【槍弓】一寸先の狼さん【現パロ】
■酔った勢い朝チュン大学生×社会人のシリーズ。目の合った瞬間からおいかけっこがはじまる彼らだけども、今日の青いあいつは何故か脱兎のごとく逃げ出して…? そんなもの許せるわけがないエミヤさんはぴききっと青筋を立てるのでした。
■時期すぎちゃいましたけど、お約束のあれということで! お楽しみいただけますと幸いです。いつもご感想などありがとうございます!お礼になってるといいなー!
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ごった返す人、人、人外、怪異の群れ。秋晴れのお出掛け日和とはいえ、よくもまあ、こぞって街へ繰り出すものだと思う。オレも一応、混雑を作ってるうちのひとりなんだけども。
「はーい、皆さんこっち向いてくださいねー!」
耳に入った声に目を向けた。といっても、オレが言われたわけじゃあない。
古今東西をるつぼでごった煮にしたような、奇妙奇天烈な集団が大通りに敷かれた歩行者天国――今日に限っては魔界と称すべきか――のあちこちで見えない壁を作っているのだ。うっかりカメラの前を横切っていないか、フレームに映り込んでいないか、首を回して確認してしまうのは誰しもが持つ習性だろう。
自意識過剰じゃねえからな。言い訳じみて並べ立ててしまうのは、脳内でせせら笑った男のせいで。
(おや)
つい足を鈍らせたのは、意外なところでそいつを見つけたからだった。
いやあ、オレのエミヤレーダーは今日も優秀だ。オレはさりげなく目元までフードを引き下ろし、牛歩しながらこそっと窺う。
大通りには背景パネルを置いた撮影スポットが点在している。さっきの掛け声はそこからのもので、気合の入った一眼レフやスマートフォンを預けられたスタッフが、わんこそばのごとくシャッター音を響かせていた。
撮影をはじめたのは黒ずくめの四人組だった。
「ほら、笑って笑って」とばかりカメラを指差し隣の背を叩いている上司らしきロマンスグレーの悪魔公爵と、黒羽を背負っている使い魔は確かおっちょこちょいの先輩、困ったように苦笑している堕天使ちゃんは受付のお嬢さんだったろうか。
そしてあからさまな仏頂面なのに、背丈のせいか中央で記念プレートを持たされている気の毒な男だ。
『20XX.10.31 ハロウィン大仮装大会』
見下ろした文字列を脳が拒否しているらしく、何度も目を滑らせている。
通りすがり際、いちばん距離が近づいたところで会話が漏れ聞こえた。性能は変わらないのだが、オレはなんとなく耳をぴくぴくさせてしまう。
「うーん、どうせならもっとクールにいってみようか、役柄的に!」
「あっいいよエミヤ、その流し目! この愚民って感じで!」
「愚民っ!」
我々じゃん!と両側のお調子者がどっと笑えば、ますますエミヤの目は死んでいく。まるきり燃え尽きて風に飛ばされそうな灰の灰色だ。
面子からして、あいつはヴァンパイアかな。服のベースはブラックフォーマルっぽいスリーピース。お貴族のハットを頭に乗っけて、襟立てた赤黒マントは胸元でリボンを作っている。
それで魔界の住民どもに肩を組まれているのだから、そんな顔したって完全に手遅れである。
「すみません、でもエミヤ先輩かっこいいので。体格も映えますし!」
だけど取り成そうとした堕天使のお嬢ちゃんに握りこぶしで見上げられ、表情はあまり変わらないながら、男の背はしゃっきりと伸びた。
「ポーズはいいですかー! いきますよー!」
ちなみに、テーマパーク張りに颯爽と客を捌いているスタッフさんも女の子だ。睨むわけにいかなかったとはいえ、瞬時に甘ったるい微笑を貼りつけたヤツのわかりやすさに、はたで見ているオレまで笑ってしまった。おっと、危ない。フードがずれる。
(そういうとこあるんだよな、あいつ)
なんだかんだ、ええかっこしいだ。いい体してる自覚あるし、おだてられると調子に乗る。お祭り騒ぎもわりと嫌いじゃないんだろうな。本人、絶対認めないだろうけど。
甲斐甲斐しく整えているところからして、衣装はお嬢ちゃん作製とみた。やるとなれば極めたがる男だから、準備段階から巻き込んだほうが与しやすかったと思うぜ、オレは。
ゆっくりと通りすぎて、「はーい、お疲れさまでしたー!」の掛け声を背中に聞く。
異界化したハロウィンの街を気の済むまで練り歩いたあとは、飲みにでも繰り出すのが定番だ。この週末、仮装で割引になる飲食店はいくらでもある。
「あとでまた探してみるかね」
職場の仲間といる時に声を掛けたところで邪険にされる未来しか見えないし。
次のグループに相変わらずの遠い目でプレートを渡している男に充分後ろ髪を引かれながら、オレはフードを目深にかぶり直して、雑踏に消えた。
消えた。つもりだった。
の、だが。
オレの足はだんだんと早足になり、ついには駆け出していた。
(圧が! なんかものすごい圧を感じる!!)
