EP2「煌都」 11 嘆きの道

 白銀色の短い髪に黒いドレスの幽子物理学専門家、オニキスの大家は港にいた。

「どうか、その魂が安らかにありますように……」

 犠牲になった兵士たちの遺体の前で、オニキスは跪いて祈りを捧げた。

 魂を、専門的には幽子デバイスと呼ばれるものを可能な限り修復してやった。中央都市の輪廻システムであるリンカネシアに導かれれば、悔いのない最期を迎えることくらいはできるだろう。

「力が及ばず、申し訳ありませんでした」

 この港で何か起きることは予想できていた。だから手を回して駐車場の清掃日を調整し、自然に船を港に入れられるようにしていた。

 しかし、被害に対してできることはあまり多くなかった。

 いつまでも遺体袋の列を眺めてはいられない。政治部からの依頼は魂の修復だけではないからだ。

 エレインは苦労している。中央都市に入り込んだリザレクションの暗躍は深刻のようだ。企業連合だけでなく、UDF、そしてLNにまで内通者がいる。

 リザレクションが過去に行った実験や大規模破壊を思えば、この都市はいずれ危険に晒される。同じ悲劇を二度と起こさない、というのが友との約束だ。

 その約束を果たすため、オニキスはこの世界に戻ってきた。

 港で考え事をしていると、警官の制服を着た人物が近づいてきた。

「いつもご苦労さまです、ナイン」

 オニキスはにこやかにその人物を迎えた。

「そちらこそ」

 その人物、エージェント・ナインとあだ名される警官は簡素に返事をした。ナインはロッジに住んでいて、よく知る相手である。

 そんな表現では足りないかもしれない。しかし、オニキスは作り笑いのままでナインを見る。

「猟犬をとらえた?」

 オニキスは、何か言いたげなナインを察して言った。

「はい。これです」

 言って、ナインは金色のカードを差し出してきた。

「ふむ」

 オニキスはそれを受け取り、じっと見つめた。

 混沌の生物、それもかなり力の強い個体。よく捕獲できたものだ。今は眠っているようだが、暴れ出せばきっとうるさいだろう。

 オニキスが作ったカオス存在の封印技術はどうやら成功している。だが、これで問題の解決にはならない。

 生物としてのカオスを封印することができても、今回多くの敵を破壊して散らしたカオス粒子は中央都市にばらまかれた。それを全て除去することは到底できないのだ。

 そして、カオス粒子は未来視を妨害する。もともと未来はある程度不確定なものだが、幽子運動がもたらすシナリオはだいたい決まっている。しかし、物理法則を解明できていない混沌物質が混ざることで予測はほとんど機能しなくなる。

 今回カオス生物を送り込んできた本当の目的は、もしかするとカオス濃度を上げるためだったのかもしれない。強力な未来視を持つクラウンを妨害するために。

 裏で手を引いているのがもしアレクサンドラならば、そう考えるはずだ。

「これは研究所へ。私たちにとって大事な手札です」

 オニキスは言い、カードをナインに返した。

 しかし、エージェントは去っていかない。いつもは機械のように勤勉で、無駄な行動はしないのに。

 ナインは銀色の瞳でこちらをまっすぐ見ている。まだ何か用事があるのだろうか。

「辛いのでしょう」

 オニキスが不思議そうにしていると、ナインは言った。

「ん? いえ、大丈夫ですよ」

 オニキスは答えた。

「ある程度は、こうなるとわかっていました。だからリンカネシアを設置したのですし」

 人の行いの全てに責任を感じるというのは、神でもない限りは傲慢である。自分たちは神のように呼ばれることもある超存在だが、長い時間をかけて自己を完成させただけにすぎない。

 超存在は傍観者であるべきだ。世の中の出来事に過度に干渉したり、いちいち重大に考える必要はない。

 特に、「星典」は読み物の形をしている。求めるものに知恵を与えて助けはするが、本は勝手に人の頭の中に入っていくことはしない。

「そういう話ではありません」

 しかし、ナインは強いまなざしでこちらを見てきた。

「では、何の話?」

 何が言いたいのだろうか。意図がわからず、オニキスはきょとんとした。

「あなたは、傷つかずにはいられないでしょう?」

 ナインは言い、オニキスに一歩近づいた。

 鼻がつきそうな距離だ。まるで縛られたように、オニキスはそこから動けなかった。

 確かにつらい。手の届くかもしれなかった場所で、こうして人の苦痛や悲しみが生み出されることは。これを止めたいというのが本音だが、自分たちにできることには限度がある。

