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糸の先はおまえ/Novel by ひろせ ゆう

糸の先はおまえ

13,904 character(s)27 mins

キャス影弓のターン。
一応、糸シリーズの槍弓の続きです。

特異点Fとほぼ同個体だけどアレは記録として処理してるキャスターと、TMA5割FGO5割な影弓。

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「っキャスター!来て!!」
「…?マスター?どうし、おいおいおい!」
 その日一日休暇を言い渡されていた、カルデア最古参の魔術師である彼の自室に突如現れたのは、人類最後のマスターである少女だった。
 ベッドで微睡んでいたキャスターのクー・フーリンは文字通り叩き起され、寝惚け眼で無理くり左腕を引っ張り何処かへ連れ出そうとされる。マスターの顔を見やれば血の気は引いているのに、高揚した頬、切羽詰まったようなに湧いている汗。明らかに普通ではない顔色に、鬼気迫る瞳だ。
 そこでふと、今日この少女は、ドクター・ロマニからゴーサインがでて召喚の儀を執り行っていたのを思い出し、様子のおかしいマスターへと魔術師は導いた思考をそのまま問うた。
「…なんかすげぇの来たのか?」
「凄いなんてもんじゃない!お願い、急いで!」
 状況説明を言外に求めたが、返ってきたのは相当混乱している者故のごっちゃりした言葉。それに溜息を一つ落として、魔術師はついていくことを決めた。
 相変わらず左腕は取られたままなので、仕方なしに掛布団代わりにしていたローブを右手で手繰って羽織り、立て掛けていた杖を取ろうと腰を上げて、そこでキャスターは気付く。
 少女に取られた自身の左腕の小指に、白く光り輝く、透明な糸のような線があることに。
 伸びる先はマスターが開け放した電力で開くドアの向こう、廊下をずっと通っているのだろう。
 呆然と突然現れた不可思議な線を眺めているキャスターへ、マスターは首を傾げた後にハッと呼びに来た理由を思い出して早く早くと一層腕を引いた。それにつられて歩き始めるが、進む先へと線は伸びており、その部屋に近づく程に眩い光を放つ。キャスターは悟る。
 自分は、これを知っている。と。


糸の先はおまえ


 辿り着いた先はまるで暴風に晒されたように荒れ果てた、召喚の儀を執り行う部屋。腕を引かれたまま入った中には、淡く発行する陣の外れで青い装束の男に抱えられる褐色の男の姿があった。
 途轍もないデジャヴに目眩がした魔術師は、空いている右手で強く目頭を揉む。
「……なんだこりゃ」
 現実に耐え切れず零した音に反応したのは、大本を同じくする槍兵だった。
「“俺”だろ、こいつと一番縁深いのは」
「否定はしねぇが…いや、待て、何でそいつがここにいる?」
 指差した先の褐色は、このカルデアにいる古参の赤い弓兵に良く似ているが、その装束は黒くところどころ擦り切れるようにほつれている。左頬に走る線はよく見慣れたもので、眠る男は確かに、特異点Fで消滅したはずのあの黒き弓兵だった。
「先程召喚されたんだよ。ただ、召喚陣がヒートするように荒れて、現れて速攻倒れてしまったんだ。脈も息もあるけど、目を覚まさない。このままだと、名乗りあげ出来てない不完全さで彼の存在が危うくなってしまうかも…」
 慌てふためくロマニの説明を聞きつつ、キャスターは思考を巡らせる。召喚の時の名乗りあげは、現界した己をこの世の理に確定させるために必要なもので、マスターとの契約確認も伴う召喚後最も重要な儀式だ。
 それが行わなければ、この男は世に馴染まず、特に聖杯を介していないこの特殊な召喚では、世界との境界が危うくなる可能性がある。
 危機的状況の黒い弓兵の姿を今一度捉えようと目を動かし、青い槍兵以外に盾兵の少女と、赤い弓兵の姿もあるのを今知った。
「…お前さん、こいつ“知って”んのか」
「……記録はある。ので、“私”の一人だと、“知って”はいる」
 名も呼ばずかけた言葉に苦々しく答える様でなるほど、あの戦いに赴いた少女のとっさの思考と、この弓兵の進言から己が呼ばれたのか。と魔術師は求められている今後の己の行動を理解し、頭を搔くと同時に深く溜息をついた。
