっくりこない。
 ピーピー。甲高い電子音が鳴る。体温が測り終わったらしい。脇から体温計を抜き取り小さな画面に表示された数値を確認する。
 ――38.8℃
 なんの冗談だ、これ。
 さんじゅうはちどはちぶ。四捨五入すれば三十九度。平熱は確かに高めだがここまで高かった覚えはない。体温計が壊れているか、ちゃんと測れていなかったに違いない。
「クー・フーリンくん、どうだった?」
「ちゃんと測れてなかったんでもう一回測ります」
「見せろ」
 もう一度測り直そうとしたオレの手から体温計をぶん取ったのはアーチャー。まじまじと体温計の数字を見、頭痛が痛いみたいな顔してそっとドクターに手渡す。
「そいつの荷物取ってきます」
「担任は……確かケイローン先生だったね? 早退の連絡してくるから、エミヤくんが戻ってくるまでここで待っているんだよ。一人で帰るのが難しそうなら保護者の方に連絡して迎えに来てもらうこと。良いね?」
「待て待て待って! なんかの間違いだって! オレは元気だから! リテイクを要請する!」
 各々行動を起こそうとする二人を引き留める。が、やつらは非情だった。
「まだまだインフルエンザは流行っているからね。ちゃんと病院に行くんだよ」
「パンデミック野郎の謗りを受けたくなければ大人しく帰って寝ていろ」
「いや話を聞こうぜお二人さん。なにかの間違いだって。オレあんな数字初めて見たし」
「馬鹿は風邪を引かないという諺があるが、あれは馬鹿は鈍感だから風邪を引いても自覚がないという意味だそうだぞ」
「なんで今それ言った?」
 オレの抵抗虚しく人を盛大にディスったアーチャーは荷物を取りに行ったし、ドクターは保健室を出ていった。世は無情。
 だがしかし今は一人。つまりなにをしたってバレやしない。この隙に教室に戻ろうと保健室を抜け出そうそうしよう。後々考えればアホ丸出しの思考であるが、この時は名案だと思った。
 保健室のドアを開け廊下に顔を出して左右確認。幸い誰もいない。保健室を抜け出し廊下を歩く。すぐそばに階段はあるが、ここは来る時に使ったからアーチャーと鉢合わせる可能性がある。更に廊下を進んでもう一方の階段を登っていく。授業中の今、閉じられた教室から微かに声が漏れ聞こえる程度で、休み時間中の騒がしさが幻だったかのように静まり返っている。肌に刺さるような冷たい空気がよりそれを助長しているように思えた。妙に静かで、そうだまるで、オレだけが取り残されたかのような――
「……あぁ、忙しいのにすまない。よろしく頼む」
 胸に浮かんでいた感傷に似たナニカが消え失せる。静寂の中で聞こえてきたのは聞き慣れたどこか甘さを感じるテノールだった。
「あ」
「……」
 やべぇ、と思った時には手遅れだった。踊り場を曲がった先、スマホを片手に持ったアーチャーと鉢合わせる。アーチャーの眉間の渓谷が深くなる。これはヤバい。にへら、と笑って誤魔化そうとしたが、より深くなっただけだった。
「言い訳は?」
「ありません」
 首根っこを捕まれ保健室に連行される。逃げないから離せ、という主張は間髪入れずに素気無く却下され、なんなら保健室に着くや否やベッドに放り込まれた。
「キャスターに迎えに来てもらえるよう連絡しておいた。迎えが来るまでここで大人しく寝ているんだぞ。いいか、大人しく、寝ているんだ」
 幼な子に言い聞かせるような口調だった。いやそれよりも。
「なんでよりによってキャスター……」
「キミのご両親は海外赴任中、フェルグス殿とスカサハ殿は仕事があるだろう。大学生のキャスターならある程度時間の融通が利くかと思ってな。良かったな、午後の講義が休講になったからと快諾してくれたぞ」
「良くねぇよ絶対ぇ揶揄われるじゃねぇか」
「キャスターがそんなことするはずがなかろう」
「その信頼はどこからくるんだよ」
 普段は「知的()」呼ばわりして鼻で遇らうくせに、アーチャーはなんでだか妙なところでキャスターに夢を見ている。あの兄はこいつが思っているほど性格良くないし大人でもない、今回だって絶対指差して笑ってくるに決まっている。
「今日はバレンタインだってのになんだこの仕打ち…」
「朝からずっとそう言っているが、キミは甘い物が好きではないわりに本当にバレンタインが好きだな。仕方がない、チョコなら私が預かって後で届けに行ってやる」
 違うそうじゃない。好きなのはバレンタインじゃなくてお前だし、その優しさは今はいらない。

