流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓終
これで正真正銘この話は終わりです。最後までお付き合いしていただいた皆様、ありがとうございました。次は何を書こうかな~
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「あの腕はきっと、私だった」
廊下に付けられた手すりに掴まり、一歩、また一歩と、額から垂れる汗を拭うことなく足を動かすアーチャーが独り言のように呟いた。
ベッドの住人になること二十日。それから精神を引き上げるのに三日と、半月以上寝たきりであった体は相当に筋力が落ちてしまったらしい。子供のように大泣きした後、ベッドから下りようとして無様にこけたことは未だ凛にからかわれている。
それのせいかどうかは分からないまま、今は一日中歩行訓練をしている訳だが、ランサーが様子を見守っている際に、ただの事実だと言わんばかりに零したそれは、どういう意味を含んでいるのか。
「聞いたのだろう?」
「…あれはお前が言われたものか?」
「忘れていたがね…向けられて当然の言葉だ。感情だ。否定出来るものではない」
「だろうなぁ。背負うしかねぇよ」
「無論、そのつもりだ」
アーチャーの体勢が崩れる。どうやら手汗のせいで手を滑らせたらしい。掴み直してまた歩こうとしたところを手招きして呼び寄せ、隣に座ったアーチャーの汗を拭ってやる。自分で出来ると言わんばかりの視線は無視した。
「ま、オレもいる。あんま重く考えんなって」
「…それもそうだな」
お、とランサーは素直に頷いたアーチャーに驚きの声を上げた。ようやく人を頼ることを覚えたのだろうか。
「君は勝手に奪っていくからな。気にしていたらキリがない」
「おいこら」
「私、刻印、足枷。間違っているか?」
ぐうの音も出なかった。しかし刻印と足枷を奪ったというのは語弊ではないか。あれは壊して当然の物だったろうに。くすりと笑みを零し、立ち上がったアーチャーは再び歩き始めた。
「訂正し損ねていたが、私は世界を嫌ってなどいないよ」
嫌ってはいけない、とアーチャーは言う。
「凛がいる。イリヤがいる。桜も、あの手のかかる愚か者も――君も、いる。大切な者がこれほどいるんだ。自分が嫌いなだけだ」
――嫌ってはいけない、ねぇ。
赦してやると言ったのに認める気は一切ないらしい。誰も救えず、殺し続けることしかできなかった己の無力さが、無能さが、生にしがみついた浅ましい己が、嫌いなだけだと。そう誤認させる気のようだ。正当化させるにしても痛々しい。
感情を理性で抑え込んだあれが形を持ち、そうやって自身を苛むことで贖罪としているのだろう。ランサーはそう納得するも、同時にこの男の生き辛さに呆れた。自分の身が一番可愛いのは誰も同じだろうに、全てを救うことなど出来ないのだから自身が大切に思うものだけを守ればいいだろうに、アーチャーはそれが出来ない。優しい、どころか甘すぎるこの性質は生まれ持ってのものなのだろうか。
きっとこれからも自身のことを勘定に入れることはないのだろう。アーチャーとはそういう人間だ。罪に押し潰されてしまった人間だ。
「まぁその辺の認識をどうにかしてやろうとは思わねぇし、好きにすりゃいい。ただ、消えんなよ」
面倒なやつだと思う。愚かしいと思う。だがしかし、そこもひっくるめて愛おしい。知れば知るほど愛してやりたくなる。その為に惜しむものは何一つない。だから傍にいろと、それらの思いを口にはせず、ランサーは命じた。
「分かっている」
「ほんとかよ」
「あぁ。君は悲しむのだろう?」
「当たり前だ」
「ならば絶対だ。違えることはない」
宣誓にも似た、強く、断言した答え。人のためにしか生きられないのだから当然か。
「そういえばランサー。以前君は聞いたな――どうされたい、と」
手すりを掴んだまま、壁に寄りかかるようにして立つアーチャーが足を止めてこちらを見た。
「あの時は分からなかったが、今なら答えられる」
そうして空いている手を差し出し。
「君に所有されたい。」
ランサーを驚愕させる答えを口にした。
目を見開いたまま予想外の言葉に固まるランサーをよそに、アーチャーは言葉の続きを話す。
「君は私に何も強要しない。命じたことはあっても必ず選択肢を与えている。それは何も望んでいないことと同意義だろう。それでは何も返せない。報いることが出来ない。君はたくさんのものを与えてくれた、取り戻させてくれた。それがどれほどの救いになったことか。だから、私の全てを君に渡さなければつり合いが取れな――」
「馬鹿かテメェ!!」
思わず殴った。躊躇いなく殴った。
奴隷意識が未だ抜けないのかと一瞬でも不安に駆られた己が馬鹿らしい。瞬きを繰り返し、不思議そうな顔をするアーチャーに頭を抱えたくなった。
「オレがお前に! 何も! 望んじゃいねぇだと!? おいこらふざけんな欲しいっつったろうが!!」
「…そんなこと言ったか?」
「言ったわこの大たわけ!!」
この野郎きょとんとしやがって。重要なとこ聞き逃してんじゃねぇ。
額に手を当てて俯き、怒りを抑えていたところ、目の前に座り込んだアーチャーが申し訳なさそうに「すまない」と、謝ってきた。そんな風に謝られては許すしかない。ランサーは大きな溜め息を吐き出すとアーチャーを引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「欲しくなけりゃ、好きじゃなけりゃ、ここまでしねぇよ。どっかで見捨ててる。つり合いが取れない? 当然だろ。損得感情抜きで全部与えてやるつもりだったんだからよ」
そんなことも分からないのか。いや、分かっていたらあんな馬鹿なこを言い出したりしないだろう。
「…好き?」
「おう」
「誰が誰を」
「オレがお前を」
「…?」
「何を血迷ったことを、とか思ってんならもっぺん殴る」
「わ、悪かった」
どうやら当たっていたらしい。軽く小突いておいた。
全く、と再び溜め息を吐き、これはまた面倒な相手を好きになってしまったものだと思いながら乱雑にアーチャーの頭を撫でていたところ、ぽつりと呟かれたのは。
「そうか、好きなのは私だけではなかったのか」
「どういうことだ」
アーチャーの顔を覗き込もうとして拒まれた。頑なに顔を上げようとしない。よく見れば耳が赤かった。
「いや、青が恋しいと、あの時思ったんだが、その、理由をよく考えてみたらだな、君が出てきて、こう、好きなのか、と」
「そこまで自力で辿り着けてなんでオレがお前を好きなの分かんねぇの」
「君みたいな人が私のようなものを好きな訳がないと思って」
「いい加減キレんぞ」
まぁいい。同じ気持ちだったのだと分かったのだから手に入ったも同然である。
「何も分かってねぇなら惚れるまで待ってやろうと思っていたんだが――これなら今すぐにでも手を出していい訳だ」
にぃっと笑ったランサーがアーチャーに噛み付くようなキスをするまであと三秒。
キャパシティを超えたアーチャーが倒れるまであと十秒の話である。
Fin!