「起こしてあげないとって……あの時と状況は似てるし、もし同じパターンだったら、一番、貴方が適任ってエミヤが…」
 腕を持ったままの少女が不安げに言う。
 あの時──槍兵の英霊、クー・フーリンが召喚された際、イレギュラーな礼装の具現化で倒れたエミヤを起こしたのは、当の青き槍兵だった。当時は混ざりかけていた魔力のうち、エミヤの魔力だけを寄り集め、経口摂取の形で気付け薬がわりに与えたのだ。
「まー…そうなるか、そうだよなぁ…今のお前さん達だと混ざってるもんな……」
「そもそも俺等は自分の運命以外とキスしたりしねぇよ」
 ボッと褐色を朱に染める弓兵に、その場の誰もが見ていないフリをした。
 現在、エミヤと槍兵のクー・フーリンのふたりは、特異なパスをもって互いに魔力をやり取りしている。故に、どちらの魔力にも片割れの気配があり、本来持つべき個々の純粋な魔力ではなくなっていた。
 この黒い弓兵に与えるとしたら本来は本人の魔力であった方が馴染むのだが、現状ほぼ同じ存在の赤い弓兵には不可能だ。それなら、他者との魔力の混同がない、“守護者エミヤ”と縁が深い者ならなんとか、と、考えが及んだのだろう。
「必要ならよそ向いてるから」
「そうしといてくれや。あの記録は記録だ。“俺”だが俺じゃないんでな」
 言い放った言葉で運命を知るここの奴等は、運命が繋がっている訳では無いと思ったのだろう。申し訳なさそうにマスターにお願い、と言われ、渋々という体を崩さずキャスターは頷いた。
 瞳の端で捉える透明な糸は、相変わらず眠りこける黒い弓兵に伸びている。槍兵から力の抜けた身体を静かに受け取り、その重さにあの過ちの一夜を思い出す。
(俺は、まだ認めない)
 たとえ黒い弓兵が糸を話しても、キャスター側が認知していなければ一方通行のパス、もしくは片想いとでも思われるだろう。それは好都合であり、魔術師にとって最も良い環境になる。
 あの夜、たった一度身を重ねただけで運命が結ばれるものなのか、確かめなければならない。青い槍兵と赤い弓兵のように、幾度も巡り会い、互いを求めあったわけでもない、只の魔力補給などで。
「…起きろ」
 荒れ狂う心のまま重ねた唇は冷たい。少しでも覆いになればとフードを目深く被り、世界を遮断した。
 顎先に指を置き、無理矢理歯の合わせを開いて唾液を送り込む。特異点で歪めて消えた、あの色違いの瞳が現れるのを待ちながら、ひたすらに身の内の熱を分け与えるだけだ。
 浅葱色の髪が褐色の頬に垂れるのも気にせず、膝に抱えた頭を覗きこみ、硬い頬と比べてやたら肉付きのいい唇をひたすら食んでは魔力を注ぐ。
 濡れた音がする度に首の後ろをむず痒い何かが走り抜け、夜の気配を嫌でも感じた。キャスターは、いやらしい響きが少女達の耳に届いてないことを願うしかない。
「…ん、……ぅ?」
「いつまで寝てんだ」
 ムズがるように震えた睫毛を確認して、鼻先が触れる近さを保ったまま吐息を頬に当てた。ゼロ距離で覗き込んだ鋼と金の硝子玉は、緩く象を結んで光を灯す。
「キャ、ス…?」
 囁きに下ろされたままの白髪が揺れた。飛び起きる反動と分かりきっているので寸前で魔術師は身を起こし、跳弾のごとく跳ねた黒を適当に避ける。
 膝枕から起き上がった眠姫は、両の目を零れそうなほど見開いたままあたりを見渡すこともせず、見慣れている浅葱へピントを合わせて混乱を誤魔化しもせずに問うた。
「キャスター、何故…、ここは?」
「ええと、おはよう。初めまして…ううん、二度目まして、かな?燃え盛る冬木のアーチャー」
 聞こえた少女の声に黒い弓兵は即座に身を起こし、腰元で手のひらを開いて戦闘態勢に至る。魔力を手の内に集約させようとして、実体化していることに気が付いたようだ。
 そこでようやく辺りに目を配り、召喚陣を捉えて今自らの置かれている身を理解し始める。黒い弓兵…アーチャーにとって、目の前の少女は見覚えがあった。泥が溢れた冬木の地へ訪れた、消えゆく人類を背負う最後のマスターであり、己を消滅させた采配の担い手である。
「…君が私を呼んだのか」
