救世主
キャス影弓。槍弓(狭義)も出ますがメインのつもりでは読まない方が良いです。
死ネタありです。
Twitterで呟いてた『救世主』、『生存者』、『共犯者』をまとめました。
『生存者』のセリフは一部朴さん(@hzy195)からお借りしました。素敵なセリフありがとうございました!
表紙はこちらから頂きました。illust/66614377
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救世主
あまりにも病弱な子供だった。発育は明らかに悪く、いつでも苦しそうに息を吐く。事あるごとに高熱を出し、毎日何度も痙攣を起こした。苦痛を訴える泣き声さえ弱々しく、同じ部屋に居ても聞き逃すほどで。歳を重ねてもそれらの症状は治るどころか酷くなるばかり。方々の医師に原因不明と匙を投げられ、両親がとある大学病院に駆け込んだのは、私の左目が奇妙に変色し出した頃だった。
与えられたのは聞いたこともない病名。それは私のためだけに作られ、誰にも共有されずに消えて行くであろうと言われた。様々な器具に助けられなければその日一日すら乗り越えられない体。誰もが憐れむ中、主治医となった青髪の男だけが違うことを言った。
「お前さんのそれは疾患というより変異に近い」
普通の人間が生きるのに適切な酸素濃度は二十一パーセント。しかし私の体にはそれは濃すぎた。過剰な酸素は毒となり、様々な機能障害を呼び起こす。
「人間が雌雄を持つ最大の理由は、多様性の獲得のためだ。それにより、環境の変化に対する適応可能性が上がり、種の保存がより確実になる。その種の一般的なものから離れた傾向を持つ個体ほど、特異な状況においては生存確率が上がるはずだ。お前はその条件を満たしている」
私の体を失敗作としてではなく、他と違う性質を持つものとして見るならば、変異という表現も決して間違いではない、のかもしれなかった。
「だからもし世界の酸素濃度が急激に下がって人類が滅びそうになったら、生き残るのはアーチャー、お前だろうな」
お前は人類の救世主となり得るんだよ。と、目も眩むほどの赤を細めて男は笑った。
*****
「確かにそんなことも言ったが、まさか本当にそうなるとはなあ」
酸素マスクを曇らせて弱々しくかつての主治医は言う。
20XX年、世界の酸素濃度は突然の降下を見せた。数年前から酸素濃度の低下が指摘されており、我が国においては全国民が最低一週間は生きられるほどの酸素マスクの備蓄が用意されていたにも関わらず、それを口元に運ぶ暇すらないほどの、急激な変化だった。
その日私は突如として軽くなった肺の動きに驚いた。あれほど纏わり付き喉を締めんばかりだった大気はあっさりとその呪縛を解き、素知らぬ顔で肺から身体中を通り抜けて行く。静かすぎる病棟に異変を感じ、不要となった器具を引きちぎって部屋を出れば、そこら中に転がる人間の肢体。
今までにないほど力強く発せられた声が最初に呼ぶのは。
「キャスター……!!」
その名以外ではあり得なかっただろう。
*****
「どうだ。生存者はいたか」
車に戻れば背もたれの倒された助手席からキャスターが問う。いつもと同じように首を振れば、深いため息が漏らされた。
病院に放置されていた酸素マスクや食料品、ガソリンスタンドからとってきたガソリンタンクを積む。あえて動詞に漢字は付けまい。店主の居なくなった今、どちらでも同じことだ。
「二人きりになっちまったのかもな」
ぽつりと呟く声が車内に響いた。その音が消えてしまいそうに儚くて、存在を確かめてたくて額に軽くキスを落とす。吐息のような笑い声が色の薄くなった唇から零れた。本当はその唇に口付けたかったけれど、彼のマスクを外すのが怖くてやめた。伸ばされた手のひらに飼い猫のように頬を擦り付ける。
「お前が女か、いや、オレが女だったら子を成せたのに」
救世主にしてやれなくてゴメンなと冗談めかして笑う彼が、どこまで本気なのかは分からない。
「どうでもいいんだ、君と居られるなら」
持ちうる中で最上の笑みを浮かべれば、呆れたように彼の表情が緩んだ。
生存者を探すという名目で各地を回っているが、私の目的は食料品と彼の酸素マスクの確保のみだ。どうせいないと高を括って、今まで他の人間を真面目に探したことはない。これからも永遠に彼と二人、当てのないドライブは続くだろう。
世界を救ってやろうという気概はある。この体はそのためだけに生まれたのだろうと確信を持って思う。ただ私にとっての世界があまりに狭い。
君を救えて、それだけで私は満足なんだ、キャスター。