ここまでおいで
槍弓♀。現パロ。よしよし系の遊び人槍と猛禽系女子弓の話。べったーからの再録です。
表紙素材をお借りしました。ありがとうございます。
湯弐(yuni)様(user/3989101)
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おいなんの罰ゲームだ。顔を顰めて吐き捨てられた言葉に、これだからという呆れた顔は作れただろうか。
「なんだ、望めば抱いてくれるのだろう? ここらでは有名だぞ、甘ったるく丁寧に、まるでお姫様に対するように花を散らして持っていく――優しいな、慰め屋殿」
「あ? なんだ慰め屋? ――ってなんだ、俺のことは知ってるのか」
一転して笑う顔が思いのほか無邪気な少年のようで、溢れ出る嬉し気な気配に、驚きがたつく指先を隠す。なるほど、ここから彼の厚意は始まるのか。アーチャーは胸中でひっそり感心した。
ひっそりと暗いバーの一角。喫煙者では気づかぬ強いタバコの甘いにおいに、アーチャーの嗅覚は早々に痺れかけている。
やっていることはまるで馬鹿な男だが、その愚かしさは優しさと同義だ。貞淑な処女を捨てたい乙女。見る目の無い男に振られた女性の慰め。フラフラと揺らぐ趣向は傍目には多分に軽薄だろうが、弱みに付け込むような行いではなく、女に対する扱いだって聞いている限りは下種さもない。体よく利用を申し込むアーチャーから見ても、深く尊敬に値する。
要は、優しくて慈悲深い男なのだ。知っている。
男がそれを始める前から見てきたのだ。
ふ、と、すうっと彼の眦が細まった。
「――それで、なんでテメエが俺のことを利用する?」
予想していた問いに、アーチャーはことさら馬鹿にしたようにせせら笑った。
「なんだ、その技量、是非体験してみたいという好奇の心がそんなにおかしいか? ――安心しろ、ボランティアでとは言わんよ。駄賃代わりに大抵のことには応えてやろう。好きにガツガツ突くのがいいか? こちらから乗っての奉仕が好みか? 繊細な花びらを撫でさするだけが貴様の性癖だと、まさか思ってはおらんよ。たまには貴様も欲求を満たしたくはないか? 深く考えるなよ、クランの猛犬。ただのオナホだ。好みか知らんが、ただの穴だと思って使え」
安っぽい挑発である。なあ、慰めが欲しいんだ――どこかで見た記憶のある、できるだけ妖艶な動きを真似してすり寄る。指先はいまだ震えているが、上手く身体の後ろに回して隠した。
縋りつくことは許さない。怖がってなどいないし、赦されてもいない。
大丈夫。大丈夫――心の中で、何度も浅ましい願いを押さえつけるように言い募る。幸いなことに、相手は処女でも寡婦でも構わずに喰らう男だったから、いい年をして玩具で膜を裂く勇気すらなかった女のことも、呆れるだけで要領よく流してくれるだろうとは思う。
完璧な言い訳なんて思いつかない。誰のためにとっておいたのかは心臓が引き攣れるほどわかっているのに、泣き出しそうなみっともなさを知られたくなくとも、その一突きが出来なかった。
『何の罰ゲームだ』
――先程の言葉が頭の中をぐるぐるめぐる。
大丈夫。たった一つ頷かれさえすれば、この心臓の細動だってたちまちのうちに止めてみせる。
アーチャーは今にも逃げ出して路地裏の隅で泣き崩れたい衝動をグッと我慢した。
知っている。いかに彼が優しくたって、大多数の男のソレと同じく、己は彼の趣味ではない。
それでも、嘘でもいいから一度頷いてほしかった。
ずっと見てきた。遠くから見てきた。この男が誰かを慈しみ愛するさまを、その無防備で完璧な斜め後ろからの輪郭を、この数少ない自慢である鷹を模した目でずっとずっと、見てきたのだ。
これは、アーチャーなりの狩りでもあった。この男が流麗な騎士からただのけだものに豹変する瞬間を、その対象を――その一瞬を見届けたいと思いながら、ずっとずっと目移り一つ、瞬き一つせずに待っていた。
その瞬間を、その表情を、この眼差しひとつでたった一目狩り取れれば、アーチャーはついに狂喜の念で腹を満たして死んで行くのに。
