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糸の先のあなた/Novel by ひろせ ゆう

糸の先のあなた

12,943 character(s)25 mins

診断メーカーのお題から派生。
真名・UBWルート・HAぽい表現あり。

一個前のアンケートの『GO:運命の糸(パス)に繋がれた槍弓』です。
槍弓に寛大なカルデア。

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 もともと弓兵である私の目は魔力で動いていて、五キロ以上離れた対象を補助なく狙撃できる程度には人間離れしている。鷹の目などと呼ばれているソレが、最近おかしなものを捉えるようになった。
「…また出てきたな」
 私の左手の小指に絡まった、現れたり消えたりする半透明の謎の糸。伸びた先は霞んで見えない。
 何が原因で現れるか全くわからないこの糸は、私以外には見えないし触れられない。一方私には勿論見えるし、意識を傾けると小指に確かな感触も感じ、気をつければ垂れたあまりの糸を手繰ることが出来る。
 ただ、以前全て手繰ろうとしたときは途中で糸が消えてしまったのでその先にあるものは分からなかった。
「エミヤ、また見えてるの?」
「あぁ、今回も唐突だった」
 マスターである彼女と極小数名に不可思議な糸が見えると伝えてある。以前、対魔力の低さゆえ何かに引っかかったのかもしれない、と糸が現れている時に調べてもらったこともあるのだが、理由は結局わからずじまいだった。
「本当になんなんだろうね、ソレ」
「さてね。まあ、そのうちまた消えるさ、心配無用だよ」
 存在を主張しない糸はなんら負担にならず、突然気がついたら現れ、いつの間にか消えている。悪意を感じたことはないし、迷惑を被るわけでもなしで、放っておくことが多かった。
「でも、その糸青なんだよね?赤だったら運命の糸って言えるんだけどねぇ、ちょっと惜しい」
「こんな野暮ったい男に“運命の糸”はないだろう、マスター」
「えー、素敵じゃない?」
 人懐っこい瞳が無邪気に笑う。
 腐れ縁は数あれど、運命というのにであったことはない──否、あの冬木で過ごした日々は別だろうか。
 憧れていた赤い少女、己のようで違う存在になった者、慕ってくれていた後輩、守って守られた妹のような姉、大人の代名詞だった女性、オレを殺した青い光…あぁ、今思えば、この糸は彼の青に似ている気がする。


糸の先のあなた


「エミヤ、また召喚の手伝いしてもらってもいい?」
 キッチンで皿を拭いていたらマスター声を掛けられた。急ぎじゃないから終わってからで良いとの事だったので、お言葉に甘えて手を動かす。
 召喚の手伝いというのは儀式自体を手伝うわけではなく、召喚されたサーヴァントを滞りなくカルデア生活に引き入れるための事後処理──つまり今回の現界の目的説明だったり施設案内だったりを指している。
「構わない、少し待っていてくれ」
 カウンター越しに座る少女はいつも溌剌と笑んでいる。戦力が足りているとはいい難いのが現状だが、彼女の負担にならぬように召喚は頃合を見てドクター・ロマニがゴーサインを出すことになっていた。
「触媒は用意するのかね?」
「ううん、今回も行き当たりばったり。でも、きっといい人が来てくれるよ」
 エミヤがいい例、と飾らず伝えてくるのがマスターの凄い所だ。
「なーんにも分からなかった所に現れた救世主だよ?今も最前線の頼りになるリーダーだもん」
 私が現界した当初、ここには彼女とデミサーヴァントのマシュ嬢、そしてキャスターのクー・フーリンしかいなかった。
 マシュ嬢とキャスターと私。盾兵と魔術師と弓兵というクラスだけでいえば後方支援部隊の三人が主な戦力としてこのカルデアは動き始めた。救いがあったとすれば、私の基本となる戦術が夫婦剣による接近戦であることと、キャスターが杖で殴れる肉体派だったこと、そしてマシュ嬢の盾が見た目通りの鈍器だったことだろう。
「エミヤが気を利かせて沢山助けてくれたから、今のカルデアがあるし、わたしがいるんだよ!」
 マスターとしての経験が皆無だったのに、この世に残った最後の適正者として祀りあげられた彼女は文字通り右も左もわかっていなかった。
 それを見かねてキャスターがイロハを教えて魔術師へ導き、現代人に最も近い私が英霊との付き合い方やマスターとしての心構えを説き、マシュ嬢が寄り添って支えるという構図で彼女をサポートしていった。
 荒れていたカルデア内の生活水準を上げるために、カルデアの残留職員と共に施設の修復に衛生面改善、食事の充実と四人で走り回ったのもいい思い出だ。
「あまり褒めても何も出んよ」
「えー」
「こら、マスター」
「あはは、ごめんね!拗ねてみたかっただけ!」
 裏表ない、純粋な少女。その手に刻まれた赤い令呪が背負わせる重荷を感じさせないほどに、彼女はよく笑う。四人だった頃から、両の手では足りない数のサーヴァントを使役する程になった今でも、変わらない。
 いかなる時も優雅に。時折マスターと重なる摩耗していく記憶のあの少女も、よく笑っていた。久しぶりにあの笑顔を思い出し、幸運が低いと言われる私だが、マスター運だけは本当にいいものだと感慨深く笑った。
最後の一枚を磨き終え、マスターへ向き直る。
「待たせたね、もう大丈夫だ」
「うん!じゃあ、今日も宜しくお願いします」
 少女に続いて食堂の扉を潜った時、視界の端の小指にまたあの青い糸が現れたのを見た。


