流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓7
シリーズもの初めて最後まで書けそうです!! わーい!! あと二話くらい? で終わります(ただしちゃんとくっつくか分からない)
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ぷつり、とアーチャーとの繋がりが切れた。
この街に己のルーンを消せるような魔術師がいたのかとランサーは宿の一室で舌打ちを零し、探索のルーンを窓から投げ捨てると続くように飛び出した。まだ痕跡は残っている。まだ追える距離、というよりそこまで遠くに逃げるつもりはないようだ。
――あいつはオレのだ。
アーチャーが自分の意思で己から離れていかない限り、誰にも渡すつもりはない。誰にも譲るつもりはない。ただ傍に置いて、欠けてしまったものを与えようと決めている。物にするのはそれからでも遅くない。だから、奪う者は許さない。
速度を上げる。
ランサーは街を出てひたすらに探索のルーンを走らせた。
***
ごぽり。
水泡が揺らぐ。
ゆるりと瞼を持ち上げ、目を外に向ければガラスを隔てた先に影が一つ。視認出来るものの、認識するまでに至らない。あれは誰だったろうか。動いている。こちらに近寄ってくる。ガラスに触れ、喜んでいる。
分からない。あいつは何者だ。
分からない。あれはなんだ。
分からない。わたしは――だれだ。
思考を巡らそうとするも端から解けていく。溶かされていく。ここに《入る》前、己はどこにいた。何をしていた。どう、生きていた。
ごぽり。
口から水泡が零れる。
何か、大切な何かを、忘れてしまったような気がする。
(遠い■■■■■■■■■■な屋敷で、■■■、りん、■■■、■■■、と楽しく■■■■■、けれど■くは続かず、■■■■■■で■が死んで■■けれど■■■■いたくて、己のために■■■を■■して、■■■して、■■■しくも■■を願って、■■■■■■■■で、■■■■■を続けていた■■■■■■あの日、■■■■■と出会って、■■■になっても■■のかと、■■■■であっても、■■■■みたいに、■■■■■■■■■■を願い、■■■■■■■■■■■を望んで■■して■■■ほしかった■■が■■して■■■■されて―――そうして、すべて、きえ、て、いく。)
あおが、こいしかった。
乱れた呼吸と湧き上がる激情を押さえながらこじんまりとした石造りの屋敷に辿り着いた。手には顕現した魔槍を持ち、廊下を足音も立てずに進むランサーの前には誰も現れない。生き物の気配が一つもない屋敷に不気味さを感じつつ、アーチャーの魔力の痕跡を追う。
上、二階にはいない。ここ、一階にもアーチャーはいない。地下室があるようだ。しかしその入り口はどこにあるのか。舌打ちを零し、探索のルーンを走らせるも動かない。どうしてだと僅かながらに焦りを覚えたその時、そういえばアーチャーの首に刻まれていたものに隠蔽のルーンがあったな、と今更ながら思い出した。それが邪魔をしているのだろうか。だとすれば厄介だと頭を掻き、魔槍を肩に担ぐ。
「仕方ねぇか…」
アーチャーが下敷きになる可能性を考えるとあまりやりたくはないのだが。ランサーは足元を見やると一呼吸し、魔槍を高く振りかぶり、腕に魔力を走らせると――崩落を起こした。
地ががらがらと音を立てて割れ、己も地下へ落ちる。瓦礫の上に危なげもなく着地しては砂埃に塗れた周囲を見回し、そして。
「…あ゛?」
酷く不愉快な物を目にした。
魔術によって作られたのであろう宙に浮いたガラスの球体の中、魔力の混じった水溶液に浸された何も身に纏うことなく丸まっているアーチャーの姿を視認する。
