流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓3
第一部、完! みたいな流れになりました。割と考えなしに書いてるので辻褄合わせが大変です…でもそういうのも楽しいのでほんと槍弓ハマってよかったなーって。
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足元に死体が転がっている。肩から脇腹にかけて袈裟懸けに斬られていたり、眉間を弓で射られていたり、心臓に剣を突き立てられていたり、一つとして同じ死に方をしている者はいなかった。その中を歩きながら進む。どれもこれも見覚えがあった。しかしどこで見たのかは思い出せない。
血溜まりを踏む。足に跳ねた。拭うことなく、ただ、前だけを見る。誰もいないはずの荒野の果てに、影が見える。手を伸ばしても届かない、それに酷く安堵し、同時に胸が締め付けられるように痛んだ。これは一体、なんだろうか。哀愁、いや、慕情、だろうか。分からない。
この叫びたくなるような、逃げたくなるような、そんな――。
「起きろ、アーチャー」
意識が揺り起こされる。目の前に広がる青が眩しくて目を細める。新しい主人の深紅の瞳がこちらを見ていた。するりと滑るように頬を撫でられ、そのまま額に手を乗せられる。触れる人肌が心地よくてそっと瞼を下ろした。
「熱は出てねぇな…まだ寝たいか?」
「いや…」
いい、と体を起こそうとした時、じゃらっと金属同士のぶつかる音がした。自分の足下を覗けば、久し振りに見る足枷があった。そういえばしばらく外されることもなかったな、とぼんやり眺めていたら、ランサがそれに触れる。
「なーこれぶっ壊そうと思うんだけどいいか?」
「こっ、正気か!?」
にぱっと人懐っこい笑顔を浮かべたまま何を言っているのだろう。
思えばこの男の行動は分からないことばかりだ。闘技場で飛び入り参加する、というだけでも酔狂だというのに、こんな戦うことしか出来ないモノを買い、寝床と薬を与え、選択肢を寄越すばかりか、支配するための刻印を消すなど。挙句の果てに足枷を壊すだなんて狂っているとしか思えない。こんな人間、おかしい。
「こんなん邪魔にしかなんねーだろ。なんだ、付けてる方が安心すんのか?」
「いや、そういう訳ではないのだが…」
「だが?」
そうやってこちらの言葉を待つところも困る。なんと答えれば機嫌を損ねずに済むか、見当もつかないというのに。
アーチャーはランサーと足枷を交互に見やり、はく、と口を開閉する。その言うか言わないか迷っているような素振りを眺めながらランサーはただ静かに待った。やがてアーチャーは観念したらしく、俯きながらも言う。
「なんというか、その…いいのだろうか、と」
ぎゅっと毛布を掴み、素直に思っていることを伝える。
いいのだろうか。こんな穏やかな場所にいて。自由な意思を持っていて。いつかは手放さなくてはいけない時間でしかないだろうに、後悔する時が来るかもしれないのに。重荷になっても、いいのだろうか、と。
ランサーはそれらを全て聞くと大きな溜め息を吐き出し、額を押さえながら天を仰いだ。アーチャーの肩が跳ねる。
「なんで貰えるモンは貰っておくっつーのが出来ねぇんだかなぁ…あー、別に怒っちゃいねぇよ」
「そ、そうか」
「そうそう。呆れてるだけだこの馬鹿」
「…ん?」
ほっとしたのもつかの間。呆れている、とは一体どういうことだ、と首を傾げてランサーを見れば頭を叩かれた。地味に痛い。
「いいに決まってんだろうがたわけ。そもそも迷う時点でおかしいことに気付け」
「おかしい?」
「だからなんでそんな不思議そうな顔すんのお前…あーもういい壊す。決めた。壊す」
空間が歪み、ランサーの手に深紅の魔槍が現れる。それを一度横薙ぎに振るうとアーチャーの足枷の鎖に向かって思い切り突き立てて壊し、続け様に枷も破壊した。がしゃん、と砕け散る音が響く。
「やっぱこうなってるよなぁ…まぁ、これくらいなら…」
「…おい、待て、待ってくれランサー!」
露わになった足首を掴み、擦れて赤黒く変色した皮膚を眺めるランサーに嫌な予感がして慌てて制止の声をかけたものの、もがいて蹴り上げでもしたら、と動けなかったのが拙かった。
べろり。
「っひ、」
唾液に混じった魔力が沁みる。
「舐めときゃ治るだろ?」
「そういう問題ではない…!」
別に放っておいても問題ない程度のものだというのに薬を使うどころか(いや無駄遣いになるからそれもやめてほしいのだが)舐める、など、信じられない。
「うるせぇ。動くな」
「っ、」
