内容に中々納得がいかず、添削を一人繰り返し、タロウ汁飲んでようやく完成しました。
この小説が解釈違いな方はプラウザバックしてください。感想、ご指摘、お待ちしています。
ドアノブに手をかけ回す。手の中で冷たい質感が滑り、戸がギッを立てながら開かれる。
目を刺すような青白い輪郭を頼りに月明かりが照らす部屋をふらりと進み続ける。だが寝台の側を横切ろうとしたところでつま先を地面に引っかけてしまった。
ぐらりとクッションへ沈み込む体、その引力にひかれてベッドに鎮座していたぬいぐるみが倒れた。こちらを見る目は上下逆で、少しくすんだ目さしと眉毛を模した縫込みがこちらを案じているように見える。思わずぬいぐるみの顔に手を伸ばし、鼻先に指先が触れようとして手を止めた。
手を裏返す、赤く固着した欠片が白い寝具にボロボロ剥がれ落ちていく。赤鼻になったぬいぐるみにああ汚してしまったなとぼんやり思うが体は汚れた服を脱ごうと動かない。ただ横たえたまま寝台の、更に下へ墜ちていく感覚に身を委ねていく。その感覚だけを、妙に覚めた頭で理解した。
何処までも沈み落ちていきそうな微睡みの中で言葉が廻る。何がいけなかったのだろうか、どうすればよかったのだろうか。ずっと問い続けるそれに答えは見当たらない。こちらを見つめる無垢な視線も、胡乱な瞳の持ち主を反射するだけ。もういっそこのまま何処までも落ちて、そう瞼を下ろそうとした時、ふと肌に熱気が焼け付いた。
微睡んだ瞼が開いていくと、気づけば空が白く、あれだけ冷たかった光にも熱がこもっている。朝が来たことを認識した体は落下から解き放たれ、ベッドからはじけるように起き上がった。血に汚れたボタンを一つ一つ落として服を脱ぎ、簡単にだが体を流す。あれだけのことがあっても体は動くんだな、と鼻から抜けるような笑いがこみ上げながら身支度を終えた、開けっ放しのドアの向こうから声がしたのはそんな時だった。
「────ちょう、団長!」
「っ、入りなさい…」
「朝早くに失礼します。病院の方から連絡が…」
「…………コウのことなら、私が自分で確認しました。彼は────」
君は帰ってこない。それでも、世界は動いていく。
数日後、ベアトリクスが街を去る日が来た。
シャドウとの闘いの後、彼女自身も負傷を心配され半ば無理やり病院へ連れられたが、特に目立った外傷もなく翌日には何処からか調達した露店のご飯を両頬に詰める姿を見せていた。周囲の困惑を買いながらもその日の夕暮れには退院した彼女は、王都を出る汽車の前でアイリスは彼女と最後の挨拶を交わす。
話したのは数度だけだったが、それでも一度は肩を並べ共に戦った。別れは忍びないが引き留めるわけにもいかない。
「あまり囚われ過ぎないほうがいい。人では力の及ばない存在は多い、ましてや貴方はまだ幼いのだから…」
「大丈夫です。私は…立ち止まってはいられませんから」
彼女からの気遣いにアイリスはかぶりを振った。エルフは人間より長寿、まして彼女は『武の神』と謳われる人物、自分では測れない経験があるのだろう。
しかしアイリスは立ち止まることを許さない。真相の追求、下手人の確保、ただでさえ人不足な上に欠員が出たのだ。団長として自分が先頭に立ち、街を守ると示さなくては────。
だがベアトリクスは口を真一文字に結んだままじっと見つめている。思わず息をのむ、瞳に映るのは何時もと変わらない筈の自分、なのに映り込む姿を見ていると胸の奥から全てを裏返されそうな感覚を覚えて目を逸らしたくなる。だが逸らせばもう耐えられないだろう。
わずかな沈黙を破ったのはベアトリクス。閉ざした口を崩すとふっと微笑んだ。
「貴方は一人じゃない」
「え…」
「大事なのでしょう?守ってあげなさい」
「………………………………………はい」
やっとの思いで絞り出したこの言葉が届いたのか、今度こそベアトリクスは汽車に乗った。蒸気を吹きながら走り出す汽車の最後尾が半分ほどまで小さくなった頃にアイリスは駅を後にした。
「あれは、アイリス王女?」
「あらホント」
「元気そう────」
「流石────」
此方に気づいた市井の人々の声が聞こえる。自分の話題、断片的に聞こえる声が耳に入り込む度に背中から温度が抜けていく。負けた自分に呆感を抱いているのだろうか、あるいは自分の弱さに不安を抱いているのだろうか?俯く狭くなる視界に目を細め、震える唇を噛み締めて、早くなる心臓を押さえるように胸を握りしめた。
五月蠅い、落ち着け、気を乱すな、強く押さえつけられた服が歪み汗がにじんでいく。だが一度興奮した心音は速さを増すばかり、思い通りにならないことに掴んだ腕を振り下ろして、通りから追い立てられるかのように彼女は眼前に迫った目的地へ駆け込んだ。
