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LA Parte Que Falta/Novel by なかの

LA Parte Que Falta

12,194 character(s)24 mins

黒弓弓にわーっとなって初めて書いてコピーで出して、さらに改定版まで出した話でした。無配以外の完売した同人誌のweb再録は基本的にしない主義でしたが、今こんな時期なので少しでもなにか、と思って載せました。冊子をお手に取ってくださった方々、本当にありがとうございました。
タイトルは英語だと「ザ・ミッシングピース」とかになるのでしょうか。あの有名な「ぼくを探しに」という絵本のタイトルです。

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 LA Parte Que Falta


「すまない誰か、二挺拳銃の私を見なかったか」
 低い声が響いて、それなりの数のサーヴァントと少数の人間で賑わっていたカルデアのティーラウンジが一瞬静寂に沈んだ。
「君のオルタなら、ちょっと前僕たちがレイシフトから戻った時に管制室近くの廊下ですれ違ったけど、そのままさっさと一人でどこかへ行ってしまったよ」
 ちょうどラウンジの入り口から右手側のテーブルに座し、新宿のアーチャーと差し向かいで紅茶を飲んでいた王子様然としたサーヴァント、アーサー・ペンドラゴンが爽やかに輝く笑顔で赤をまとう弓兵に回答した。
「君がそうやって彼を探しているということは、またマスターの差し金かナー? ホント、自分が好きなようにマッチングするだけで相性とか何も考えてないよネ」
 君もオルタの君も災難だネ、外見年齢と悪役属性にそぐわぬ可愛げ溢れるへの字口でモリアーティが呟く。
「その通りだ教授、明日のレイシフト先にあなたと私とあいつが揃って行けるかどうか、確認したいらしい」
「なんと」
 椅子の上で仰け反るアラフィフを尻目に、にこにこと王子様がエミヤに語りかける。
「ところで、このミニスコーンとマフィンはエミヤ、君が作ったのかな? 作り方を教えてくれないか」
 双方指先でつまめるサイズの、オレンジピールの入ったスコーンとベリーのマフィン、先程からこの二騎のサーヴァントがお茶請けにしていたそれをアーサーは指し示す。食べるのも作るのも好き、という触れ込みは嘘ではないらしい。エミヤは少し眉尻を下げ、微苦笑を浮かべる。
「スコーンは私が。マフィンはもう一人が作ったものだが、どちらでも、どちらとも説明できる、時間があるときにまた声をかけてくれ」
 ついでにもう一ついただこうとばかりにつまみ上げたそれを口元に掲げたまま、アーサーがきょとりと瞬く。
「まあ彼も君も基本スペックは同じだからなあ、不思議はないが、そうか……って、にわかには信じられないネ!? どういう風の吹き回しだというんダイ!?」
 君はともかくあのオルタ君が素直にお菓子を焼いてくれるとは思えない、モリアーティの言葉に、エミヤも首肯しつつため息をこぼす。
「我々がこの手の無茶ぶりをされて応える相手は、そういないとだけお答えしておこう」
 エミヤとエミヤオルタの作ったお菓子を食べ比べしてみたいな、そんな風に、きらきらした目で詰め寄られたのはつい昨日の話だ。
「ああ……我らがマスターはもう、存在自体がズルいんだよネ」
 マフィンを口に放り込みもぐもぐと咀嚼しつつ、モリアーティはさも深刻そうにテーブルの上で頭を抱えた。
「悪役(ヴィラン)も形無しだよ……」
 そんな教授の愚痴を尻目に、それではとエミヤはラウンジを辞去する。
 次いで足を向けたのは遊戯室だ。人理焼却の憂き目にあい、それが修復されるまで、日に夜をつぐ総力戦の中、誰も到底利用しようという余裕などなかったそこは、束の間の安息――に似たものを取り戻した今では、大変結構なことに、やはり人と人の形をしたもので溢れている。
 エミヤとて当然自分のオルタがそんなところに潜んでいようとは夢にも思っていない。ただ真摯に目撃情報を集めているだけである。
 まだるっこしいことだ。自分と基を同じとする英霊の気配すら感じられないとは、とエミヤは自嘲する。ただ、ようやくに形を保っているといっていいほどに摩耗しているエミヤオルタは、本人がその気になればこれほどまで容易く痕跡を断ててしまえるほどに、存在が希薄なのだ。
 ゲリラに向いているな、とエミヤは思う。皮肉どころではないがあながち褒めていないわけでもない。
 空気が抜けるような音と共にスライドした戸から室内に一歩足を踏み入れ、先刻と同じように問おうとしたエミヤの眉間に、即座にくっきりとしたしわが刻まれる。
 クー・フーリンとクー・フーリンが、各々の槍を丸いラケットに持ち替えて、高速でプラスチックの白球をラリーしているのを、腕組みをしたクー・フーリンが眺め、そしてその近くの床の上、クー・フーリンがそれは気だるげに座り込んでいる。
 クー・フーリンがゲシュタルト崩壊を起こしている光景に、エミヤは即座に踵を返した。
「待ちなそこの弓兵さんよ、なんか用だったんじゃないのか」
 見物人役のクー・フーリン、青い髪を束ねず背に流し杖を携えている――が、見とがめて、しかし無造作に声をかけてくる。エミヤはため息とともに振り返った。
「……私のオルタを見なかったかね」
 どうせ知らないだろうという確信と共に問う。それにひとまず勝負を中断した、(見分けがつくのを重視したためだろう)一同の中で唯一短髪の姿を取るクー・フーリンと、一際若々しいクー・フーリンは、互いの顔を見合わせた後、揃って首を横に振る。キャスターのクー・フーリンも肩を竦めて、バーサーカーのクー・フーリンに至っては反応すらせず目を閉じて省エネにいそしんでいる。
「邪魔をしたな」
 良い勝負を、と、心にもない言葉を置き去りにエミヤは片手を上げ今度こそ部屋の外へ足を向ける。
 背後に展開されている光景を馬鹿馬鹿しいと思いつつ、クー・フーリンが同時多発した自分たちをあれほどまで自然に受け入れられるのは、さすがの大英雄の度量かとエミヤは少し感心した。己がオルタを探してさえいなければ、あるいは勝負の行方を今しばらく見守ったかもしれなかった。

