三田市の障害者施設の入所者左目眼球破裂傷害事件で判決
昨年の9月、三田市の障害者施設(入居者約50名)の職員(男性・22歳)が入居者(男性・21歳)に膝蹴りをし、左目の眼球を破裂させ、失明させたとして、傷害の罪に問われた裁判で、神戸地裁は2月10日、拘禁刑3年、執行猶予5年(求刑・拘禁刑4年)の判決を言い渡しました。
この事件は、昨年、noteに記載しましたが、地裁の判決が出ました。
この毎日新聞の木山友里亜記者の署名記事がこの裁判および事件の概要を伝えてくれています。
事件は25年9月1日午前5時半ごろ、夜勤中に起きました。
夜勤に入っていた被告はオムツ交換のため被害者の部屋に入りましたが、被害者が大声で泣き出しました。被告は「朝から泣きやがってと思った」と証言しています。
仰向けの被害者の左目付近に右膝を打ち付け、左眼球を破裂させ失明させました。
被害者は「嫌」など短い単語は話せるものの、障害で自由な動きや会話が難しく、以前から被告の世話を嫌がることもあり、被告はいら立ちを覚えていたといいます。
公判で被告は、泣き出したことで「自分を拒絶されたと思った」と証言し、さらに上司との関係に悩み周囲に相談できずストレスをためていたとも述べたと言います。
判決で裁判官は「被害者に特に落ち度は見当たらず、短絡的な動機に酌量の余地はない」としています。
この木山さんの記事では、福祉施設の夜勤の問題に焦点が当てられて、専門家の意見を紹介してくれています。
元厚労省虐待防止専門官で日本社会事業大学の曽根直樹客員教授(障害者福祉)は、施設の職員らによる虐待事件の多くが、夜勤のある障害者福祉施設で発生していると指摘する。「夜勤中は、昼間より少ない人数で介護する場合が多く、眠気も相まって気持ちに余裕がなくなりやすい」。
曽根先生の言う通り、夜勤は確かに眠くなるし、職員も少ないです。ですが、そういった生理的や外面的なことよりも、自我の成り立ちに関わる精神分析的な事態の方が、より大きなきっかけになっているように感じます。
【夜勤時の双数性】
夜勤中はルール(象徴秩序)が緩みやすく、一対一の関係、フランス語で決闘と同じ意味を持つ双数性(鏡像関係)に由来する「食うか食われるか」という関係になりやすいのです。
ジャック・ラカンの言う「鏡像段階」は、幼児が自分の姿を認識するプロセスであり、幼児は鏡に映った姿に自己を見いだします。つまり、それは鏡という他者の中に自分を発見することです。そしてそこには、「他者(鏡像)が自分を侵食する」という攻撃性が同時に存在するのです。
介護する人が介護される人を「自分の延長=鏡像」(想像界)と捉えると、思い通りにならない行動(不穏や拒否、頻繁な訴え)が、まるで自分自身が自分に反抗しているような、耐えがたい侵入として感じられることがあります。
こうしたことから、加害者が「自分を拒絶された」と感じた切羽詰まった思いも理解できるかもしれません。自分を拒絶されてショックを受けるのは、普通は恋人などに対してですよね。
加害者にとって被害者は恋人ではないけれど、自分の鏡像、つまり鏡に映る自分であり、そのうえ彼の泣き声が双数性(決闘)を引き起こしてしまったのではないでしょうか。
こうした想像界的な関係性では、相手をねじ伏せることでしか自分のまとまりを保てないという、とても攻撃的な力が働いてしまうのです。
閉鎖的な夜勤の状況で起こる虐待は、単に「個人の資質」の問題ではなく、「第三者がいない」ことで双数性・二者関係が暴走する現象として捉えることができます。
以下のnoteの「(3)夜勤時の双数性と虐待」参照
【虐待防止対策は高度信頼性組織】
さらに、曽根客員教授は虐待防止について次のように指摘しています。
「職員同士が円滑なコミュニケーションをはかり、お互いを支え合う職場環境を整え、風通しの良い組織風土をつくることが通報のしやすさや虐待防止につながる」
毎日新聞
これは、もっともな見解だと思います。
職員同士の円滑なコミュニケーションで風通しの良い組織風土が虐待防止につながるということだと思います。
やはり、事故や虐待などのヒヤリハットに学べる高度信頼性組織にすることが虐待防止つながるということだと思います。
そして、職員同士のコミュニケーションの質も大切だと思います。
高度信頼性組織については以下のnoteをご参照ください。
虐待事件を一つひとつ丁寧に分析していくことが大切だと思います。その意味で、この木山記者の記事は有用なものだと思います。



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