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昼下がりの観察者/Novel by ミエル

昼下がりの観察者

4,374 character(s)8 mins

縁側で昼寝中の子猫を見つけたセイバーにちょっかいを出す弓の話。……のつもりですが、違うかもです。主にセイバー視点。もっとマスター自慢をさせるつもりが、のんびりとした二人の会話で終わりました。*追記 ブクマ、評価、アンケート回答ありがとうございます!凄く嬉しいです!アンケートの結果を参考にとりあえず全部書きたいと思います…!

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 猫が居た。
 柔らかな日差しを一身に受けて、白い塊が僅かに上下している。たまにぴく、と揺れる耳が油断を示しているようで、穏やかな昼下がりがその安心感を許容している。進行方向を遮る予想外の障害に、セイバーは目を瞬かせた。どうやら、珍しい来客のようだ。どこから入り込んだのか、と辺りを見渡してみるものの該当するような場所は無い。両手にふかふかの布団を抱えたまま、彼女は首を揺らした。伝播した振動が、彼女のくせっ毛も揺らす。何の気まぐれか、つられたように猫の尻尾もぱたりと揺れた。
 猫を避けるのは簡単だ。前進して、大きく一歩進めばいい。それだけで障害物となり得た猫は、ただの猫に戻るだろう。そう思いながらも、彼女の足は近くの部屋へと向かっていた。邪魔になった布団を側の部屋に置いて、猫の下へ戻る。そのまま膝を抱えるようにしてしゃがんで、至近距離で見詰めてみた。熱烈な視線を浴びているとも知らずに、猫はのんびりと寝顔を晒している。日当たりの良い縁側で気持ち良さそうに眠る猫は、どこかあどけない愛らしさを持っているようだった。
 そっと片手を伸ばしてみる。ゆっくりと上下する体が逃げることは無い。ふわふわの毛に慎重に指を埋めて、掌を当てる。思ったよりも温かい体が、指先の緊張を招いた。ぎこちない動きで手を滑らせる。硬い背骨が手の下を通過して、対照的に柔らかな体がひくりと動く。何故か臨戦時を髣髴とさせる感情が表情を引き締め、心臓を速める。そのまま尻尾の先まで優しく撫でて、するりと手中から逃げていった尻尾に胸を撫で下ろした。
「何をやってるんだ」
「うひゃあ」
 ばっと振り返った先に、黒い服を着込んだ白髪の男が一人。反射的にばくばくと鼓動を早める心臓を押さえて、セイバーは見知った顔に一瞬安堵の色を浮かべた。が、すぐに恥ずかしい場面を目撃されたことを思い出したのか、透明な肌が赤く染まっていく。ぼん、とまるで効果音でも聞こえてきそうなくらい見事に顔を赤くして、誤魔化すように咳払いを1つ。
 そんな彼女に、アーチャーは目を細める。
「い、いえ、この家の警備を預かる身としてですね、侵入者を発見しましたので接触を試みて」
「侵入者、というには随分と無防備のようだが」
「あれはっ、相手を油断させる為の手段だ!」
「君のことではなく、その侵入者がという意図だったんだがね。君に心当たりでも?」
 思わず立ち上がったセイバーに、面白がるようにアーチャーは笑みを刻む。ぐっと喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。これ以上は墓穴になる可能性の方が高い、と彼女の直感スキルが告げている。ふっと、アーチャーの口元が緩んだ。それに気が付かない彼女が唇を噛んでいるのを認めて、浅く息を吐く。組んだ腕を解いて、彼はよくするように腰に手を置いた。
「それはともかく、その侵入者には私にも責があるな。巻いてきたつもりだったんだが」
 一歩踏み出して、しゃがみこむセイバーを追い越す。問うような翡翠色の瞳を避けて、アーチャーは向かい合うような形で床に腰を下ろした。柔らかな日の光が、三つの影を作り出す。静かに手を伸ばして、無骨な指に似合わない優しさで子猫の体を撫でていく。夢に耽る子猫が起きる気配は無い。どこか和らいだ眼差しが一人の少年と重なって、セイバーは複雑な心境を物語るように目を眇めた。
 穏やかな時間が流れる。なにか言わなければいけないような焦燥感が身を包む。追い立てられるように正面の武人を見ても、彼はただ似合わない仕草で猫を愛でるだけだ。そんな仕草に少しずつ絆されて、セイバーはいつの間にかその空間を受け入れていた。初夏の日差しは少し肌に刺さる。じりじりと迫る日の熱さを感じて、彼女は瞼を落とす。経験したことのある空気。一体いつの事だったかと脳内の記憶を探れば、そう長い時間をかけずに結果が表示される。ゆっくりと窺うように上げた視線で捕らえたのは、普段より緩んだ男の表情。それが、自分のマスターが見せる顔に重なる。それだけで、セイバーは納得してしまった。
「平和だな」