背後から大きなものが迫ってきている。ような気がする。強迫観念、あるいは一種の願望――じゃあないな! 絶対ないな!
ただでさえ、あの白頭はにょっきり出てるわけ。それが山高帽かぶったらどうなると思う? ちらっと振り返るたび、近づいてきてるんだよ!
「うおおお!? 来てる来てる来てる! オレなんかしたっけ!?」
いやまあ、なんかしてないことはないけども、ベッドで泣かせるのはノーカンだろ? ってな心の呟きまで叫んでいたら、それこそヤツは目の色変えて、そこらのゾンビに刺さってる血斧をぶんどって投げつけてきたかもしれない。
照れ屋なんだから、もう。それで片付けるのは、さすがに欲目すぎるか。
そんな凶器(もちろん仮装の装飾だが)には事欠かない仮装行列の只中だ。全速力なんて出せるわけもなく、「なに? なんかのパフォーマンス?」って風に次々振り返る人外たちの間をすり抜けすり抜け、時には壁みたいににゅっと出てきた箱モノ着ぐるみに急ブレーキを余儀なくされながらオレは足を回し続けた。
混雑は逃げる側に有利と思ってたけど、結構余裕ないぞ、これ!
どこまでも走れる体力はある。疲弊していくのは衝突回避だとか咄嗟のルート剪定、周囲へまわす精神のほうだ。
のんびり流動している人波のなか、ひとり高速移動してるオレは波紋を引いているようなものだろう。道が作られているのだから、追う側が見るのはただそれ一筋でいい。
オレがいつも、あいつの背中しか見ていないように。ああだから間抜けに事故ったのか、って言ってくれるなよな!
「とうとう観念して、テメェからお越しくださるってか!?」
もはや正体がばれていないはずもないので、後ろへ叫んでみる。が、罵声は返らない。ヤツの居所が掴めない。
引き離した? いや、逆か。すぐ近くにいるからオレに捕捉されないよう隠れたんだろう。引きつけるだけ引きつけてオレが反転したら、すぐ捕まっちまうのは自分のほうだってエミヤはわかってる。くそ、ほんと忍者みてえっつーか、何そのアサシン適性。
オレも木を森に隠す方向、今更そこらのグループに友達面して混ざろうものなら、愛想笑いを浮かべた瞬間に首根っこをひっ掴まれそうだ。とてもこわい。
震え上がりながら、顔が笑っちまうのはなんでだろうなあ。
そも障害コースはエミヤのお得意だ。いつも手の届く寸前で、ひらひらと躱してオレを魅せる。
「テメェもオレの逃げっぷりに見惚れやがれっ」
なんか〝逃げっぷり〟ってのがちょっとカッコつかねえけど。オレはドリフトじみて足を滑らせ、目についた横道に飛び込んだ。
だいたいイベント会場のメインストリートでおいかけっこしようってほうがおかしいのだ。
たった一本でも道を外れてみればほら、ずいぶんと走りやすい。
網の目の繁華街をジグザグに折れて、向かい合って建つ店舗の、裏っ側。適度に遮蔽物のある薄暗さが、身を隠した安心感を与えるようだった。
人影皆無のストレートとなれば、足を抑える必要もない。
もともとオレのが速いんだ。地球は丸い。ぐるっと回ればいつの間にか、追う側と追われる側が逆転してる、なんてこともあるだろう。
「ぃしょっ、!」
オレがクリア出来て、エミヤが引っ掛かりそうなところ。今日はまあ勘弁してやっからよ、なんて、トップスピードに乗ったまま、古臭い室外機がタワーを作っている仕切りを一気に飛び越え
―――どごっ!