 ゆらり、立ち上がる黒にマシュは盾を呼ぼうとし、それをマスターが制した。キャスターの横に立ち尽くす男の前へ歩を進め、手を差し出す。
「あの冬木で、貴方が陶酔していたセイバーはここには居ないけど…どうか力を貸して欲しい。彼女が生きた時代を守るためにも」
 言の葉には固い意志が詰まっていた。揺るぎないものが光る澄んだ瞳を受け止め、元はお人好しに部類される人間だったアーチャーは少しの思考の後、小さな手のひらを握り返す。
「…契約はここに交わされた。この弓は彼女に捧げたものだが、君に力を貸そう」
「っ、ありがとう!」
 嬉しそうに花を咲かせたマスターに、ほんの少しだけ口角を上げた黒い弓兵は魔術師に向き直り、キョトンと幼く首を傾げ、目が覚めてから抱いていた疑問をぶつけた。
「ところでキャスター、この魔力は君のものだろう?微量ではあるが、何故私に流れているんだ?」
「何のことだ」
 交わらぬ視線でとぼけた響きの答えにアーチャーの眉根が寄る。それでもキャスターは素知らぬ顔で白を切り、何でもないと躱そうとして、弓兵は逃さないと言葉を続けた。
「君ほどの男が気付かぬわけがなかろう、何か由縁があってこんなことに?」
「目覚めねぇ気付け薬がわりに叩き込んだからだろ」
 唇を拭いながら吐き捨てるような語り口に、気さくで優しげな姿ばかりを見てきたマスターやマシュ、ロマ二は目を白黒させる。つっけんどんを通り越して塩対応にも程がある話し方は、カルデアを導く森の賢者らしくなく、どこか槍兵に似た粗雑さだ。
 しかし、慣れているのか黒い弓兵は気にすることなく剣呑な眼光を受け止め、納得いかないのを隠しもせず尚も己の内を回る魔力に顎に手をやり首を傾げた。こちらの対応にも人間代表三人…一名デミサーヴァントだが、は驚きを隠せない。
 魔力を与えたのが経口摂取というのを隠さず不本意オーラを全身で放つキャスターに、切りかかりもせずそれを受け止めているのが不思議でならなかった。何処ぞの赤い弓兵は顔が近くにあっただけで切りかかろうとしたというのに。
「それにしては、量が多い気がする。それに、断続的に流れ込んできている気が…」
「知るか」
 片や険悪、片や歪に純朴な雰囲気で行われる応酬はどこまでも異空間だ。アーチャーが顔を見ようと覗き込めば、キャスターは顔を背けて壁に背をつけ腕組をして話す気は無いと遮断する。
 その姿は到底このカルデアでエミヤと槍兵のクー・・ーリンを表す“繋がり”があるように見えず、青い槍兵が傍観している皆の心のうちを代表して呟く。
「見えてねぇのか、繋がってねぇのか…」
「む?なんだ、ランサーのクー・フーリン」
「…何か繋がってんの、見えねえか?指から、糸みたいので」
 左手をあげて聞けば、黒い弓兵の顔が理解範囲外のことを言われたとでも言いたげに困惑へ歪み、そこでまた思案するように唇に手をあてて鼻に息を通し、ふむ、と声を出す。
 何度か軽く目を瞬かせ、左の人差し指を頬の傷に添わせながら目の下まで這わて虚空を見つめた。それから自身の左手の小指を光に透かして見やり、申し訳なさそうな声色で、笑う。
「左目が泥でやられてしまっているせいか、糸のようなものは見えないな。…魔力で補強して遠くにピントを合わせていて、左は手元があまり見えないんだ」
 左側は気配を読んで知覚しているから、詳細な事務仕事には向かない目になってしまったと残念そうに告げ、それでも闘いに支障はないとマスターへ安心するようにと続けた。
黒い弓兵が目を覚ましてからは口を開かずそこに居た赤い弓兵が、黒い弓兵の明かした“繋がり”が見えない事実に、つい音を漏らす。
「見えないのか」
「なんだ、“私”がそんなに落胆するような物なのか?見えるはずのものは」
「あ、いや…」
 大本を同じくする“自分”がようやく放った第一声があまりにも暗く思ったのだろう、とても意外そうに肩を上げて詳細説明を求めたアーチャーにエミヤは言葉を濁し、隣のランサーへ助けを求める視線を送った。
 迷いなく縋られたランサーが仕方なさそうに微笑んでどうしたものかと口を開こうとしたその一連の流れが、どこかの記録で見かけたものに似ていると気付いた黒い弓兵だったが、どこだったかと思考を回す間に少女の声が割って入った。
