青山清利の経歴/略歴やばい?株式会社a-sense/プロフィール/SNS/ブログなどのまとめ
青山清利は、投資家として活動している人物で株式会社a-sense(エーセンス)の創業者でもある。
20代半ばで多額の借金を抱えた過去を持ちながらも、その後独立した青山清利は事業で成功を収め、2020年にはアートのライブ配信型オークションにて、TIDEのアート作品を4,400万円で高額落札し注目をあつめている。
ここでは、青山清利の経歴やプロフィール、趣味、現在の活動、株式会社a-sense(エーセンス)の事業内容、沿革などをまとめている。
【目次】
- 青山清利とは
- 青山清利の人物像
- 青山清利のプロフィール
- 青山清利の経歴(略歴)
- 生い立ち~幼少期
- 中学・高校・大学時代
- 大学卒業後
- 株式会社光通信時代
- 4,000万円の借金を背負い起業
- 出張買取の道へ~大黒屋の杜撰な接客にビジネスチャンスを見出す
- 青山清利は屋号会社a-senseを設立し初年度で1.5億円の売上を計上
- 株式会社a-senseへの組織変更
- 青山清利は代表取締役社長から代表取締役会長へ就任
- 青山清利の現在とこれから
- TIDEの作品を4,400万円で落札
- TIDEとは
- 株式会社a-sense(エーセンス)の会社概要
- 株式会社a-sense(エーセンス)の事業
- ホールセールス事業部
- JUMBOのサービス内容
- 業界初のJUMBOしかできないドロップシッピングについて
- マーケティング事業部
- アウトソーシング事業部
- メディア事業部
- 不動産事業部
- 株式会社a-sense(エーセンス)の歴史
- 株式会社a-sense(エーセンス)の売上高
- 青山清利のブログ・SNS一覧
- 関連リンク
青山清利とは
青山清利(あおやま・きよとし)とは、両親の会社倒産で背負った4,000万円の借金返済の為28歳で起業し、起業初年度の売上高1.5億円を叩き出した人物である。
30歳以降はほぼリタイヤ状態の生活を送り、現在では投資家の立場でビジネスを行っている。
趣味のアート収集では、2019年に今注目の若手アーティスト「TIDE」の作品を、自身が20代で背負った借金金額を上回る4,400万円で落札し、一躍話題となった。
青山清利の人物像
青山清利は明るくひょうきんで温厚な性格を持ち、国内外に交友関係が広い人物である。
健康志向の為タバコは一切吸わず、お酒もグラスに口をつける程度で、格闘技の柔術で定期的に大会に参加することや、サーフィン・トライアスロンなどの趣味を持ち、パテックフィリップの腕時計やアートの収集もしている。
その他にはフェラーリとロールスロイスを数台所有し、現在は六本木ヒルズ在住のいわば成功者である。
青山清利のプロフィール
| 名前 | 青山清利(あおやま・きよとし) |
| 生年月日 | 1974年(昭和49年)7月8日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市港南区 |
| 血液型 | B型 |
| 身長 | 165cm |
| 体重 | 65kg |
| 家族構成 | 3人家族(父・母・本人) |
| 最終学歴 | 拓殖大学商学部経営学科 |
| 趣味 | サーフィン,格闘技(柔術),トライアスロン,アート,腕時計の収集 |
| 飲酒 | ほとんど飲まない |
| 喫煙 | 吸わない(健康志向) |
青山清利の経歴(略歴)
青山清利の幼少期から起業までの経歴(略歴)は以下の通りである。
生い立ち~幼少期
青山清利は両親が共に経営者ということもあり、裕福な家庭に育った。
小学生時代は、国の難病指定とされている潰瘍性大腸炎になったことで、2ヵ月間の入院生活を経験している。
中学・高校・大学時代
青山清利は中学校、高等学校と地元の県立校に通っていた。
大学入学の際は、数学の学力が高く評価され、特別奨学生として拓殖大学商学部経営学科へ入学した。
その後の大学時代は、趣味のサーフィンや、クラブでのバイトに明け暮れたお陰で、特別奨学生初の留年生となる。
大学卒業後
青山清利は拓殖大学商学部経営学科を卒業後、1年間ほど海外放浪の旅に出る。