たところで、着地と同時、オレの頭の脇に足裏が叩きつけられたのだった。
オレの笑みが固まる。狙ったのか否か、その風圧でフードが煽られて、青髪から何から露になっていた。
しゃがんだ体勢だったオレは、おそるおそる顔を上げた。
「やあ、ランサー」
褐色の手のひらが押さえたハットの陰から、眼光が突き刺さる。
ああ、やっぱりゾクッとするね、その鋼の眼。ずっと見つめられていながら、背にしていなければならなかったのが実に惜しい。
「よくわかったな」
先回りしていたエミヤはふんと顎を振った。
「顔が見えずとも歩き方その他の癖で人物を特定できる、という話か。それとも、おまえの逃げる方向か? こそこそしている男がいたのでね、つい狩りの腕が疼いてしまったよ」
「案外ノリノリなのか、吸血鬼さんよ」
こちらへ甲を見せる彼の手の爪は長く尖っている。だとして、霧となって姿を消したり、コウモリに化けて空を飛んだり出来るわけがない。
息が上がっているのは上手く誤魔化しているが、本日の気候に対して彼は少々厚着だ。こめかみに汗が光っている。
「さすがに真っ直ぐ駆けられては追いつけなかったがね。辻があれば曲がりたがるのが逃亡者の習性というものだ。何番目を好むか、左右どちらへ足を向けるか、それも傾向がある。先んじて手前を曲がっておけば、道の状態はこちらが有利。速力で劣ろうとも待ち伏せは不可能ではない」
オレが間抜けな獲物で、自分は賢いハンター。扱き下ろしてくれてるんだが、一般論というより、おまえのことならなんでもわかってるぞって得意気に見えるのはオレだけか?
「それでおまえは」
顔を弛めないよう神妙に拝聴していると、オレを睥睨していたエミヤは目を開き、また眇めを繰り返し、終いには首を傾げた。
こいつはなんで逃げたんだ?と、まるで見当のつかないみたいに。
え、本気? 厭味? まさかそのご高説、観察のための時間稼ぎだったんじゃないだろうな。
「んん。とまあ、貴様の後ろ暗い隠し事なんぞ私にはお見通しだ。素直に吐いたほうが身のためだぞ」
尋問に酌量の態を取ってみたって、結局訊いちゃってるしよ。
「……おまえさんもしや、オレがいつものイケメンに見えてる?」
もしかして走ってる間に取れたのかなって期待してみたけど、違和感は変わらずそこにある。
「図々しいぞ、三枚目。そうして手足をついているところなど、いつもどおりの駄け……、あ。」
「あ。って! 今? こんだけじろじろ見ておいて、気付いたの今なの!? めちゃくちゃ簡単な間違い探しだと思うんですけどォ!?」
オレが喚けば、エミヤは逆ギレをかました。
「やっかましい! 常日頃から犬耳と見紛うような髪型だろうが!」
「見紛わないで!?」
そりゃあちょっと角ばった感じでつんつんしてるけども! おまえのここんとこも耳認定すっぞ、テメェ!