「運命だよ」
 その言葉に男は肯定で頷き、男は焦り、男は溜息をつき、男は不思議そうに目を瞬かせた。
「ウンメイ」
 繰り返す声は幼く、理解が及ばぬ言葉を繰り返す子供のような響きだ。
「赤のアーチャー…エミヤと、ランサーのクー・フーリンには、普段は本人達にしか見えない糸状のパスが通ってて、魔術回路が繋がっているの」
 ここで、と左手薬指を示して笑うマスターを見つめて、そのままランサーとエミヤを見やる。気まずそうに目をそらす赤を、青が優しく見つめている。
 先程感じた不思議な空気感はそれが由来だったのか、と納得のいった黒い弓兵は唇を歪めて笑った。
「…なるほど、運命の赤い糸、と言ったところかね?」
「そう!まぁ、青い糸なんだけどね?初めは小指についてたのが、いつの間にか薬指に、もが、もがもが」
「過去の因果が青い糸状で礼装の一種として現界した。その身で理解したと思うが、今回の召喚は途轍もないイレギュラーだ。故に、不可思議なこともままある。その一例だ」
 褐色で口を封じられたマスターがまだもがもが言っているが、封じたエミヤは至って平素を保って黒の己に向き合う。憮然とした態度を貼り付ける赤はそれ以上でもそれ以下でもないと黒に言いやった。
 その反応こそが勘繰られボロを出す原因になるのだが、しっかり者の可愛いところなので誰も指摘してはくれない。アーチャーも、楽しそうに口角を上げて笑んだまま何も言わなかった。
 茶番めいたやりとりに、暫く客観に徹していたキャスターもそろそろ幕引きかと杖を握り直し、背を預けていた壁から一歩進み出る。
「理解はしたよ、マスター。ただ、残念ながら“私”には彼との運命の糸は見えないようだ」
 残念そうに、そして愉快そうに肩を竦める男はマスターの元へ寄ったキャスターへ向き直り、鈍い光を瞳に集める。その焦点が合っていなさそうな黒目を貫かんばかりに睨みつけ、キャスターは境界線を引く。
「残念だったな」
「まぁ、こうして巡り会えただけでもよしとしようか」
 いなされたのは考えずともわかるもので、魔術師の表情は次第に険を纏って苦くなる。その変わりようすらも楽しいのか、アーチャーはコロコロと喉元を鳴らして手を広げて囁いた。
「そんなに怖い顔しないでくれ、キャスター…なかよくしようじゃないか」
 返す言葉などはない。常に一定の余裕を持っていたキャスターの脳内は現在容量が詰まりに詰まって、処理速度が著しく低下している。
 目下の整理案件は、ひとまず何故この弓兵と運命が結ばれそうになっているのかということと、己は今後この糸をどう処理したら良いものかということ。
 降って湧いた問題に魔術師は静かに溜息を吐き、痛む頭を抱えて目を閉じた。



「キャスター」
 黒い弓兵は召喚されて以降、親ガモを追う雛のようにただ魔術師の後ろをついて周った。その間、特別おかしなことをやらかすこともなく、至って普通のサーヴァントとして次第にカルデアに馴染み始めていた。
 青と赤の二人のように、糸がもたらす傷の相互関係などの問題が見受けられなかったことで、アーチャーは召喚された三日後から戦力も普通に組み込まれ、保護者として何故か認定されてしまったキャスターと共に何度もレイシフトをこなしている。いつの間にか二人セット扱いだ。
「何をしているんだ?」
 折角の言い渡された休暇だというのに、相変わらずアーチャーはキャスターの元を訪れては懐いていた。レイシフトのタイミングが同じだと休暇も被るのは理解できるが、なぜ毎度ここに来るのか。
 鈍い何かで霞がかる脳内をよそに、手元は慣れた手つきでひたすら動く。それを覗きこんだアーチャーは色とりどりの石に楽しげに声を上げ、褐色の左手でルーンを刻んだばかりの完成品をひとつ攫った。
「ふむ、脳筋とばかり思っていたが、やはり魔術師だな。手先が器用だ」
 右隣に腰掛けた男の口は餌をせがむ鳥のようにかしましく音を紡ぎ、少しイラッと来た魔術師はその心象のままに言葉を放つ。
「黙れ」
「いっ!……?」
 キンっと響いた音と共に、恐る恐る左の小指を見やる困惑気味の姿が目に映り、キャスターの頭からさぁっと血の気が引く。大袈裟にならぬように黒目だけ動かして自身の左指を見遣れば、透明だった糸が白色に鋭く光っていた。