明るくひょうきんな性格のタイプということもあり、交友関係は国内外に広いと言われている。
株式会社光通信時代
青山清利は、1年間の海外放浪の旅から帰国後、競争が激しいと言われる株式会社光通信へ入社する。
株式会社光通信へ入社後、1年間のうちに休みが数日しかない生活が続いたが、営業成績が全国1位まで昇りつめた。
その後、株式会社光通信横浜支店の責任者、株式会社光通信沖縄支店の責任者を歴任し、両支店ともに全国の支店の中でトップの成績となる。
4,000万円の借金を背負い起業
青山清利は株式会社光通信で結果を出していたころ、両親の会社が倒産し、青山清利本人が保証人となっていたことで、4,000万円の借金を背負った。
会社員として十分な収入があったが、借金の金額を考えた上で、株式会社光通信を退職し、起業への道へと進む。
また、後にベストセラーとなった「金持ち父さん 貧乏父さん」を読んだことも起業のきっかけになったという。
出張買取の道へ~大黒屋の杜撰な接客にビジネスチャンスを見出す
青山清利は、大切にしていた時計を大黒屋に質入れしに行った際に、対応した社員の杜撰な対応に直面し、ビジネスチャンスを感じ、古物業で起業する。
青山清利は屋号会社a-senseを設立し初年度で1.5億円の売上を計上
青山清利は、屋号会社a-senseを起業し初年度で1.5億円の売上を計上したが、起業当初は事務所を借りる資金もなく、求人媒体に募集を出せず、地元横浜の後輩たちの助けられ、社員全員がほとんど寝れない生活を送っていた。
2年目からは全国展開を進め、店舗数を拡大させていった。
翌年の2003年5月には、資本金3,000,000円にて有限会社a-senseを設立した。
株式会社a-senseへの組織変更
2004年6月、青山清利は事業拡大に伴い、東京都中央区フォレストタワーへ本社を移転し、資本金を10,000,000に増資し、株式会社a-senseへ組織変更を行った。
青山清利は代表取締役社長から代表取締役会長へ就任
青山清利は2007年11月に、代表取締役社長から代表取締役会長へ就任した。
※取締役社長には前田健が就任。
その後、2008年10月の決算では売上高49億円以上を計上する会社にまで成長させた。
青山清利の現在とこれから
青山清利は、30歳以降から現在までは、お金より時間を大切にしたいという想いから、ほとんどリタイアした生活を送っているという。
また、これからは起業当時から協力してくれている社員たちが成功することが青山清利自身のゴールだと考えている。
TIDEの作品を4,400万円で落札
青山清利は2020年10月に開催されたSBIオークションで、かつて自身が背負った借金の額を超える4,400万円でTIDEの作品を落札した。
この落札額は異例の最高金額で一時注目の的となる。
TIDEとは
TIDEとは、若手アーティストであるイデタツヒロ(旧名義:IDETATSUHIRO)の活動名で、可愛らしい猫と白黒の色彩をコンセプトにした作品を世に送り出している。
制作活動をはじめたきっかけは、水木しげるの漫画を見たことである。
TIDEのアートは、ファッションデザイナーの藤原ヒロシがSNSで紹介したことがきっかけとなり、注目を浴びることとなる。
それでも、青山清利が落札した作品の落札予想金額は100万円~150万円とされていたため、予想を大きく超える金額での落札となった。
株式会社a-sense(エーセンス)の会社概要
| 会社名 | 株式会社a-sense |
| 本社所在地 | 〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-1-3 AIGビルB1(サーブコープ内) |
| 設立 | 2003年5月15日 |
| 代表取締役会長 | 青山清利 |
| 取締役社長 | 前田健 |
| 資本金 | 4000万円 |
| 平均年齢 | 27.3歳(2006年10月1日次点) |
| 事業内容 | 古物の売買、映像・画像・印刷物・WEBサイト・インターネットを利用した各種コンテンツの企画作成、アウトソーシング事業、広告事業、不動産ファンド |