 

「さて、どこへ行ったか……」
 その後も方々探し回り、精神的に少々疲弊して、足取り重くエミヤは廊下を伝い歩く。途中ふと思い立ったように顔を上げ、とりあえずと目指していた居住区画の手前を逸れて小部屋に入る。そこはいわゆる給湯室で、エミヤ自ら手を加えてある、つまりは秘密のキッチンだ。メインの食堂の厨房以外に、エミヤは個人的にそこを使用する権利を、カルデアの主要人物たち直々から得ていた。
 大した材料はないが、小さな戸棚の中とこちらも小型の冷蔵庫にあるものを利用して、エミヤは生姜と鶏の中華粥を一人前作る。ただよう芳香、その残り香を辿られないように、素早く人通りの少ない通路を選び、まずエミヤオルタにあてがわれた部屋の前に立ち中の気配を探る。
 探しに出た当初と同じく無人のそこを、実際に立ち入り目視でも確認し、諦めのため息をついて、とうとうエミヤは少し離れた自室に戻る。
「……灯台下暗しとは……」
 意外や意外、空振りなら自分で始末しようと思った粥は、どうやら無駄にならずに済みそうだ。
 身じろぎひとつせずひどく静かなので、良く良く様子を探らなくてはその胸がかりそめの呼吸のため上下しているとも思われない、真実死んだようにベッドに沈む、ここに立つエミヤと全く同じ背丈、顔かたちの、反転した自分。
「……オレを疎んでいるんじゃなかったのか?」
 サイドボードに粥の乗った盆を置き、エミヤはぽつりと呟く。感情が滑り落ちたその顔は、第三者が見るといかにも今眠る男の常態と等しいと思ったことだろう。
「……お前はオレを殺したいだろうと思っていた」
 暗闇の切れ目のようなわずかな明かり、身を裂く黄金がこぼれたような、最早エミヤの持つそれとは色調を異にし、いっそ原点に回帰しかけたような。
 茫洋と揺らいでいることも多いエミヤオルタの目、それが、不思議と凪いでエミヤを見上げている。
「死ねば楽になるのか?」
 音もなく投影され横たわる首を狙う白い片手剣、ガチリ、交差するように差し伸べられる腕には撃鉄の上がった黒い銃身。
 ざわ、と、こめかみを血が駆け上がる音がする。なるほどこのかりそめの体内に流れるそれも潮を模している。懐かしい響きだ、けれどもうどこで聴いたか思い出せない。
 その指先にほんのわずかでも力がこもれば、と思う。エミヤはエミヤオルタの自分と同じ形をしたそれを注視する。
 対消滅できるのだろうか。
 同じ形の陰と陽というには、あまりに互いに混じりすぎている。


