香川にいた“天才中学生ピッチャー”進路のナゾ「父親が“育成計画書”の提出を求めて…だから強豪校は手を引いた」説は本当か? 記者が現地で聞いた真相
「父親が育成計画書を…」噂は本当か?
香川出身の逸材が瀬戸内海を渡って山口に来ると決まってからは、県内や中国地方内の指導者との会話で、複数人から「ああ、“育成計画書”でしょ」というフレーズが飛び出した。個々のディテールは微妙に異なったが、共通していたのは、こんな内容である。 「勧誘に来た各校に対して、父親が“育成計画書”の提出を求めたらしい」 高校野球の選手勧誘において、強豪校ほど「親を見る」と言われる。いくら好選手といっても、入学後の指導方針や起用法にまで口を出されたらたまらない。 つまり、「超強豪が手を引いたので、高川学園に御鉢が回ってきた」。そんな含みのあるウワサだった。昨今ではめずらしい強烈なプロ志向も相まって、妙なリアリティを感じさせた。 センバツ出場校発表を控えた年始に、高川学園の部長を務める西岡大輔に話を聞く機会があった。西岡はスカウティングを主導する立場でもある。 木下の秋の活躍ぶりについて話を聞いた流れで、「中学時代、あれだけ有名だったら、勧誘が大変だったんじゃないですか?」と水を向けた。西岡が深く頷き、「そうですねえ。難しかったですね」と発した瞬間、私は意を決した。
真相を記者が直撃
「彼が進路を決めたとき、ご家族からの要望で“育成計画書”を出されたと、ウワサで聞きまして……」 過去にも何度か聞かれたことがあるのだろうか。西岡はフフッと軽く笑った後に続けた。 「育成計画書って言っても、こんな感じの紙に書いたものですよ」 手に取ったのは、スタッフルームの隅に置かれた、カレンダーの使い終わったページを切り分けた、手製のメモ用紙だった。なんでも、面談の際に持参したノートの1ページに、「こう育てていきたい」というロードマップを手書きしたものだという。 少し拍子抜けしてしまった。育成計画書と聞き、高校時代の大谷翔平をドラフト会議で強行指名し、強固だったメジャー志向を翻意させた、日本ハムのプレゼン資料「大谷翔平君 夢への道しるべ」のような綿密で膨大な計画書を想像していたからだ。ただ、真相を聞き、私が聞いたウワサは、尾ひれはひれがついたものだと確信した。 西岡は大阪体育大を卒業して間もない2017年から母校である高川学園に赴任。選手勧誘で見せる行動力、フットワークの軽さは31歳の若さ通りな一方で、取材日程の調整など事務仕事も手早く対応する様には、若年に見合わないきめ細やかさを感じさせる。“できるビジネスマン”といった雰囲気と例えるべきか。 その西岡のことだ。育成計画書が先方から求められたものだとすれば、その場で記入するとは考えられない。本人が述べる通り、会話の流れの中で、メモとして書いたものなのだと。木下の父である耕三さんの名誉のため、西岡と木下が補足する。 「木下のお父さんから、指導に関して何か言われたことはありません。こちらが驚くぐらい、何も。信頼して任せてくださっています」(西岡) 「父から、進路に関して『こうしろ』と言われたことは、一度もなかったです」(木下) 流布された風説と異なり、強豪は手を引いていなかったこともわかった。木下が見極めて、高川学園を選んだのだ。 木下を巡る争奪戦は、西岡が「難しかった」と漏らした通り苛烈なものだった。 〈つづく〉
(「甲子園の風」井上幸太 = 文)
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