そう、犬……いや、狼耳である。
もふっとした三角の青いヤツ。オレの耳には現在、もとの耳を覆うように忌々しいそいつがくっついているのだった。
これを隠すためのフード、恥ずかしい姿をカレシに見られないための逃亡であったのだ。
そっとしておいてくれるやさしさならともかく、気づいてもらえないのは嘲笑われるより悲しい。
「恋人の風上にもおけない……」
よよよとオレはエミヤの太腿にすがった。ていうかこれ、すごいアングルだな。スラックスの股の縫い目が正面に見えるんですけど。
「遠慮せず風下に吹き飛ばしてくれて構わないが」
「恋人の風下ってなんか響きがやらしいな」
「万年発情期め」
何せおまえの股下にいるもので。
そこにヨダレなんぞつけるなよ、と、くれた注意が涙でも鼻水でもないということは、そのおそれのある行為をしてもいいんだろうか。
つんと耳をつままれる感触がした。
「人狼が紛れていたか。ふふ、かわいらしいじゃないか、ランサー」
まあ、犬だから、なんだけど。
気付いた途端にいじってくるのだから、こっちだって遠慮するわけがない。不満げに鼻先でぐいと突き上げてやると、慌てて退くどころか、にんまり笑った。おまえもたいがいあれだよな。
「手触りもいい。しっぽはないのか。おまえの毛並みならさぞ立派だろうに」
エミヤはオレがすっかり太腿に腕を回しているのも気にせず、愉しげにオレの『耳』を捏ねている。
「これがついている間だけなら、私の眷属にしてやるのも吝かでないぞ」
「へえ、噛んでくれンの」
「ここをか?」
作り物の耳を撫でられてもオレは何も感じない。丹念に愛でるのは嫌がらせなので当然だが、相対的にオレ本体が蔑ろにされている気分になる。
「オレをだよ」
生憎、片足を掛けただけじゃあ王手とはならんぜ。
「……ッ!」
いきなりオレが立ち上がるとエミヤは体を傾がせた。今さら退こうとした足はもう捕まえてしまっていたから、彼は後ろへたたらを踏むしかない。その浮いた腰を攫い、向こうの壁へ叩きつけた。
衝撃に息を詰めた唇に食らいつく。
「っ、ン……、ふっ」
跳ね飛んだハットが、遅れて落ちて道へ転がったようだった。
飼い犬ですらご主人様の手を噛むってんだ。所有印もくれねえ男におとなしく従う義理はねえだろう?
「なんだ、牙はねえのか」
一頻り歯列を探り、唾液にまみれた舌でヤツの唇をべろんと舐める。
外を汚されるなら中のほうがましとばかり、エミヤは辟易した様子で口を開いた。
「は……、きょ、せいが、お望み、とは」
もちろんオレは瞬時に舌を突っ込んだので喋りづらそうだが、そうでなくともろくなことは言わない。そこもオレだけどオレじゃねえ気がするなあ。
「……勃てるな、ヘンタイ」
「じゃあ火をつけるなよ」
いつもながら思うけど、その事後みたいな、かったるそうな声がもう煽ってるからな? 厭味とはいえそういう解釈が出てくるおまえも類友だからな?
「吸血鬼といえば首筋がお約束だろうよ」
「こんなかたい肉、歯の健康に悪そうで御免だね」
尖った爪先に首筋をなぞられて、そわっとする。
「まあ、おまえといちゃあカチカチだな」
「そんな話はしていないが」
「え、そこの話じゃなかったか?」
この爪は完全に見掛け倒しで、引っ掻くどころか拳を握れないから殴れず、掴み掛かれもしないらしい。見た目が凶悪になったのにかえって戦闘力が下がるとは。
つまらなく思えたオレはエミヤの手を掻っ攫い、それを歯に挟んだ。
「おい……」
力を篭めていくと、唐突にぱきっと割れた。その下から見慣れたエミヤの、几帳面に整えられた丸い爪先が現れる。オレはひとつ達成感を得、残骸を吐き捨てた。
「乱暴な。借り物だぞ」
そう咎めながら、オレが隣の指へ同じことをするのをエミヤは止めない。おまえだって興奮しているくせに。
オレに裸にされてくの好きだろう。
「んぐ、」
調子に乗ったのがばれたか、ぐっと口に指を突っ込まれた。
「おまえのこれは自前だものな。ちょっとやそっとじゃへし折れんか」
指の腹がオレの犬歯を押す。歯列から飛び出していて、加工不要で牙みたいに見えるそれ。オレの暴挙に、さらなる暴挙で対抗したようでもあったけど。
薄く開いたエミヤの口の中で、舌先が自分のものと比べるような動きをした。
オレは堪らずヤツの頭を鷲掴みにして口を吸った。
「ふっ、ふん」
と、エミヤが鼻息を荒くしたのは抗議じゃないだろう。あーはいはい、笑ってもらって結構。いつでも味わいたいその蕩けた舌が、オレの歯並びを憶えてるとこなんか見せられたら食いつきたくもなる。
「ん、」
「んぅ……、ふ、……」
やたら歯が当たるのは、エミヤがオレの牙を齧れないか挑戦してるらしかった。……ときどき、すごくばかでかわいいことすんの、なんなんだろな。
じゅーっと痺れるほど舌を吸い上げてやってから離し、エミヤの立ち襟にもぐって、首をかぷりと噛んだ。邪魔くさい布地を掻い潜り、ウエストからシャツを引っ張り出す。マントのせいで尻を撫でるのも一苦労だ。
だけど狼では食い尽くすだけ。いくら噛んでも隷属はさせられないという揶揄も含んでいたか。
「おまえはしっぽもここにあるようなものだしな」
珍しくすんなり首に腕を回してくれたと思ったら、エミヤはオレの後ろ髪をパーカーから引き出していた。しゅるしゅると指に絡めて遊ぶのはいいけれど。
「うん、耳と揃いに見えるんじゃないか。こうして歩いていればよかったのに」
「………」
お犬様に喋る口はありませんよと無視をする。
「どうせならつけ耳パーカーの下に耳があるといった演出をするとかな。あれはしっぽ付きもあるんだ。肉球グローブを進呈しようか。いっそうかわいらし、」
「あーもー! まだ続けんのか、それ!」
いったい何気取りのプロデュースだよ!