 力を失ったエミヤオルタの手がぱたりとベッドの上に落ちた。
 やがてエミヤは思い出したように、傍らに置いたままだった盆を手に取る。
「幼児の世話をするように食べさせてやろうか?」
 枕元に腰かけてそう囁くと、いくばくか自分よりも沈んだ色の肌の手が、煩わしそうな手つきでそれを払いのけようとする。
「うっかり腕が取れてしまったらしいからつけてやってくれと、後で女史あたりに頼んでもいいんだぞ」
「それがお前にできるとでも?」
 第三者が全容を理解するには少し通訳が必要かもしれないやり取りで、エミヤオルタは不承不承折れ、エミヤから盆を受け取った。
 食事が必要なわけではない。けれど足しにはなる。気休め以下だが、その気休めさえしようともせずひたすらにつぎはぎの身体を晒す姿に、このカルデアの要は幼気な胸を痛めていたようだった。
 人理焼却という最大の危機を脱したかと思えばなお揺らぐ世界、変わらず戦力は必要だ。それは比較的最近呼び出しに応じたエミヤオルタといえど例外ではなかった。戦力となるには封じられた力を開放する必要がある。そのためには手順がいる。そしてそれを為す媒体がいる。
 能力を開花させたエミヤオルタは引き換えとして自我薄き戦闘機械に近しいものとなった。確かに強い。正確無比に効率的に敵を殲滅する、その能力に長けている。ただ、本人いわく『己を語る中身が最早ない』。
 無茶苦茶なやり方で自身を強化しそれを良しとした守護者のなれの果てを、基を同じとする者としてなんとかしてやれないかと、そう年若いマスターはエミヤに願った。それは本当にぽつりと、うっかりとこぼした程度、決して押し付けるような物言いではなかったが、エミヤには心からの、悲鳴じみた懇願に聴こえた。
 それは無理だという結論を下すのはたやすかった、当然の帰結だ、諦めろというのが正しいはずだった。
 自分の成したことから目を逸らすような人物ではなかった。だから強化の果てエミヤオルタがいかに虚ろになろうが痛々しくひび割れようが、マスターにはそれをそのまま受け入れる覚悟があったはずだ。
 けれど目の前のさも健全そうなエミヤの姿に、いかにも青少年らしいやわらかさで、かないもしない夢を見てしまったのかもしれなかった。
 その甘さを切って捨てるのがきっと英霊エミヤの正答だっただろう。それでも。
 この冗談のような夢のようなふざけた環境で、しばし道化を演じてみるのも、まあ悪くない、と、そう妙な方向にエミヤの気持ちが傾いた。それだけだ。
「お前の修理を試してみる」そう告げれば、そもそも渓谷が刻まれがちなエミヤオルタの眉間がさらに不快そうにきつく寄せられた。
「もし上手く行って意識の混濁なんかが収まればそれはそれで好都合だろう」
「無駄なことだ」
「使えるならいいだろう」
 試した結果もし上手く行って、耐久性が増して性能が安定するというなら。
 自分たちは本来ならそんな感じのモノだったはずだ、マスターが聞けば辛そうにしたかもしれない言葉を、エミヤは喉の奥に呑みこんだ。
 空の器と盆が返される。少なくともこれで試したかったことのうちの一つだけはかなえられたとエミヤはわずかに満足する。大した糧にならないことはわかっている、けれどエミヤ自らが作った食事は(他と違って)どれほどエミヤオルタに還元されるのか――今見た限りでは、別段これといって目覚ましい変化もないようだが。
 エミヤオルタが茫洋とした目をエミヤに向ける。
「……もういいだろう。オレは寝るぞ」
「ああ、わかった」
 部屋に戻るのかと思ったエミヤオルタは、そのままエミヤに背を向ける。占拠したベッドを返さないままに、夢も見ない休眠に入るらしい。エミヤが休まずともいいと思っているのか、それともエミヤオルタの部屋を使えばいいと思っているのか。恐らく前者だろう。自分のことだから間違いない、エミヤは確信する。
 相手がエミヤオルタでなければ、例えばマスターなら、お休み、と声をかけるところ、けれどそれも白々しく思え、エミヤは見下ろす先のエミヤオルタの首筋の大きな亀裂を眺める。漏れ出ている黄金の光が大きくなれば、すぐにもそこから崩れて砂か埃のように、きらきらと風に乗って消え去るのだろうと思われた。
 亀裂の一番大きな部分に手を伸ばす。質感はどうなっているのだろうと、純然たる興味からだった。
「――――っ」
 エミヤは目を見開く。己の指先から、ほんのわずかな微粒子が、ちら、と舞い、亀裂へ吸い込まれた。
「これは…………」
 エミヤは己の指先を眼前に掲げる。全く何の異常もない。もう一度同じ仕草をする。同じ結果が返るのを見て、エミヤは一つ大きく頷いた。
――これは、試す価値がある。


