流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓4
やっと続き…すっごい難産でした。でもでも書きたいシーンに繋げられたので満足です。タグ、ブクマ、評価、ありがとうございます! 読んでくれる人がいっぱいいるので頑張ります!
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ここ最近、毎日のように夢を見る。
日に日に転がっている死体の数が増え、荒野が血に呑み込まれていく夢だ。もう膝まで血に浸かっている。これは罪の証拠なのだろう。今まで生きたいがために、殺してきた罪の。己の固有結界に似た場所で、ただ独り、立ち尽くした。膝をつくことは許されない。許されてはいけない。
前だけを見る。荒野の果て。そこには相変わらず影がいる。最初は一つしかなかったそれが、ぽつり、ぽつりと増え、今では五つほど。あれは何だ。食卓を囲む団欒風景は何なんだ。まるで幸福を描いたようなあれは。知らない。知らない。なぜ、あんなものがここに、こんな場所に――。
「アーチャー?」
ぼんやりと目を覚ますと座り込んだランサーが目と鼻の先程の距離で顔を覗き込んでいた。どうやら己は目的地に向かう途中、大木に寄りかかったまま眠っていたらしい。くしゃりと頭を掻き混ぜられる。
「山越えは流石に疲れたか?」
「あれを山越えと呼ぶのか…君は…」
探索のルーンを走らせつつ、邪魔と判断した障害物を深紅の魔槍で薙ぎ払い、切り倒し、平地と変わらない足取りで進んだあれを。
付いていくだけで相当な体力を削られた。やはりこの男はおかしいのだなと結論付けられたが。アーチャーの隣にランサーが座る。何も話さない、その静寂が心地よかった。目を瞑り、先程見た夢を思い出す。
死体と、荒野と、血の海と。手の届かない場所に見える団欒と。重ねた罪と、憧憬のようなそれ。
ふと、考えてしまう。己は本当に、あれを、知らないのだろうか。
あの闘技場にいたのはいつからだったろう。十を超える頃にはもういた気がする。だが、その前は? 己はどこで生まれ、どのように育ち、あそこで生きてきた? そこが全くの空白、というか、靄がかかったように思い出せない。
――■■■■■■■■!
どこかにあった風変わりな屋敷で、誰かが叫ぶように名を呼んで、泣きそうな顔で手を伸ばして――。
「なぁ、アーチャー。次の依頼なんだけどよ」
ランサーの声に意識を引き戻される。依頼、という言葉に、ミスをする訳にはいかないと気を引き締め、耳を傾けた。
「あそこに城があんの見えるか?」
ランサーが南東の方角を指差した。視線をそちらに向ければ数百メートル先、開けた大地に城壁とそれらをぐるりと取り囲む無数の兵士が見える。アーチャーはランサーの問いに頷く。
「よし。じゃあアレを攻め落とすぞ」
「どうやって?」
「オレのゲイボルクで門ぶっ壊して皆殺し。そんくらい分かるだろ?」
ひゅっと息を呑む。
皆殺し、という言葉にアーチャーの顔が苦しげに歪んだ。ぎゅっと拳を作り、耐えるように頷こうとした際に額を小突かれた。ランサーは太腿に頬杖をつきながら呆れたようにアーチャーを見ている。
「耐えるなっつってんだろ。おら、言え」
「…やりたく、ない」
ランサーの顔を直視出来ずにそっぽを向いたまま、消え入るような声でアーチャーは言った。
人殺しは嫌だ、したくない、と。
我が儘だということは分かっている。仕事は仕事なのだから割り切らなくてはいけないことも。けれど、どうしても、殺さずに済ませられないのかと、考えてしまう。死体を見るのも、積み上げるのも、心底嫌気がさしているのだ。
顔を上げることなく俯いたままのアーチャーに対し、ランサーは「そうか」と呟くと、あっさりと言い放つ。
「ならオレが殺す。それも嫌だっつーならオレが殺すやつをお前が守ればいい。ま、譲歩出来んのはそこまでだな」
その言葉に弾かれたように顔を上げたアーチャーの顔には戸惑いがありありと浮かんでおり、ランサーは苦笑する。
「いいのか、本当に、」
「お前は嫌なんだろ? なら仕方ねぇわな」
「…まったく、」
アーチャーが、ゆるりと微笑んだ。柔らかく、穏やかなそれは、無意識のうちに溢れた笑みだったのだろう。
「君は、私を甘やかしすぎだ」
それだ。そういう顔が見たかった。