「最近のレイシフト先で小麦が安く大量に手に入ったので菓子を作ろうと思う」
「ほんと?やったぁ!」
 広大なカルデアだが、基本居住区として使われているのはその半分で、反対側にある訓練施設の方までは距離がある。それでも、他愛ない話をしていれば目的の部屋は目の前だった。
 部屋に入ると、召喚陣の前に屈んだ浅葱色のゆったりとした装束の男が一人。立てた杖を持つ手とは逆の手で陣に触れ、瞳を閉じて破綻などがないか確認しており、装束と同じ色の髪が流れる横顔は端正だ。
「ありがとう、キャスター」
「おう、問題も何もなし。安心してやっちまえ」
「うん!始めるよ!」
 古代アイルランドの英雄、クー・フーリン。大本の英雄から魔術師の適性を持って枝分かれたキャスターの英霊。召喚された時にマシュ嬢と共にマスターの傍で控えていて驚きはしたが、ふと再生した分霊の記録では一度冬木で対面していたので面白い縁もあったものだと思った。
「今日は君も手伝っているのか」
「術式の確認をしてほしいって言われてな。マスターの頼みとあっちゃ断れねぇ」
 言葉には仕方ない響きがあるが、その顔を彩るのは微笑みだ。この魔術師は存外マスターに甘い。
「君もいるなら今回も無事に成功するだろう」
「お前本当に丸くなったよなぁ」
「…皮肉で武装しても買われなくては意味が無いのでね」
「はっ、なるほどな」
 笑って頭をかき混ぜられる。導くものとして在ろうとするこの分霊は、達観した一面があり、成熟された大人の精神には私の皮肉など子供が駄々をこねるのと違わなかったらしい。
 皮肉も揶揄も流されてしまっては敵わない。受け流されて無駄な恥を晒すくらいなら、素直になってしまった方がいいと学んだ。
「いい加減よしてくれ。子供ではないの、だ、が…」
 未だ頭に触れている手を払おうとして、先程現れた左の小指の糸が、珍しくはっきり伸びているのに気づいた。それどころか、少し光っている。
 不自然に固まった私にキャスターが首を傾げるが、目線が左手の小指にあることを確認して納得したらしい。
「また出てんのか」
 キャスターも糸を知る数少ない者の1人だ。出ている時に何度か見てもらったが、魔術師である彼もこの糸の謎は解明できなかった。
「出ている、が、ここまでハッキリ先が見えていることなど…」
「なんだと?どこに繋がってる」
 伝う先を指で辿る。そこは、マスターの詠唱にこたえて光り輝く召喚陣を指していた。
途端、今まで感じたことのない重みが小指を襲う。
「ぐ、あっ…!」
「なっ!?おいマスター!その召喚止めろ!」
「え、なに…エミヤ!?」