「…どうした」
「なんでもないよ、気のせいだったようだ」
 型に嵌めたような笑顔を作ったアーチャーは、落としてしまったルーンストーンを右手で拾って丁寧に指で磨き、落としてすまない、とキャスターの膝に乗せた。その間、痛みを訴えた左手を動かす気配はない。
 ──あからさまな嘘だった。
 そもそも注ぐつもりはなかったのに、感情の昂りは糸を介してアーチャーへキャスターの苛立った心象の欠片を与えたのだ。考察でしかないが、荒れ狂った心のままに細いそこへ魔力が叩きつけられたのだから痛みが走ったはず。
「さて、そろそろ今日はお暇しようか」
 それでも、なにもなかったように立ち上がろうとする左腕を腕をとって、キャスターは再度アーチャーを隣に座らせる。
「っ、キャスター…?」
「見ているくらいなら構わん、邪魔はするな」
 腕はすぐに解放し、また作業に入る。膝上の白い布に乗せてある小さな鉱石たちの中から、より純度が高く、より多く魔力を保てるものを少量の魔力を流し込ながら選り分けていく途中だった。
 幾つか完成してあるものにはルーンが刻んであり、アーチャーが摘んだ一粒には戦闘で最も多く使うアンサズのルーンが刻まれている。
「……君のそういうところが、」
 少し俯いた褐色から小さな音が零れたが、禄に聞き取れなかったために何も言わずに浅葱の男は手を動かした。仄かに引っかかっている何かが、もう少し言葉を交わせばするっと抜ける気がしたキャスターは、形容しがたい焦燥感に駆られた。
 他の自身よりも歳を重ねている姿で現界しているこの魔術師は、一度懐に踏み入るのを許してしまうと、どうにも抱えてしまう旨がある。歳をとるというのは経験を積むと同時に、抱え込みやすくなっていけない、と誰にあたる理由でもなく常日頃から思っていたのが、ここに来て顕著になっていた。
「お前さん、現界の時に痛みはあったか」
 あの時のエミヤの卒倒具合から、神気が強いものを無理やり流し込むのは相当な痛みと分かっている。一度に流す密度が濃ければ糸に少し触れた同じ神性のキャスターの指先が焦げたほどだったのに、アーチャーは倒れ込んだだけで、痛みは訴えていないと聞いた。
「痛み?特には…気が付いたら君の腕にいて驚いたくらいだ」
「…まだ、魔力が流れ込む感じはするのか?」
「あぁ、それはあるぞ。本当に少しずつ、温かいものが内側を満たしてくる」
 幸せそうに胸に手を当てた男に言われて、気付く。聖杯の泥を伴った魔力を持つアーチャーのそれを、キャスターは身のうちに感じたことがないのだ。
 槍兵とは異なり魔術師であるこの身は、魔力を用いて闘うものであると同時に、それらの運用にも長けていた。無意識下においてキャスターはアーチャーからの繋がりを閉ざし、ただ一方的に与えるだけという形で糸を使っていることになる。
 もしかしたら、マスターの頼みで時折召喚陣の破綻を確認するために陣へ魔力を通すことがあるため、召喚時に初めからキャスターの魔力が組み込まれて状態で降り立ったのかもしれなかった。
「君の魔力に本当によく似ている…君のだったら良かったのだが、不思議なこともあるものだな」
 泥によって常より清涼な魔力に弱いであろう身体に、痛みも与えず、ほぼ純粋な魔力としてそれは流れ込んでいるらしい。つまりは、多少なりとも濾過に近い工程をキャスターが行っている事実がそこにはあり、それを意図せず行うだけ、黒い弓兵に心を砕いていることをようやく理解した。
「つまり、俺は、」
「どうした?キャスター」
 何でもない、返す声は少し震えていた気がするが、頭が動かない。いつの間に、こんなにも。理解すればあっという間に頭の中はとっ散らかる。けれど、近頃何処か空虚だった胸の中央はじんわりと温かみを持ち、キャスターは思い至った。
 青い槍兵と赤い弓兵の筆舌し難い運命を、大変そうだと笑う傍らに羨んでいる自分がいたということを。


 その夜、魔術師は夢を見た。
 否、サーヴァントは夢を見ない。だから、今男が見ているものは記録と言った方が正しいのだろう。