その言葉に身動きが取れなくなる。せめてもの抵抗に目を瞑り、頭から毛布を被る。それがいけなかった。
足首をぬるりと伝う舌の感覚と、ぴちゃ、と塗りたくられる唾液の水音が響く。ランサーの魔力が沁み込んでいき、足元からじんわりと体が痺れていく。
やめろと言っても聞いてくれないのだから耐えるしかないのだろう。早く終わってくれと唇を噛んで耐えていると、音が止んだ。そろそろと毛布から頭を出す。
紅の瞳がこちらをちらりと見、そして、足首にそっと――口付けた。
その光景にカッと顔が熱くなる。
なんなんだ、これは。
刻印はない。ランサーが消した。では、なぜ顔が熱いのか。分からない。逃げ出してしまいたい。それは、叶わない。主人に逆らってはいけないのだから。
ランサーがくつくつと笑っている。とても楽しそうだ。こちらはランサーのせいで訳の分からない現象に混乱しているというのに。
「悪かったって。そんな睨むなよ」
「…君がおかしなことをするからだ」
「癒してやっただけだろう?」
「もっと他にも方法はあっただろう…!?」
さぁ? と肩を竦めてとぼけるランサーには何を言っても無駄だと判断し、アーチャーは毛布を頭から被って丸まってしまった。その拗ねた子供のような反応にランサーは噴き出し、毛布の上から頭をぽんぽんと撫でて宥めようとする。
「とりあえず、街を出る前に買い物済ませるからな。お前も来い」
「なぜ?」
「そりゃあ見せてやりてぇからだよ。楽しく賑わう街並みなんざ知らねぇだろ?」
「それは、そうだが」
闘技場の外にある世界など知らない。いや、知る必要などなかった。どんなものなのだろう。興味はある。
「だからほら、一緒に行くぞ」
その言い方は、ずるい。
アーチャーはもぞもぞと毛布から出てくると、差し伸べられた手を握り、ベッドから下りたのだが。
ぺたっとへたり込んでしまい、立つことが出来なかった。
ぐっと足に力を入れる。痺れたように動かない。それも膝から下、特に足首――。
「…ランサー」
「あー…馴染んでからにすっか」
アーチャーは不貞腐れたように溜め息を吐いた。
***
アーチャーの手を引き、ゆっくりと歩きつつ視線の行先と興味を示すものを注意深く観察し、道の両脇に並ぶ露店を見て回る。
装飾品には一切目をくれなかった。衣服は機能性重視。娯楽品に関してはさっぱり理解が出来ないらしい。唯一足が止まりそうになるのは飲食物だけ。旅支度は終わったし、どこに行くかね、と考えながら気ままに歩いていると見知った主人の店を見つけた。
「よぉ、また来たぜ」
主人はぱちくりと瞬きをし、ランサーとアーチャーを交互に見やるとふ、と笑って「いらっしゃい」と出迎えてくれた。それに対し、ランサーもにかっと笑う。
以前と同じように果実を売っているようだ。どれにするかうろうろと手を彷徨わせていると、横からアーチャーがすっと手を伸ばし、一つ手渡してきた。
「これにするといい。一番甘いだろう」
「分かんのか?」
こくりと頷く。その言葉を信じ、少しばかり高くなった提示されている金額を渡す。一口噛り付くと果汁が溢れ、蜜のような甘みが広がっていく。確かに、これが一番だろう。
「よく分かったな。こういう判別もあそこでしてたのか?」
「いや、全く」
だから、つい反射のように手を伸ばしてしまったこと、このことに対し、どこか懐かしさを感じていることが、よく分からない。
「…君といると、分からないことばかりだ」
「ならこれから知っていきゃいい」
間髪入れずにそう返された。
「もう枷はねぇんだからよ、好きなことして生きてきゃいいだろ。世の中楽しいことばっかりだぞ? 満喫しろって」
どうやら食べ終わったらしい。主人に手を振ってランサーが再び歩き始めた。アーチャーは手を引かれるままに付いていく。
「つー訳で、これから食べ物はお前に選んでもらう。やっぱ美味いモン食いたいし」
「了解した」
「料理も出来ると文句なしだな」
「努力しよう」
ランサーが喜ぶのなら、手を尽くしてみよう。決して不器用な質ではないし、早くものにしよう。間違いなく幸せそうに食べるだろう。きっと、あの人たちと同じように――。
「ん…?」
あの人たち、とは、誰のことだ。
「アーチャー?」
「あ、あぁ、すまない。考え事をしていた」
足が止まったアーチャーを不審に思い、ランサーが振り返る。その深紅の瞳とかち合った瞬間、浮かんだ疑問が消えてしまった。
憶えていられないのなら、それはきっと大したことではない。ゆるゆると頭を振り、行こう、と掴まれている手を握り返す。
―――■■■■■■■!
名前も顔も知らない誰かが、私を呼んでいる気がした。