 糸が絡んでいる所が焼かれているかのように熱が生まれ、激痛が指から腕、頭まで走り抜ける。どんどんと重みは増して痛みとの相乗に耐えきれず膝をついた。
 糸を通して得体の知れない何かから暴力的な魔力を叩きつけられている。それと並行して、私の中の魔力が向こう側へと吸い取られていて、身体中の血液を総入れ替えしているような感覚に陥る。
「なんで、どうして!?」
「小指の魔力の糸で陣の先の何かと無理やり繋がっちまってる!くそ、止められねえか!?」
「無理だよ!もう詠唱は終わっちゃったから、キャンセルできない!」
「ちっ、なにが大したことない糸だ!とんでもねぇ量の魔力廻ってるじゃねえか!」
 不可視だった糸がキャスターにも知覚できるようなったらしく、マスターと何やら叫びあっているが、意識が朦朧として耳に入っても理解できない。
 皮膚の下を自分の意思ではなく勝手に魔力が駆け回り、回路が全開になる。左胸が抉られたように大きく高鳴り、カヒュ、とみっともない乾いた呼吸が零れ、体が床へ倒れた。
「エミヤ!エミヤァ!」
 水を張ったような鼓膜に泣き叫ぶ声が聞こえる。暴走した魔力でピントが合わなくなった視界でどうにか少女を捉え、自由になる右手で涙を拭ってやる。一応笑ったつもりだったのだが、零れそうなほど見開いた瞳からは一層雫が溢れて、笑みが歪になってしまったのを知る。
「っつ!コイツ魔術回路の根っこまで絡みついてやがる…ちっ、神代の魔女がいりゃ何とかなったかもしれねえが……」
 私側の糸の先を読もうと糸に触れたキャスターの指先が、焦げた。激痛を生む魔力の奔流を伴っているのだ、槍を握らない魔術師の彼は手の皮膚が薄い。これ以上触れてキャスターが怪我せぬよう左手を引くと彼の方が苦しそうに眉を寄せた。
「っ!来る!」
 私に縋って泣いていたマスターが叫んで召喚陣を振り返る。常の召喚とは違いヒートするように踊る魔力の粒子が室内に風を巻き起こし、陣を中心に荒れ狂った。目を開けられないほどの突風にキャスターが私を抑え、少女を抱き抱え庇う。
「あが、う、あぁっ!」
「出てくるやつは吉か凶か…どっちにしろ現状最悪にかわりはねぇが…っ!」
 ソレの限界に合わせて一層走る痛みと熱は加速し、身体が痙攣する。左手は血が滲むのを構わず握り締め、空いた右手で左胸を掻き毟った。痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い──!
 そしてふっ、とそれはもう突然に、全てが無になる。音もなく、痛みも熱さもなく、頬を叩いていた荒れた風すらもなくなった。それが気絶への道だと気づいた時には、淡い光に照らされた、青い死神が舞い降りていた。