 きらきら、さらさら、ナノレベルの光の粒子が十センチの隙間を泳ぐ。近づけばそれは遊泳の密度と速度を増し、離れれば頼りなくか細い流れとなる。
「……少なくともこの程度の距離は必要ということか」
 二十センチも離れればほとんど流れないそれ、エミヤは自身の手を握ったり開いたりして計測する。
「ふむ」
 エミヤオルタは起きる気配がない。予めマスターからは、エミヤは同行しなかった本日のレイシフトで、相当無理をしたと伝えられていた。しかしこの様子では、恐らく聞いた以上に消耗していたのだろうと思う。粥を食べた分、まだしばらく会話が出来たくらいか。ということは(勿論わかりきってはいたが)あの程度の食事では焼け石に水ということである。
 エミヤは起きないエミヤオルタの隣に倒れ込んだ。距離が近づいた分光の移動は早くなり、流れも太くなる。手のひらで首筋の亀裂に直接触れると、吸い付くのにも似た感触がして、より一層そこから何かがエミヤオルタに流れ込むのがわかる。
「……この速度では駄目だな」
 急すぎて互いに負担だろうとエミヤは分析する。そうして手を離して、今度は5センチほどの空間を維持したまま待機する。無色透明のはずだが発光して見える、通常よりはるかに親和性の高い特殊な魔力が、くるくるとダンスしながらエミヤからエミヤオルタに流れ込む。
「……む、これは……」
 しばしの時を経て、ふとエミヤは片眉を持ち上げる。本当にほんのわずかだが、亀裂が狭まったように見える。
「…………」
 期待通りの結果が得られればいいのだが、白と出るか黒と出るか。では今しばらく観察しながら実験継続と、エミヤは無意識に細く息をついた。


