流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓6
うっわ短い(愕然)わりと終わりは近いです。奴隷パロの次は何を書こうかなーネタならついったーにいろいろ吐き出してるんですが悩みどころ…。
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現在アーチャーは戸惑っていた。
ランサーの所有する家の前で凛と手を振って別れた瞬間、思い切り手を引っ張られてそのまま森の中を歩き続けているのだ。ランサーが振り返ることはない。どうしてか纏う雰囲気もピリピリしている。もしや気付かぬうちに何かしてしまったのだろうか、と思考の渦に沈みかけた時、ようやくランサーの様子が落ち着き、足を止めたかと思えば口を開いた。
「なんで嬢ちゃんとこに行かなかった」
「? おかしなことを言う」
「いや、もちろん手放す気は一切なかったんだけどよ。それでもお前が嬢ちゃんと帰るっつーならそれも仕方ねぇかって」
「私の主人は君だろう?」
何を言っているのだろう。奴隷が主人に付いていくのは当たり前だろうに。昔馴染みに出会ったからと言ってそちらに行くのは許されることではない。だから、そんな呆れたような目で見られることが、アーチャーには理解出来なかった。
「お前さぁ…いや、いいや。どうせ言っても理解しねぇ」
ランサーが再び歩き出す。手は離されていた。アーチャーは自分の手をじっと見つめ、しかし後をついていく。ふと過ぎった感情が不思議でたまらなかった。
寂しい、とは。何に対してだったのだろうか。
***
いってきます、と。
凛と別れる際に見せたアーチャーの表情が苛立ちの原因だと分かってはいても抑えられなかった。己の前では一度も見せたことのないそれを、黒髪の少女の前ではあっさり見せたことに嫉妬した。
そう、嫉妬したのだ。
あんなにも子供のように無垢で、心底満足そうに笑うことが出来るなんて知らなかったから。当然のように「行ってきます」と。帰る場所があるのだと宣言されたような気がしたから。凛が「行ってらっしゃい」と言ったから反射するように答えたのかもしれないが、それでも腹が立った。だから引っ張ってしまった。
しかし抵抗もせずにされるがまま、付いてくるとは一体どういうことなのか。疑問を口にしてみたら簡単な答えが返ってきた。
――私の主人は君だろう?
やはりな、と当然のように返されたそれに頭を抱えたくなった。長年植えつけられた認識はそうそうに覆らないということなのだろう。己を人だと思っていないのだろう。奴隷だから、と。だからそうやって他人に所有権を投げてしまえる。決定権を委ねてしまえる。
(まぁ、触れ合いを望むようになっただけいいか)
あの時掴まれた腕が、「らんさー」と頼った声が、安心して眠りについたあの顔が、浮かぶようになっただけ。今もそうだ。掴んでもいいものかと、手を伸ばしたり引っ込めたりしている気配がする。
甘え下手な子供のようだ、とランサーは振り返り、「ん。」と手を差し出した。アーチャーの瞳が揺れる。
「どうした?」
「いや、あの、その…」
うろうろと視線を彷徨わせたかと思えば俯いてしまった。何かを耐えるようにぐっと拳を握るアーチャーの、言葉の続きを待つ。手は差し出したままにしておいた。やがてこちらに顔を向けたアーチャーは恐る恐るといった様子で手を握る。それを強く握り返し、ランサーはのんびりと踏み出した。
「…君は温かいな」
ぽつりと呟かれた声。
「いつも温かい言葉をくれるから、どうしたらいいか分からないはずなのに安心してしまう」
それに思わず振り返ってしまった、ら。
アーチャーが、緩んだ瞳でうっすらと微笑んでおり、それは、そこには、遠坂凛の前で、決して出していない感情が滲んでいて、衝動的に。
「…ランサー?」
「あー…」
やっちまった、とランサーは顔を押さえた。重ねた、というより触れただけの幼いキスではあったが、素面の時にする気はなかったのだ。そういう方面に疎いだろうアーチャーに、これは拙かっただろうか、と指の間から様子を伺う。
真っ赤だった。
それはもう耳まで真っ赤だった。そのくせ感情が追い付いてこないらしく、己の変化に戸惑っているようだった。頬に触れては熱に首を傾げ、なんだこれはとこちらを見つめてくる。
「私に何かしたのか」
「するか! にしてもお前、ほんっと疎いなぁ…」
これから先が心配になる。もうすぐ到着する予定の街は娼館が多いところだと聞いているし、見目はいいのだ。褐色の肌に鍛え抜かれた体、鋼の瞳に目を惹かれない者はいないだろう。反して中身が子供より酷い。欠け落ちたままのものが多すぎる。
「…知らないやつに付いてったりすんなよ?」
「それは馬鹿にしているのか?」
「いや心配してる。警戒心ねぇし」
まぁ買い出しや散策くらいなら問題ないだろう。無知ではあるが、弱い訳ではないのだから己の身は守れるだろうし。納得のいかない顔をするアーチャーを連れてランサーは街に足を踏み入れた。
***
街を散策しながら顔の熱を確かめる。幸い元に戻っているようだった。珍しく宿を取ったものの、ランサーと共にいると落ち着かず外に出てしまった。ゆったりと唇をなぞる。あの行為は一体なんだったのだろうか。何の意味があったのだろうか。
「お兄さん、ちょっとおやすみしていかない?」
艶めかしい声をかけられ、またか、と嘆息した。どうもこの街は露の多い女性が多い上に声をかけてくる。すまない、と頭を下げれば大人しく引き下がってくれることだけが救いだろう。正直彼女たちより街の特産品を見ている方が楽しいのだが、それは流石に口に出さなかった。
ようやくざわついていた心が静まったところで建物の間から聞こえる諍いが耳に入ってきた。男の声が二つと、女の声が一つ。悲鳴にも似た女の荒げる声を聞きながら、道行く人たちはよくあることだと言わんばかりに通り過ぎていく。こういう雰囲気は、好きじゃない。
アーチャーは真っ直ぐにその場へ向かうと「やめないか」と声をかけようとして、息が詰まった。
主人が、いた。
己をあの風変わりな屋敷から攫い、何度も人殺しを訓練と称して強要し、投影と固有結界を闘技場の見世物として鍛え上げた張本人が。全てが幸福であった訳ではないけれど、それでも大切に持っていたかった記憶を奪った男が。
ひゅ、と息が漏れた。体が強張って動かない。それが拙かった。
振り返った女がアーチャーに向かって透明な液体をぶちまけた。それがアーチャーの皮膚に付着した途端吸い込まれていく。くらりと眩暈がし、足から力が抜けて膝をついてしまった。
――これでいいのかしら?
――あぁ、上出来だ。金はそこにおいてある。
――全部もらっていくわね。
――好きにすればいい。私の目的はこれだ。
何を使われたのだろう。魔術回路が正しく起動しない。投影しようにもイメージが出来ない。これでは、何も。
かつん、と靴先が視界に映り、顎を掴まれて持ち上げられる。
「私は手放す旨など全く口にしていない。ようやく見つけたぞ、アーチャー」
はく、と音にならない言葉が呼吸として零れた。抵抗しなければ。ランサーの元に帰らなければ。そう思っているのに体が動かないのは先程の液体のせいか。
「さぁ――帰ろう」
いやだ。
もどりたくない。
その言葉が声になることはなく、薄れていく意識の中でアーチャーはどぷん、と質量を伴った物体が水に沈む音を聞いた。