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ご質問の部分を含めて、だいぶ前のことですが「読み下し」したことがありますので、下に入れておきます。 <『三国志』蜀書・王平傳の“七年春…以下のみ”> 「七年春、魏大將軍曹爽が歩騎十餘萬を率いて漢川に向い、前鋒已(スデ)に駱谷に在り。時に漢中守兵は三萬に満たず、諸將大いに驚く。或ひと曰ふ「今は力不足なり、以て敵を拒むこと聽さず、當(マサ)に漢樂二城を固守して遇(アタ)り、賊を入れしめば比爾の間をして涪軍を得、関を救はん」と。平曰ふ「然(シカ)らず、涪は漢中を去ること千里垂(ハナレ)る。賊、若し関を得れば便(スナワ)ち禍と為る也。今は先ず劉護軍・杜参軍を遣(ヤ)り興勢に據(ヨ)らしめ、平を後と為すべし。若し賊が分かれて黄金に向かはば、平、千人を率いて下り、自ら之に臨まん。比爾の間に涪軍行き至らん。此れ上計也」と。惟(タダ)、護軍劉敏のみ平と意を同じくし即(スナワ)ち便(スミヤカ)に施行す。涪軍及び大將軍費褘が成都より相継いで至り、魏軍退き還(カエ)ること平の本策の如し。是時、鄧芝は東に在り、馬忠は南に在り、平は北境に在って咸(ミナ)名迹を著(アラ)す。 平、戎旅に生長し手ずから能く書せず。而(シカ)るに識る所は十字に過ぎず。口述して作書を授くるも皆(ミナ)意理有り。人をして史漢諸記傳を読ましめ之を聽(キ)き、之を備へて其の大義を知る。往々にして論説すれど失(イッ)せず。其れ遵履法度を指(ムネ)とし戯謔(ギギャク)を言はず。朝より夕に至るまで日を徹して端坐し、㦎(?)で武將の體(テイ)を無さず。然(シカ)るに性狭侵疑にして、人、自(オノズ)から輕しと為す。此れを以て損と為す。」 聽(チョウ)さず=拒むことができない。 遇(アタ)る=当たる、対峙する、向かう。 比爾の間=その間に…、しばらくすれば…。 手ずから=自分では。 㦎=現代語訳では “まるで…”と訳している。 以下が問題の部分の私の訳ですが…まず<漢文><読み下し><現代語訳>と並べてみます。 <漢文> 「其指遵履法度言不戯謔従朝至夕端坐徹日㦎無武將之體然性狭侵疑為人自輕以此為損焉」 <読み下し> 「其れ遵履法度を指(ムネ)とし戯謔(ギギャク)を言はず。朝より夕に至るまで日を徹して端坐し、㦎(?)で武將の體(テイ)を無さず。然(シカ)るに性狭侵疑にして、人(ヒト)自(オノ)ずから輕しと為す。此れを以て損と為す。」 <現代語訳> 「法律・規則を守る遵法精神の持主であり、一日中端坐して過ごすような武将らしからぬ物静かなただずまいの王平であるのに、一方では心狭く疑い深い一面もあり、そのことで人からは軽んじられており、これが損(欠点)となっている。」 ご覧になれば一目瞭然と思いますが、漢文には句読点やレ点等は何もなく、これに句読点を付けた段階で読み方が決まります。 この場合、句読点を付けた人の読み方であって、どこに句読点を付けるかは、その文章をどのように解釈して読むかで決まるので、解釈の仕方が違えば当然ながら句読点の付け方も違います。 漢文を読むときは出来るだけ句読点のついていないもの、あるいは句読点を取り払って見ることも大切です。 「王平伝」の “性狭侵疑” について「ちくま訳」では “性質が偏狭で疑い深く軽はずみな人がらで、それが欠点となっている” とありますが、そうすると前文にある “言不戲謔” がどうも合わないとお考えになっているのですよね。 私の個人的な意見ですが、 “性狭侵疑” は「ちくま訳」で良いと思います。 ただ、漢文では僅か四文字の性狭侵疑を現代語訳にすると「性質が偏狭で疑い深く軽はずみな人がら」となるのですが、本来の漢文の意味はもっと簡潔なものなのでしょうが、現代人に理解しやすい言葉に “変換” したとき、本来の意味から少し離れてしまう場合もあります。 