「対話嫌い」が起業し見つけた、いい対話のつくり方
「対話」という言葉が苦手だった。
その言葉が持つ「対話することは素晴らしい」という疑う余地を許さない「正しい」響きと、そこに乗れず後ろめたさを抱える自分が同時に疎ましかった。
そんな僕が、対話型読書プログラムで起業した。
「対話」ってめんどくさい
対話とは何か。
かつて自分が持っていたイメージは
「見ず知らずの人が集い、特定のテーマをもとに複数人で話すこと」
僕はその逆が好きだった。自分の好きな人と、一対一で話すほうがよっぽど実りがある。見ず知らずの人たちと、話が弾むのかもわからない中で対話させられるなんて。たとえ「正しい」態度でなくとも、そう感じていた。
気づけば「対話型読書ゼミ」で起業することに
だから、今も「対話」という言葉を発するのにはややためらいがある。当時の対話という言葉への抵抗感を思い出してしまうから。
それでも、僕が共同創業した「問い読」の真ん中にあるのは、間違いなく対話だ。
パートナーである岩佐文夫さんと僕で「最高の読書体験をつくろう」と試行錯誤を重ねた結果、今の「本を読んできて、正解のない問いを囲んで、対話する」という問い読の形ができあがった。参加してくれたたくさんの人の「いい顔」を目撃してきた。
僕はただ「見ず知らずの人が話す」だけの対話は今も苦手だ。でも、世の中に(少なくとも自分にとっての)いい対話はある。深い学びを生み出し、シンプルかつパワフルに「楽しい」と思える対話はある。
今日は、僕の考える「いい対話のつくり方」をお伝えしたい。
いい対話に備わる3つの要素
いい対話には3つの要素が備わっている。
要素1️⃣ 意外性
考えるとは基本的にひとりでする行為だ。
ただ、ひとりで考えることには、「自分の経験や視点だけからしか考えられない」という限界がある。
どこまで深く考えても、ひとりでは原理的に「自分なら考えそうにない言葉」と出会うことはできない(その範囲は想像以上に広い)。
対話の場には、必ず自分と違う感受性を持ち、経験を積んできた他者がいる。その他者が発する言葉は、すべて自分にとっては文字通り「意外」な考えだ。
「意」の「外」からやってくる、出会うはずのなかった言葉が、自分ひとりで深めた思考の穴をいい意味でこじあけてくれる。
要素2️⃣ 創発性
誰かにとっての「当たり前」が他の誰かにとっては「意外」な言葉として伝わり、新たな考えを触発する。触発がさらなる触発を生む。その繰り返しが、思いもよらなかった結論へと人々を導く。
しかもその考えは、ここにいる誰一人欠けても生まれなかったがどの個人にも帰属させられない、「誰のものでもあって誰のものでもない」考えだ。
この創発性こそ、他者がいる対話の醍醐味そのものだ(経験上4人がいちばんやりやすく、3,5人のどちらがいいかは対話のテーマや時間による)
要素3️⃣ 純粋性
僕は「見ず知らず」の相手と対話することが嫌いだった。しかし実際にそのパワフルさを体験してみると、「見ず知らず」のよさがわかってきた。
知人・友人には、これまでの蓄積、そしてこれからの関係がある。だからこそ言えないことがある。
見ず知らずの人と、かつ安心が担保された状態で話すとき、人は本当の意味で自由に話すことができる(見ず知らずの人と安心感をどう醸成するかという難題については後述)
この3つの要素が生まれたとき、はじめて「本当にいい対話」が生まれる。
いい対話をつくる3つの前提
一般論として、いい対話は、以下の3つの前提条件を満たしている。
前提1️⃣ 「対話のための対話」でないこと
対話することを目的に対話することは難しい。人と人とのあいだには、まんなかに「何か」がいる。
僕たちの対話においては「正解のない問い」がそれにあたるが、さまざまなバリエーションがあるだろう。大事なのは人と人が正面から対峙するのではなく、あいだに何かがあることだ)。
前提2️⃣ 知識量により差が出ないこと
一般論と言いつつ、ここからは僕が自信を持って伝えられる「正解のない問い」がまんなかにある対話を前提に話そう。
「正解のない問い」と言われてもピンとこないかもしれない。それはたとえば
「なぜ人は、まったく同じ体験をしているわけではない相手に共感することができるのだろう?」のような問いだ。
逆に「正解のある問い」とはたとえば
「経済学者・ケインズはどのような点が評価され、また批判されているか?」のような問いだ。
一般的な見解がある程度定まったテーマは、経済学に精通した人を有利に、そうでない人を不利にしてしまう。誰かが得意げに話し、誰かが気後れする。それは、対話ではなく講釈だ。
前提3️⃣ いい制約を設けること
いい対話を生むカギは話し方よりも実は聞き方にある。
多くの人は、自分の話を聞いてもらいたい欲求を持っている。だからこそ、自由に話させては「いけない」。
NGな話し方にもいくつか種類がある。「極端に話が長い」「自分語り」などはイメージしすいだろう。
もちろんそれらを防ぐにも一工夫いるが、実際の対話の場でありがちなのは「いいことを言って場に貢献したい」という善意ゆえの語りだ。
議論が得意な人がこれをやってしまうと、たしかに鋭い意見は飛び出す。けれど周囲は萎縮し口をつぐみ、「触発された視点がさらに次の触発を生む」流れを壊してしまう。
そして、大事なこととして本当に深い学びは、自分が学びの作り手の一人として参加した実感がないと得られない。いくら賢い「先生」がいても、自分がその話を聞くだけではセミナーを聴講席で聞くのと変わらないし、それは対話ではない。