 冬木の聖杯戦争において、燃え盛る炎の中、廃墟と化したビルの一角で一度だけ情を交わしたあの夜。まだセイバーに倒された者の方が少なかった時分に、魔術師として魔力を蓄えていたところから、少しだけ赤い弓兵にそれを分けてやった時のこと。
「渡ったか」
「…あぁ、確かに」
 色気も何もない、ただの魔力補給だった。望んできたのは弓兵からで、魔術師は気紛れにそれに応えてやっただけだ。…表向きは。
 浅葱の魔術師は、腕で囲った下にいる弓兵の左の頬に戯れのように口付けて、この目を離した隙に消えてしまいそうな哀れな男を縛り付けておきたいと、胸の内が暴れるのを押し止めていた。
 一時の情に流されそうな自分に嫌気を感じつつも、そう思った理由を思案しなかったあたり、男は熱で頭が茹だっていたのだろう。
「キャ、スター…」
 細く感じたその吐息に、縛れないのなら、せめて何らかの約束を交わしたいと不意に思った。誓いでなくていい、子供の戯れのようなものでいいから、この男との繋がりを、と。
 そしてそれは聖杯がもたらす知識と相まって、喉から滑り落ちる。
「指切りするか」
「なぜ」
「したくなったんだ」
 見下ろした弓兵は勿論、理解が及ばない苦い顔をする。それでも憮然とした態度で見つめ続ければ、降参を示して目を閉じた。
「君は、いつもよく分からないことばかり」
「貴様よりましだ」
 全く相容れない者同士なのは分かっている。他の記録を読み返せど、どの世界線でもぶつかる運命にある、理解の及ばない対極の相手だ。更にいえば、この街が炎に包まれてからは、思考が読めないのも少しずつ酷くなっている気がした。
 気付いてしまった男の正体から聖杯に引きずられやすい性質なのだろうと推測し、対極である己に魔力補給を申し出てきたこと自体が、この弓兵としては不可思議でしかない事案であり、泥に引きずられている証拠だと魔術師は思う。
「それで?何を約束するんだ?」
 左の小指を差し出しながら問う弓兵に、そういえば内容は考えていなかったのを思い出し、褐色の手の向こうに見える剥き出しの左胸を見つめた。
 槍兵である己が結んだ因果の果てが、そこにある。それは魔術師の己がには作れぬ繋がりであり、それがなぜか、無性に腹の底を煮立たせた。
「次相対した時に、その心臓を食らってやる」
 きょとん、鋼を瞬かせた腕の中の男は困ったように一瞬目を瞑ってから、良かろう、と是を返して口角を上げえ目を細める。
「ただし、素直には食われてやらんぞ。覚悟しろ」
 不敵ともとれるその表情は、何万と見慣れた弓兵を代表する顔だった。
「望むところだ…お前は、何か約束することはあるか」
「私は……内緒にしておこう」
「そうか…ならば、貴様の心の臓を食らった時にでも聞かせろ」
 問いたださずに告げると、弓兵は何故か泣きそうな顔をして笑おうとする。窓の外の炎が鋼色の瞳に映り込み、一瞬だけ金色に揺らめき硝子のように澄んだ光が走った。
 これはただの魔力供給。そう言い聞かせて繋げた下肢よりも強く強く左の小指を絡める。どうか、この子供の戯れでなんらかの繋がりが生まれ落ちるようにと願いをこめて。
 数度軽く振って鈎状に絡んだそれを解く刹那、記録の中というのに身体を強く揺すられる感覚。起床を促す何者かに導かれ、意識が浮くのを他人事めいた思考で受けたキャスターは、緩い覚醒にあわせて目を閉じた。


 記録ではない現実での覚醒で見開いた目の前には、何故か今の今まで腕に囲っていた黒い弓兵が暗い室内を背負って居る。掠れた声でキャスターが何故いるのかと呟けば、呼ばれた気がした硬質な音でと返ってきた。
 鈍くぐらつく頭を左手で覆おうとし、小指の糸が小さく点滅に近い光り方をしているのを見付ける。片割れの異変をアーチャーへ知らせるためか、見えもしない癖に随分と高性能で、感度のいい繋がりだ。
 あの記録は恐らく、糸の始まりを示唆しているのだろう。あの時交わした指切りが、約束という繋がりをもってここにある。すなわち、心の臓を食らうという行為で、この糸は定着するか、消滅することを教えていた。
「凄い顔色をしている…今、水を」
 キャスターが起き上がるのを補助し、流れで距離を取ろうとするアーチャーの左手を掴んで引きとどめる。
「行くな」