「よう!サーヴァントランサー、召喚に応じ参上し、た……おいおい、なんだこりゃあ」

 聞き慣れた声、粗野な物言いと青い身体に沿った装束。手にするは心臓を穿つ、必中を謳う赤き魔槍。幾度となく顔を合わせ殺しあった槍兵の名は。
「クー…フーリン……!?」 
 マスターの震えた声が決め手のように、意識を暗闇に放った。



「検査の結果、特に問題はなかったよ」
 ロマ二が放った言葉に、自室で眠る弓兵の側で待っていた2人は息を吐く。枕元に控えるカルデア最後のマスターは、青白い顔でエミヤの右手を握ったまま小さく良かったと呟いた。
 問題の左手は彼の腹に乗せられていたが、ランサーの限界と共に猛威を振るった糸は再び不可視になってしまっている。
「あるとすれば、彼の中の魔力やエーテル体が今までと全く違うもので構成されてることと、魔術回路の構造が少し変化してる事かな」
「十分問題じゃないですか!」
 さらっと落とされた問題に非戦闘服のマシュ・キリエライトが噛み付いた。先輩と呼び慕っている英霊の例なき危機に過敏になっていて、その顔色はマスターと同じく青白い。
「まぁ待て、マシュ。そこは彼らから聞いた方が多分早いから」
 視線は部屋の壁際に立っている青年二人に向けられる。 森の賢者は瞳を閉じたまま動かず、青き槍兵は指で頬を掻いた。
「俺も今の今召喚されたばっかでよく分かってねぇんだけど?」
 ぞんざいともとれる態度にマシュが立ち上がろうとするのを、マスターは手で制す。
 先程の英霊召喚システムの部屋でエミヤが倒れた後、異常な魔力反応にロマ二とその手伝いをしていたマシュは部屋に飛び込んだ。
 その際、非常事態を巻き起こしたと思われるランサーのクー・フーリンをマシュが反射で攻撃、その盾を振りかざし叩きつけた。しかし、いなしはしたものの圧倒的不利だった槍兵に傷はなく、なぜかキャスターが体を起こしてやっていた気絶するエミヤの頬に一筋傷が走ったのだ。
「あなたは何をしたの?」
 務めて冷静に問うマスターの瞳は静かに燃えていて、下手なことを言ったら容赦はしないと語っている。まいったな、とランサーは後ろ首を掻いた。
「ざっくり言えば、ソイツと俺のあいだに何故かパスが一本通ってる」
 溜息混じりに事実のみを伝えれば、ロマ二が首を傾げる。
「パス…?一体なぜ……というか、それくらいでは魔力のやり取りが限度で、備蓄魔力の変質や傷の移行なんて不可能だろう」
「そんなん俺もよく分かんねぇよ。唯一パスが繋がれた可能性とすれば、その心臓に刻んだ因果が、この異質な召喚によって変化。因果を結んだ者を主として求め、繋がるために“俺”の魔力に耐えられるよう魔魔術回路を無意識に弄って、オーバーヒート。意識が痛みと熱に耐えきれなくて気絶…そんなもんじゃねぇの」
 淡々と告げられる可能性という推測は、不可解な理由を始めに語られたが、それでいて結論部分は最も信憑性が高いもので、マスターは沈黙している魔術師に視線で是非を問うた。
「多分間違いないな、エミヤの中にある魔力は俺…いや、“槍兵の俺”に酷似してる」
「じゃあ、本当に……?」
「肩を持つわけじゃないが、エミヤがパスの元になった糸が見えると言い出したのはココ最近の事だ。召喚される前に座で何かしらあったらもっと前から見えてるはずだし、俺の記録や記憶では座でエミヤと会ったものは無い」
「つまり、」
「何かしら仕込むんだったら槍兵の俺には不可能だ、マスター」
 古参であり信頼出来る魔術に精通する彼の言葉で、マスターも黙する。エミヤの手を握る力を強め、静かに眠る青年が瞼を開けるのを促すように、その手を額に当てた。
 それを見ていたマシュが問う。
「…槍兵のクー・フーリンさんの仰ってた、“心臓に刻んだ因果”というのは」
 ランサーは問いにキャスターへ視線を移し、目を伏せて首を横に振られたことで口を開いた。
「そいつが未来の英霊という話は」
「お伺いしています」
 異質ととり牙を向けた相手が現状無実と知り、己の内を焦がす行き場のない憤りを抑え込む少女に、大したもんだとランサーは賞賛の意を覚える。