王平伝を七年春から読んでみると、彼は文字こそ書けないけれど知識豊かな人物で、武人でありながら戯言も言わず法律を重んじ、哲学者の雰囲気を持っている、唯一の欠点は狭量で疑い深いこと、そのため人からは軽んじられている。私にはそのように読めるのですが如何でしょうか? 問題は、“性狭侵疑” の意味ではなく、“為人自輕” にあるのではありませんか? これを「軽はずみな性格(ちくま訳)」と読むか、先に回答を付けていらっしゃるお二方のように、多少の自虐的意味も込めて「人となりは自らを軽んじた」と読むのか、「“自軽” を控えめな出しゃばらない性格」と読むのか…、 それは「王平伝」全体からこの文の著者が王平をどのように理解して書いたかを読み取る事だと思います。 “自輕” の自を “みずから” と読むか、“おのずから” と読むのかで意味が違ってきます。
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回答ありがとうございます。 疑問ばかりが浮かんで質問の核の部分が自分でもあやふやになってしまっていました。申し訳ありません; 漢文の読み方など、丁寧なご指導頂き目から鱗の状態です。レ点に句読点…そういえば学生の頃漢文でそういったものを習ったなぁと思い出しました…。 大変勉強になりました。 「人から軽んじられている」という解釈も、とても参考になります。 もう一度王平伝の原文と訳を見直し、じっくり陳寿の意図する所について考えてみたいと思います。 本当に助かりました!ありがとうございました!
質問者からのお礼コメント
回答ありがとうございました。 無知からの訳の分からない質問でありましたが、詳しい解説・解釈など皆さんのご意見大変参考、勉強になりました。本当に有難うございました。 またありましたら、よろしくお願い致します。
お礼日時:2016/4/7 18:34
その他の回答(2件)
ん~~~。 この部分を全部取りだすと、 「遵履法度、言不戯謔、従朝至夕端坐徹日、㦎無武将之体、然性狭侵疑、為人自軽、以此為損焉」 法律を遵守し、冗談は言わず、朝から晩まで端座して過ごし、まったく?(㦎がようわからん)武人・将軍らしい態度ではなかった。 しかし、性格は狭量で疑い深く、人となりは自らを軽んじた。そのために、損をした。 てな感じ? 前後の文脈からみても「為人自軽」はマイナス要因として語られていることは明白です。 王平は異民族出身とも言われ、文盲だったので、ちょっと卑屈なタイプだったのかもしれません。みんなオレを内心バカにしてやがる・・・みたいな根性の持ち主だったのかな。 んまあ適当翻訳なので、あんま当てにはせんとって下さい。
回答ありがとうございます。 卑屈、自虐的な意味合いがあるって感じですね。彼の出自を考えると、それもしっくりきます。 ちくま訳の本というのは見たことがないのですが、こういった部分的な訳というのは色々食い違ったりしてしまうものなのでしょうか…。 「為人は軽佻」と、「為人は控えめ(又はちょっと卑屈っぽい)」では印象が変わってきてしまいますよね。 んー…素人が漢文を訳すなど、しない方が良かったのかなぁ;何はともあれ、大変参考になりました。 ありがとうございました!
「自軽」を控えめ、出しゃばらない性格、として考えてみたらどうでしょうか。 王蕃伝の「俗士狭侵 謂蕃自軽」の自軽は王蕃に対して、ではなく王蕃が自分(これは孫皓ですかね?)のことを軽んじている、と言うニュアンスになるので視点が違うのではないでしょうか。 自らを軽く見る、とすればそれは控えめになり、他者が軽く見る、とすれば侮りになる感じなのかなと思います。