流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓5
なんかタイトル詐欺みたいな気がしてきました。あとどんどん短くなっていくような…長文って苦手で…。でも書きたいとこは書けてるので満足です。
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黒髪の少女から目を離せない。
りん――そう、遠坂凛だ。私がまだ、ここに来る前、家族同然の付き合いをしていた大切な少女。弟と姉と、凛と凛の妹と、キリツグと。食卓を囲んで、当たり前の幸せを送っていた日常が、私には、ある。確かに、あったはずだ。
それが容赦なく壊された遠い東国から攫われたあの日、泣いていたうちの一人。泣きながら、私を連れて行く男を睨みながら「絶対取り返しに行くんだから」と言った、ただ一人。
なぜ忘れていたのだろう。どうして忘れてしまっていたのだろう。大切な少女だった。守ると決めた少女だった。強くて、輝いていて、けれど、何があっても決して弱味を見せないからこそ、守りたかった少女だった彼女のことを。
――壊れる前に隠してしまおうか。
確か、初めて人を殺したあの日に、刻印に何か、入れられたような気がする。それから何か思い出しそうになる度に、同じように何かを入れられて。
「み、つけた――」
記憶の奔流を、どうにか押さえつけようとしていたその時、彼女の綺麗な手が伸びる。私へと伸ばされる。駄目だ、触れてはいけない。人殺しになど、己が生きたいがために他者を殺し続けた男など、触ってはいけない。
アーチャーは後ずさる。逃げるように少女の手を避けようとして、あっけなく――捕まった。
「ぁ、」
二度と離すものかと言わんばかりに腕を掴んだ少女の手を視認した瞬間、呼吸がおかしくなる。ひゅっと風を切るような吸い込み、肺の中の空気を全て絞り出すような吐き出しを繰り返し始めた。まるで穴が空いてしまったかのように空気が漏れていくような感覚が襲い来る。いくら整えようとしても一向に直ってくれない己の口を片手で押さえ、力が抜けていく膝をどうにか支えようとしていた時、背後から視界を奪われた。
「悪ぃな嬢ちゃん。こいつは“アーチャー”だ」
そのままぐいっと引き寄せられ、アーチャーは体を反転させるとランサーの首筋に顔を埋める。
未だ呼吸はままならなず、頭の中はぐちゃぐちゃに掻き回されてまともに考えることも出来ない。けれど、安心する。あの闘技場から己を連れ出したランサーの、新しい主人である彼の声は。粗雑な物言いをするくせに全てを受け入れてくれるような温かさがあり、拠り所にしてもいいのだと言われているようで。
ぷつん、と強張った糸が切れるように、アーチャーはランサーに寄りかかったまま意識を飛ばし、眠りについた。ランサーがアーチャーの膝裏に腕を通し、苦も無くひょいっと抱え上げる。そうして凛に近付くとゆるりと笑みを浮かべ。
「話をしようぜ。こいつの、これからの話を」
「…いいわ。行きましょう」
ランサーを先導するように凛が歩き出した。その後ろを付いていきながらランサーはアーチャーの顔を覗き見る。酷く苦しそうな顔をしていた。
***
ランサーの所有する家が近くにあったため、三人はそこに腰を落ち着けた。ベッドにアーチャーを寝かせ、その傍にランサーが座り、椅子を借りた凛が向かい合う。先に沈黙を破ったのは凛だった。
「こいつはアーチャーだって、言ったわよね」
「そう名乗ったからな」
「…捨てちゃったんだ」
寂しげに呟いた彼女に対し、ランサーは「それは違うな」と返した。首を傾げた凛は無言で続きを催促する。
「消してはあるが、アーチャーには服従と隠蔽のルーンが刻んであった。記憶にも作用してたんだろ。嬢ちゃん見て狼狽えてたのがいい証拠だ」
ぎりっと歯を鳴らす。ぐっと拳を握る。そうして凛は怒りを抑えた。尊厳を奪う服従と、存在意義を失う記憶の隠蔽。それを、家族同然の彼にかけた人間を許さないと誓いつつ、凛はランサーを真っ直ぐ見る。
「■■■はアーチャーになった。それはもういい。受け入れる。じゃあ、アーチャーと貴方の関係性は?」
「主人と奴隷」
凛の腰が浮く。
「――っていう認識なんだろうな、こいつは」