「それなら話は早い。そこな弓兵は勝手に話したことを怒るかもしれんが、全ては俺に責があることにしておけ」
 それはこれから語られることが英霊エミヤにとっての根幹であり、自らを語ることの少ない青年の紛れもない真実を示していた。
「西暦2004年、冬木。あの街では聖杯戦争が行われていた」
 ──それは、特異点Fのもう一つの物語。
「様々な世界線で行われる聖杯戦争の一つだったそこで、俺とアーチャーは“初めて”出会う。」
 令呪に命じられた偵察先の高校で出会った、小器用な弓兵。マスターに託され挑んでくる名も知らぬ赤き英霊。躍る双剣、穿つ赤槍。
 暫くの打ち合いの後、放たれようとする必中を謳う魔槍を前に、奇しくも部外者によって闘いは中断させられる。
 排除するため槍兵は目撃者の少年を追う。月下の校舎の廊下にて、少年は青き獣にその心臓を穿たれ、鼓動を止めた。
「それが、俺がもたらした“守護者エミヤ”の初めての死だ」
「……え、」
 しかし少年は、赤いお人好しの魔女に蘇生され、死してないとまた現われた青き獣を前に、剣騎士を召喚する。
「つまり“ソイツ”は、あの世界線の聖杯戦争のマスターのひとりであり、正式な勝利者だ」
「嘘、」
「まぁ、詳しくいえば“似て異なる者”だがな」
 少年の前に、赤き無名の弓兵が立ちはだかる。己の理想を体現した、己と同じく理想を追い求めて擦り切れた青年。それは正しく彼本人だった。
 正義を目指し、世界に縛られ、人類を守るために数え切れない人間を殺したこの世の赤き守護者は、己を殺す、ただそのために闘った。
 すべてを救う願いが、悪と悪に虐げられるもの双方の殲滅で死体の山を築くしかないのなら、そんな願いを持つ己を殺すのが一番の救いでは無いのかと。
「だが、“坊主”は“ソイツ”にはならなかった」
 赤き弓兵との闘いで、少年は省みることを知った。そこにいる、少年を思う人々のことも。それが、少年を異なる選択肢へと導いた。
「結果的に“ソイツ”は自分を殺し損なったが、“自分”が生まれるのは防げたって訳だな」
 意識して軽くされた話の終わりに、少女達も、医師も、言葉が出なかった。なんと哀しい、彼の闘い。
 記録として知っていたキャスターも息を吐くに留めていた。あの世界線の聖杯戦争に関してものを言っていいのは、あの世界線に居た者だけで、それが自分でないのは理解していた。
「その半年後に再び起こった聖杯戦争による繰り返しの四日間の間でも、幾つか世界線が分かれてな」
 聖杯戦争開始後の四日間がひたすら繰り返される不思議な日々。
「その中で懇ろになった俺とソイツもいたらしい」
 懇ろ?思わず首を傾げる少女達に、駄目な大人代表のロマニが親密に付き合う事と説明すれば、純粋な二人は顔を赤らめた。
「俺が話したら怒るかもっつったのはコッチのことな?」
 困ったように笑う槍兵に、魔術師は何度目か分からないが首を振って溜息を吐いた。少女達も肉親同然に慕っていた青年の思わぬ恋愛話に固まっている。
「で、さっき嬢ちゃんが聞いた因果を刻むってやつだが、」
 魔力とともに現われた赤い魔槍に空気が再びピリつく。彼が召喚された時、マシュの攻撃をいなすために使っていた、アルスターの英雄、クー・フーリンである証──ゲイ・ボルグ。
「俺の槍は因果を刻む、因果逆転の魔槍だ。心臓に槍が命中したという結果を作ってから槍を放つという原因を作る。」
 そしてその因果は、未だ静かに眠る青年の胸に刻まれている。
「特にその弓兵との関わりは強くてな。懇ろになったってのもあるが、召喚される先々で何故かやけに顔を合わせる。今になって分かったが、左胸に刻んだ俺の魔力と、俺が引き合ってるのかも知れん」
 第五次聖杯戦争しかり、月の聖杯戦争しかり、人理を取り戻す此度の召喚しかり、心当たりは売るほどあるのだと言うランサーが笑う頃には、漸くマスターも余裕を取り戻していた。
「あなたとエミヤにとても強いつながりがあるのは分かったけど、どうして魔術回路がオーバーヒートしたの?」
「ん?あぁ、それなら盾の嬢ちゃんが知ってるんじゃねぇか?」
 鉢を回されたマシュは頷き、音読するように淀みなく説明を連ねる。