| 金融機関 | 金融機関・みずほ銀行新宿支店・三菱東京UFJ銀行碑文谷支店・りそな銀行新宿支店・三井住友銀行鶴見支店 |
| 事業所 | ・名古屋支社(愛知県名古屋市) ・沖縄支社(沖縄県那覇市) ・大阪支社(大阪府大阪市) ・福岡支社(福岡県福岡市) |
| エンゲージ | https://en-gage.net/a-sense/ |
株式会社a-sense(エーセンス)の事業
株式会社a-sense(エーセンス)のでは下記事業部を展開していた。
ホールセールス事業部
ホールセールス事業部は元来、ブランド製品やエレクトロニクス製品、金券類を取扱う小売店への卸業をメインとした部署だった。
2006年には、小売店の物流を担うトップパートナーとして、サービスとクォリティーをより一層高めるべく、ロジスティック部門を専属とした「JUMBO」を設立して、事業部を独立化させている。
JUMBOでは、Purchase Serviceや、Drop Shipingといった新しいサービスを導入し、小売店へ提供している。
取扱う商品やジャンルを増やしていき、ロジスティックにおけるコンセプトそのものの変化を目指していくことが使命である。
JUMBOのサービス内容
JUMBOは、小売店に提供する業界初の画期的なサービスであり、各小売店が長らく保管しているストック商品や在庫処分品をまとめて買取している。
在庫は多量に抱えているものの、その卸し先や販売方法に苦悩しているショップや業者が多々あるという実状である。
そこでJUMBOでは、ショップや業者に対して、独自の査定方法とマーケティングルートを用いてストック商品を買取している。
小売店の抱える在庫商品を減らし、回転率を上げた商品保有することで経営向上の一助となる。
小売店より仕入れたストック商品は、他小売店へ卸す仕組みを確立している。コンサルティング要素を含め、互いにメリットが生じる独自の販売手法の提案を行う。
業界初のJUMBOしかできないドロップシッピングについて
Drop Shiping(ドロップシッピング)とは、在庫を抱えないで販売出来るビジネス形態を指す。
当時日本でこのシステムを活用している企業は少数で、drop Ship(ドロップシップ)は直送を意味している。
ドロップシッピングでは小売価格や利益率を販売者が自由に決定することができるため、業者が提供するものに販売人が価格をつけて販売し、発送は業者が行う。
つまり、株式会社a-sense及び小売店の希望により価格は大きく変動する。
さらにインターネットを通じて、小売店の手間を省き営業に専念できるシステムを構築した結果、一番効率的で有効な手段として好評である。
マーケティング事業部
事業各セクションの要として、マーケティング事業部がある。
情報産業で優位な状況に立つためには、あらゆる状況と情勢、想定、危険を予知することや綿密な情報をもとに統計的に判断する必要性がある。
メディア媒体・エリア・集計(市場・現場)リサーチから、仕入卸では流行・海外メディアの情報を逐一に判断し、あらゆるメディアチャンネルに対して情報やリサーチを徹底し、市場とユーザーのニーズを統計的に把握する。
これらの作業により、事業の方向性を大きく決定している。
アウトソーシング事業部
日本の多くの企業では、生産コストの削減や生産性の向上に努め、その過程にて製造派遣や業務請負を利用した人件費の削減や人件費の流動費化に取り組んできた。そういった中で派遣型アウトソーシングにて、人を集めて配置することでお客様のニーズに合致できていた。
しかし、現在ではアウトソーサーのサービスがあり溢れ、消費者の嗜好やライフスタイルの多様化により、配置する人の能力や技術が重視される時代が到来している。
互いが持ちつ持たれつの関係を築けるよう肥大化したクライアントを統合的にコンサルティングすると共に、ライセンスにより能力やスキルを細分化し総合的に判断することで、プラス面とマイナス面を把握しつつ、ニーズがマッチすることに努めている。
メディア事業部
的確な洞察力が求められる時代を迎えており、広告の世界においてもIT革命の進展によって情報ルートの多様化や複雑化が一層深まっている。
そのため、的確な洞察に基づく効果的なプロモーションが成否を分ける時代といっても過言ではない。