 今は特に、予測が乱され、敵がどこにいるかわからない状態。星典の一部「冥花リツィフェル」であるオニキスが政治部と手を組んでいることも、迂闊に広められない秘密である。

「……」

 ナインは、オニキスの髪にそっと触れてきた。

 優しい手つきが髪を撫でた。人はこの勤勉な警官のことを冷たいなどというが、それは見る目がないだけだ。

 中央都市にはあちこちに監視の目があるので、本来の姿を見せるのは危険だ。だからほんの少しだけ、お互いの素顔を見せる。

「……そうだね。ありがとう」

 ナインにだけ聞こえるように、オニキスは言った。



「止まってくださいますか。そこの派手なお方」

 幼い声に呼び止められ、ブラストは振り返った。

「一般ポートに停泊していた企業連合籍の船舶、その損壊について状況を聞かせてください。いいですね」

 ブラストを呼び止めた少女は淡々と、しかし有無を言わさぬ口調で言ってきた。

 少女は十二、三の子供と言っていいくらいの外見だったが、瞳には理知的な強さがあった。年上に対する緊張がまるで感じられないばかりか、どこか侮蔑さえも感じられる。

「さあ? 流れ弾は飛んでったかもしれない。正当防衛だよ」

 ブラストは、挑戦的な瞳に応えて相手を煽る。

「ね、青リンゴちゃん?」

 花色の、つまりは薄めの青緑色の髪と瞳がわななくのが見えた。側頭部から下がる象牙のような角が先端を下げ、少し野生を感じさせる髪が梅雨の時の動物のように膨らんだのがわかった。

 この少女は記録者である。外見通りの存在ではない。それでも、ブラストに比べれば記録者としてもおこちゃまであった。

「そうですか。ではあなたが弁償してください」

 怒りを抑えながら少女が言った。なかなか迫力のある睨み方に、ブラストはちょっと心地よさを感じる。

「保険かけてるでしょ?」

「ええ。港の被害で、保険の書類を何枚も処理しないといけないのです。うち一二・七%にあなたの関与が見られます」

 仕事を増やしてくれたな、という恨みの目だったらしい。少女は苛立っている。

 企業連合の統合財務担当官を任じられているこの少女は、今回の騒乱によって出た被害を調査する仕事で大変なのだろう。そうでなくても、企業連合が保有する膨大な量の資産を管理するので夜通し書類にハンコを押し続ける激務に追われている人物だ。

 つまり、さっきの言いがかりは仕事半分、八つ当たり半分なのだろう。有能な記録者でありながら企業連合の便利な道具として使われるこの少女に少し同情しつつ、ブラストはこんな風には絶対生きられないと思う。

「お疲れ様、ルミ」

 なので、全く気持ちのこもっていないねぎらいをかけることしかできなかった。このルミ、クルミという名の記録者の少女のボリュームのある髪の毛がまた少し逆だって膨らんだように感じた。

「あなたの痕跡が残っていました。がこの場にいたと、よからぬ人たちに知られるかもしれませんよ」

 少し真剣なトーンになってルミは言った。

 星杯。ブラストの正体であり、アヴァロンでは秘匿している事実。だが、この少女にはそんな欺瞞は通用しない。

「連中にはどうせわからないさ。きみのように賢くはないからね」

 ブラストは素直にルミを称賛した。企業連合の中でも突出して能力が高いルミは、記録者全体で見ても優秀な部類である。A級記録者であることはもちろん、その中でもS級に迫る実力がある。

「……私はインペリアル所属の記録者なんですよ。あなたのことを報告しようと思えばできます。わかっているんですか?」

 ルミは、苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを言った。

「ではなぜ報告しないのかな? インペリアルのバイナルスクールでトップだったきみが、今は何をしてるの?」

 ブラストは相手に言葉をぶつけた。答えは聞かなくてもわかっている。

 インペリアルは究極の記録者を欲しがり、UG2の時代に人体実験まで行っていた。そして、UG3でついにこのルミを獲得した。だが優れた記録者ならば、インペリアルごときの言いなりになるはずがない。