「ケルト神話・アルスター神話にて伝えられる光の御子、大英雄クー・フーリン。その名はクランの猛犬から。太陽神ルーとコノア王の妹デルヒラの間に生まれた“半神半人”の英雄です。赤枝の騎士団に所属。生前の伝説では最も有名なゲイ・ボルグの他にも複数の宝具になりうる武具を持ち、キャスターは勿論、複数のクラス適応があるとされています」
「あー、そこまで。あんた凄いなぁ」
 思いのほか詳細に語られた己の話に、ランサーは感心しつつも気恥しさから顔を顰めた。ほんの数刻話しただけだが、信頼するキャスターからの無実の後押しと、ランサーの性質が透けて見える開けた性格にマスターもマシュも、もう彼を警戒はしていなかった。
「クー・フーリンって、半分神様だったんだ」
「おう。ちなみに俺は“ケルトの魔術師”としての召喚だから、槍は持たんし、金属武具は付けられん。槍寄越せ」
「断る」
 即座に返答したランサーは、槍があれば…が口癖だったキャスターに槍を奪われないように魔力に還元して消してしまった。
 それに舌打ちをしたキャスターへランサーが噛みつき、口喧嘩が始まろうとした時点で、ロマニが口を開く。
「ええと、楽しんでるところごめんね?クー・フーリンとエミヤの関係も分かったし、回路のオーバーヒートは神代の薄れた近代の英雄には半神の魔力は神気が高すぎたってことも理解出来たんだけど、問題はまだあるよね?」
「…彼が負った傷が、エミヤにいってしまうこと」
 静かに放たれたマスターの言葉に、皆の視線がエミヤの左頬へ向かう。一筋走った、本来はランサーにあるべき傷。
「さっきは有り得ねぇって言ってたけど、俺の傷はアーチャーに、アーチャーの傷は俺に来るってのが一番手っ取り早い推測かね」
「話を聞く限り、君と彼には筆舌しがたい縁がある。その上で、この特殊な英霊召喚システムを使っての召喚だ。可能性はある」
 頷き、ロマニはエミヤの右手を握っているマスター手を優しく解き、エミヤを見つめて小さくごめんね、と囁く。視線をランサーにやれば、右手を見やすいように体の前に出した。
 マスターもマシュも二人のやり取りを静かに見守っていたが、白衣のポケットからカッターナイフが取り出された時には流石に動揺した。それでも、止めることは無かった。
「いくよ」
 告げられた一言と共に、ランサーの右手に熱が走る。切られたのはアーチャーの右の親指であるはずなのに、今血が流れているのはランサーの右の親指だった。
「……ほんとだ」
「間違いないね」
 仮説はまさに正しく、これで互いの傷への相互関係が証明された。
「厄介なことになったぜ」
「まったくな」
 溜め息を吐くのはドルイドの僧、苦く笑うのは当事者である槍兵。ランサーのクー・フーリンは所有するスキルでもって、多少無茶な戦いをする節がある。しかし傷がアーチャーに行ってしまうとなると、スキルを発動した際にそのスキルはどちらに対応するのか未知数だ。
「この相互関係の改善策を見つけるまでは槍兵のクー・フーリンは勿論、エミヤもレイシフトに同行は出来ない…ね」
 それは即ち、カルデアの戦力の大幅減になってしまう。マスターの言外の意図を汲み取り、項垂れるマシュだが無理もない。このカルデアのメイン戦闘力は、古参のマシュ、キャスターのクー・フーリン、エミヤの三人なのだから、彼が抜けてしまうと頼れる仲間は数いれど、少し心もとない。
「あと、何よりの問題がひとつ。彼がこのまま目を覚まさないと──生活水準が低下してしまう。主に食事事情」
「ロマン黙って」
「それは認めますが私たちでも頑張ればなんとかなります」
「ごめん」
 尤もな話から急激にコントへ。気分を紛らわせようとしたのかもしれないが、冷たく返されるだけで終わってしまってなんとも哀れだ。
「アイツここでもそんなことしてたのか」
「なんだかんだで、この世界にはあいつが守ろうとした人類はいない。レイシフト先は別だが、カルデアにいる間は、な?」
 傷口を舐めて血を止めていたランサーの呆れた呟きに、キャスターが笑う。すべて言われなくても、嫌になるほど言葉を交わした身だ、ランサーも確かにな、と小さく笑った。