 今行かせては、この凪いだ胸が空いてしまう気がして、キャスターは褐色の左手に光る透明な糸へ、己のそれを擦り付けるように指を絡ませた。
 逃がしてなるものかと強める力は、縋っているようにも見えて、アーチャーは浮かした腰を仕方なく枕元へ下ろして息をつく。
「…君がそうやって半端な甘さを見せる度、私は狂ってしまいそうになるよ」
「なに…?」
 真意が読めぬ言葉選びの溜息に、額にあてた手を下ろしたキャスターは腕を掴んだままのーチャーを覗き込む。明かりもついていない室内は暗く、表情はあまり良く見えなかった。
「君は、運命を信じるかね?」
 色のない糸の点滅は止み、ただ静かにここにある。運命を信じるかは別として、繋ぐものがある限り、キャスターはそれを感じずにはいられていなかった。
「私は、私の運命は君であって欲しいと願っているよ」
 息を飲んだのは魔術師、微笑んだのは相対する男。ここからは、泥に染まった黒い弓兵の胸の内明かしだ。
「私はね、キャスター…あの夜のずっと前から、君に恋をしていたんだ」
 恋とは何とも幼い喩えだが、羨望に似た輝きと、手に入れたいと歪む心にはそれが最も適した感情だった。
 突如襲った天変地異の炎の中でも、揺るぎなく真っ直ぐに誇りを貫こうとした、浅葱の光。聖杯から溢れ出る黒は隠したものを解き放ち、弓兵は光を求めた。
「私は数多の君を知っているが、その中から、君を望んだ。魔術師である、君を」
 大英雄クー・フーリンはその生涯を短く閉じたが、キャスターのクラスで現界した男の身は魔術師として生きた場合の彼の者の往年を形造り、全てを悟った賢者として他を導くためにドルイドであることを課していた。
 セイバーが黒に染まった折に、慈悲を乞うたのは、今思い返せば、あの時すでに泥に引きずられていたのだろう。槍兵の男は嫌という程身に刻まれていたが、魔術師の男と同じ世界線にいた証がないのが苦しくて、熱を穿たれたいと腹の奥が鳴いたのだ。
 魔力供給と偽った申し出は存外すんなりと受け入れられ、腹を抉って繋がり、キャスターの魔力で満たされる。あの瞬間のアーチャーはとても幸せで、魔術師の気紛れに小指を差し出した時は、自分を囲う男が運命の片割れ、林檎を共に食べる相手であれば良いのにと思いながらも絡めた。
 そして、その小さな願いごと、林檎を食べたいと願った罪を罰するように、弓兵は黒く染まる。
 神代の薄れた時代故に精霊は衰退していたあの場所で、敬う自然を源にその魔術を奮った魔術師と、そうなるのが決まっているのかと思うほどの自然さを纏って弓兵は対峙し、緩い左の視界をキャスターに絞って弓を番えた。
 魔術師の望みが変わっていないことを願い、全霊で応戦したのは“死力を尽くす闘い”をその身で叶えるためで、それを叶えることが何も持たぬ弓兵が一夜の情をくれた彼に出来る、唯一の恩返しだったのだ。
「もしまた巡り会えたのなら、それはきっと運命だと信じて、私は消滅した。そしてまた、泥に汚れたこの身で、あの炎の冬木に降り立った君と出会った」
 笑う様はいつも通りを描こうとしているが、揺らぐ瞳がそれを許さない。いっそ雫を零せば不格好ではないのに、アーチャーは滲む視界はピントが合っていないからだと言い張る。遠くの男のために合わせたものだから、あまりにも近くて合わないのだと。
 隠しきれない強がりと羨望が入り交じった姿で、それでもこの身では運命は見えなかったがね、と呟く黒は青と赤を瞼の裏に描いてきつく瞳を閉じた。
 その姿すら、これ以上ないと思うほど、心臓を穿つ。
「……俺は、お前を殺してやりたかった」
 それが唯一の救いだと思っていた。と、血を吐くような苦さと、想い故の甘露が交ざった複雑な声をキャスターは吐く。
 泥に塗れてもなお歪んだ、それでいてひたむきに尽くそうとしている男への最大の賞賛であり、餞だと信じたと。まさか、同じような想いを持って対峙していたとは夢にも思わなかった。
 まさか、こんなにも、互いに心を砕いていたなんて。
「だが、殺したいと思うのと同じくらい、お前を俺に縛り付けておきたかった…それこそ、糸でも使って、雁字搦めに」