「……いかん」
 天井が見えた。エミヤは身を起こす。
 うっかりと眠ってしまったようだった。しかもベッドの上ですらない、いつの間に転がり落ちたのか、床の上だ。
 首を巡らせる。ベッドの上では相変わらずエミヤオルタが死んだように眠っている。けれどエミヤが意識を失う前に見たときより、体の表面のひび割れめいた物は面積を狭め、漏れ出る金色の光度も低くなっている。
 昨夜、これは何か違うと直感した通り。やはり、カルデアの電力からなる魔力でいくら満たしても無意味だったものが、一度エミヤを経由することにより何がしかの変化をもたらすようになったらしい。
「第二段階、までは戻っていないが……この状態でここまで戻れば上々だろう、あとは……」
 あとはほとぼりが冷めるまでどこかに避難するだけだな、エミヤは内心に呟く。とりあえずのところは給湯室でいいだろう。あそこにはあまり人も来ないし、今日は食事当番でもないから半日から一日くらい行方をくらませてもどうにかなる。
 誰も見ていないにも関わらず、エミヤはふっとシニカルな笑みを浮かべる。さらりと視線を自らの腕に走らせる。
 ――うむ、やはり透けている。
 誰か、特にマスターが見たら悲鳴を上げただろう。寝落ちてしまったため、いい塩梅を通り過ぎて、エミヤオルタに魔力を受け渡しすぎてしまったらしかった。強制的に霊体化しかかっている状態なのか、詳細は不明だが、エミヤとしてもこんなことは初めてで正直動揺している。何度見直しても、自身の腕を通して質素な色味の床が見えている。
 とりあえずこの姿を誰かに見とがめられる前に、移動して、そうしてカルデアから供給されるそれで満たされるのを待とう。そう、誰にも見られなければエミヤのこの程度のうっかり――いやささやかな計算違いなど、なかったのと同じことになる。
「……う……ん」
 衣擦れの音がしてエミヤは耳をそばだてる。エミヤオルタが起きたかも知れない。一瞬焦るが、エミヤオルタは摩耗がすぎてつい5分前のこともあやふやになることがあると思い出した。もし見とがめられてもエミヤオルタのその欠陥のせいにすればいい。
 ごく自然な動きで立ち上がり、エミヤはとりあえず部屋の外へ向かう。気配が希薄になってしまい、身が軽くなるかと思うとこれが案外ふわふわとして動きにくい。人の身の貧血に近い状態だろう。
「待て」
 低い声、苛立たしげな感情を隠そうともしていない。エミヤの方でも待てと言われて待つ気はなかったが、なんと困ったことに自動ドアが開かない。透けているからセンサーに引っかからないのだろうか、こんな弊害があろうとは。エミヤは深いため息をつき、やむなく振り返る。
 ドアを開けてくれないか、と言うのもいかにも間抜けだと思いながら。
「……何だこれは。何でこんなことになってる」
 見返った先のエミヤオルタは、戦闘中でしか見られないくらいしっかりとした目をしていた。重畳なことだ、エミヤは内心に大層投げやりに呟く。
「……何のことだ?」
 それでもエミヤは悪あがきをした。
 ガチャリ、重い音と共に銃口がふたつ、こちらを向く気配がする。
「やれやれ、今更ながら随分とガラが悪いな、そんなに短気だったか私は……低血圧かな」
 この身は今は透けているのだが、果たして銃弾は当たるのか通り抜けるのか、試すのも馬鹿馬鹿しいな――と、エミヤは、絶不調な自分が、自分のおかげでこの上なくコンディションがいいだろうエミヤオルタから、上手く逃げおおせられる確率は果たしていかばかりかとむなしい計算をした。