王都で懇意にしている病院、その受付を通り速度を落とさず院内を進む。延々と続くような階段を上り終える頃には落ち着いてきた、踊り場で少し呼吸を整え目的の場所のドアに手をかけようとしたところで思わず手を止めた。
誰かが言い争っている声がする。声からして男と女が一人ずつ、もう一人はもしや、アイリスは思い切りドアを押し開け、剣に手をかけた。
「誰だ!?」
「だ!か!ら!俺とおそろいの金色の服で力強さと舎弟としての箔が付く!遠くからでも一目でわかるパワーアップ感に此奴の格は間違いなく上がる!」
「俺お前の舎弟じゃないよ!?」
「派手さだけが格を上げるものじゃないわ!赤と反対の青や紫を取り入れてることで普段のアホさとは違う冷静で知的なイメージを相手に与られる!」
「またアホって言われたぁ…」
「服の色だけでこのやんちゃ坊主にそんなイメージを与えるかね~?まぁそれに比べて?金はなんにでも似合いますし?元のアホイメージを損なわない!」
「安易な考えね、壁に直面し乗り越えてこそ成長、どんな色でも先ずは着てみるのが一番よ!」
「それこそ安易じゃねぇの?」
「あのさ、俺いいって言ったよね!ねぇ!?聞いて!ねぇったら!」
「「お黙り!」」
白熱する談義、お互いの美的感覚とおせっかいをぶつけ合わせる金の男と青の女。その二人に挟まれて抗議する赤い青年が病室のベッドから身を乗り出して声を張り上げる。
「え………え?」
これはどういう状況なんだろう?取り敢えず賊ではなさそうだが、一体どうしたものか?剣に手をかけたまま硬直してしまったアイリスはふと青年と目が合った。剣を抜いた自分を訝しんでいるのか眉を曲げる彼を見て、アイリスは慌てて剣をしまった。
「あ、おは…どうしたの?」
「………何でもありません」
「ベアトリクスの見送りは?今日ここ出ちゃうんだよね」
「……つい先ほど、王都を離れました」
「そっか、ちゃんと話したかったな。アルファと間違えたの謝りたかったし」
「そのことは気にしなくていいと言っていましたよ」
「なら良いけど…ホントにそっくりだったね二人とも」
「────おい、おい!お前後ろ!いいから後ろ向けって!」
「古いわね、話題を反らそうなんてそうはいかない…アイリス王女!?」
「おはようございます。見舞いに、来ていただいたのですよね?」
「はいそりゃもう仲良くやってますよ!俺のことなんて兄貴と呼んで…」
「言ってないよ」
「黙ってろ」
アンネローゼとゴルドーは片腕、両腕をそれぞれギプスでぶら下げているがとても元気そうだ。今もベッドで胡坐をかいているコウに腕を突かれ身もだえながら反論している。コウも袖口や首元から覗く肌は傷一つ無く元気に友人とじゃれ突き合う姿は、とてもではないが霊安室で眠っていたとは思えない。アイリスは肩から息を吐いた。
「もう…」
「あ、明日にはもう退院してもイイって!さっき動いてみたけど大丈夫だったし…」
「そうですか、でももう無茶はしないでください。何度も言ってますけれど」
「ぅあ…毎回、守れなくてごめん、なさい」
アイリスの指摘にしおらしくなるコウは毎度あんな目に合っているのかと側でドン引くゴルドーと肩をどつき合い、アンネローゼが割って入ったところで、あ、とアイリスに向き直った。
「ちょっと聞いてよ、さっきから二人が俺に何色着せるかで喧嘩してんの」
「痛って…いや俺はやはり王女の騎士であるならばそれ相応の着こなしが必要だと思い…」
「貴方さっき『俺の舎弟にふさわしい鎧を着せて────」
「聞き間違いだな、そうだ聞き間違いだ」
「俺要らないって言ってるのにずっと無視してんの」
「要らねぇって何だよお前!」
「そうよ、こっちがせっかく色決めてたのに」
「なんか会ったばかりの奴にねだってるみたいでイヤじゃん!」
「じゃああからさまに落ち込むなよ『ししょーの鎧壊れた~』って」
「そんな顔してない!」
ゴルドーの言葉が耳に引っかかった。アイリスは両頬を潰されながらも情けなさそうな泣き真似を止めないゴルドーを抑えるコウに問いかけた。
「壊れた?」
「あ、うん。インフェルノって言ったっけ?なんか壊れちゃった…呼んでも来ないし、呼ぶための剣もボロボロだし。大事にしないから嫌われたのかな…」
「鎧が好き嫌いなんてあるかよ」
「あれで中身を守り切ったんならむしろ本望なんじゃない?」
「そう…ですか」
言葉を零したアイリスの脳裏に、鎧姿のコウがよぎる。炎を纏う姿、シャドウへ果敢に立ち向かう姿、全身を引き裂かれて落ちていく姿…
彼を縛っていた禍々しい因縁、その象徴が、もう無い────?