「褒めてやっているのに嬉しくないのか」
「とんだ褒め殺しだよ」
死ぬのはオレのアレな。好きなヤツの浮かれ声、だけどめちゃくちゃ萎える。めげずに手を動かしてるオレを褒めてくれ。
そもそもこいつがオレを追ってきたのは、ランサーが逃げた→私に隠しごと→よぅし弱みを握ってやれってな考えなんだから、そっとしておくやさしさなんて端からあるわけもないのだった。
「せっかく生やした耳を隠すなど宝の持ち腐れだろう。このような晴れ姿はむしろ喜んで見せびらかしにくるべきだと思うのだがね」
エミヤはオレの耳をいじり、オレはエミヤをいじる。まさに意地。なんの勝負なのかって状況だ。
「ほーう。実はそれ、呪いのケモ耳でな。おまえさんにも生えたら、」
「一生引き篭もる」
「ですよね、知ってた!」
自分に水が向けられた途端に、すんと真顔になりやがった。機会があるかもわからん言質をとりあえず取ってやろうとしたんだが、何せ棚上げ野郎だからな。
「いや、人には似合う似合わないの概念がある。貴様が私に惚れていると世迷い言をぬかすから〝べき〟なのであって」
ほんと、オレをばかにするのと自己保身には口の回ること。なだめてるみたいだけど、それってつまり、オレには犬がお似合いで、おまえはオレに惚れてねえってことじゃねえかよ。
そして大前提。その理屈は、こういうのがエミヤの好みでなければ成り立たないのである。
「晴れ姿なモンかい。おまえさんお気に入りのその耳だって、魔女に騙されて無理やりくっつけられたんだからな。報酬逃すわ、ぜんぜん取れねえわでさんざんだけど、芸のひとつもして見せりゃ、いいことでもあんのかねえっ」
がうっとオレが吠えると、エミヤは目を丸くして、少し眉をひそめた。
あ、余計なこと言っちまった。
「魔女とは。まさか本当に呪いじゃないだろう」
言い返してこない男にオレは舌打ちをする。
「バイトだ。ハロウィン特需のコスプレ店員」
「店員がふらついていていいのか」
「だからブラックもブラックだったんだよ」
おいしいバイトの話があったのだ。
イベントじゃあそれなりにテンション上がるたちだしな、つけ耳くらいとか思っていたら、首輪や鎖をちらつかされてドン引きした。平和にみんなでアニマル化じゃねえのかよ。
その上、「耳が取れない? ああ、接着剤を使っていますから」ときょとりとされてはダッシュで逃げるってなモンだろう。人手不足? オレの知ったことか!
こそこそ逃げ隠れ、大規模仮装大会を突っ切って駅へ向かっていたオレの前で職場の仲間と愉しそうにしているエミヤを、ちょっと妬んでしまったかもしれない。〝そっとしておくやさしさ〟は、オレにだってなかった。
オレはへろりとしゃがみ込んだ。膝の間で頭を抱える。
「……だからやだったんだよ。機嫌悪いのって格好悪ィじゃねえか。ぜんぜん関係ないおまえに八つ当たりしちまうし。なぁんで追ってくるかなあ」
ぼやきは案外、くすぐったい響きになった。
結局のところ格好悪いと思うのは、構ってほしいからだ。何も言わずに、気付いて慰めてほしいだなんて子供じみている。
でも、エミヤはオレを追いかけてきてくれたから。
口ではつれないことを言ったって、おまえはやさぐれてるオレをほっときやしないんだろう?