 この世界に人類はいない。そうなれば、人類の抑止力たる彼が世界に縛られることは無い。予期せず訪れた、錬鉄の魔術師の束の間の休息。元々人に尽くすのが好きな性分だ、カルデアのブラウニーになるのも頷ける。
「ここはあいつの城ってとこかね」
 片目を瞑り愛嬌のある声で言いやる自分と同じ顔にランサーは苦笑いしつつも、自分の内を流れる明らかな他者の魔力を掻き集めて首を鳴らした。
「そんじゃあまぁ、まずは起こしてやんなきゃだな」
 問題解決はそこからだ、と壁から背を離して近付いてきた槍兵にコントを繰り広げていた三人の視線が移る。ロマニが眉を寄せてでも、とごねた。
「こればっかりは彼が自分で目を覚まさないことには…起こす方法がないよ」
「いーや、ちょいと荒治療だが何とかなるだろ」
 少女達の反対側に立ちエミヤを見つめるランサーに皆が首を傾げる。
「荒治療って何する気なの」
「お子様には刺激が強いから、目瞑ってた方がいいぜ」
 そう言って不敵に微笑み、エミヤの顎に手をかけた所で不純な大人のロマニは気付いたらしい。慌てて少女二人の目隠しをしようとしたが、最速の英霊の動きには間に合わなかった。
「「!?」」
 息を呑む少女達の前で、アルスターの光の御子たる美丈夫が、白いシーツに包まれて静かに眠る褐色の青年の唇に口付けた。
 枕元に手をつき、左手で優しく顎を持ち上げて恭しく頭を垂れて口付けている。伏せた睫毛が影を作り、青い絹糸のような長い髪が肩先からエミヤの体へ滑る様は、まるで神が祝福を与えている一枚の絵画のように美しい。
 突然のラブシーンに少女二人は、肩をはねあげ固まってしまう。しかし、眼球は素直なもので、目の前にある見目美しい英雄達のキスシーンから目が離せないでいた。
 その間にもランサーの口付けは祝福のような柔い重なりから、激しいものへと変わっていく。  
 合わせるだけから擦り合わせる動きへ。舌先で下唇をなぞりあげ、僅かに開かれる隙間から温かな口内へ滑り込ませる。硬いエナメル質を撫で、顎にかけた指に少し力を入れて道を作る。
 寝ていて微動だにしない舌を勝手知ったると絡めとると、微かにアーチャーの魔力の味がしたものの少し薄かった。そしてそのまま、音が鳴るのも構わずに己の口内の唾液を舌を伝わせ流し込む。自分の中で混ざりかけていた彼の魔力だけを、気付け薬がわりに唾液に混ぜ叩きつけるのだ。
 寝ている者が大人しく嚥下する訳もないので、口内を蹂躙して無理矢理飲み込ませることになる。ゆっくりと上顎をなぞり、舌の根元をつつき、舌を絡めたままコチラの口内まで吸い上げ、厭らしい水音をさせながら弓兵の目覚めを待つ。
「……ぅ、ん…ぁ」
 口付けを始めて数分経過した頃、鼻にかかる声を漏らしてエミヤの喉が締まり、口内に溢れていた唾液と魔力を漸く嚥下した。刹那、瞼が震えて鋼色の瞳が薄い涙の膜を纏って現れる。
 夢見心地の言葉が似合う剣のない惚けた表情に、もう少し目覚ましが必要そうだとランサーは絡めた舌をピリつく程にキツく吸い上げた。
「あ、んん……ふぁ」
 先程よりハッキリとした声が漏れたのを確認して、口付けから解放する。溢れた唾液が伝う唇は赤く染まり上がり、隙間からドロドロに愛でられた舌先が少し覗いていてなんとも淫靡だ。
 ランサーは口付けの名残を守るように、身を屈めたまま動かない。そっと首の方へ垂れようとする唾液を顎にかけた指先で拭ってやりつつも、鼻先を擦り合わせたまま瞳に自我が戻っていくのを見ている。
「………ラン、サ……?」
「……おう。久しいな、アーチャー」
 ゆるゆる瞬き未だ焦点を結ばない瞳だが、掛けられた声はランサーを認識していた。前髪が降りて幼く見える弓兵に、あの四日間の面影を見ながら無防備な表情をする頬を手のひらで包み撫でてやる。
 熱を交わしあった夜に無防備なアーチャーに分霊が必ずやっていた仕草で、彼はこれが好きだった。現にもっとと顔を傾け手に擦り寄ってくる。
「起きれそうか?」
「…うん、あったかい…きみの、て……」
「質問の答えになってねーよ、ほら、起きろ」
「はらが、へったのか?きみは、しかたない…な 」