 結局その後すぐにドクターが戻ってきたこともあり、アーチャーは授業に戻っていった。キャスターもそれから間もなく迎えに来て、車に乗り込むなり「このまま病院行くからこれ着けろ風邪っぴき」とコンビニのレジ袋から使い捨てマスクを投げて寄越した。包装を破いてマスクを着けている間にアクセルが踏まれ車が走り出す。
「熱あるとは聞いたが、何度だった?」
「三十八度八分」
「うわぁ」
 ステアリングを操るキャスターの横顔はあからさまに引いていた。
「それでよくもまぁ……。あんまアーチャーに面倒かけんなよ」
「ぅ゛ぐっ……」
 全くの正論である。ぐうの音も出ない。
 そういえば、多少雑なところはあるがここまでのキャスターはアーチャーが幻視しているキャスター像と一致していることに気がつく。キャスのやつ、変なもんでも食ったか、それこそ風邪でもひいているんじゃないか。
「……なに変な顔してんだお前」
「キャスが変に優しくて気色悪ぃ」
「病人に優しくするくらいの良識は持ち合わせているんですけど?????」
「ぶっちゃけ、なんとかは風邪引かないって言うのになぁ、くらいは言ってにやにや笑うと思ってた」
「思ってるけど言わねぇよ」
 思ってんじゃねぇか。
 ところで、オレはキャスターが風邪をひいているところを見たことがないんだが。つまりそういうことなんだろう。人のことは言えない。
 つい「知的()だもんな」と口をついて出たら小声だったにも関わらず「風邪ひいて寒いだろランサー、燃やしてやろうか?」としれっと殺害予告をされた。

 そのまま病院に拉致られ「感染りたくねぇから」とキャスターに財布と保険証だけ持たされ一人院内に放り込まれた。受付で改めて体温を測ったら三十九度二分に上がってていっそ笑えたのはここだけの話。そうしてインフルの検査やらなんやらした結果医者から告げられたのは「扁桃炎ですね」だった。ひとまずインフルエンザじゃなかったことにホッとした。散々ごねた身でなんだが、アーチャーに感染したら堪ったものじゃない。
 薬を出されキャスターとともに家に帰ると「これ食って薬飲んで寝ろ」とマスクと一緒に買ったんだろう、レトルトの粥を出された。風邪だと自覚したからかだんだん身体が怠くなり食欲もなかったため、その粥も結局半分ほど残す羽目になったが。
 「相当だなぁ」と言うキャスターにべちんと冷却シートを額に貼られ部屋戻り、寝間着に着替えてベッドに潜り込む。
 まだこの時までは咳き込みながらだが悪態を吐くくらいの元気はあったものの、気づいたら眠りに就いていた。