「えみやぁ」
これを理由にエミヤが撫でてくれるなら、しばらく犬耳がつきっぱなしでもいいや。くすんと甘えて腹に抱きついた。
言ってることが違うって? オレからねだる分にはいいんだよ。脅そうが付け込もうが、それならオレを張り飛ばしても申し訳ない気持ちにはさせねえんだから。
「あまいものく……っでででで!!」
お約束のセリフを囁こうとすると、耳をぐんと引っ張られたのだ。
いや、同情されるくらいなら嬉々として揶揄われたほうがましだけど、それは何もやさしさがいらねえってわけじゃねえんだぞ?
オレは思わず伸び上がり、再び目の前にきたヤツの顔面に怒鳴った。
「痛えよ、くっついてるっつっただろ!? 引っ張って取れんならとっくに自分で取ってらあ!」
「接着剤と言うから何かと思えば、ちゃんと特殊メイク用じゃないか」
「へ?」
親切心だったとか自分じゃ手加減するからとか万倍も返るかと思えば、オレの耳を見分したエミヤはそんなことを言い出した。
皮膚との境目をなぞる指がこそばゆい。
「演劇などで使う。汗や皮脂で脱落しないよう強力だが、人体用だからな。特に肌に合わない等でなければ当然問題は起こらないし、リムーバーできれいに剥がせるぞ」
そういえばこの男は、ナントカ工業とつく会社に勤めているのだった。素材や溶剤に詳しいんだろう。仕事に関係なくても、雑学として修めていそうだが。
「えっ、そうなのか。それじゃあ悪いことしちまったかな」
臨時の上役になるはずだった女に、『あくのはどう』のようなものを感じたのは思い込みだったのか。
(……んー、ねえな。ねえわ)
オレは脳内に手を振った。暗黒微笑で鎖をぴんと張られたからオレは逃げ出そうとして、あれ?耳取れなくね?ってなったわけだから。
向こうもオレが引っ掛かれば儲けものだったんだろう。ま、うまい報酬につられたオレが馬鹿だったってことさね。
「エミヤ?」
肩に重みを掛けられ、見遣ると、吸血鬼さんが何故か顔面を覆って苦悶していた。
なんだろう。「そういうところが……」と溜め息を吐かれたみたいだったけど。エミヤに呆れられるのは慣れている。
「んだよ、食うぞ」
オレの肩で項垂れられたら、褐色の首筋が食ってくれと言わんばかりだ。服も乱れてる、乱した、から、上着のなかで半端にボタンを外されたベストやシャツが段違いになって垂れ下がってる。手を挿し入れたら素肌に出会う、魅惑のカーテン。謎のぼやきよりそっちに吸い寄せられるのは当然だった。
コスプレ服って着たら脱げないみたいなのもあるけど、こいつの中身はやっぱりふつうのスーツだな。上から飾りをつけてるだけだ。戻せなくなってもマントで隠せるし。
「もぞもぞ動くな。調べものをしている」
「あむ、さっきのリムーバーってやつ? 売ってる店?」
危うく、オレもおまえの服を調べてるところだと自白しそうになってしまった。
エミヤはオレの肩に腕を乗せて、オレの頭の向こうでスマホの操作をはじめていたらしい。おぅい、今やること?と言いたい所業だけども、オレのためなのでやむなしか。
「ドラッグストアとか?」
手持ち無沙汰なのはどちらなのだか、オレが目の前の首筋をはみはみ、頬を辿って唇を奪っても、エミヤの視線は小さな画面に当てられたままだ。
そういう態度を取られると、俄然、熱が入る。
撫でていた尻を鷲掴みにする。狭間に指を押し当てながら、返答を催促してるだけみたいに前から割り入れた膝で揺すった。こうされるとなかが堪らなくなっちまうの、もうわかってるんだからな。
「そう、だな。専用のものでなくとも、エタノール、が、あれば」
こぼれた息は感じたのか、笑ったのか。まあ、オレのしてることはお仕事中の飼い主を邪魔するペットそのものだったかもしれない。
自分から訊いといて、返事はあんまり聞いてない。なんかいかがわしい相談みたいでエロいなあとそればかりだ。