ランサーは苦笑すると酷く優しい手つきで髪を梳く。その言動に凛は椅子へ座り直すとむっすりとした表情を浮かべ、足を組んだ。
「違うのね」
「当たり前だ。オレはこいつがあんな場所にいるのが我慢ならなかった。だから買った。だから連れ出した」
来いと言ったあの瞬間、瞳に映った諦観と絶望の色を忘れない。
君も望むのか、という問いかけを忘れない。
私でいいのか、という自己評価を忘れない。
甘やかし過ぎだ、と。柔らかで穏やかな、無意識に溢れたあの笑みを、たった一度だけのものにしてやらない。
「嬢ちゃん、オレはこいつが欲しい。奴隷としてのアーチャーではなく、全てのしがらみから解放された、自由なアーチャーが欲しい」
だから。
「返す気は一切ない」
場が静まり返る。互いに目を逸らすなどという愚行はおかさない。アーチャーを譲る気がないのはどちらも同じだ。だから、次に発する言葉を探している。的確に相手を射抜く言葉はないか、と、思考を巡らせていたその時。
かふっ、と。アーチャーが咳き込んだ。
***
両親のことは知らない。物心つく頃には切嗣とイリヤがいた。風変わりな屋敷でただ穏やかに日々を過ごした。そして数年が経ち、弟、士郎が増えた。これが心底、嫌気がさすくらい似ていた。ドッペルゲンガーというやつかな、と切嗣は笑っていた。毎日喧嘩した。
そうして更に数年後、切嗣が死んだ。
士郎だけが静かに泣いた。イリヤは困ったように笑い、私は深く息を吐いた。三人の生活が始まった。
そこから何年が経っただろう。凛と、凛の妹、桜が増えた。増えた、というより新しいご近所が来た、という感覚だった。喧嘩をする凛とイリヤを仲裁するのが私の仕事だった。賑やかで楽しかった。確かに、幸せだった。
しかしそれは突然終わりを迎える。
見知らぬ黒服の男たちが屋敷を襲撃した。幸か不幸か、全員が魔術を使えたので抵抗した。けれど抵抗しきれなかった。一番幼かった桜が捕まった。だから身を差し出した。私一人で済んだのは僥倖と言えるだろう。しかし全員の涙がどうにも頭にこびりついて離れなかった。
そこからはまさに地獄としか言いようがない。
何度も死にかけた。何度も投影をした。何度も固有結界を展開した。そうして人を殺した。涙は早々に枯れ果てた。許される人間ではなくなったのだと自覚したのは、同じように連れて来られた少女を殺した時だったろうか。その少女は凛に似ていた気がする。その日から徐々に記憶を奪われていった。
こんな魔術など、こんな才能など――いらなかったのに。
人殺しの道具を望む人間が余りにも多く、限界を越えて鍛え上げられていった。服従を強いられた。それでも死にたくなかった。生きていたかった。そんな浅ましい己が憎らしかった。
なのに、君はどうして私を受け入れようとするのか。
「かふっ、」
息がしにくい。まるで溺れているかのようだ。ひゅうっと壊れた呼吸が漏れる。焦点の合わない視界の中、ランサーを見つけた。あの鮮烈な男を間違えるはずがない。それに手を伸ばす。腕を掴んだ。安心する。ランサーの温度は心地いい。
「らん、さー」
「待ってやるから焦んな」
頬を撫でられる。ゆるゆると意識が再び落ちていく。
「お前のペースでいい」
どうして君は、いつも私の欲しい言葉をくれるのだろう。
***
ランサーの腕を掴んだまま、再び眠りについたアーチャーを見て凛は大きな溜め息を吐いた。ずるい。そんなアーチャーを見せられてしまっては取り返せないと分かってしまう。
「…ランサー、だっけ。ねぇ、約束してよ――アーチャーから離れないって」
彼は守られるほど弱くない。あの城で見た技量は確かなものだし、精神もそうそう崩れたりなどしないことは昔からよく知っている。けれど、時々、怖くなる。真っ直ぐで、揺らぐことのない、危うさすら感じさせるその意思が。だから、離れないでほしい。彼の手を掴んで、連れていってあげてほしい。
そんな願いを込めて、凛は約束を乞うた。その願いをランサーは受け入れる。凛の手を取り、額を彼女の手の甲につけた。
「必ず約束しよう」
ランサーの意思を聞き、凛は悔しそうに、けれど、どこか安心したように「頼んだからね」と笑った。
そうしてアーチャーは、隠されていた記憶を呑み込み、ままならない呼吸の息苦しさに耐え、深い眠りを繰り返して三日後。
「もう、大丈夫だ」
ゆるりと淡い笑みを浮かべ、「行こう」とランサーの手を取った。