「平和、ですね」
 ぽつり、と空気に染み渡る。同意を示して、含むもののある声色に少しだけ笑声を零した。ちらりと冷たい灰色が向けられる。その灰色の奥に見慣れた蜜のような琥珀を見つけて、セイバーは隠すように笑みで交わす。アーチャーの眉間の皺は深くなったが、追求する気は無いらしい。下げられた目線と共に、何も言わずに子猫の顎を指先でなぞっていた。
「凛が」
 小首をかしげる。彼の目は上がらない。それでも、その目の中に優しい揶揄が見え隠れしているのは簡単に見て取れた。即ち、彼はそれを隠すつもりは無いのだ。
「夏祭りに行こうと誘ってきた。一週間後だから、その日は家にいるようにと」
 灰色の瞳とかち合った。眼差しの意味を汲み取って、セイバーは僅かに綻んだ口元を隠すように猫に手を伸ばす。柔らかに上下する背中に手を置いて、背骨に沿わせるように手を引いていく。
「ええ、シロウから聞きました。冬木で行われる、比較的大きな祭りだとか」
「そうだな。私もそこらで準備している様子を見かけるよ」
 伏せられた白い睫を隠れ見て、セイバーは言外に含まれた色を知る。サーヴァントと、マスターの明確な認識の差。彼は恐らくそれを言いたいのだろう。
 猫から伝わる体温が温かい。それはかけがえの無いものだ。この場で、唯一の本物だといっても差し支えない温もりだろう。セイバーは特殊な存在とはいえサーヴァントであり、アーチャーについては言うまでもないのだから。
「不満ですか?」
 今を生きる彼らは、易々と境界線を飛び越えてくる。まるで明日も傍に居るのを疑わないかのように、次の約束を取り付ける。自分たちの存在意義を間違えたことはない。聖杯戦争が終結しているにもかかわらず、日常を過ごすイレギュラーさを感じない日はない。
 灰色の瞳は上がらなかった。いつの間に目を覚ましたのか、ごろごろと気持ち良さそうに猫が鳴いていた。無骨な指先に擦り寄って、剣を握る硬い皮膚に顔をすり寄せる。ちらりと覗いた赤い瞳を見て、アーチャーが口角を上げたのを見た。
「さて、私は分を弁えているのでね。不満など懐かないさ」
 はぐらかされた。彼はいつもそうだ。まるで、本心に触れられるのを嫌うかのようにするりと逃げていく。セイバーの不満を感じたのか、掌の下で揺れていた子猫の尻尾も釣られたように逃げていく。むっと視線を投げられても、白い猫は気にしないようだった。顎下を擽る指先に骨抜きにされているらしい。
「君は?」
 あなたには興味ないの、というように子猫はアーチャーにぞっこんのようだ。どこか面白くない気持ちで見詰めていたせいで、反応が遅れた。逃げていた灰色が此方を向いている。セイバーは言葉を反芻して、味わうように小首を傾げた。子猫から視線が外れる。ゆっくりと彷徨う目線は斜め下で落ち着いて、いつも家主によって綺麗に掃除されている床に落ちる。彼が掃除をする光景が脳裏に蘇って、自然と口が緩んだ。真っ直ぐにセイバーに向かってくる瞳を思い出す。その真摯さを、強さを思い出して。
「ええ。こんな生活も、悪くありません」
 零れた本音が空気に溶ける。彼女を包む優しい日常が色を帯びたようだった。セイバーはもう一度気持ちを胸中で繰り返して、この心地好さに瞼を下ろした。
 その穏やかな横顔が、ふと磨耗した心を刺激する。いつだっただろう。彼には彼女のその表情を望んだ日があった。記憶の中の彼女が振り返る。朝焼けに輝く優しい金糸を揺らして、彼の名前を呼ぶ。アーチャーは広がる懐かしさと、それに隠れた感情を誤魔化すように目を閉じた。
 緩やかな時間を戻すように猫がなく。互いに瞳を開けた。瞳の色は混ざること無く猫に向けられている。子猫は注目されていることなど気にせずに、もっと撫でろと言わんばかりにアーチャーに体を寄せていた。
「本当に、貴方によく懐いているようだ」
「懐かれるようなことをした覚えは無いのだが。いつの間にか着いて来てね。巻いたつもりだったが、どこか開いている窓から入ってきたんだろう」
「アーチャー、貴方が連れてきたんですか」
「着いて来られただけだ。……君が洗濯を取り込んでいる間に入ってきたのかもしれないぞ」
 悪びれがない。そんなアーチャーの口許には、普段のように人を喰ったような笑みが刻んである。思わぬ矛先に、ゆっくりを目を瞬かせる。それから、差し込む日差しを浴びてセイバーが笑った。
「貴方らしい」
「む」
 不満そうに眉を顰めるアーチャーに、セイバーが微かに肩を揺らして笑声を零す。口許に手を当てる彼女に何か言おうとして、肩から力が抜けてしまった。
「それは、不本意だな」
 諦めたような言葉に不釣合いな穏やかさが表情に滲んでいる。子猫は彼にしては穏やかな笑顔を赤い瞳で見上げる。はたりと尻尾を揺らして、可愛らしく声を上げた。

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