「やる」
 放課後、部活に行こうと教室を出かけたところでアーチャーに呼び止められ、ぶっきらぼうに渡されたのはチョコチップクッキーだった。透明な袋の上半分をクラフト紙で覆いホチキスで留めるというラッピングをされたそれは、店で売っていると言われたら納得する見栄えだった。実際言われるまで買った物だと思っていた。
 だがしかし。オレの中学入学に合わせるように故国アイルランドから日本に引っ越して来て早数ヶ月、日本で迎えた初めてのバレンタイン。日本のバレンタインは女子が好きな男子にチョコを贈るのだと聞いていた。実際朝から――「義理だよ!」と宣言されつつ――女子からチョコを貰った。アイルランドじゃパートナーがいるやつじゃないとほぼほぼ無関係なイベントだが、日本では違うらしい。
 くれた相手をまじまじと見る。色の抜けた白髪と、髪と対照的な褐色の肌、灰色の眼、同年代と比べてがっしりとした体格。だいぶ特徴的な眉のこいつは、どっからどう見ても男だった。
「えっと、お前もしかして女だったとか?」
「お前は私が女に見えるのか? だとすれば早々に病院に行くことを勧める」
 発せられた声は甘さを含んだ低音で、やっぱり男だよな、と独り言つ。だとするとこれはなんなのだろうか。
「これってさ、バレンタインのやつ?」
「そうだが?」
 なんの衒いもなく同意され益々困惑する。日本のバレンタインは女子が好きな相手にチョコを贈る。でも目の前にいるこいつは男。そういえばこいつの母親はドイツ出身だったような気がする。……ドイツのバレンタインってどんなんなんだ? アイルランドと同じであれば男から花なんかを贈るのが一般的だが。
 困惑を極めた結果、「お前、オレのこと好きなの?」と自意識過剰の塊のような発言をする羽目になった。
 まったくもって面白くないことにアーチャーは明け透けになに言ってんだこいつ、みたいな顔をして、その後合点がいったようにあぁ、と声を漏らす。
「そういえばキミは日本に来て一年も経っていないんだったな。すっかり馴染んでいるから忘れていた」
「お褒めに預かりどーも」
「確かに日本のバレンタインは女性から好意を抱く者にチョコを贈る日ではあるが、世話になっている人などに贈る義理チョコや友人同士でチョコを贈り合う友チョコと、多様化しているんだよ。その中には逆チョコといって、男性からチョコを贈ることも含まれている。これはそうだな、逆チョコであり義理チョコといったところだ」
「……ほーぉ」
 返事が適当になったのは致し方ないことだろう。いやなんというか、日本ってのはハロウィン然りクリスマス然り、なんでもありだな、と。
「というわけでそれに深い意味はない。クラスのみんなに配っているものだ。変なものは入っていないし味も問題ないが、アレルギーや手作りに抵抗があるなら捨ててくれて構わない」
「え、これお前が作ったの?」
「……そうだが」
 意外に思ったが、そういえば調理実習で誰よりも手際が良かったことを思い出す。なるほど、菓子作りも得意だったのか。
「……大男から貰った菓子など嫌だろう。捨てるのすら億劫ならば返せ」
 そう言ったアーチャーはいつになく眉間の皺が深く、なのにどこか悲しそうな顔だった。
「んなこと一言も言ってねぇだろうが」
 今にもクッキーをぶん取りそうなアーチャーから守るべくクッキーをバッグの中に仕舞う。バッグから視線を戻すと、どこかホッとしたようなアーチャーがいた。
「用はそれだけか?」
「あ、あぁ、呼び止めてすまなかった」
 
 アーチャーから貰ったクッキーを食べたのは家に帰ってから。他から貰ったチョコのどれよりも先に、一番に食べた。袋の中にはクッキーが五枚。一枚摘み上げ一口囓る。美味すぎてなんて言って良いのか分からなかった。ほろほろとクッキーが口の中で解け控えめな甘みが広がる。美味い、だけじゃ言い表せねぇのに美味いとしか言えなかった。甘い物はさして好きではない。けど、これだけは別だった。サクサクと軽やかな音を立て噛み締めながら黙々と食べ進めていると兄弟の中で唯一甘い物も好きなオルタが寄ってきたが一欠片たりともくれてやらなかったし、同じように甘い物が好きじゃないはずのキャスターとプロトも寄ってきたが絶対にやらなかった。これはオレの物だ。ブーイングを浴びながらもなんとかクッキーは死守した。
 そうして翌日、朝――はギリギリだったから言えなかったが最初の休み時間にアーチャーのところへ行ってひたすら「美味かった」と言い続ける、なんとも語彙力のない感想と感謝を伝えた。アーチャーは案外大きな瞳を瞬かせ、
「……そう言って貰えてありがたい。作った甲斐があったよ」
 そう言ったアーチャーの顔は今まで見たことがない表情で。いつもは仏頂面か皮肉げに口元を歪めているか、はたまたドヤ顔を決めているかなのに。
 花が綻ぶような笑顔というのは、こういうことを言うのか。
 呼吸が止まる。心拍数が上がる。身体が熱を帯びる。気分が高揚する。
 ――あ、オレこいつのこと好きだわ。
 単純というなかれ。オレはあっさりとアーチャーに惚れた。