今後、IT技術を駆使して行われるプロモーションは業界のシェアを増していき、ここ数年でも主要媒体(TV・ラジオ・紙面・WEB)の比率は目まぐるしく変化している。
しかし、アナログの重要さを再確認し、いかなる手段や手法を用いてターゲットに対してコミュニケーションというツールを活用し、プロモーションするかが、最大のキーポイントである。
ニーズに応えられる広告を、視聴者へロイヤリティーを高められる広告作成を、そして斬新な広告を提供している。
不動産事業部
不動産の収益力が、不動産価値を決める大きな要因となってきている。
株式会社a-senseでは、ビル・マンションの再生を行い、収益性を高めユーザーに安心して購入してもらえる事業を展開している。
ビル、マンション、アパート、ホテル再生事業、区分所有分譲マンション再生事業、土地の有効活用の提案及び買取、分譲事業、マンション用地開発事業、区分所有分譲マンション販売業務といった事業を展開予定である。
株式会社a-sense(エーセンス)の歴史
- 2002年11月:神奈川県横浜市西区自宅において屋号会社「a-sense」を設立
- 2003年5月:神奈川県横浜市西区において「有限会社a-sense」を資本金3,000,000円を以って設立
- 2003年8月:神奈川県横浜市西区ニッセイビルに横浜本社開設
- 2003年10月:事業拡大に伴い、10名に増員
- 2003年12月:東京営業所開設・事業拡大に伴い、20名に増員
- 2004年4月:沖縄営業所開設
- 2004年6月:事業拡大に伴い、本社を東京都中央区フォレストタワーへ移転・資本金10,000,000に増資、株式会社a-senseへ組織変更を行う
- 2004年11月:事業拡大に伴い、30名に増員
- 2004年12月:名古屋営業所開設
- 2005年10月:東京都渋谷区マークシティーに本社移転
- 2006年4月:福岡営業所開設
- 2006年7月:東京都新宿区新宿三井ビル二号館に本社を移転
- 2006年8月:大阪営業所開設・不動産事業部を「株式会社A・Bパートナーズ」として独立化
- 2006年9月:メディア事業部を広告製作・代理店「DASH」として独立化。
- 2006年10月:資本金を40,000,000円に増資・ホールセールス事業部を「JUMBO」として独立化
- 2007年8月:新宿営業所開設・新橋営業所開設
- 2007年9月:横浜営業所開設
- 2007年11月:青山清利 代表取締役会長に就任・前田健 取締役社長に就任
- 2008年5月:東京都千代田区丸ノ内AIGビルに本社を移転
株式会社a-sense(エーセンス)の売上高
株式会社a-sense(エーセンス)の売上高は、右肩上がりである。
- 2003年 第1期決算:売上高147,332,250円
- 2004年 第2期決算:売上高1,418,981,827円
- 2005年 第3期決算:売上高1,784,022,999円
- 2006年 第4期決算:売上高2,051,796,517円
- 2007年 第5期決算:売上高3,081,420,787円
- 2008年 第6期決算:売上高4,935,466,433円
青山清利のブログ・SNS一覧
青山清利のブログやSNS一覧については以下の通り。
- 青山 清利のブログ
- 青山 清利のプロフィール
- 青山清利のインスタグラムアカウント
- 青山清利のFacebookアカウント
- 青山 清利(@aoyama9)の公式Twitterアカウント
- 青山 清利 - Wantedly Profile
- 青山 清利 - 投資家 - 自営業 | LinkedIn
- 青山 清利 - NewsPicks
- 青山清利の食べログ
- 青山清利 株式会社a-sense創業者 - TOMORUBA
- 青山 清利 - 投資家 | creww(クルー)
- 青山清利 株式会社a-sense創業者のプロフィール - PROTOCOL
関連リンク
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- 最終更新:2022-05-19 17:11:10