 言葉と共にグ、と左手でアーチャーにとっては不可視の糸を引き、突然の刺激に瞠目するその身を抱き寄せた。自分よりほんの少し高い頭を右肩に抱え、下ろされたままの白髪に顔を埋める。初めて意図的に魔力を濾そうと左の小指に神経を張り巡らせた。
 開け、通え、と念じながら、少しずつ意識して魔力を流し込む。抱擁に思考が追いついていない黒い弓兵は流れ込む魔力が増えたことに驚き離れようと腕を振るが、これだけはと筋力の差を恨みながらも一層強く抱きとめた。
「たった一度だっていうのに。小指を繋いだ瞬間、俺はお前を運命と信じたんだ。糸を、紡ぐほどに」
 告げた刹那、小指の透明な糸にヒートが起きて色が灯る。人工の光もない薄暗い室内で揺蕩う光がふたりを照らし魔術師は安堵の、弓兵は驚愕の息を吐く。
 断続的に淡く脈打つそれは次第に静かな煌めきへと変わり、魔術師の小指側から小波が押し寄せるように弓兵の元へキャスターの瞳のような深紅を運んだ。
「これは、」
「運命だ。俺と、貴様を繋ぐ、あの日の約束の」
 キャスターの肩に押し付けられたままの頭を向きだけかえ、その様を見ていたアーチャーから、魔法を見た子供が漏らす呟きが落ちた。それを拾い上げて、キャスターは答え合わせをする。
 互いに似たようで異なる想いの下、指切りをしたあの夜。その心の臓を食らってやると約束した小指はあの時道を作り、弓兵がカルデアに現れるまで、それが果たされるのを誰にも告げずに待っていたのだ。
「ずっと見えていたのか?この、赤が」
「糸はあった…初めからな。ただ、色付いたのは今の今、通えと念じたからだ」
「それは、つまり」
 目を逸らすのは、もう終いだ。と魔術師は笑い、黒い弓兵を一部を除き肩口から解放する。
 いつの間にか取られていた左手は、糸を主張するようにアーチャーの甲を上にしてキャスターの平に乗せて指が深く絡んでいた。
「認めよう、俺の運命。貴様以上に、この心の臓を食らうに足る者を俺は知らん」
 心の臓を食らう…即ち、奪うと同等のそれというのは、様々な意味がある。
 殺伐とした世界では、殺すことを意味するが、もう一つ。色恋の世界でとても有名な言い回しを意味すると、アーチャーは知っていた。
「私で、いいのか」
 反転した瞳から、一筋の雫が落ちる。
『構わん』
「っ!?」
 糸を介して胸の内を無条件に晒すというのは、再三槍兵が惚気けて聞かせてきたからキャスターは嫌という程知っていた。あまりの浮かれように妄想なのではと思ったこともあったが。
 以前までは感じていなかった、自分のものでは無い少し淀んだ魔力を手元に感じ、それを遡れば、存外近くに片割れの心はある。見えるとかそういう次元の話ではなく、ただそこにあるのを感じるだけだ。
「しかと繋がっていれば、心を通せるはずだ。何か言いたいことはあるか」
 唐突に進んだ全てに困惑と期待で視線を差迷わせるアーチャーは幼子のようだった。自らに忠実になったと豪語しておきながらも、願いなど叶わぬものする守護者が戸惑うのも分かるが、キャスターとしては早く声を聞かせて欲しいのが現状で。
「頼む、聞かせてくれ」
 懇願を一つ、隠しもせずに絡めた左の手に捧げる。どうか、繋がっている証明をくれと、ここにあると示してくれと、キャスターはみっともなく赤の視線で縋った。
 それを受けて俯いたアーチャーは身の内を回る清らかな魔力に片割れの真意と仄かな焦り、少しの独占欲を見て、顔を上げる。色違いの瞳は純真めいた光を湛えて煌めき、とろりと堪えきれず眉を垂れて蕩けた。
 そして流れてくる小さな囁きは、あの日心の臓を食らった時に聞かせると約束した、黒い弓兵の隠した言葉。小さな小さな音のそれは、運命を求め、空虚に焦燥していた魔術師を満たして包む、運命の始まりの音だった。


『愛している、キャスター』

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Comments

  • Kuro☆
    May 10, 2020
  • 苑子
    February 1, 2018
  • sei@万年金欠病
    January 28, 2018
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