ここからまたしても問い読での実践をもとに話す。
実践面で重要になるのは、場への貢献の定義を「話す」から「聞く」に移すことだ。
僕たちは「3つの価値観と5つの行動マインド」を設け、「聞く」へのシフトを実装している。一部を抜粋しよう。
価値観その1.「 知識があってもなくても、問いの前ではみんなフラット」
まず「知識量による差」が生まれないよう意識づけする。
そして、問いを「正解のない問い」に限定することで、仕組みとしてそもそも知識量による有利不利が出ないように二重の防御線を引く。
さらに、運営側が「ここでは知識の多い人が偉いのではありませんよ」と正式にアナウンスすると、参加者全員のなかにまず少しの安心感が醸成される。
行動マインドその2. 「他者が話したくなる聞き手になる」
他者を活かすことで、深く学べる。
こう言うと、冒頭の「対話は素晴らしい」的なお説教に聞こえてしまうかもしれない。しかし、そうではない。以下は、僕たちが参加者に最初に伝えていることだ。
他者を理解しようとする人の集まりは、自分を知ってもらおうとする人の集まりよりも、相互の学びが大きい
あえて打算的に言えば、自分が深く学びたいのであれば、他者を活かしたほうが得なのだ。
同じ30分の対話でも「自分が次に何を言おうかを考えながら臨む30分」と、「相手の話に存分に耳を傾ける30分」では明らかに後者のほうが学びが大きい。「対話嫌い」だった頃の僕は、完全に前者だった笑。ぜひ、いちど「聞く」に振り切って試してみてほしい。
行動マインドその3.「問いを発する」
僕たちは答えを出す発言よりも
「それって前半のAさんの発言とつながりませんか?」
「●●ってどういうことでしたっけ…?」
などの疑問形の発言を尊ぶ。
行動マインド5.「『わからない』は正義」
答えより問いが大事。そう頭ではわかっていても、やはり賢く見せたいのが人間…いや、僕だ。その心理を自然なかたちで抑制するため、僕たちは「わからないは正義」と繰り返している。
「もう少し詳しく言うとどんなことですか?」みたいなシンプルな聞き返しでもいい。最高なのは「今、わかってないです」と率直に言えることだ。
僕たちが気をつけていること
他にも運営上のちょっとした工夫を紹介しておく。あくまで参考までに。
工夫1️⃣ できるだけ早い段階で、短くても一言発してもらう
10秒でいいから、プログラムの序盤に一人ひとりが発話する機会をつくる。
工夫2️⃣ 価値観やマインドを、プログラムで体現する
具体的な方法はたくさん考えられると思うが、たとえば僕たちは初回に「20人を4人ごとに分け自己紹介をし合ってもらい、自分以外の誰かのことを全員の前で発表する」という「他己紹介」をしてもらう。
他者を意識的に聴くこと、他者から聴かれること。その安心感は体験しないとわからない。逆にこうしたプログラムとの連動がないままに「価値観」や「マインド」を言葉だけ掲げても機能しない。
工夫3️⃣ 実践と伝達を往復する
自分が体験し、悪戦苦闘してからでないと学びは身に染みない。マネジメントをしていない人がどんなマネジメントの名著を読んでもしかたない。
問い読では、「問いがなぜ必要か」「いい問いとは何か」「いい対話をつくるには」「聞くとは何か」などのミニ講義を、全6回のプログラムのなかに散りばめている。
「知る」と「わかる」のあいだにある大きな溝に、「実践と講義の往復」で僕たちは橋をかけている。
対話的な人がいるのではない。対話的な「場」があるだけ
「善良な人々ばっかり集めてもしょうがないじゃん」
かつて「対話嫌い」だった僕は、対話は「他人を尊重できる立派な人々だけに許されたもの」だと思っていた。
違った。
対話的な人と対話的じゃない人がいるんじゃない。そこに行けば他人を活かす振る舞いができる「対話的な場」と、そうでない場があるだけなのだ。
誰だって「語りたい、聞いてほしい」という欲望、あるいは「自分なんかが話していいのかな」という不安を抱えている。そんな人同士が集って「いい対話ができた」という経験を積む。そこから人はじわじわと変わっていく。
対話嫌いだった僕が、「この最高の遊びを広めたい」という気持ちひとつで起業を決意するくらいに。
誰でもここにくるといい対話ができる。
「問い読」はそんな場でありたいと思っている。
そして、そんな場がひとつでも世の中に増えることを願っている。
(おわり)
お読みいただき、ありがとうございます。
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補足:問い読について
問い読(=問いからはじめるアウトプット読書ゼミ)は、「『ちょいムズ本』を、仲間と読み切る。」をコンセプトにした、全6回のオンライン読書ゼミだ。高額だが満足度4.7/5と高い評価をいただいている。
が、やはり対話は実践しないことにはその醍醐味がわからないので、不定期に「無料体験会」を開催している。年内は12/18(木)、25(木)だ。
※無料体験会に参加せずゼミに申し込まれる方も相当数いる
現在募集中の3つのゼミは12/26(金)に締め切るので、興味をお持ちいただいた方は以下のサイトを見てほしい。
いい対話をしましょう。
それは僕たちが他者とどう関わるのか(あるいは関わらないのか)という人生の根幹につながるものだから。


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