 クラスメイト(赤の他人)から友人までなんとか上り詰めた翌年のバレンタイン。バレンタインの悲劇が始まった。いや、正確に言うならば去年から始まっていたわけだが。
「は? なんて?」
「だから、チョコはない」
 すっぱりと言い切ったアーチャーに言葉を失うより他なかった。
 去年のバレンタイン後にアーチャーと同小だったやつらに聞いたところ、小学生の時からアーチャーはバレンタインにチョコを配っていたということで、中学に上がってからも配ったということはきっと今年も配るのだろうと思って朝イチでアーチャーに突撃すれば、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「なんで?」
「なんで、と言われてもな。さして理由があるわけではないよ」
 なーんてアーチャーは言っていたが、原因はあっさりと分かった。というか、見つけた、いや、見かけた。
 休み時間にトイレに行こうと廊下に出たら、廊下の隅の方で去年同じクラスだったやつ(男)がアーチャーと同小だった女子数人に囲まれていた。こっそり聞き耳を立ててみれば、どうやらそいつが去年アーチャーに「男が作った菓子とか気持ち悪くて食えない」とかなんとか言ったらしい。思い返してみれば去年、休み時間に呼び出されチョコ貰って教室に戻ったら微妙な空気だった時があったような気がしなくもない。おそらくアーチャーはその時そいつに言われたことを間に受けてしまったのだろう。なるほど余計なことを言ってくれたもんだ。なんか涙目になっていたが生憎と野郎にかけてやる慈悲などないので放っておいた。大体あの中に入っていけるわけがない。単体でだって敵わないのに徒党を組んだ女子になんて勝てるわけがない。無理難題は好きだが、自業自得を助けてやる義理もなし。かと言って女子に加担する気もない。あんなことしたってアーチャーが萎縮するだけだ。
 なのでアーチャーに一日中ひっついてひたすらチョコを強請り続けた。元からアーチャーに告ろうとするやつを牽制しようと思っていたので一石二鳥。一日「なぁーチョコくれよぉーアーチャーなぁーチョコぉー」とウザ絡みし続けた結果、「やっっっかましいわ貴様ぁ! そんなに言うなら来年はくれてやる!!」とブチ切れられながらも約束させた。粘り勝ちである。
 