「頭が悪いのか」
「私をけなすのは自分をけなすのと同じだぞ」
 ベッドの上にねじ伏せられ、頭には銃口がつきつけられている。のしかかる、エミヤの腹の上のエミヤオルタは随分と重く感じる。
「性根が悪いのはわかりきってるがな」
「そうだろうとも、しかしまあそれに関してはそっちの方がはるかにレベルが上がっているようだがな」
 舌打ちでもするかと思ったエミヤオルタは、しかしふっと薄く微笑んだ。
「いつまでその減らず口を叩いていられるかな」
 ああ疎ましい、笑んだままの形の唇が近づくのをエミヤは忌々しく見据えている。
「悪趣味極まるな」
「そっくりそのまま返す」
 一番厭なやり方で、エミヤオルタは余剰に貰った魔力をエミヤに返してくれることに決めたようだった。
「くそ、やめろ」
 抵抗はすれど何故かわずかに違う筋力ステータスといい透けて力の入らない体といい、どうにもエミヤが不利すぎる。
「離せというのに……待て、なぜお前がオレの服を消せる!?」
 エミヤは目を見開いた。エミヤオルタが手をかざし、下肢にまとう衣類を霧散させてしまったので。
「さあな、知らん」
「他のオルタがそんなことできるなど聞いたことも……あ、出来た」
 エミヤが試しに同じくエミヤオルタの下肢の衣類に手を伸ばして意識を凝らすと、自身のそれと同じように解除することが出来た。
「………………」
「ありがとうよ。手間が省けた」
 オレの馬鹿、というエミヤの悲鳴は、覆いかぶさってきた同じ形の唇の下に呑みこまれた。

「離せ、馬鹿、くそ」
 エミヤオルタとの境目がわからない。熱い、と思ったら、エミヤの裡にその熱が沈み込んで、融けて、一体になる。
 ああ、熱い、触るな、エミヤはうわごとのように言う。エミヤオルタの眉間に苦悶するに似た深いしわが刻まれていて、きっとエミヤと同じ顔をしているのだろうと思う。
 折角塞いだのに、また開いてしまう。
 エミヤオルタからあの二人の間でしか舞わない光の粒子が、透けるエミヤの身体を埋め戻すために降り注ぐのがわかる。目の前のどうしようもない隙間から零れ落ちる、淡く優しいそれとまた違う強い黄金の光が、決して誰にも言わない自分でも認めない、沁みるほど眩くて――エミヤはきつく目を閉じた。
 
 
「あ、オルタのエミヤ! エミヤ知らない?」
 外見上には全く変化は見られない、すっかり違和感なく昨日と同じ姿形をしたエミヤオルタが、部屋にエミヤを置き去りに、自室に戻るため廊下を進んでいる途中。対面から軽やかな足音と共に、朗らかに弾む声が飛んできた。
「……さあな、知らん」
 しばらくは出てこないだろうとの回答は秘めたまま、素っ気なくすれ違っていこうとしたエミヤオルタの腕を、年若くも妙なところで必要以上に豪胆なカルデアのマスターは、臆することなく無造作に捕まえる。
 そのままマスターは澄んだ目でエミヤオルタをじいっと見上げる。そしてぽつりと口を開いた。
「エミヤがいないなら、今日のレイシフトの予定は中止かな……じゃあオルタが作ってよ、昨日こっちも約束したんだ」
「何だ?」
 声音は決して温かいとはいえないが、自然な動きで足を止めるエミヤオルタも、決してマスターの手を邪険に振り払ったりはしない。
「ラーメン作ってくれるって! 味噌でも醤油でもなんでもって! そんでエミヤが、もし私がいなくてエミヤオルタだけがウロウロしているようなら、その時はそうしていい時だから、私の代わりになんでもしてもらえ――って言ってた!」
 だから作って、お腹ペコペコなんだ、と、目をわずかに見開くエミヤオルタの前、何か知っているのか何も感づいていないのか、誰もに等しく見せる輝く笑顔で、マスターは朗らかに言い放つ。
「もう今日はラーメンの気分だから絶対ラーメン以外食べない! マシュもそう!」
「……オレは高いぞ」
 ええ、マスター価格にしてよ、と、口を尖らせつつも人懐こく腕に絡むマスターをそのままくっつけて、いつもより幾分かしっかりした足取りでエミヤオルタは歩き出す。エミヤオルタやエミヤからすると細すぎるその双肩に、世界を負う彼らのマスターの、可愛らしくもささやかな、あまりに容易い願いをかなえるために。
 

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