流れ者の傭兵槍×闘技場の戦闘奴隷弓2
評価、ブクマ、タグ、ありがとうございます! とっても嬉しいです! えへへー奴隷弓好きな人がいっぱいいて幸せ(*´∀`*)なので私にもくださいお願いします(切実)
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あの男に担がれている間に意識が飛んでいたらしい。いつの間にか己は見知らぬ部屋の一室でベッドに寝かされていた。しかも手当をした上で、だ。
魔槍を打ち付けられた脇腹には何やら薬が塗られているし、左腕は添え木を当て、包帯が巻かれている。更には全身の擦り傷、切り傷にまで薬と布が。まさに至れり尽くせりだった。ゆっくりと体を起こし、ベッドから下りる。固有結界を使ったせいか体中が軋み、頭痛が止まないものの動けないほどではない。一歩、また一歩と足を踏み出しながら扉に手をかけようとしたら――空色の髪の男が先に扉を開けた。
「どこ行くんだよ」
どうやらこの新しい主人は今機嫌が悪いらしい。眉間に深く刻まれた皺がいい証拠だ。これ以上機嫌を損ねることのないように膝をつき、頭を垂れる。
「いつまでも主の部屋にいるのは無礼かと」
「なんだそりゃ」
心底呆れたと言わんばかりの声だった。男がその場にしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。その行動にぎょっとして身を引こうとすると容赦のない力で顎を掴まれた。逃げられない。何か拙いことを言ってしまったのだろうか。殴られるのだろうか。それなりに、いや、少しばかり傷んだ体だ。あまり手荒く扱われたくはないのだが、と。そんなことをつらつらと考えていたところ、大きな溜め息が吐かれた。
「ったく、怪我人は休んでろっての」
「…? 怪我人?」
「お前だよお前。なんで疑問形なんだ馬鹿」
ひょいっと首根っこを掴まれ、ベッドに投げて戻された。意味が分からない。体を起こそうとしたら額を小突かれた。更に意味が分からない。
「主、」
「その呼び方もやめろ。ランサーでいい」
「ですが、」
「敬語も禁止。んで、休め。いいか、これは命令だ」
うなじの刻印が熱を帯びる。そう言われてしまっては何も逆らえなかった。大人しく体の力を抜き、傍に備え付けられた窓から空を眺める。雲一つない、澄み切った青空だった。闘技場にいた時は砂埃が混じっているか、あの赤銅色の空かしか見れなかった。いつぶりにこんな綺麗なものを見ただろう。
「ランサー、といったな」
「おう。なんだ」
「君は何がしたいんだ」
こんなモノに大枚を叩き、更には薬の無駄遣いまでして、何がしたい、何をさせたいんだ。
ランサーは「そうだなぁ」と頭をがしがしと掻き、考えるような素振りをしながらベッドに腰掛ける。そうしてアーチャーの頬を撫でた。
「――どうされたい?」
空色の髪が視界を狭める。
紅の瞳に射抜かれる。
「オレはとりあえず、あそこからお前を連れ出したかった。ただそんだけだ。そっから先はなーんも考えてねぇの。だからアーチャー、お前はどうされたい?」
どう、と言われても。
「わ、から、ない…」
毎日毎日、あそこで戦って、殺して、生きるために、他者を犠牲にした。それが当然で、当たり前で、日常だった。ヒトではなく、機械として過ごしていれば助かると、浅ましくも縋りついた。
それを今更捨てて生きられるなどと、考えようとしたことすらない。
「そんなこと、わからないんだ」
そう伝えるとランサーはしょうがねぇなぁ、と苦笑しながらアーチャーの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、ピッと人差し指を立てた。
「んじゃ、こうしよう。オレはまぁ、色んなとこふらふらしながら傭兵やってんだけどよ、ここみてーに買っといて放置してる家も結構あるんだわ。だから二択だ、アーチャー。ここに残ってこの家の管理をするか、オレと一緒に行くか」
選択肢を与えられ、アーチャーは混乱した。目を見開き、うろうろと宙を彷徨い、ぐっと唇を噛む。ランサーはその様子を見て哀れんだ。命令がなければ休むことも考えることも出来ないこの男が、悲しい生き物にしか見えなくて助けてやりたくなった。
両頬に手を添え、こつりと額同士を合わせる。
「もしも、オレと共に来るのなら。背中はお前に預けよう」
有無を言わさず連れていってしまいたいところではあるのだが、それでは命令と受け取られかねない。己はアーチャーに選ばせたいのだ。それで残りたいというのなら(とんでもなく惜しいが)これの意思を尊重するだろう。