 そうしてキット◯ット事件に繋がるわけだが、あれは思い出してはいけない。封印指定ものの記憶だ。
 
 オレも学習した。貰えないのならばあげれば良いのだ。
 流石にあいつのように手作りとはいかないが、其処彼処でバレンタインフェアが開催されている。チョコの入手は簡単――と思っていた時もありました。
 日本女性のバレンタインへの熱の入れようを舐めていたとしか言い様がない。凄いなあれ、戦場かと思った。メイヴの荷物持ちしながらついでに買おうなんて甘い考えだったと痛感した。
 というわけで作戦変更。前に調理実習で作ったマドレーヌならオレでも出来るんじゃないかと思い至った。あの時はシンプルなプレーンのマドレーヌだったが今回はバレンタインだしココアにしよう。早速家庭科の資料集で作り方と材料を確認しようとしたら、まさかの学校に置き忘れるという緊急事態発生。誰だ置き勉したの。オレだわ。なんとなく作り方は覚えているしうろ覚えでもいけるかとも思ったが、調理実習中のアーチャーの「分量と工程さえ守れば菓子作りはまず失敗することはない。化学の実験と同じだと思え」と言っていたのを思い出す。……うん、うろ覚えで作るのはやめておこう。となると残された手段は限られている。
 手に取ったのはスマホ。素晴らしきかな情報化社会、ネットを漁ればレシピはすぐに見つかった。その中からココア味になる物を探し出す。ホットケーキミックスを使えば準備する材料も少なく簡単に出来るらしいのでそれにすることにした。
 台所で材料を確認する。足りない材料――ほぼ全ての材料がなかったので、財布を引っ掴んで買いに出る。スーパーで目当ての品をカゴに入れていく。ところでココアとココアパウダーはどう違うのだろうか。ついでにいうとホットケーキとパンケーキの違いもよく分からない。疑問に思いつつ買い物を終えた。
 そうして紆余曲折はありながらも、レシピ通りに分量をきちんと計って手順通りに作ればなんとか形になった。調理実習の時も思ったが砂糖の量にドン引きである。後は味だと、出来たマドレーヌを一つ持って丁度自室で惰眠を貪っていたオルタを襲撃、もといお邪魔し、毒味、じゃなかった、味見してもらった。寝起き最悪のオルタにアイアンクローを食らい危うく頭蓋骨を破壊されそうになりながら「ホットケーキミックスで作った味がする」という感想を貰った。それは一体どんな味なんだ。詳しく訊きたいところだったが、「美味かった」と一言溢してまた寝入り始めたオルタをもう一度叩き起こすのは流石に偲びないのでそっと部屋を出た。今度こそ頭蓋骨粉砕されそうだし。
 とはいえアーチャーに渡すものだ、気になる。自分でも一口食べてみたが甘いなとは思ったがホットケーキミックスかは分からなかった。ひょっとしてオレ以外の人間はホットケーキミックス製か分かるものなのかと、大学のレポート作成に精を出すキャスターの口に放り込んでみたが、「クソ甘ぇなにしやがる」とヘッドロックを食らっただけだった。糖分補給(偽)してやった弟になんたる仕打ちだと憤慨しつつホットケーキミックス云々を説明したが「いや分かんねぇな。まぁ美味いんじゃねぇか? それよりコーヒー寄越せ」と返ってくるのみだ。一応プロトにも食わせたが、あいつも「甘いけど美味いな! ホットケーキミックス? 分かんねぇ!」とのことだったので、多分分かるやつには分かるのだろう。そんでもって多分アーチャーは分かるやつだろうが、あいつは例え不味かろうが人の好意と努力を無下にするやつじゃないので、ホットケーキミックス製マドレーヌでも喜んでくれるだろう。
 そうして迎えたバレンタイン当日、ラッピングしたマドレーヌをオレから差し出されたアーチャーは鋼色の瞳を丸くした後、陽だまりのような笑顔を浮かべた。
「とうとう渡す側に回るとは、充分すぎるほどにバレンタインを満喫しているな。それほどまでにバレンタインが好きなのか」
 とんだ誤解である。
 ツッコミどころしかないが後日「美味しかったよ」と言われたので良しとした。好奇心でホットケーキミックスで作ったことを伝えたところ「やはりそうだったか」と返ってきたのでやっぱり分かる人には分かるらしい。一つ無駄な知識が増えた。
 そしてひと月後のホワイトデーにはお返しにマカロンを貰った。それも待ちに待った手作りである。
「マカロンって作れるんだな……」
「割と簡単に出来るぞ」
 「甘さ控え目には作ったがキミには甘過ぎるかもしれないから、食べる時はコーヒーなどと一緒に食べるんだぞ。どうしても無理なら残せ。無理だけはするな」というアーチャーの助言に従い帰宅してすぐコーヒーを淹れ、それをお供にマカロンを食べる。忠告通り結構甘かったが、嫌な甘さではなかった。美味い、これはめちゃくちゃ美味い! コーヒーにとんでもなく合う。嬉々としてマカロンを頬張る。
 それにしても。
 弁当のおかずを食わせて貰ったことは多々あったし夕飯をご馳走になったことも何度もあったが、菓子となると三年ぶりだ。嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
 でもやっぱり、こういうお礼とかお返しじゃなく、あいつが自分の意思でオレにチョコを渡して欲しいと思うのは、オレの我が儘なんだろうか。
 
