ラブミーテンダー
このあとキャッキャうふふした
Fate槍弓♀。現パロ。よしよし系の遊び人槍と猛禽系女子弓の話。の、後日談。べったーからの再録です。
大昔の話なのでミモザの日の曜日が違ってても許してください。ときめきが欲しすぎて季節感は無視しました。人間槍弓♀の現パロでしか接種できない栄養素というものがあるのです。べったーに置いているのはたいてい手癖頼みの一発書きなので最終的にその着地点んん~?みたいな感じになるのですが仕様です。
前作に引き続き表紙素材をお借りしました。ありがとうございます。
湯弐(yuni)様(user/3989101)
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花屋に入ってミモザを買った。これなんかの罰ゲームかな、とクー・フーリンは思っている。
嫁が可愛くない。
赤い外套のアーチャー、と綽名で呼ばれる彼の女、こちとら青天のランサーの嫁は、なんだかとってもかわいくない。
家事。万能。
気遣い。ピカイチ。
素直じゃ無さ。
星三つ。
いやいや五つ。……ランサー以外に星四つ。
グルグルとランサーの喉奥が鳴った。
弁が立つ。
細かい。
泣かない。
末っ子気質。
小言好き。
――甘やかしたい。
そうではない。ランサーは頬に薄く血を上らせて、抱える黄色い花束のラッピングに口元を埋めた。
歩きながらも靡いて揺らがる、青空色の尻尾の先が、ぬるい春風にふわりと浮かんでペションとへたる。ちょっとその結論に至るの早くなかっただろうか。こんな路上で人恋しい。
――会いてえなあ。
なんだかとっても会いたいのだが、今日のところは我慢である。そう伝えてある。この国ではさして流行ってもいないが、ランサーは結構この日を大事にしている。
三月八日。
すなわち国際女性デー(International Women's Day)。
日頃の感謝を込めて、男性がお世話になっている周囲の女性に花束を贈る日である。
イタリアでは特にアカシアの花を贈ることから、通称『ミモザの日』と呼ばれているのだが、それを知っている日本人男性は多くは無かろう。
せいぜいが何日か後のホワイトデーへのお返しを考えて出費と気遣いに暗澹としているくらいだろうが、そもそもこの日は女性への感謝と尊敬と親愛を自ら表す日取りである。いつもありがとう、感謝してます、今日は夜遅くまで皆で女子会でもして、そうだいっそ男性ストリッパーの脱衣ぐらいは見に行って、何も憂えず楽しんできてね!
露骨な言い方をすれば、下手な気回しをせずとも女への好意を簡単に示せる義理人情の日だというのに、何故母の日はあるくせ日本人はこの日に関して無頓着なのか。シャイなのか面倒なのか亭主関白なのかマザコンなのか。クールでない、理解に苦しむと、外国出身者の知り合いを交え、暇に飽かせて小一時間は議論したことがある。
北方の奴らが男女関係なくがっしり抱き合って頬を擦りつけノーズキスをする、あれに近いかもしれない。そう結論を報告すると、「そこら辺の感覚からして日本人には無理なのかもしれないな……」と嫁には遠い目になられたのだが、一応彼らだってパーソナルスペースというものはある。あれは本当に親しい身内相手にするものだ。
「まあ、日本人は結構女子会自体はするからな。カップルで出歩くことの多い西欧の人々とはその日に対する感覚も違おうよ」
ランサーの可愛い嫁はそう言って苦笑すると、それで今日は何が食べたい? と非常にクールに話題を変えた。
「決まってんだろ、お前が食べたい」
「ところでランサー、コッペパンとウインナーが余ってるんだが」
アーチャーが若干危うい笑顔を形どって微笑んだので、ランサーはそこのところは渋々ながら引き下がった。
やれやれとアーチャーも笑みを引っ込めてエプロンを外す。良く晴れた日の朝食後の皿洗いくらい、こんな日付指定された感謝の日でなくとも気分よくやってやるのに、どうにもアーチャー相手だと世話を焼かれてしまうのでランサーは弱る。
奉仕好きなのは知っていても、男の沽券というヤツがあるのだ。
そもそも、とランサーはアーチャーの素裸の左手を見た。
素裸の。
何も纏わない。
身につけていない。
あるべきものがない。
左手。
すなわち何か?