つかつかとそれに近寄ると「触るな!」と鋭い怒号が飛んできた。声のする方へゆるりと顔を向ければ、そこにはいつかのアーチャーの主人が顔を歪めて立っていた。どうやら瓦礫に潰されることはなかったらしい。残念だと思いながら男の言葉に耳を傾ける。
曰く、それは実験材料として売る予定だったのだと。
固有結界を使える子供を育てたのはそのためだと。
出荷も近かったところを奪われたから取り返しただけだと。
すぅっとランサーは目を細め、一切の表情を消すと男の元に向かうとその首を掴み上げた。じたばたと足掻くそれを冷たく見据え、ぐっと力を込める。
「口を開くな。貴様の醜悪な言葉など、聞くに値しない」
――反吐が出る。
ごきん、と骨の折れた音がした。だらりと垂れたその体を瓦礫の中に放り投げ、アーチャーの元へ戻る。作り手が死んだところで壊れないらしい球体に触れた。強度は高くなさそうだ。そう判断し、魔槍を一閃。ガラスを両断する。溢れた水溶液の中に躊躇いもなく腕を突っ込み、アーチャーを抱き上げると背中を思い切り叩く。
「っげほ! ごほっ、は…っ」
水溶液を吐き出し、呼吸を再開するアーチャーに安堵の溜め息が零れた。目の焦点は揺れているものの、意識はある。どうやら間に合ったようだ。よかった、とランサーの頬が緩んだ。しかし、それもつかの間、アーチャーがランサーの腕を掴み、信じられない一言を呟いた。
「――だ、れ?」
その問いかけに、息が止まる。
くらりと眩暈を起こしたようにランサーの胸元に凭れかかったアーチャーは、ぼんやりとしたままどこか遠くを見ていた。そこにランサーは映っていない。
「アー、チャー…?」
返事がない。間に合ってなどいなかった。何か取り返しのつかない事態が起きてしまった。
後悔を耐えるようにぐっと唇を噛み、アーチャーを抱き上げると地上に出る。その際、適当な布を掴んでアーチャーをぐるぐると包んだ。そうしてランサーは探索のルーンと共に走り出す。目的は遠坂凛そのもの。別れてからそう日は経っていないのだから、そこまで遠くには行っていないだろう。魔術師である彼女ならば、何が原因でこうなったのか、打開策と共に見つけてくれるはずだ。
そう縋るような思いで二日間足を止めなかった。それが叶って無事に見つけることが出来た。
滞在していたあの街から北に数マイル。獣道を遠坂凛は歩いていた。速度を上げる。
「嬢ちゃん!」
彼女が振り向いた。その目には驚愕と困惑が浮かんでおり、「ランサー?」と首を傾げている。ランサーは凛の行く先を塞ぐように立ち止まり、荒い呼吸を整えることもせず「診てくれ」とアーチャーを顎で指した。凛がアーチャーの顔を覗き込み、そして。
「なによ、これ…」
呆然と、唇を戦慄かせた。
「なによ、なんで、ランサー、あんたがついてて、なんで、こんな、」
「どうなっている」
その問いかけに、凛はくしゃりと泣きそうな顔を浮かべ。
「――自我が、溶け落ちてる」
ランサーは目を見開いた。あの魔力の混じった水溶液のせいか。あの男の魔術のせいか。ぐるぐると思考を巡らせる。その時、どん、と胸を殴られた。
「なんで、こんなことになってるの」
「嬢ちゃん」
「なんで!! アーチャーが、アーチャーばっかり!! こんな目に合わなきゃいけないの!? あの時だって!!」
「嬢ちゃん」
ランサーの呼びかけに凛がゆるゆると顔を上げる。その瞳からはぼろぼろと涙が零れており、嗚咽まで漏れていた。先日の対話の時でさえ、気丈な態度を崩さなかったのに。
凛が涙声で懇願する。
「もらっていくならちゃんと、守ってよぅ…ランサー…」
アーチャーの顔を覗き込む。
鋼の瞳は、鉄屑へと成り下がっていた。
もらっていくならちゃんと、入籍して幸せにシテあげて下さい!