 
 
 ふっと意識が浮上する。視界に飛び込んできたのは何年も見上げてきた自室の天井。閉じられたカーテンの隙間からはオレンジがかった光が漏れている。夕方か、とぼんやりと思う。平日なのになんで家に……あぁ、そういえば風邪ひいて学校を早退したんだった。あいつは、アーチャーは、結局誰にチョコを貰ったんだろうか。後で調べねぇと。
「……あー、その、ランサー」
 甘やかなテノールが聞こえる。だけどそれはここにはいないはずのやつの声だ。幻聴とは、よほど風邪を拗らせたらしい。
「手を放してくれないか」
「……?」
 手とはなんのことか。横を向くと困ったような顔をしたアーチャーがいた。幻聴だけでなく幻覚まで見始めたのかオレは。
「ランサー」
 アーチャーの手がオレのそれと重なる。アーチャーの制服の掴んでいたオレの手の甲に、ひんやりとした感覚が――
「は?!」
 がばっと掛け布団を取り払いベッドから上体を起こす。目の前にはやっぱりアーチャーがいる。
「えっなん、おまっゲホッ」
「あぁほら、いきなり起き上がるんじゃない」
 咳き込むオレの背をアーチャーが摩る。待てこれはなんだどうなっている?
 咳が治ったところでアーチャーがペットボトルの水を差し出してくれた。受け取り、喉を潤す。
「なんでアーチャーがいるんだよ」
「キミ宛てのチョコとプリントを届けに来てな」
 そう言ってアーチャーはシステムデスクを指差す。デスクの上には紙袋が三つ置いてあった。
「キャスターに渡したらすぐにお暇するつもりだったんだが、キミの食事をお願いされてね。作り終えて今度こそお暇しようとしたらキミの様子を見て来て欲しいと頼まれてだな。そうしたら額の冷却シートが剥がれかけていたので貼り直したのだが……、その、キミが寝惚けたのか制服の袖を掴んだまま放してくれなくてだな、」
「あっ、もう良いですすみませんでした」
 とんだ恥ずか死ぬ案件だった。
「気にするな。風邪をひいている時は心細くなるものだからな、仕方がない」
「勘弁しろください」
 続投された羞恥プレイに土下座しようとするも「病人が無闇にベッドから出ようとするな」と阻止されてしまう。なんだこれ、オレがなにをした。
「体調はどうだ?」
「んー……あー……寝る前よりはだいぶ良くなったと思うぜ」
「そうか。食欲は?」
「あんま腹減ってねぇなぁ」
「そうか……先程も話したがお粥を作ったから、お腹が減ったら温めて食べると良い」
「おう、ありがとうなアーチャー」
「それとガトーショコラを作ったので持って来たから風邪が治ったら食べると良い」
「おう、ありがと……は?」
 しれっと聞き捨てならないことを聞かされた気がする。
「ごめん、なんて?」
「うん? いやなに、チョコは刺激物だからな、喉を痛めているうちは食べないように」
「そうじゃなくて。ガトーショコラ作って持って来たって言った?」
「言ったな」
「マジで? 嘘じゃねぇ? 本気にするからな?」
「マジだし嘘じゃない。ちょっと待っていろ。……ほら」
 ベッドの側から一旦立ち上がったアーチャーはデスク上の紙袋の一つから白いリボンのかかった青い箱を持って来る。
「私からだ。中は見えないがガトーショコラが入っている。凛たちにあげるもののついでに作ったが甘さは控え目にしてあるから安心したまえ」
「……マジでオレに?」
「キミ以外誰がいる」
 そう言ったアーチャーにおそらく他意はない。ないだろうけど、めちゃくちゃ嬉しかった。この場にいるのはオレしかいないんだからオレ宛てだってことだろうけど、オレは特別だって聞こえるだろう?
「アーチャー!」
 嬉しさ余ってついつい抱き着いたのはしょうがない。
「ありがとうアーチャー、食う、絶対ぇ食う、大事に食う、今すぐ風邪治して食う」
「今すぐは流石に無理だろう」
 くすくす笑いながらアーチャーの手がぽんぽんと宥めるように背中を叩く。引き剥がされないのを良いことにぐりぐりと頭をアーチャーの肩に押し付ける。アーチャーはくすぐったそうに笑う。
「そこまで喜んでもらえるとはな。キミは本当にバレンタインが好きだなぁ」
 びたっと動きを止める。
 ずっと言われ続けた言葉。なんだかんだ、ちゃんと否定したことはなかった。
「ちがう」
 ぎゅうぎゅうとアーチャーを抱き締める力を強める。
「ちがう、アーチャー」
「ランサー?」
 少しだけ身を放しアーチャーの顔を正面から見つめる。不思議そうにこっちを見る鋼色の瞳には険しい顔をしたオレが写り込んでいる。
「バレンタインじゃない」
「ランサー、」
「バレンタインじゃなくて、」
「待て、キミ、熱が、」
「オレがすきなのは、」
 お前なんだ、アーチャー。
 