アーチャーは、結婚指輪を身につけてくれない。
いいだろうがよお、とランサーは内心ぶうたれた。
かわいいかわいいと愛でて愛でて愛で倒して娶った嫁は、なんだかとってもかわいくなかった。
「なあ、今日くれぇは指輪嵌めて出かけてくれよ」
「今日は一日自由にしていいんだろう? なんのためだ」
「男避けに決まってんだろうが。心底不思議そうにするんじゃねぇよ、なんのためにも何も嵌めろ」
「君がなんだかとても頭の悪いことを言っているのは伝わった」
「頭がよえぇのはお前だわ」
なぜ己が憐れみの目で見られなければならないのか。ランサーは心底不思議である。
なんだか相手側にとっては騙し討ちの体となったらしい結婚式。ランサーの方は割と真剣だった誓いの言葉の後、嵌めて、初夜を済ませて、翌朝にはむしり取るように薬指から引っこ抜かれた結婚指輪だ。
夫婦の夜のひとときにすら外されているのは許しがたいので、毎夜指輪交換よろしく、すらりと長細い指に嵌めてから押し倒してやっている。
愛でるさなかに、震える手でランサーの髪留めを不器用に引っ張り、カチカチと澄んだ音を立てるのが何とも言えず愛おしい。執拗に責めたて甘やかしたいし溺れさせたい。毎夜その欲求に心行くまで従うので、ランサーは日々これ以上なく機嫌がいい。
のだが。
傾くシーソーの反対側で、嫁の目がこれ以上なく死んでいく。
「当たり前でしょうよ」
ランサーは嫁のちょっと傷みかけの白髪がそれはもうたいそう大好きなのだが、艶やかな長い黒髪もそれはそれで好きである。
いや嘘はいけない。訂正する。
幼少期に故郷でたたき込まれた好みだけで言えば、軍配はきっとこちらに上がる。
嫁が丹精込めて手入れしていると知ればなおさらであるが嫉妬はする。
抱えていたアカシアの花束を渡すと、遠坂凛は微妙な顔で「これ、喋りながら受け取っていいんでしょう?」とランサーを見て確認した。
「勿論、そうして貰わんと困る」
「私だって困るわよ。たかが袖の下で親友の夫婦関係をぶち壊す趣味はないわ」
親友というか、鷹揚な主人と従者というか。
学生時代から知っている二人の関係はそのころから有名で、ちょっと若干少しばかりだが、ランサーにとってはうらやましい。
アーチャーならいないわよ、と主人はひらひら手指を振った。
「いねえの?」
「あのね、今日平日よ」
「ああ、夜に会うのか」
「そんな連絡は来てないわね」
「ん?」
「アホなの?」
女主人は信じがたいものを見る目をした。間違いなくランサーを見ている。
「え、だって、あんたもアーチャーもこの日知ってるじゃねえか」
「知ってるからって祝うと思ったら大間違いよ。ここは日本で、しかも女所帯だったのよ、なんでわざわざ祝うわけ」
「え」
「その代わり週末に借りるわよ――そんな絶望的な顔するのやめて頂戴。仕事なんだからしょうがないでしょ」
「こないだのじょしのせっくは」
「上巳の節句。雛祭りと桜の誕生日、あいつが祝いたいって言ったんだから仕方ないでしょ」
つまり、二週続けて新婚の醍醐味、終日かけてのキャッキャうふふないちゃつきができなくなるらしい。ランサーは項垂れた。
「大体、なんでアーチャーがいる日にあんたを呼ぶ必要があるってのよ」
「確かにな」
仕切り直しだ。ここに来た目的を思い出して、ランサーはとりあえず言いたいことを全て呑み込むことにした。
膝の上で祈るように手を組み合わせて厳かに告げる。
「アーチャーをデレさせたい」
「アホなの?」
遠坂凛は繰り返した。
「んだよ、あんただって俺らの結婚生活が聞きたいから俺をここに呼び出したんだろ?」
「ええ、親友が本当に幸せなのかぐらいは知りたかったわね。惚気てくれてありがとう。甘いわね」
