30年間、その会社に全てを捧げた女性の話をする。
58歳のKさん。入社当時は女性が管理職になるなんて夢物語だった時代から、泥だらけになって働いてきた人だ。
ある日、上司に呼ばれた。
「Kさん、紹介したい人がいる。29歳の田中さんだ。君の後任として採用した。一人前に育ててやってくれないか」
後任。
Kさんは58歳。定年まであと2年。つまりこれは「あなたの仕事を彼女に全部渡して、静かに消えてください」という宣告だ。
30年分の積み上げを、未経験の29歳に「教えてあげてください」と言われる屈辱。
怒りじゃなくて、もっと深い場所がえぐられる感覚があったと後から話してくれた。
でも、Kさんが取った行動は「黙って引き受ける」じゃなかった。
翌週、転職エージェントに登録した。
58歳、女性、即戦力。普通なら「厳しいですね」と言われる属性だ。
でも、30年の経験は本物だった。3ヶ月後、同業の競合他社から内定をもらった。年収は前職を200万上回っていた。
退職日、上司にこう言ったらしい。
「田中さんへの引き継ぎ資料、作りませんでした。私の30年分のノウハウは、私の頭の中にだけあります。それが私の価値だと、やっと気づいたので」
元人事として断言する。
会社は「育てる」と言いながら、実際は「安く使い倒す」設計になっている場合が多い。
Kさんが間違えていたのは、長く居続けることが忠誠心だと信じていたことだ。
本当の忠誠心を向けるべき相手は、会社じゃなくて自分自身のキャリアだった。
あなたの経験に値段をつけるのは、会社じゃなくてあなた自身だ。