 ルミの誕生について、最初はインペリアルもメディアで積極的に宣伝をしようとした。

 ルミが世間に登場したのは三年前。だがルミは会社の命令を全く聞かなかったため、その後はぜんぜん露出がなくなった。今では、インペリアルがルミに触れることはない。

 ルミはカタブツでルールに厳しい。そして単独で軍を相手にできる実力がある。普通の人間がクラウンのような存在を容易に手に入れられないことの証明のような記録者に成長した。

 だから、こんな雑用のようなことをさせられているというわけだ。ルミにもその自覚があり、だがしがらみは捨てられない人間くささがある。

 結局、現状への不満をブラストにぶつけるべく睨んでいるのだ。

「あなたはともかく、星典様はもっと現状に介入すべきですね」

 溜まった不満を吐き出すようにルミが言った。

 イニシャルクラウンの星典は、基本的に人間の世界に関与しすぎない方針だ。ルミは星典を尊敬し目標としているらしいが、消極性に関しては不満があるらしい。

「愚昧な人間を裁き、導くだけのお力があるのに」

 ルミはつぶやく。もし自分ならもっと積極的になる、と言っている。

 ブラストは知っている。ルミは事実、企業連合に統治されていた惑星で治安維持のため粛清じみた行動をとったことがあると。

 幼く見えるが、この記録者は星を飲み込む巨竜である。

 姿を消していた三年の間、ルミは辺境で活動をしていた。中央は知らないだろうが、この小さな記録者は冷徹にいくつもの惑星を消滅させた。

 消えた星々にはそれをされるだけの理由はあった。しかし、全く躊躇をしないこのルミは確かに記録者として完成している。

「きみは進歩できそうか? 私みたいに」

 力を欲する姿勢はブラストの好むところである。彼女の理想の高さはもっと評価されるべきものだ。

「あなたはめちゃくちゃすぎます。遠慮するべきです」

 ルミは言う。ルミの考えでもブラストはやりすぎらしい。確かにブラストもその時の判断で恒星規模のものを消滅させたことが何度かあるが、ルミほど割り切れてはいない。

「あいにくこれが私の生き方でね。青リンゴちゃん」

 ブラストは言って。ルミの頭に手を伸ばした。その手はぱしりと払われる。

「……甘く見ないことです。先ごろ、私はLN65PRのスプレッドレルムよりイクリプティカル・コードを賜りました」

「へえ」

 それは、ブラストでも初めて聞く話だった。

 イクリプティカル・コード。古くからある予言であり、注目される現象や人物につけられる固有の称号だ。

 つまりこのルミが近い将来もっと重要な存在になるということ。それは何を意味するのか。

「“星印”である私は、いつかあなたを追い越します。今のうちに、大きな顔をしておくことです!」

 星印。それはクラウンとしての名であり、近く彼女がS級記録者に昇格することを意味している。

 いや、すでにほぼ確定していると言っていいのかもしれない。UG2の時代より長らく誕生することのなかったサードクラウンが、今ブラストの目の前で鼓動を聞かせている。

 腰には、この花色の竜の少女のコアである宝玉が下げられている。テニスボールより少し大きな楕円形で、下の部分がカットされてスタンプのような構造になっている。星印の名はこの形状から来ているのだろう。

 そんなルミのコアは、どこかあのバイナルディスクに似ている。

 アヴァロンの林檎、バイナルディスク。あの赤い果実は記録ディスクを意識したデザインで、光学ディスクは原盤でプレスして生み出される。

 記録ディスクはスタンプ、印によって作られるということだ。ルミのコアと共通性がある。

 同じ教義を大量に複製して配る超存在。情報量では星典に劣るかもしれないが、この能力は今までのクラウンにはない特性だ。

 去っていったルミの太い尻尾が揺れている。彼女の存在で宇宙がどう傾くか、ブラストは今から楽しみであった。

「君もね、マイ?」

 そして、誰が四番目のクラウンになるのかも。

 ブラストは知っている。あのお嬢様の胸の中にある火は、星印の少女に劣ることのない熱を持っていることを。



(第12話に続く)

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