(――明日嫁ぐよ。知らない人だ。優しいヒトではないという話だ)
タイムリミットが先に来てしまって、もう意識すらも逃げ場はない。
もう、お互いいい年なのだ。かつてお仕着せの制服を着ていた記憶が遠い。遅い、遅い、遅すぎた。
それでも、その愚かさが好きだと言ったら、ごみ屑を見るような目で、今度こそすげなく捨てられるだろうか。
「――大体、君は馬鹿で愚かで遅いんだ」
「そりゃ、テメエにだけは言われたかねぇわ」
そして優しい。穏やかに笑んで詰った台詞に、答えが返るとは思わなかった。アーチャーは幼くぱち、と瞬きをする。
ああ、――もったいない。
「いつ俺の手の届くところに来るかと手ぐすね引いて待ってたのに、いきなり懐に入ってくるなんざ予想外だ。それがオナホだと? 俺は今猛烈に後悔している。わかるかコラ」
「君は何を言っている?」
「わかんねぇか。わっかんねぇよなぁ……」
まるで睦言を繰るような声音。あーあ、と頭を抱えて溜息を吐く男に、アーチャーは慌てた。
ぐうう、と呻いて、俯いたサファイアの色が煌いて揺らぐ。
「……なあ、俺はこれから、あー、慰め屋? を止める」
「……遅いな。結婚式の前に気づいただけ褒めてやろう」
明日、定められた相手と結婚するのだと小耳に挟んだのはいつだったか。アーチャーはほう、と深い息をみぞおちから吐いた。
そうか、今日は最後の晩餐だった――ならば、できるだけ男には好みの人間を宛がわねばならない。身の程知らずに願っている場合ではなかった。
それに、――そうか。そうだった。
私が見られなかっただけで、ふさわしいものを、彼はすでに見つけていたじゃないか。
「――先の見えないボランティア活動は仕舞いにする時期だよ、クー・フーリン」
気が付いたら、ボロボロと熱い液体がこぼれていた――ああ、我慢できなかったのか。
それでもしゃくり上げない己の声が、気味悪いほどに平静だ。
乖離した心を見せたくない。踵を返そうとして、パシリと音立てて手首を取られる。流石の俊敏さだと目を瞠る間に、男はゆっくりと伏せていた顔を上げた。
内側の静脈を、そっと指先で撫でられる。
なァ。
――聞いたこともない、聞いてはいけない声を聞いた。
「……お前、結婚相手の写真を見たか?」
「さあ、後見人は見せてくれなかったな。君はどうだ」
「見てねえ。だがずっと待ってたやつだと言われた。俺の運も捨てたもんじゃねぇと思ったね」
「それは何かのフラグじゃないか?」
「おう、たった今罰ゲームじみて実感してるが、これ以上ないチャンスでもあるな」
大体、今日は世話になった奴らにあいさつするだけのつもりだったんだ。
頭がグルグル回っている。待ってたやつ――そうか。
思考と言葉が直結しない。
「あと自慢」
「自慢か」
「俺は料理上手で気遣い上手なかわいい嫁さん貰うんだってな」
「私に自慢してどうする。大体顔も見ていないのに、よくも待ち人来たれりと舞い上がれるものだ」
「そりゃ、ずっと待ってたのを俺の身内は知ってるもんよ」
「そんなにわかりやすかったのか……」
「気付いてねぇのはお前さんだけだ」
「私は今喧嘩を売られたか?」
「ばか、そんなんじゃねえよ、かわいいなって話だ」
「はあ?」
待て、と口先と乖離した頭が、空転の先に結論を出した。
なぜ、こいつは私の結婚を知っているのだろう。
だからな。男の唇が弧を描いた。
「『俺が誰かに笑いかけるのが何より好きで何より嫌いなかわいいやつ』を待ってたんだよ。――お? よしよし泣き止んだな、エミヤ。そんでフライングだけど、末永くよろしくな、俺の嫁さん」
俺は抱けるなら何でもいいけど、初夜はロマンチックに覚えてもらえる方がいいなァ。優しくするか? 激しくするか? お望みのままだぜ。今なら何でも聞いてやる。
「まあ最終的には抱きつぶすけど」
明日が楽しみでたまんねぇな。
ぞ、っとアーチャーは背筋を走った冷たさを追った。
慰めとは冗談にだって思うなと言う、目の前にあるのはけだものの笑み。