さすがアーチャーの類友だ、皮肉が分厚い。そして痛い。
「せめて指輪くれぇ嵌めて出かけてくれたっていいだろぉー……?」
ランサーはソファの上でぶうぶうと溶けた。
「仕事に支障が出るわけじゃねえだろ?」
「さあ、知らないわね。出るんじゃないかしら。あいつ私の専属の護衛や秘書に近いし」
「何がだめだ?」
「目立つものしてるなって視線を集めたらだめなんじゃないかしら?」
「そうでなくても目立つから虫よけしてえんだろ……」
遠坂凛はほんの一瞬苦笑した後、「それはそれよ」と言葉を濁した。
なんだかんだ言ってこの主人は、己が持ち物が正しく鑑定されるのをことのほか喜ぶことを、ランサーは知っている。
「まだ結婚して一年もたってないわ。あんただいぶひどい男だったし、挽回するならここからじゃない?」
これが最大級の遠坂凛の慰めだ。ランサーは思わず姿勢を正した。あとで絶対ぼったくられる押し売りのそれだ。
「大体ね、」と遠坂凛は一転して、今度は心底うんざりしたような顔をした。向けられる目線が彼女らしくなく濁って鋭い。
「優しくしても誠実にしても響かないなら、つまりは優しくも誠実でもないんでしょ」
さすがにこれくらいは理解してくれるわよね? 遠坂凛はうっそりと微笑んでそれを告げた後、「じゃ、アドバイスのお代としてここのお店のケーキ並んで買ってきて。もちろん奢ってくれるわよね? 私たちの大事な取引先にして女性に優しいアルスターの跡取り様?」と小さなメモをピ、と指で立てた。
「これ隣町で一時間は待つと有名な人気店のヤツ……!」
思わず叫ぶが「私この後デートの予定があるのよね」と、まったく取り合わず強引に外に放り出される。
「アーチャー好みのケーキがあるのよ」と言われたそれが、もしかしたら本当のアドバイスかもしれなかった。
***
「暗くなっちまったなぁ……」
春先の宵はもったりと進むが、さすがに今日は暗がりが侘しい。
まあ、たまにはゆっくり帰ってもよかろう。何せ今夜は嫁がいない。
遅くまで遊んで、まあ、朝帰りはしないとは思うが、浮気だって多分、しないと思うが。ちょっとばかし俺のことなんて忘れちまうかもしれないが、まあ、…………。
ランサーの俊足は、珍しく嫁が素直に褒める長所の一つだ。何時の間にやら、いつもの帰宅時よりも必死に街の中を走っていた。
ああ、何故俺はあいつが絶対に指から抜けないような鉄の指輪を贈らなかったのだろう!
腕の紙袋が、がさがさとつぶれたような音を立てて、ランサーの尻尾の髪に追従する。己にしては珍しくぜひぜひと不格好な荒い呼吸で、こないだ浮かれて買ったばかりの新居の門を潜り抜けた。
なんだよ、とおかしな笑いが浮かんでくる。どんなに早くたどり着いたって会いたい奴はいないのに。はあー、とでかいため息が零れ落ちた。
「ねこさん、ねこさん、聴いてくれるか」
だから、ちいさなその声が玄関ポーチから聞こえてきたときはぶったまげた。
口腔の奥で融かし響かすような独特なアルト。
アーチャーの声だ。小さく掠れるような泣くような音程。
「ランサーがまだ戻ってこないんだ」
扉の前で、膝を抱えるように座って、最近出入りするようになったトラ猫の喉をくすぐっている。
「今日は帰ってこないかもしれないな」と苦笑して、アーチャーはうつむき加減に続けた。
私が外にいるってことは、彼もなんでもしていいってことだもんなあ、と呟く。
猫がまるで相槌を打つようにあお、と鳴いた。
「ミモザケーキを作ったんだ。カクテルだって用意したんだ。いつもよりたくさんごちそうを作ったんだ。何がいけない? 全部私の好きなことだぞ」
大好きな人に大好きなものをたくさん贈るのの何がいけない?