 寝起きと口付けの余韻で回らぬ舌のせいで、話し方が子供みたいに舌っ足らずになっている。オマケに気絶したことで記録と記憶が混同しているのか、あの四日間の朝のようなことをふにゃふにゃ言っている。
「アーチャー、いい加減起きろ。困るのはお前だぞ」
 移ってしまった頬の傷は先程の唾液による魔力供給で癒えている。少し強めに撫でてやれば再び閉じかかっていた瞼が開いて、無理やり起こす者を批難する視線を投げてくる。
「なぜ」
 拗ねた物言いに苦笑いしたランサーは、鼻先で前髪をかき分けて額に口付けた。
「俺としては全然構わないんだが、生憎周りが周りでな。お前が構わんならいいんだぜ?」
「まわり?」
「……こほん」
 そこでやっとアーチャーの時が動き出す。音がした方にぎこちなく向く顔は夢が覚めたばかりだが、瞳が零れそうなほど見開かれている。
 自分を囲う青い檻の外側にあったのは、気まずそうに視線をそらして咳払いをした明るい髪色の白衣の青年と、手と手を取り合ってこちらを凝視している赤面した少女が2人いる光景と、少し遠くで同情したように目を細める魔術師の姿だった。
「ほらな、困るだろ?」
 頭上からの声に首をそちらに戻す。自分を腕で囲っているのが、様々な世界線で刃を交え、時に殺された時に殺した相手である、青き槍兵と認識した瞬間、弓兵の頭が弾けた。
「っあ、な、え、やっ、…このっ!」
「…っと、お前な、混乱してるのはわかるが起き抜けにぶん殴るのは勘弁しろよ!」
「うるさい!離せ!このたわけ!」
「あーあー分かった分かった。」
 繰り出した拳を難なく受け止められ、目の前のが確かに自分のよく知る“あの”ランサーと知ったエミヤは解放された左手で顔を覆った。
 瞼の裏に過ぎるのは一瞬見えたカルデアの主要四人の表情で、あの反応からするにランサーが私に何かして、私もやぶさかではない反応をしていたのではないか。目後覚めたばかりの重たい思考がぐるぐる回る。
 そこでふと、覆った左手の小指にあったはずの青い糸が、移動していることに気付く。隣の指の、薬指だ。相変わらず仄青く発光している糸はハッキリとその形を鷹の目の前に現しており、その先を辿るとランサーの左手の薬指へ繋がっている。
「…嘘だろう」
「ん?お?おお、これが噂の青い糸か」
 周りが何も言わないことを考えると、見えているのはアーチャーとランサーの二人だけのようで、尚且つ今気付いたようなランサーの言い分では消えていたモノがまた神出鬼没に現れたようだった。
「また現れたのかい?」
「ほぉー、本当に他の奴には見えねぇんだな、これ」
「パスが繋がったから、槍の俺にも見えてんのか」
 処理の追い付かないアーチャーを置いて、クー・フーリンの2人と、気まずくはあったがさほど気にはしていない風のロマニは再び現れた不可視の糸の考察を始めてしまう。
 残されたのは、目が覚めたら男に覆いかぶされていたアーチャーと、それを見ていたはずの先程から視線が一切合わない少女二人。あの槍兵が何をやらかしたのか、寧ろ自身がやらかしたのか。
 口内に残る他者の感覚に浮かぶ一つの可能性や、キャスターから聞こえた“パス”という響き。それらがとても良い笑顔でアーチャーを追い詰めようとしている。
「ええと、そしたら、私から簡単に状況を説明するね?」
 気まずい空気を打破する為に申し出たマスターではあったがその頬は相変わらず顔は赤いままで、相変わらず合わない視線にアーチャーはいっそ霊体化したいと天井を仰いだ。

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#2 -----

Comments

  • 如月
    April 5, 2021
  • 苑子

    久しぶりに読み返しました! 何度読んでも、おおおっと震えてしまいます!

    February 1, 2018
  • sei@万年金欠病
    January 28, 2018
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