ようやくアーチャーの内側が垣間見えた気がする。長い間、刻印に縛り付けられ、服従を強いられ、あの狭い世界で生きてきたアーチャーが、ようやく、外に一歩踏み出した。そのために解放を、自由を、こいつに与えたかった。ランサーは緩む口許を隠すことなく、衝動的にアーチャーの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「間違っちゃいねぇから存分に甘やかされろ」
「私を駄目にする気か」
「おう。オレ無しじゃ生きられなくしてやる」
絶句するアーチャーを見て、ランサーは何か変なことを言っただろうか、と首を傾げた。
***
重厚な石材で出来た城壁と、堅牢な作りの門で守られたこの城を突破出来るものなどいまい、と内側にいる兵士は信じていた。つい先ほど、青い獣のような男が侵入してくるまでは。
男は堂々と正面からやってきた。言葉通りの意味である。手にしていた紅い槍で、どうやったのかは知らないが門を粉々に破壊し、好戦的な笑みを浮かべたかと思えば、瞬く間に内部を駆け抜けた。その際、刎ねられた同士の数は十を超えている。今も応戦しようとして心臓を抉り取られた者が続出している始末。
なんなんだ、こいつは。
到底人とは思えないそのスピードを目で追うことは出来ず、また、ろくに抵抗することも出来ない。己はここで死ぬのだろうと嫌でも理解した。理解して、諦めた。構えた武器を下ろし、せめて、楽に死なせてくれと兜を脱いで首を晒した。赤い閃光が薄らと視界に入り、ぐっと拳を握ったその時のこと。劈くような金属音が響き、男が砂埃を上げて後ずさった。何が起きたのかと、そろそろと目を開けて周囲を確認すれば、地面に突き刺さった一本の矢が。
「っは、野郎…!」
言葉とは裏腹に、男は楽しげな笑みを浮かべていた。直後、飛来する無数の矢。それらが全部男に降り注ぐ。一体、何が起こっているのか。周囲をぐるりと見回せば、目を凝らしてようやく視認出来るような距離に弓を構えた褐色の男がいた。どうやらあの男に己は助けられたらしい。
「容赦ねぇよなぁ。アンタもそう思うだろう?」
いつの間にか背後に立っていた男が肩をぽん、と叩きながら言った。突然、親しい間柄のように話しかけられて戸惑っていたら、男はもう殺す気もないと言わんばかりに一瞬で去ってしまった。
膝が震え、その場に崩れ落ちる。助かったのか。己は、あの男にとって取るに足らない、その辺に転がっている石ころのように何の価値もないと、そう判断されて、助かってしまったのか。余りの情けなさに立ち上がる気力もない。同士の悲鳴と、肉を裂く音が絶えないというのに。
「大丈夫か?」
先程の褐色の男が心配そうに声をかけてきた。あの距離をどうやって移動してきたのだろう。青い男とこの褐色の男の関係性はなんなのだろう。疑問は絶えなかった。
「早くここから離れろ。命が惜しいのなら」
その懇願にも似た言葉に、何故だか、何が何でも生きなければと思ってしまった。褐色の男が今にも泣き出しそうな顔をしていたからかもしれない。衝動的に門の外へと走った。家族に会いたかった。
「…それでいい」
訳が分からない。褐色の男の言葉も、青い男の行動原理も。
***
取りこぼした。守りきれなかった。まだ一人しか、逃がしてやれていない。
己の無力さに、ランサーとの技量の差に、こみ上げてくる何かを唇を噛んで耐える。そして震える呼吸を整え、ランサーの振るう魔槍へ矢を放つ。そうして刈り取られるはずの命をいくつか救った。
頭が痛い。この程度の連続投影で耐えられない体ではないはずなのに、骨が割れるような痛みが止まない。視界に情景が重なる。温かい食卓の様子が映る。幻にしろ、夢にしろ、こんなもの、己には“勿体ない”。
弓を消して双剣を投影し、ランサーの元へ向かう。魔槍がこの場には不釣り合いな黒髪の少女に向かって振り下ろされる寸前、双剣を投擲してその刃を防ぎ、少女の前に立った。
「ひでぇツラしてんな。まだ半分も殺してねぇだろ?」
「…うるさい。君が、」
「――■■■?」
名を、呼ばれた。
捨てたはずの、捨てさせられたはずの名を、どうしてこの少女は、知っている。なぜ、形容出来ない感情が腹からせり上がってくる。
アーチャーは恐る恐る、少女の顔を見ようと振り向く。その端正な顔を視認した途端、脳内で枷のようなものが弾け飛ぶような錯覚を起こす。
「なぜここにいる――りん。」
からん、と双剣が地に落ちた。