 
 
 目を開けたら真っ暗闇だった。
 むくりと起き上がる。しゃっと小気味よい音を立てカーテンを開けると満天の星空が広がっていた。枕元のリモコンを使って部屋の明かりを点ける。壁にかけられた時計は午後九時を過ぎていた。
 のそのそとベッドから降りシステムデスクに近寄る。その上には紙袋が三つ置いてあり、その内の一つに覚えのある青い箱があった。
 部屋を出てリビングに向かう。テレビの音が漏れ聞こえてくるし、なによりドアに嵌められた硝子から光が漏れているから誰かしらいるだろう。ドアノブに手をかけドアを開ける。
「よぉ、やっと起きたか」
 ソファーに座っているキャスターが振り返り声をかけてくる。「めちゃくちゃ寝てたな」とソファーの前に座っていたらしいプロトが影から顔を出す。
「オルタは?」
 この場にいない顔のことを訊けば風呂、と返ってきた。
「飯なら粥があっから温めて食えよ」
「おー」
 台所を見ると小さな土鍋が置いてあった。蓋を開ける。卵粥だった。
「そうだ、お前熱は?」
「んー……多分ない」
「測ってねぇのかよ。飯食う前に体温測れ」
「へーい」
 土鍋を火にかける前に体温を測る。「馬鹿は風邪ひかないって言うのにな!」と溌剌とのたまったプロトの頭を引っ叩いておく。言っとくけどお前も風邪ひいてるところ見たことねぇからな。
 ピーピーと音が鳴る。三十七度四分。随分下がったもんである。
「どうだった」
「三十七度四分」
「念のため飯食って薬飲んだらさっさと寝ろよ」
「分かってらぁ」
 今度こそ粥の入った土鍋を火にかける。
「ランサー、お前後でアーチャーに謝っとけよ」
 キャスターから飛び出た名前に動きが止まる。
「あんまり迷惑かけんなって言ったそばからアーチャーにのしかかる形で気絶しやがって。助け呼ばれっからとうとうお前が手籠めにしたのかと思ったじゃねぇか」
 余計な一言があったが、呆れを多分に含んだそれについ頭を抱える。
 あれが夢じゃないのはまぁ分かっていた。アーチャーが届け物をしに来たのも、キャスターに頼まれ飯を作ってくれたのも、部屋まできて世話を焼いてくれたのも、ガトーショコラをくれたのも。全部、全部実際にあったことだ。
 勿論、オレがアーチャーに告白しかけたのも本当にあったことである。
「あ゛ーゔぁ゛ーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 「五月蝿ぇ」と言われたが、思わず唸ってしゃがみ込んだのは致し方ない。
 この際告白しかけたのは良いとしよう。いずれ言うつもりだったし。
 けど。
「あそこで気絶するかよ〜〜」
 まさかの寝落ちとか、格好つかないにもほどがある。
 
 

Comments

  • あい
    August 16, 2020
Potentially sensitive contents will not be featured in the list.
© pixiv
Popular illust tags
Popular novel tags