「どうする?」
弱々しく腕を掴まれた。そのままアーチャーが震える声で問う。
「いいのか、私で」
何を馬鹿なことを。
「お前がいいんだ、アーチャー」
とんだ好き物がいたものだ、とアーチャーは思った。そんなイカれた男に出会ってしまったから、こんなにも胸が痛むのだろう。目頭が熱い、ということは何かしらの命令が働き、刻印が疼いているのだろう。大丈夫だ、体の制御が利かないのは今に始まったことではない。一息吐き、アーチャーは言う。
「私は、君と共に行く」
「ん、りょーかい。楽しくやろうぜ」
ランサーは満足そうに笑った。
***
ともあれ、だ。
ランサーはアーチャーを俯せにさせると、うなじに彫られた刻印をつぅっとなぞり、ううーんと唸る。多分、これはルーンで編まれているのだろう。そこまでは分かるのだが。
「どうすっかなぁ」
重ねに重ねられた服従と隠蔽のルーン。ひとつひとつ解除していくのも手なのだが…ぶっちゃけ面倒くさいというのが本音である。
「何をするつもりなんだ?」
「いやほら、こんなモンいらねーから消そうかなって」
「いらない…?」
「なんでそんな不思議そうなのお前」
きょとんとした顔を向けられランサーは頭を抱えるしかなかった。選択肢を与え、それを選ばせるまでは出来た。しかし、これでは自己認識を変えるのに相当な時間がかかるだろう。普通なら奴隷から解放されることに大喜びするところだろうに、この馬鹿ときたら。なぜそこで不思議がる。少しは喜べ、と口には出さずに頭を軽く叩くと「いたっ」と声が聞こえた。
「おぉ、強かったか」
「いや、そんなことはない」
強がっている様子はない。闘技場での様子とここでの様子を鑑みるに、どうやら痛みに対する耐性は強いようだ。これなら少しばかり荒っぽい手を使っても平気だろう。
「ちぃーっと我慢しろよ」
「は? 何、をッ!?」
刻印をねっとりと舐め上げ、ガリッと噛みついた。血が垂れる。
「っぐ、う、ぁっ」
掻き消すように何度も噛み付き、皮膚を食い千切る。前の主人であろう血に混じった魔力は粘土のように不味くて食えたものではない。しかし、アーチャーの魔力は花の蜜のように甘かった。
「っ、っは、あ゛、ぅあ゛ッ」
己の唇を噛み千切り、血に魔力を込めて刻印に垂らす。無理矢理魔力を捻じ込んで書き換えている状態だ、三種類の魔力がせめぎ合い、侵蝕しているのだから相当な激痛だろう。
「もう少しで終わっから耐えろ」
「ぐッ、んん゛!」
脂汗を滴らせながらアーチャーが頷く。いい子だと旋毛にキスを落とし、最後の工程に入った。重ねられた服従と隠蔽のルーンはほぼ消えかかっている。その根本に火のルーンを刻み、繋がりを――焼いた。
「っ――――――――――――!!!!」
声なき絶叫が上がる。じりじりと神経を焼き切っているようなものなのに、よく暴れずにいるものだ。さっさと終わらせてやろうとランサーは火力を上げ、そして。
「ほい、終わり。頑張ったな」
「っは、はぁーっ、はぁーっ、」
ぜぇぜぇと苦しげに呼吸を繰り返すアーチャーの頭を撫で、薬を傷口に塗る。そして数日もすれば塞がるだろうそこへ、今のうちに新しい命令をルーンで刻んでおいた。なに、たった三つだけだ。
一人で耐えるな。
嘘を吐くな。
オレから逃げるな。
たったこれだけ。
これだけでも、守らせれば相当楽になるだろう、と考えながら包帯を巻いてやる。今の作業で大分体力を削られたらしいアーチャーの虚ろでぼんやりとした鋼の瞳を覗き込み、大丈夫か、と問いかけるとゆっくりと頷いた。
「なら寝てろ。他のことはまた明日やろうぜ」
「ん…」
事切れた死体のように眠りについたアーチャーに毛布をかけてやれば、むず痒そうに身じろいだ。その時、彼の足からじゃらっと金属同士がぶつかるような音がした。そちらに目を向ければ、両足首を繋ぐように鉄の枷が付いているではないか。なるほど、隠蔽のルーンはこれを隠すためだったらしい。
「…これを付けてあの動きかよ」
参った、と前髪を掻き上げながら苦笑する。いやはや本当に、全くもってどうしようもない。いい買い物ではあったが、そのための手間暇がとてつもなく面倒だ。まぁ、そこも楽しみの一つとは思っているが。
「早く自由になっちまえ、アーチャー」
――でなければ、捕まえられないだろうが。
ランサーはアーチャーを起こしてしまわないように足音を消し、静かに部屋を出ていった。
さて、次は何を与えてやろうか。