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永遠の夏/Novel by あんごら

永遠の夏

21,667 character(s)43 mins

中学生の夏の日に蝉の声に包まれて一度だけキスしたことがあるけどそれ以外に色めいたやりとりは何もなく時間が経つほどそのことにも触れられなくなっていい大人になっても互いに大きなしこりを抱えたまま友人として過ごしている現パロ槍弓、です。

twitterに投げてたものを若干修正しました。

表紙はこちらからいただきました。
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 金曜の夜、会社終わりに待ち合わせた。全国チェーンの居酒屋の前で、目立つ青が大きく手を振っている。

「ひさしぶりだなあ」
「ああ、半年くらいか」
「あれ、ひさしぶりでもないか」

 そう言いながらネクタイを緩めるランサーとは昔からの付き合いだ。社会人になってから大分経つが、学生の頃からあまり変化は感じられない。大人びはしたけれど、加齢の色はまだ見えず、なんとも悔しい気持ちになる。そのまま口にすると、「お前が言うなよ」と微妙な顔をされた。
 社会人になって近いところに配属されてからは時折こうやって会うようになった。ちょっと高い店に行くこともあるけれど、今日のように大衆向けの居酒屋で会うこともある。結局どこに行こうとも、ファストフード店でだべっていたあの頃とそんなに空気感は変わらない。会社の愚痴を聞いて、新しく買った車の値段に驚いて、買ったスーツの値段に驚かれて、健康診断の話をして、そうしていつもの昔話へと及んだ。

「なあ、あれ覚えてる?」

 あれは中学生の時だった。
 君の熱い唇。叩きつけるような蝉の声。むせ返るような暑さ。食べ終えたソーダアイスの棒。命溢れる草の匂い。汗でびしゃびしゃに濡れた制服のシャツ。肩に食い込むエナメル鞄の紐。地面に落ちる輪郭のはっきりした影。甘く痺れた己の唇。

「……どれだ」
「朝礼で急に戸田が泣きだした話」
「……ああ、覚えてるよ。大事にしてたボールペンが盗られたとかって」
「そうそう、そんでグリーンヘルがさあ」
「そういえば君、そんな変なあだ名で担任のこと呼んでたな」
「だってあいつ緑のだっさいヘルメット持ってたろ。バイク通勤でさあ、すんごいかっこいいバイク持ってるくせにあのヘルメットで台無しになってて。ありゃあ面白かったなあ」
「そうだったっけか」
「そうだよ。お前覚えてねえの?」
「あれから十年以上経ってるんだぞ。それに君みたいに人の粗探しは得意じゃない」
「おいオレの性格が悪いみたいに言うな」
「悪いだろ」
「あっ、ひっでえ」

 そう言うとランサーはくつくつと喉だけで笑った。目を伏せてビールをちびりと飲む。こんな些細なことまで覚えているのだから、向こうだってあの夏の日を覚えていないはずがないのだ。それなのに、あれから一度もその話が出たことはない。お互い何もなかったふりをして、こうして友人のまま過ごしている。

 高校一年の秋に同じクラスの女子に告白されて初めての彼女ができた。あまりにキスに味がなくて面食らった。それは何度相手を変えても変わらなくて。自分はホモセクシャルなのではないかと散々悩んで大学二年の春、ゲイバーに行ってそこで出会った男と寝た。やっぱり味はしなかった。同じようなことを繰り返した末に、やっとあの日のキスだけが特別だったのだと気付く。リキュールを薄めず飲んだような、目眩がするほど濃いあの味。もっともそう思ったのは大人になってアルコールを口にできるようになってからのことだけど。

『どうして私にキスをした』

 あのときすぐにそう聞いてしまえばよかったのだ。その場では無理でも、次の日でよかった。一年後でも良かったし、高校に上がってからだってよかった。大学生になって初めてランサーと一緒に酒を飲んで、思った以上に酔っぱらってしまったときでもまだ間に合った。酒の勢いで冗談めかして聞いてしまえばよかったのだ。だがもう遅い。時が経つほど背負わされた赤子みたいに重みが増して、どんどん口に出せなくなってしまった。こんなに時間が経ってそんなことを聞くなんて、ずっと抱えていたみたいで重すぎる。実際そうだから余計手に負えない。自分のアルコール耐性も熟知して、程よく楽しく、でも決して理性の範疇の外に出ないペースも学んでしまった。向こうだってそれを知っている。酒の力はもう借りられないのだ。大人になるってこういうことなのかもしれないと苦く思う。
 そんなだからいつまでも「なあ、あれ覚えてる?」なんてありきたりな昔話の導入に、少女みたいに胸を高鳴らせる羽目になる。後に続く何度も繰り返した同級生や先生の思い出話にほっとして、そしてどこか落胆しているのを相手は知らないのだろう。
 あれ以降一度もランサーがその話を持ち出したことはない。それ以上のアプローチもない。その前もその後も、変わらずただの友人だ。自分から仕掛けたくせに勝手なと思うが、言い出せないのだから責めることすらできない。相手が自分の葛藤を知らないのと同様に、自分だって相手の心の内は分からない。
 均整の取れた肉体と異国の血の入った造り物とも見紛う顔立ちに魅せられ、昔からランサーに寄ってくる女性は後を絶たなかった。だが一度も長続きしている様子はない。段階は進めど、もって半年。相手への執着も感じられない。理由を問えば『なんか、ピンと来ないんだよな』と首を傾げて言う。それは自分の恋愛遍歴にも似通ったところがあって。もしかして、この美しい男も自分と同じわだかまりを抱えているのではないか、と、一度思ってしまったのが運の尽き。そんな妄執をいつまでも捨てられない愚か者が一人出来上がった。いっそのこと早く結婚してくれたらいいのにと思う。実際にそんなことになったら間違いなく泣く自信があるが、この先の見えない、ただ酸素が減っていくような生活もつらいのだ。でも、「もうしばらく彼女はいいか」とぼやく様を見ている限り、終わりが来るのはまだ先のことなのかもしれない。

「なあ、あれ覚えてる?」
「どれだ」

 心臓が早鐘を打ち始める。だがどうせ他愛ない昔話だ。そろそろ期待するのもやめなければと思う。健康にも気を遣い始めるような齢だ。無駄に心臓に負担をかけることは避けたい。

「……あー、高二んとき英語の授業中にさあ、お前と回してた馬鹿な手紙取られたの」
「あったなあ!あれはこってり絞られた」
「全く手紙くらいでなんであんな怒られたんだろうな」
「それはあれだろう、君の書いた英語教師の似顔絵が似すぎていたからだ。コンプレックスであろう箇所を強調してるくせにしっかり似せていたからな。あれは怒る」
「あれ、そうだっけ」
「そうだよ」
「……よく覚えてんなあ」

 そうやって今日も、どこにでもある居酒屋で、何度も同じ夏を繰り返している。


Comments

  • October 26, 2023
  • October 11, 2022
  • ななち
    September 20, 2019
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