「もう、これ以上貴方を戦わせるわけにはいきません。」
「え?」
「貴方は命を狙われている、教団にも、シャドウガーデンにも…貴方がこれ以上私の下で戦えば、友人も家族も、今回以上に失うものが増えていく」
「…王女、それは」
腕の中で冷たく、心臓を止めた姿まで思い返してアイリスは息を震わせる。同時に柄も知れない安堵も。
全ては己の力不足。自分が弱かったから起きたこと。アレクシアの誘拐も、学園襲撃も、ブシン祭の敗北も、自分が強ければ起きなかったのではないか。
アイリス・ミドガルはいずれ国を背負うものとして、国民の安全を守らなければならない。国民の安全が害されることなど、不安にさらすことなどあってはならない。
だからこそ強くあり続けなければならなかった。この国でだれよりも。なのに国を荒らす組織の首魁に惨敗し、目の前の少年に尻拭いをさせて、二度も殺した。その事に目を伏せ、湧き上がる衝動を抑え込めなかった。
「私は、貴方にこれ以上失ってほしくない。だから…貴方を騎士団から」
「アイリス」
ふと名前を呼ばれ顔を上げる。ベッドの上から裾を掴み此方へ引っ張ってきたコウはアイリスを見上げて笑った。あまりにもまぶしい、アイリスは目をそらした。
「だいじょーぶ?」
「…私は平気です。私は、この国を守る義務がありぇ!?」
両頬を優しく挟まれ、正面を向き直させられる。整った美貌が歪んだ姿を見た剣士たちは急いでコウを引き離し、ベッドへ半ば叩き付けた。
「何してるのよ!?いくら懇意だからってあんな…」
「この前ぶたれたヤツの、お返し?…前にさ、魔力使えるようになったらどうしたいか聞いたよね。覚えてる?」
「…はい。アルファを探すと」
「そん時は探してどうしたいかまで分からなかったんだけどさ…多分魔力使えたら色んなことが出来るようになると思う。アイツ剣飛ばしたり空飛んだりしてたし」
アイツ、と呼ばれた者を想起して臍をはむ。
「俺は出来ないけどね」
「出来ていい訳ないでしょう、そんな…神のようなことを」
「俺は魔力も勉強も、まだ出来ないことの方が多いし、結局探し出してどうしたいかも思いつかない。馬鹿だからモノ壊したり、友達傷つけたり一杯迷惑かけてくけど…俺はこの街で出来ないこと出来るようになりたいし、分からないことを分かるように知りたい」
「ですが、ここに居てはまた危険が及んで………」
「今は出来ないことでもちょっとずつ出来るようになれば、もっと人を助けられる人になれるし、街の修理も手伝えるし…ここにいる人たちはそうやって出来ることを合わせて生きていくんでしょ?」
はっとなった。目の前にいる筈のコウが遠く感じる。手を伸ばせば頬に触れる。赤い髪を撫でられる。その体を抱きしめられる。なのに、今だけは何故だか遠い。あんなに近くで見てきたはずなのに、いつもの彼と変わって見えた。
「アルファとのゴチャゴチャした気持ちをきちんと終わらせたい、勉強もできるようになりたい、壊した街も直したいし…今頑張っている大好きな人を助けられるような“
「…」
「しなきゃいけないこと増えちゃった。だから俺、ここにいる!だから…そばに居させて、ください」
コウはアイリスに両手を伸ばした。まるでこっちに来てと導くように。
青年は進むことを決めた。なら自分はどうする?
その問いにはまだ答えられない。
(でも、いつか────)
初めての闇の中。どんなにさまようことになるか分からない。
でも不思議と怖くなかった。それはきっと────
「……私は」
握った手は────。
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