年度越しそば、か度松、年度末を祝う
大晦日と元旦に大きな変化を感じない。
西暦が一つ増えて、カレンダーが1月に戻るだけだ。12月から1月になっても大きな変化はないのだ。学校では同じクラスメイトで3学期が始まるし、仕事にしても引っ越しなどは少なく、同じ担当者や同じ業務内容で1月は始まる。
年度は異なる。
3月31日と4月1日では大きな変化がある。まず春になる。私の感覚では11月から3月が冬。気温は関係なくその期間を冬と認定している。つまり12月31日と1月1日では同じ冬であり、体感としての変化もない。一方で3月31日と4月1日では季節が変わるので大きな変化に感じる。
学校にしても学年が一つ大きくなり、クラスメイトが変わり、学年によっては文系や理系、国立なのか、私立なのかなどを選ぶ時なので大きな変化が生まれる。仕事にしても引越しや配置換えなどが起きる。やはり大きな変化だ。
つまり年度こそなのだ。
年末だけではなく、年度末も祝いたいのだ。紅白歌合戦のようなイベントがあってもいいはずだし、除夜の鐘が鳴り響いてもいいはずなのだ。
私の家では除夜の鐘がひっきりなしに鳴っていた。どうも近くにいくつかのお寺があるようで、ゴーンとなった余韻の間に、別のお寺が鐘を叩いてゴーンとなる。結果としては余韻のない除夜の鐘になっていた。そのようなことが年度末にもあって欲しいのだ。
年度越しそば、食べるよ。
初度詣、するよ。か度松、作るよ。お年度玉、もらうよ。あるいはあげるよ。初度日の出、拝むよ。年度賀状、出すよ。
そのようなことが年度末、年度始めにあっていいのだ。私はむしろその方が祝いたいとすら思う。日本のシステムがやはり年度で動いているので、3月末の方が今年度もどうにか生き延びることができたと感じ、達成感のようなものがあるのだ。
実際にやるかと言えば難しい。
年度末は忙しいのだ。来週の初めは確定申告の締め切りだし、みんないろいろとやることがあるので、年度越しの準備なんてしている暇がない。学校にしても何も知らない新入生を迎える準備があるだろうし、社会人にしても引っ越しなどがあるので、そんなことをやっている場合ではない。
ただ好きなのだ。
重いコートを脱いで、満開の桜を見て、春霞で霞んだ遠くを見るのが好きなのだ。季節が巡った感じが好きなのだ。問題は4月の現実というものがありまして、私は4月がめちゃくちゃ暇で、生きていけるのか、と不安になる時期でもある。頑張ろうと思う。



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