イラクから解放されたクウェート政府が米国の主要な新聞に感謝広告を掲載したが、「クウェート解放のために努力してくれた国々」の中に日本の名前がなかった。「金を出すだけでは世界は認めてくれない」と、自衛隊の「国際貢献活動」の議論が高まり、1992年、「国連平和維持活動協力法」(PKO協力法)が成立、東南アジアのカンボジアの再建に向けての国連PKOに自衛隊が参加した。
2001年には、9.11テロを受け、ブッシュ政権がアフガニスタン攻撃を開始。それを受けて「テロ対策特措法」が成立し、アフガン戦争で米軍の攻撃を自衛隊が後方支援する任務にあたった。イラク戦争後の2004年には自衛隊がイラクのサマワに派遣された。
こうして自衛隊は世界各地に派遣されるようになるが、戦闘行為は行わない、武力紛争に巻き込まれてはいけないとして、戦闘地帯には入らないことになっていた。
それらの当時にアメリカは、アメリカ国務副長官アーミテージなどが、露骨に日本に「ショー・ザ・フラッグ(艦隊を派遣せよ)」「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊を派兵せよ)」などとと檄をとばすなど、自衛隊の派遣を求めていたが、当時の政権は、いわれるとおりに自衛隊をおくったのである。
2004年に自民党幹事長であった安倍晋三氏は「日本が攻撃をうければ、米国の若者が血を流す。しかし、いまの日本の憲法では自衛隊は米国が攻撃されたときに血を流すことはない。完全なイコールパートナーといえるのか」と言っていた。
一昨年の2013年11月にも安倍首相は次のように述べている。
「湾岸戦争後、クゥエートの広告に日本の名前がなかったことは、私自身にも多くの日本国民にも衝撃であった」「自分の国さえ平和であればよいとの一国平和主義の考え方ではわが国の平和を守ることができない」
同じ様に、これまで首相や自民党幹部、集団的自衛権行使や憲法改正を唱える団体らが、あの時の屈辱を日本全体の“トラウマ”のように仕立ててて、「金だけでなく、汗だけでなく、血を流してこそ真の国際貢献だ」「自衛隊の海外派遣を恒常化させる必要がある」と流布し続けてきた。
ところが、昨日10日付「東京新聞」に、「湾岸戦争『日本は感謝されず』 自衛隊派遣の口実に」と題して、当時の関係者の証言などを元に、“つくられたトラウマ”であったことを1ページ全面を使ったまとまった記事で明らかにした。
当時、東京に駐在していたクウェートの外交官アルシャリク氏(70)は「あの広告のリストはそもそも私たちがつくったものではない。つくったのはアメリカだ」と述べている。
広告の発案者は当時の駐米大使サババ(故人)。感謝広告を企画し、米国国防省に多国籍軍の参加リストを求めた。もちろんそこには日本の名前はなかった。「戻ってきたものがそのまま広告になった」とアルシャリク氏は言う。
匿名を条件に当時の外務省の元高官は「(在米)大使館の張り切った連中がさあ首を取ったと広告を使ったのは間違いない。米国の議員にたたかれていたから。それに乗って、やっぱりお金だけではだめなんだという議論に持っていきたかったんだよ」と証言する。
当時、中近東アジア局長だった渡辺充(79)も、「自衛隊を海外に出す、いわゆる普通の国になるという立場の人たちと憲法9条なんだという人たちの対立的な違いがあったわけです。その中で、自衛隊を出さなかっからこうなったんだということに使われた可能性はあると思う」と同様の見方をしている。
湾岸戦争当時、クウェート亡命政府があったサウジアラビア日本大使だった恩田宗氏は91年2月、クウェートの首長や外務次官から直接の言葉を受けた。「クウェートは感謝している。お金を出して日本は感謝された。人を出すのが重要で金がだめだというのはあまりにも乱暴だ」と取材に答える。
元米軍総司令官シュワルツコフ(故人)は自伝で「感謝されないどころか、日本の資金がなければ作戦は破たんしていた」と書いた。ブッシュ大統領の国家安全保障担当補佐官を務めたスコウクロフト氏(90)は「日本の貢献に感謝している」とインタビューに答えている。
しかも、つけ加えて言えば、あの130億ドルの資金のうち110億ドルは、米軍中心の多国籍軍向けで、クウエートに直接的に贈られたものではなく、残り20億ドルもヨルダンなど周辺諸国への超低利借款だった。当時クウェート大使だった黒川剛氏は「支援したあの金はだれが使ったのでしょう。ほとんど米軍の朝飯代(有志連合国の財政支援)になったわけですよ。だからクウェート人はあまり恩恵を感じてない」と話す。
すでに、昨年の5月に元外交官の孫崎享氏が自身のサイトでのつぶやきで、「湾岸戦争時、『金だけだして評価されない』は米国などで意識的に作られた情報操作。今日でも日本は湾岸戦争で金だけ出して評価されなかった、だから人的(自衛隊の貢献をしなければならない)と言われる。それが集団的自衛権を認める論理となっている。」と述べている。
その中で引用された、自身の著書「日本の『情報と外交』」(2012年12月刊)の一部を引用したい。