「……でも凛はだめだぞ、大きな花束だったから目立ってたけど、凛はだめだ」
ああでも、贈る彼も贈られる彼女も綺麗だったなあ、とアーチャーは苦笑して、とうとう本当に膝に額をくっつけてうつむいた。
猫はぐでんとされるがままにアーチャーに撫でられているが、危うくランサーは手に持った紙袋を取り落とすところだった。バクバクと心臓が鳴っている。カッカと血流を運ぶ鼓動が、耳にうるさく響いていた。
彼女は片手の指先で何かを弄んでいるみたいだった。
「これ、もう自分で着けてしまおうか」
きらりと光が反射する。
「彼がいつもこの手に着けてくれるのが、まるで毎日愛してるって言われてるみたいで嬉しかったんだ。綺麗でも華奢でもない指だけど、私にぴったり合うサイズの指輪なんだ、すごいだろう。結婚式で、どれだけ私が驚いたと思う」
ねこさん、ねこさん、彼女の声は、だんだんと湿っぽくなって削れていった。
「彼は、とっても優しいからなあ。離れられない。復讐したい」
もう、ここで一晩君と遊んで待っていようか。
「……風邪ひくだろが」
ランサーはたまりかねて、アーチャーの目の前に立った。
虚ろな目でゆっくりと顔を上げた彼女の顔が驚きに染まる前に、咬みつくように口づける。細い喉が呻くより早く、その手をつかんでラッピングされた黄色い花束をねじ込んだ。
――その昔、ミモザの花は、インディアンの間で秘密の恋の告白の花として用いられていた。
男性が差し出したその黄色を、女性が無言で受け取ったなら、それは愛が受け入れられた証である。
「――――……ふ、」ぷは、と唇を離して、くく、と場違いに男の喉から笑いが零れる。
ようやく解放されたアーチャーは、狼藉に怒鳴ろうとして、ふと疑問に直面したように瞠目した目をしばたたいた。
男のしろい顔は今や首まで真っ赤になって、赤い瞳はうるんだようだ。縦長にかっと開いた瞳孔が、アーチャーを一心に見つめている。
「馬鹿だな、馬鹿だなあ、お前」
俺につかまっちまって、かわいそうに。
「ホストのストリップぐれぇ見に行っても、まあまあ怒らねえつもりで言ったんだがな」
「ストリップなら君がいいなあ」
思わず勢いづいて口をついた慾の発露に、アーチャーは己の口をぐっと引き締め噛みしめた。
しかしランサーの瞳は、一層熱っぽく視線を狭まらせ蕩けていく。
「……忘れてくれ」
「無理」
「夕飯は食べたか?」
「食ってねえなあ」
なあ、やさしくしないでもいいか?
獰猛な色を隠した台詞だ。アーチャーはぞくりと背を震わせたが、その色の意味に気づくことはなかった。それが大事だったのに。
「お前が食いたい。残さず食いたい。そう言ったら受け入れてくれるか。骨の髄まで大事に食うから、絶対綺麗に気持ちよく食うから」
女が意味を測りかねたように首を傾げる。
「なあ、いいって言ってくれ。何もさせねえつもりだったが、飼い殺すなんてとんでもねえな、俺の目の前で囀ってくれんと」
「よくわからない」
「何がわからない?」
要はお前が欲しくてたまらねえって話だろう。
誰にも渡したくねえくらい惚れているってことだろう。
言いつのる言葉に、「なら、」とアーチャーは、贈られたばかりのアカシアを男のしろい手に押し付けた。
ならせめて、どうか私と食卓を笑って今日も囲んでくれないか、いとしい人。
指先がかたりかたりと震えている。たったそれだけのちっぽけな願いに、猛犬は笑った。
「……もちろん」
よろこんで。
指輪が今日も手ずから嵌められたのに、二人で笑った。
こうやっておおむね彼らの日常は続いていく。
弓の独白シーンがとても好きです