エミヤだってわかってるだろ。こいつにしちゃあスマホの操作が遅い。オレを焦らそうとして自爆してるって線もあるけど、あれは検索中はおまえも動かないって宣言だったんじゃないのか。
平静なふりをしている男の息が浮ついて、頬が上気していく。
「まだかよ」
参ったと言わせたいだけのつもりが、肉感のある体をゆすゆす揺すっていると、こっちがその気になってくる。
残念ながら手が足りなくて、シャツの中、エミヤの胸に這わせていた手を引っこ抜いてベルトを掴んだ。
「ラン、サー」
リードを引くように呼ばれても、もちろんやめるつもりはなかった。が。
頭の後ろにあったヤツのスマホが、眼前に突き出されたのだ。
オレは赤眼を瞬いて、それを凝視した。
「〝トリック・オア・トリート〟だ。どうする、ランサー?」
赤い確定ボタンのタップを待つばかりの予約画面。何のってあれだよ、落ち着いていかがわしいことがいくらでも出来るご休憩所の。
〝いたずらでいいのか、お菓子はいらないな?〟ってところか。
―――え、まじで?
「―――え、まじで?」
脳内の呟きがそのまま出た。
茫然としてしまったのも仕方ないだろう。きもちいいこと大好きなくせに、ふしだら絶許のオレに全責任おっかぶせエミヤさんですよ?
(あっ! 逃げられ……)
我ながら隙だらけだったに違いない。エサをちらつかせて脱兎、なんてのは、よく使われる手だ。
「さて、早く押さないと埋まってしまうかもしれないぞ。近場で仮装割引のあるところだからな」
(て、ない!)
でも、オレがスマホにキスで確定しても、エミヤはそれを嫌そうに見ているだけだった。ごしごし拭くのはひどいと思う。
本当にいつもの顰め面だったので、少なくともハロウィンで紛れ込んだ魔物の類ではないらしい。コスプレエッチをしないと解けない呪いにかかっている可能性は残っているけども。
「誰がそんなことするか」
「あれ。オレ、口に出してたか」
「あれは着衣でするのが前提、脱がすのは邪道なんだろう。私は緊急の会合だと上司に呼び出されてね。安い生地ではないんだ。汚されてはかなわないな」
いや、魔物かもしれん。
オレはよろめくように、転がしてしまったエミヤのハットを拾った。
それにしても、こいつのこの偏った知識はどこから仕入れてるんだろう。コスプレ割引についてはあの上司が嬉々として語っていそうだが。
「ランサー。私の話を聞いていたか」
「ん? 聞いてる聞いてる」
騙されて連れてこられたなら、あんな顔にもなるよなあと納得したところだ。上司と先輩と女の子。キレたくてもエミヤにはキレられない面子だったろう。代わりにか、オレにはそうとうブチキレてたけど。
ぽんぽんと暢気に帽子をはたいていた手が止まる。
つまり、なんだ。一刻も早く立ち去りたい時に限って、言い訳にちょうどいい〝友人〟はスルーしやがった、と。
もしかして、オレが声を掛けてきたら付き合ってやってもいいかなとかなんとか、嬉し恥ずかし恋心なことを考えてたりしたんだろうか。
(―――殺られる)
それこそ八つ当たりじゃねえの!?
どっと冷や汗を掻いたけれども、「行くぞ」と顎をしゃくられ、オレはエミヤに恭しく帽子を差し出したばかりか、まるきり首輪につながれた犬みたいに、ふらふらとついていったのである。
タイムアップ!
――――――――
ハロウィンってなんだ…?と哲学に陥りそうになった。
書くべきなのはこの後だったのは確か。
なお、いかがわしいことがいくらでも出来るのならいかがわしくないこともいくらだって出来るので、エミヤさんはランサーさんをふん縛って懇切丁寧につけ耳をとってあげました(これが彼曰くのトリート。生殺しの刑)が、いかがわしいこともやっぱりしたと思います。
ありがとうございましたー!
何度読んでも最高にエッチで2人の駆け引きや思考がとっても面白くて大好きです