「……では、本当にこの当時日本の貢献に対して『国際的』な批判がでていたのであろうか。外務省員、OBを主たる構成員としている組織に霞関会がある。この会の月刊誌に『霞関会会報』があり、平成20年3月号は恩田宗元駐サウジ大使著『湾岸危機の際の日本の貢献―その国際的評価について考えるー』を掲げている。この論評の主要論点を見てみたい。
日本では当時からあの時の貢献は『国際的に評価されなかった』といわれてきた。
今でも国際貢献について論じる時、あの時の貢献が国際的に評価されなかったとして論を進める人が多い。しかし、国際的に評価されなかったとの断定は正しくない。
今でも国際貢献について論じる時、あの時の貢献が国際的に評価されなかったとして論を進める人が多い。しかし、国際的に評価されなかったとの断定は正しくない。
……
(感謝広告の対象国に日本が入っていなかった問題の)直後、真意を尋ねた黒川大使に対し、クウェート外務省は、あれは本国政府が指示したものでなく現地が十分に考えることもせず、新聞にのせてしまったものだと釈明したという。クウェート政府が感謝しなかったということはありえない。アル・シャヒーン次官は私に対し、日本は米国英国と同様にこの地域で儲けた金の全てを吐き出すような大きな貢献を表明した。クウェートは戦後発行した解放記念切手シートに日の丸の旗を組み入れており、戦争記念館には日本国旗を掲揚し、日本の貢献を数字(130億ドル)と説明する特設パネルを展示し、2007年の感謝式典では、他国をさしおいて日本大使にスピーチを依頼してきたという。恩田大使のこの論評をみれば、『財政的支援は国際的に評価されていない』『従って今後は人的貢献を行わなければならない』という指摘は正確でないことがわかる。冷静な情勢判断がなされていない。
ではどうして、こういうことになったのか。アマコスト元駐日大使(1989年から1993年)は著書『友か敵か』の中で次のように述べている。
『湾岸危機はまた、国際貢献について日本に多大の自省を迫った。日本は国際貢献を財政的貢献に限定すべきではないという外国からの批判は徐々に日本人自身にも浸透した』
アマコスト大使の発言は、外国の批判があって日本の認識が変化したと明示している。外国の批判があり、『日本人自身に浸透する』過程が進む。外務省など政府、マスコミがこの過程に参画する。この中、クウェートの感謝広告での日本の名前が欠如したことは、『国際世論が日本を評価しない』恰好の材料として利用されていく。湾岸戦争時、駐サウジアラビア大使として、サウジ、クウェート事情に最も精通している恩田大使の見解は表に出てこない。」
ではどうして、こういうことになったのか。アマコスト元駐日大使(1989年から1993年)は著書『友か敵か』の中で次のように述べている。
『湾岸危機はまた、国際貢献について日本に多大の自省を迫った。日本は国際貢献を財政的貢献に限定すべきではないという外国からの批判は徐々に日本人自身にも浸透した』
アマコスト大使の発言は、外国の批判があって日本の認識が変化したと明示している。外国の批判があり、『日本人自身に浸透する』過程が進む。外務省など政府、マスコミがこの過程に参画する。この中、クウェートの感謝広告での日本の名前が欠如したことは、『国際世論が日本を評価しない』恰好の材料として利用されていく。湾岸戦争時、駐サウジアラビア大使として、サウジ、クウェート事情に最も精通している恩田大使の見解は表に出てこない。」
要するに、こういうことだろう。
ジャイアンのようなアメリカ君から、「クウェートさんを助けるためだから、もっとお金出せよ」「もっともっと」と言われた日本君は多額のお金を出した。クウェートさんが助かってから、アメリカ君は、クウェートさんに「感謝広告のリスト俺がつくっとくから」とわざと日本君の名前を除いた。あとで日本君がそれを見て「あれえー、僕の名前がないじゃん」としょげているところへ、アメリカ君が来て「ほ~ら、お金だけで済むと思うなって、俺が前から言ってたじゃん。もっと身体張ってやんなきゃ感謝されないんだよ。まだわかんないのかよ!」と言ってきた。日本君は「せっかくたくさん苦労して集めてお金をたくさん出したのに、冷たくされるなんて…」「もうこんな思いすんのやだよー」と言い出し、そこへ前から自衛隊を海外へ派遣したい人たちが「こりゃーたいへんだ!」「こんな情けねー話しがあっかよ」「法律も変えて海外へ派遣できるようにしちまえよ」と煽り立てた。
ところがクウェートさんは「日本君にとても感謝してます」という気持ちだったが、その本心は伝えらてこなかった。
こんな感じではないだろうか。
しかし、今回の「東京」の記事によれば、「クウェートに日本は感謝されなかった」という、自衛隊の海外派遣の論議で、いつも使われたこの“枕言葉”はもう通用しない。すでに、「米艦船に輸送された親子を守る」とか「ホルムズ海峡の機雷除去」とか「母屋が火事になったらどうする」とか、「安全保障環境の変化」とか、次々と集団的自衛権行使の根拠が崩れ、野党の追及にもきちんと答弁できない状況となっている。
結局残った理由は、アメリカの強引な対日要求に乗っかって、日本が昔アジア・太平洋各地に進出した“過去の栄光”を追いかけた安倍内閣とその支援団体らの「日本を取り戻す」という野望だけなのではないだろうか。